OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




佐口 和郎 著
『日本における産業民主主義の前提−−労使懇談制度から産業報国会へ




評者:三輪 泰史



 著者の佐口和郎氏は現状分析を志す労働問題研究者であり,戦前・戦中期をあつかった本書においても,一定の現状認識を前提として過去の論理的把握を試みている。それに対し評者の私は,歴史研究者として1930年代の労働運動史・労働政策史に取り組んできたのであり,現状に対する関心も一般的なそれの域を出ない。
佐口氏と私とでは研究対象は近似していても,そもそもの発想や立脚点が異なっており,正直なところ氏が言及する欧米の文献も,私にはほとんどなじみのないものである。それゆえ佐口氏の問題意識を内在的に理解し,そのうえで本書の成果を吟味するというのは,私には到底なしえない業であり,私の批評はいきおい外在的なものとならざるをえない。著者および読者の方がたに,その点あらかじめお断わりしておきたいと思う。

II

 さて本書の構成は以下のとおり。
 序 論 課題と方法
 第I部 戦間期分析―三井三池鉱山・呉海軍工廠の事例を中心に−
  はじめに
  第1章 三井三池鉱山の事例
  第2章 呉海軍工廠の事例
  小 括
 第II部 戦時期分析―産報政策の展開を中心に−
  はじめに
  第1章 産報政策前の国家介入
  第2章 産業報国連盟方式の形成と解体
  第3章 勤労新体制と大日本産業報国会
  第4章 再編産報定着への模索
  第5章 産報無用論との相剋
  小 括
 結論 現代日本労使関係把握への含意
 以上のように本書は序論・第I部・第II部・結論の4つの部分から成っている。順次その概要を紹介すると,まず序論において,産業民主主義とは「労働者自身の団結組織が経営者(使用者)の経営権を承認し,そのうえで争議行使力を背景に基本的には労働条件事項について労使で交渉が行われる制度である。またこの制度は国家によりなんらかの形で法認され,社会レベルでも定着していることが前提とされている」という(p.9)。この説明自体はありふれたものといえようが,佐口氏の議論の特徴は,産業民主主義が本来的に困難で不安定なことを強調する点にある。産業民主主義は「資本主義のもとでの労使の実質的対等性」という実現不能な理想を掲げざるをえず,またこの理想を担う労働組合も自己矛盾を抱え込まざるをえないというわけである。そして本来的に困難で不安定なものの再生産を可能にする要因として,諸主体によって共有され,かつ諸主体を拘束する理念の役割が重視される。こうして佐口氏は,産業民主主義を理念とそれに対応する制度,すなわちヘゲモニーとしてとらえるのである。
 歴史的にみるなら産業民主主義は,採用・訓練・配置などに権限を有する熟練労働者の排除を前提に,また第1次世界大戦とロシア革命のインパクトによって形成された。ただし確立するのは第2次大戦後のことであり,その条件は大量生産方式の確立,および国家の介入機構の整備の二つであるという。そして本書の対象となる第1次大戦後から第2次大戦期は,産業民主主義の形成模索期として位置づけられる。形成模索期は産業民主主義の形成を促す要素と阻む要素とがぶつかり合う時期であり,労使関係を律してきた伝統と産業民主主義という普遍的な要請との関係いかんが問題となるが「これを解明するため佐口氏は産業民主主義に代替するヘゲモニー,日本の場合は人格主義という分析枠を設定する。すなわち戦間・戦中期の日本の労使関係を,「産業民主主義の代替ヘゲモニーとしての人格主義の展開過程として再構成するのが本書の課題」というのである。
 このような視点から第I部では,三井三池鉱山および呉海軍工廠を事例として,戦間期における人格主義の展開過程を,第1次大戦直後・1920年代半ば・30年代前半の3つを節目として検討する。まず第1次大戦直後においては,労働者の人格承認要求への対応として,「労働者の人間としての尊厳を認める」制度と理念が登場する。それが「公式」の利害調整機関としての労使懇談制度,および人格主義イデオロギーであり,これをもって労使の緩やかな合意が形成されたという。この合意も20年代半ばになると状況に対応できず,権利としての団結とは一線を画した労働者自身の組織が,労使懇談制度に付け加える形で認められることになった。すなわち人格主義ヘゲモニーは産業民主主義の普遍性が前面に出る形でシフトし,経営側は労働者固有の集団的利害の存在を認め,労働者組織の代表との懇談による利害調整の必要も認めるに至ったというのである。しかしシフトした人格主義は不安定で,30年代前半になると「労資一体」「労働報国」の理念のもと,20年代半ばのヘゲモニーを克服しうるような制度の模索が始まる。とはいえ新たな理念も人格主義そのものを克服する性格のものではなかったし,また労使の利害調整組織の必要が否定されたわけでもなかった。
 企業内労使関係をあつかった第I部とは打って変わって,第II部では戦中期の産業報国会をめぐる国家の政策が主題となる。日中戦争の開始後,官僚・経営者団体・労働組合代表は,新たな労使関係制度について協議を始めた。官僚側は新しい「勤労」イデオロギーを提示しつつ,他方では伝統的な労使の利害調整組織の普及をめざしており,その構想においては指導精神と具体的な制度とが整合していなかった。そのため経営側の構想を超えることができず,1938年7月産業報国連盟が成立したものの,それは無内容な妥協の産物でしかなかった。初期産報には新しい労使関係制度を作りだす力はなく,既存の会社組合や労使懇談制度,さらには労働組合とさえ共存可能だったというのである。 しかし日中戦争の長期化にともない,産報は国家の主導によって,労働者の積極的協力を調達し,かつ労務統制を担うものへと再編された。再編産報のポイントは「勤労」を中核に据えた理念にあるが,その点について佐口氏は,1940年11月の「勤労新体制確立要綱」を分析して次のように述べる(p.192−3)。
 「勤労」そのものが「全人格の発露」である,換言すれば「勤労」という行為のうちには労働者の人格が込められているという考え方である。そこには「勤労」は国家への奉仕という崇高な行為であるという前提が存在していた。したがってそれは単なる苦役であってはならない。「創意的自発的」でなければならないということになる。ここには,国家が労働者を生産過程において「創意性」や「自発性」を発揮すべき能動的主体として位置付けることを通して人格承認を実現していく方向が示されているといえる。
 人格主義を経験してきた日本の労働者からの協力を調達するには,人格主義の否定ではなく,「勤労」を軸としたその再編が必要であったというのである。さて再編産報の理念,とりわけ創意性・自発性発揮という意味でその能動的側面を具現する場としての「勤労組織」は,既存の職制とは別個の,かつ利害調整組織や労働組合を克服するものとして構想され,1941年8月より部隊組織−五人組制として具体化がはかられたが,労務動員・職場秩序確立が至上課題とされる状況のなかで定着をみなかった。それでも再編産報の理念は労働者のかなりの部分に支持され,その受動的側面つまり「勤労者」の生活保障という側面は,賃金制度を中心に社会レベルで実体化していったという。
 結論では第I部および第II部をふまえ,敗戦直後から現代に至る日本の労使関係を展望する。戦後初期において人格主義は,生活給原則に基づく電産型賃金,あるいは工員・職員の平等要求という形で労働運動と結びついた。そして以後のコンフリクトを経て,1960年代に入ってから,産業民主主義の大枠のもとに人格主義が融合してゆき,70年代半ばのオイルショックヘの対応を経過して,諸主体は産業民主主義に融合している人格主義の側面をより生かす形で労使関係を再編する。およそ以上が佐口氏の提示する現代労使関係への見通しである。

III

 本書を読みとおしてみて私の得た印象は,第1次大戦後から現代に至る労資関係を一貫した論理でとらえようとした試み,あるいは理念問題に視点を据えた戦前・戦中・戦後連続説というようなものであった。デモクラシーからファシズムヘ,ファシズムから戦後民主主義へと,時代の変転を強調するこれまでの歴史研究に反発し,それに替わる新しい枠組みを提示しようとする著者の意欲,そのようなことを私の勝手読みかもしれないが感じたのである。私は著者ほど伝統的な枠組みから自由にはなれないが,その目ざすものについては共鳴するところも少なくない。だが率直にいって,著者の試みの成否という点になると,ある種の危うさを感ぜざるをえなかった。以下そのあたりを本書の内容にそくして述べてゆく。
 第I部についてまず指摘したいのは,実証の不確かさという問題である。一例を示そう。1924年6月の全三池争議を取り上げた第1章(5)において,争議に際し労働側が賃金・諸手当増額の要求とともに,共愛組合(従業員福利・労働条件懇談のための制度)撤廃の要求を掲げたこと,また会社側の昇給発表にもかかわず争議が鎮静化しなかったことを指摘したあと,佐口氏は「労働者にとって共愛組合撤廃は他をもって代えがたい意味をもっていたと想定できる」と述べている(p.58)。しかし共愛組合問題が争点の一つになっていたことは間違いないとしても,なにゆえ「他をもって代えがたい」と想定しうるのか,私にはその根拠がわからない。昇給発表が鎮静化をもたらさなかったのは,共愛組合ゆえというより,昇給の内容が労働者を満足させるものではなかったからとも思えるし,また争議終盤の調停依頼という段になって,労働側が共愛組合に関する要求を取り下げたのは,それが副次的な要求であったことを示唆するという解釈も可能なのである。
 とはいえ「想定」,つまり著者の主観をまじえた推測と断わってあるので,これ自体は容認しがたい記述ではない。私が問題にしたいのは,この文章にすぐ続けて「ここにいたり(中略)共愛組合は,ついに三井三池の労働者にとって撤廃以外には選択肢のない対象となったのである」と述べていること,さらにこの節をしめくくるにあたって「中心的争点は共愛組合の撤廃か否かであった」と記していることである。すなわち,さきの根拠の明瞭でない想定が,なんらの手続きを経ずに他に選択肢がないとの断定に飛躍し,ついには中心的争点との結論にまで仕立てあげられているのである。
 これでは実証・論証の体を成していないのではないか。私はたまたま見つけた実証上の不備を指摘したのではない。同様の実証の体を成さない「実証」,あるいは根拠の明瞭でない無理ぎみな解釈,これらが論旨にかかわる重要なところにも数多くみられるから,あえて不備のわかりやすい個所を一例としてあげたのである。
 およそ第I部は用いる史料が量的にも限られ,事例についてのビビッドな描写を欠き,歴史分析としての魅力に乏しい。人格主義を主題とするのなら,例えば争議にさいしての労働者の関連する発言を,新聞その他から拾って紹介してもよさそうなものだが,佐口氏が新聞をくった形跡はない。現地に残された原史料の類を渉猟した跡もうかがえない。実証の不確かさという問題は,このような収集史料の乏しさ,実証の薄さと相関しているのであろう。その意味で前述した第I部の論旨は,史料によって裏付けられた,あるいは史実にそくして導き出された結論とはいえず,三井三池鉱山および呉海軍工廠の労資関係についての一つのありうる解釈,ないし佐口氏流の読み込みを示すものと評さざるをえないのである。
 むろん実証研究として十分でなくても,その提起する視点・方法が優れておれば,それはそれで意義を有するであろう。しかし視点・方法についても,私は第I部にさほどの新味を覚えなかった。第1次大戦後において労資関係の理念が人格尊重を建て前とするものに変化し,工場委員会制度がその理念を体現したことは,兵藤つとむ氏の研究いらい周知に属する。工場委員会制度のその後の変容を追ったところに,第I部の特徴があるのであろうが,それは西成田豊氏なども試みていることである。また人格主義を分析する道具立てとして,同質化の論理と無媒介的国家依存の志向の二つの筋を用いているが,前者はともかく後者については,すでに鈴木正幸氏が鋭く切り込んだところである。率直にいって私は第I部の研究を評価できない。
 方法に関しいま一つ,第I部が個別経営内の労資関係の研究に終始していることに,私はなにか物足りない思いを覚えた。著者も指摘するように,労働者の人格尊重が問われたのは日本だけではない。むしろ各国に共通する事柄であり,その背景には近代社会というもののもつ階層性,ないし差別性という問題があるのであろう。それゆえ日本の人格主義の特質を浮かび上がらせるというのなら,日本の階層社会の特質,そのなかでの労働者の位置を,場合によっては生活の実態や意識の構造にまで踏み込んで,解き明かすことが求められるのではないだろうか。第I部の内容からいささか離れてしまったが,この点は批判というより,本書を読んで考えさせられた問題として発言した次第である。もちろん経営内分析から接近するというのは,おのずから限界があるものの,一つの方法としてはありえよう。

IV

 第II部に移ろう。産業報国会については,桜林誠氏の収集になる膨大な史料,マイクロフィルム100リールを超えるほどの史料がある。これを巧みに消化し,産報政策の展開過程を詳細に論じたことについて,まず敬意を表しておきたい。とりわけ産報の理念,「勤労」イデオロギーの分析は,従来の研究には見られない斬新かつ画期的なものである。生活給原則・家族手当についての論究も,日本の戦時体制のもつ「革新」性の一端を浮き彫りにしており,注目に値するであろう。しかし成果も大きいが問題も大きい。
 まず初期産報について。第II部の元になった論文にたいし,すでに拙著『日本ファシズムと労働運動』(校倉書房,1988年)で述べたところであるが,産報懇談会を第1次大戦後からの伝統を引く労使の利害調整組織としてとらえ,その制度と新しい指導精神との不整合をいう佐口氏の初期産報論は,桜林氏から荒川章二氏に至る通説の流れに沿ったものである。私は拙著において通説を批判し,むしろファッショ政策の一環として懇談会をとらえるべきことを論じたが,最近では安田浩氏が拙著の視点をふまえ,さらなる展開を試みている。私が疑問に思うのは,本書をまとめるにあたって,佐口氏がこの安田氏の論述になんら言及していないことである。私の批判にたいしては長い注で反論しているが,それとて私の言い回しの虚を器用に突いてはいても,初期産報の性格をめぐる肝心の論点には触れていない。かりに私が佐口氏の立場なら,このような反批判の仕方はまずしないと思う。ここでは佐口氏が適当な機会に,安田・三輪説について発言されることを期待しておきたい。
 つぎに再編産報について。佐口氏の議論の最大の特徴は,産報を実質のともなわない「矮小」な組織と評価するにとどまっていた通説にたいし,にもかかわらず再編産報の理念は労働者に支持されたと主張する点にある。『産業民主主義の前提』という表題からもうかがえるように,第1次大戦後の人格主義が再編されて産報の理念となり,その産報の理念は敗戦後の労使関係をも制約する意味をもち,その後の産業民主主義の前提となったというのが本書の骨子である。しかし産報の理念が戦後を制約するためには,それが否定できない建て前として広く受け入れられたという前提がなければならない。それゆえこの再編産報の理念が労働者に支持されたという論点は,本書の骨子の要の位置にあり,ひいては『前提』という表題が成り立つかどうかをも左右する。ことは本書全体の成否にかかわっているのである。しかし拙著においてすでに指摘したように,再編産報の理念の分析はなされていても,その理念が労働者によって支持されたという肝心の点は証明されていない。
  佐口氏は支持層が広く存在したとの推測=結論の論拠として,1942年に起きた労働争議のなかに,「国家のために生産能力を発揮するためには生活の安定が必要であるという点」に要求正当化の根拠を置いたり,あるいは「要求項目のなかに昇給の不平等廃止とか賞与不平等廃止などが含まれていた」例があることを紹介している。しかし国家的価値を前面に掲げたり,生活安定や不平等廃止を求めたりすること自体は他の時代の争議にもみられるから,これをもって再編産報の理念を「要求正当化の根拠においた争議」とみなすのは,いささか主観的に過ぎよう。また産報中央の関係者および「一労働者」の発言を紹介しているが,これとて実情をどこまで反映しているか不分明の,かつ再編産報の理念に引き付けて解釈しうるかどうかも心もとない,そんな程度のものなのである。労働者がその理念を受容したかどうかを明らかにするための一番確実な方法は,個々の経営・単位産報の内部にまでおりて,そこでの職場の実情と労働者の動向を検討することである。戦時下のこととて史料的には困難を極めるが,すでに荒川章二氏も私も同様の作業を試みており,佐口氏に不可能なはずはない。そのような努力を行なわず,ほとんど桜林氏が収集した史料だけに依存し,肝心の点の証明を不確かな推測と解釈ですます,これでは怠慢のそしりを免れないのではないか。念のため言っておくと,私は1941〜2年に労働者が産報に積極的に参加するようになったという事実を知らず,それゆえ彼らが再編産報の理念に積極的に反応したとも考えてはいない。
 実証上の難点とあわせて方法上の問題も指摘しておこう。ある理念が社会に受容されるとしたら,それはそれ相応の根拠があるはずである。いかに素晴らしい理念でも,社会的根拠もないのに支持を得て,その後の人びとの行動を制約することなどありえない。例えば「ぜいたくは敵だ」という戦時中の標語がある。この標語が受け入れられたのは,人びとがぜいたくを望まなかったからではなく,むしろぜいたくしようにもする余地がなかったという事情があったからであろう。さらに言えば,ぜいたくしうる人をうらやむしかなかった庶民が,この標語によりぜいたくな人を公然と非難できる,そんな庶民の複雑なそねみの感情がかかわっており,その背景には前述した近代社会の階層性・差別性の問題がある。
 要するに私が言いたいのは,再編産報の理念が労働者に支持されたと主張したいのなら,支持されうる社会的根拠を解明する必要があるということである。この点についての佐口氏の議論は,再編産報の実情は労働者が理念の趣旨を実感できるものではなかったことを認めながら,すぐ続けて組織の実情にたいする労働者の評価と彼らの理念の受け止め方とは別問題であると強弁し,理念それ自体についてはこれを支持する層が広範に存在したと推測=結論するにとどまっている。組織の実情をとおして理念を実感しえないのなら,なおさら労働者の実感を支えた他の根拠を示す必要があるのに,これでは社会的根拠を解明するための視角さえ用意していないことになりはしないのか。このように第II部においては,再編産報の理念が支持されたという肝心の点が実証されておらず,また支持を獲得しうる社会的根拠を明らかにするための視角さえ明示されていない。この点は本書の重大な欠点であろう。
 もっとも私は,戦時中の建て前が否定できない理念として意味をもち,敗戦後の人びとをも制約したという佐口氏の問題意識自体は,理念というものが社会生活のなかで有する独自の意味あいに着目した卓見であり,今後の研究に益するところも大きいと思っている。また佐口氏は産報に限定して論しているが,本書で解明された理念に通ずる価値観は,産報の範囲をはるかに越える社会的広がりをもって,しかもかなり早い段階から存在したと考えている。佐口氏のつまずきは,このような時間的空間的広がりをもつ理念・価値観の戦後への連続性の問題を,産報といういかにも実体のない矯小な運動に引き付けてとらえたために理念を支える根拠の解明に成功しなかったことにあるのではなかろうか。
 再編産報の理念に通ずる価値観は,新聞・ラジオ・学校・町内会など,さまざまな装置をとおして伝達された。国家の指導層としても,自国のウオー・ポテンシャルをはるかに超える総力戦を遂行するためには,有産の遊民を抑制し動労国民としての平等をはかる装置をある程度は講ぜざるをえない。その措置があまりにも不十分で,建て前と現実との乖離がはなはだしくとも,階層的差別的社会にたいするふんまんの捌け口を提供し,平等化への望みをつなぐところがあるゆえに,この理念・価値観は民衆の間にそれなりの説得力をもった。もちろん日清・日露戦争以来つちかわれた膨張主義的ナショナリズム,これも民衆が理念・価値観を受け入れる下地として重要である。およそこのように読み変えて,私流に佐口氏の問題提起を受け止めてゆきたい。

 議論はすでに第II部の範囲を越え,戦後を展望した結論の内容にまで踏み込んでしまった。
序論および結論で展開された本書の枠組みについて,あらためて二点ばかり述べておこう。
 さて第一点。再編産報の理念にそくして戦時戦後の連続を説く佐口氏の議論は,戦後における企業別組合の広範な成立の前提として,産報を位置づけた大河内一男氏の問題意識を,継承発展させたものと理解することも可能であろう。しかし戦後への連続をいうなら,かつて岩村登志夫氏が先駆的に唱え,山本潔氏がその重要性を論証した戦前来の運動の伝統を,まず想起せねばなるまい。また佐口氏は自らの連続説の例証として,敗戦直後の労働組合が「日本経済再建」のスローガンを掲げたことを挙げているが,この点は再編産報の理念の影響を言う前に,敗戦にもかかわらず日本人のナショナリズム,ないし帝国意識は崩壊しなかったという吉見義明氏が明らかにした事実の重みを考えるべきであろう。同じく「経営民主化」すなわち工職平等化要求についても,その背景には戦間期における階層的差別的社会のあり方の変容,戦時期におけるその平準化といった事情があろうし,主体の側にそくしていえば戦後民主主義の問題が重要である。さらに佐口氏が主題とした戦時期の理念の制約の問題については,前述のとおり再編産報の理念というより,戦時下の日本社会全体をおおった理念・価値観の問題として考えるべきであろう。
 いずれにせよ,戦前戦後の連続性の問題は,多様な要素が複雑にからまっており,当然のことながら総合的な考察を必要とする。産報が実体のない矮小な運動にすぎなかったことを思えば,その産報に戦前戦後連続の媒体としての特別の意味を与えようとする大河内氏の議論は,いかにも乱暴で説得力に乏しい。より慎重により限定的に連続を説いている佐口氏の研究を,大河内氏のそれと同列に論ずることはできないが,問題の立て方ないし枠組みとしては,佐口氏も同様の危うさを免れないのではなかろうか。本書は第I部では研究対象を経営内労使関係に限定し,第II部では産報をめぐる国家の政策に限定し,結論でも戦後への連続を産報に限定して考察した。取り扱う問題の大きさに比べ,研究の対象と視角が狭すぎる。私にはそんな気がしてならないのである。
 最後にもう一点。私が違和感を覚えたのは,本書が戦時期をも戦間期と同様に,産業民主主義の形成模索期と位置づけていることである。
しかし「デモクラシー」と「ファシズム」の概念に象徴されるように,戦間期と戦時期の間には,重大な転換ないし飛躍がある。この点に関連し印象的だったのは,92年5月25日の歴史学研究会・日本史研究会共催の書評会において西成田豊氏が,「全人格の国家的隷属」「人的資源」化が進む戦時期に,国家による人格承認をいうのは問題があるとの趣旨の発言をされたことである。私は戦時期の「人格承認」を論ずること自体を否定する気はないが,ただそれと第1次大戦後,デモクラシー状況下での人格承認とでは,人格主義の再編という佐口氏流の論理ではとらえがたい程の質的相違があると考えている。
 「戦時期は単に特殊な,否定されるべき時期としてのみとらえるべきではない。戦時日本の労使関係は戦間期および戦後の労使関係との間で正確に位置付けられるべきなのである」と佐口氏は言う(p.23)。現代労使関係をも眺望する本書のパースペクティブからすれば,戦間期と戦時期との違いが相対化されるのは当然であり,かつ正当なことでもあろう。しかし異質な側面を的確に位置づけないままの「相対化」は,認識の表層化・平板化にほかならない。加藤栄一氏などの提起した現代資本主義論は,戦時期を戦間期と戦後との間に積極的に位置づけつつ,同時に戦時体制のファシズム型とニューディール型との異質性をも,両者に共通する側面に併せて明確にする視点を用意していた。その意味でいうと私には,本書が現代資本主義論を越える認識の枠組みを提示しているようには思えない。ロシア革命のインパクトを強調し,国家介入を重視するなど,本書の産業民主主義論は,内容的にも現代資本主義論と共通するところが少なくないのである。
 序論の注において佐口氏は,拙著におけるファシズム概念の用い方を批判している。しかし私は,時間的空間的に限定してファシズム概念を適用し,かつ日本の事例の内在的分析をふまえ,イタリア・ドイツとの対比における共通性および特殊性を併せ表現するために,疑似革新および「革新」というサブ概念を設定したつもりである。問題なのは,拙著がこのような概念によって,各国の運動・体制の共通性と個別性をうまく説明できているかどうか,あるいは史実に肉薄できているかどうかということであろう。このような分析概念としての有効性に関する検討を欠いたまま,ファシズム概念を適用すること自体を問題にするような批判の仕方は,佐口氏のファシズム概念にたいする抵抗感を表現することはできても,1930年代の日本に関する議論を深めるうえでは十分なものとはいえまい。著者のファシズム概念への抵抗感,ひいてはファシズム概念を用いることを拒否する立場が,本書における戦間期と戦時期との質的相違の不明確を生む一因であるとは,私の勝手読みが過ぎるのであろうか。
 以上,私なりの感想や意見を率直に述べさせていただいた。この小論を書き進めてきて思うことは,本書から考えさせられることが少なくなかったということである。その意味で知的な刺激に事欠かない書であった。私の理解不足,さらには誤解・曲解の類もあろうかと思うが,できるなら著者のご海容を得たい。





東京大学出版会,1991年,iv+286頁,定価6,592円

みわ・やすし 大阪市史料調査会主任調査員

『大原社会問題研究所雑誌』第411号(1993年2月)



先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ