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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




小池 和男 著
『日本の雇用システム──その普遍性と強み

評者: 嶺 学




          

1 はじめに

 学部の演習で,テキストに取り上げ,毎回,興味ある討議をしていたので,それが終了したところで書評をすることを申し出た。討論は順調に進展したが,その後の用務に追われ,この図書が刊行された1994年12月から,1年を経てようやく,責任を果たすこととなった。次々に問題提起をされ,それが国際的にも注目されてきたこの著者の,この労作も興味深いが,その書評が遅れたことは,申し訳ない。
 しかし,こうして生じてしまった時間的経過は,別の視角からは,重要である。すなわち,この期間も日本の経済はポスト・バブルの低迷から脱出することが出来ず,産業の強い国際競争力から,かつて注目を受けてきた日本モデルも,世界の人々から忘れ去られようとしているかにみえることである。小池氏の理論は,日本に特徴的に見られるOJTなどの知的熟練なり長期的な個人間競争の普遍性を主張するものであるが,これを日本経済の効率の良さの主要な根拠とする(2ページ)には,疑念が生じてきたことは,否定できない。産業の国際競争力は,グローバルな,またマクロの諸条件・制度や政策,産業間・企業間の関係と慣行,技術開発など,OJTの外枠の影響を強く受けているようである。小池氏の普遍性の主張が正しいとしても,氏が言及している以上に他の要因による限界も大きいのではあるまいか。付論2で,著者は,太平洋戦争の初期のマレー半島の勝利は,戦場のOJTによる紙一重の優越が勝因であったと指摘しているが,結局,戦争の大局的な勝敗は,より根本的要因によって決まったのである。
 さて,演習のテキストに取上げた理由は,この図書が,色々な場に発表された,論文(初出で15,このうち1987年以降のもの12)を8章と2つの付論にまとめた,論文集であり,章毎に相対的独立性があり,討議の基礎として,特に,著者の考え方・主張を理解するため適切であるという印象をもったためであった。各章が相対的に独立しているとはいえ,図書の題名と副題が,極めて的確に統一された主張点を表示している。なお,小池氏は,猪木武徳氏との共編で『人材形成の国際比較―東南アジアと日本』を1987年に刊行しており,このプロジェクトで,従来より一歩を進め,職場における熟練把握の視点として,変化と異常への対応という,明確な指標を適用し,これは,氏のこれまでの業績の体系化とみられる『仕事の経済学』(1991年,東洋経済新報社)に引継がれている。『日本の雇用システム』は,これらの2著等を補うような位置にあると考えられる。
 この本は,新鮮な事実をいくつか提起している(例えば,アメリカの最先端の弁護士の報酬が,完全な勤続期間別となっていること)。また,江戸中期の儒学者の需給が,強い個人実力主義により貫かれていたという理解(集団主義が伝統的ではないとの主張)や,その実力発揮は,現代における知的熟練と共通するという主張をされている。広い国際的活動に加え,江戸時代の文献も検討された,視野の大きさに敬意を表したい。

          

2 ききとりの作法──方法

 学生にも注意を喚起し,事後的に最も印象に残っているのは,「付論1 ききとりの作法」である。これは,小池氏が長い,研究・調査活動のなかで採用し,経験と氏の個性に基づいて発展させてきた方法の,言わば,研究者である職人の手の内を明かした責重なものである。職場における仕事を通ずる熟練の修得,OJTに関心を集中し,氏はそこから,労働経済や,経済の効率性などの諸問題を解こうとしており,特に,OJTの実態を,一定の理論的枠組でとらえることが必要になる。氏が一貫してとってきた作法は,工学的知識などの事前準備の後,特定の少数の現場の仕事の分担などについて,職長などから,直接見聞すること,それも,経験により,原則2回同じ現場を訪問すること,を中心としている。現場でのききとりは,非常な努力を要することで,それをたゆみなく続けてこられた苦労は大変なものであったろうと推測される。
 付論でいう,ききとりの基礎となる,大胆な仮説,理論的枠組については,このたびは,変化と異常への対応という評価基準で熟練をとらえることを,現場から教えられ,それを知的熟練の視点としたとしている。この視点は,小池氏の知的熟練論を一歩前進させるものとなったといえよう。また,興味深いことは,事前に仮説を設定し,変化と異常に対応するという視点から質問していっても,相手の反応は予期しないものであることがある。そこで,調査者自身,この変化と異常に対応する必要に迫られるが,積重ねてきた経験と著者の理論で切抜けると,新しい事柄の発見も起こるという。
 もちろん,事例を扱う場合,その事例に代表性があるかが問題である。しかし氏の場合,概して,そのような問題性を感じさせないことは注目すべきところであろう。論理的に予想されるバイアスを考慮していることのほか,私の理解では,いかに特殊な企業・職場でも,その社会一般の諸条件や,市場的な諸条件から無関係でありえないことなどによるものであろう。

          

3日本の雇用システム──主内容

 タイトルが,示しているように,この本の主要な内容は,日本の雇用システムについて,それが,ステレオタイプの年功賃金と昇進,終身雇用でなく,個人間の熟練形成に関する長期間の競争を基礎としたシステムであり,これは国際的にも,通用するものであることについて論じている。
 総論的な「第1章 日本の雇用システムのよさ」では,日本の大企業などの普通の雇用システム(雇用・異動と賃金制度)では,適材適所の労働力の配分が,若い年齢層などの移動によって行われていること,高度専門的な技量が,職場への定着により,種々の経験を積むことによって競争裡になされていること,職能資格給的な賃金や昇進の制度はこれに見合い,かつ創造的な研究を可能としているとし,微調整は必要なものの,効率的システムであると論じている。
 第2章は,ホワイトカラーについては,欧米を含めて,資格給,定期昇給,査定(昇給と昇進)が一般的であり,日本も同様であるとする。しかし,日本では,管理職などへの昇進が長期の競争によって行われ,競争に加わる広い層の技量がこれにともなって向上する。ブルーカラーについて,日本はホワイトカラーと基本的に同一であるが,欧米では,労使関係の歴史があり,そうなっていない。しかし,日本風に変化する可能性はあると見ている。
 第3章では,日本の賃金制度が「技能形成の促進策として」機能するように組立てられていることを立入って論じている。その実例も示している(44ページ)。知的熟練の高い労働者は,職場の仕事を広くこなし,その程度も他人を指導する段階に達し,また,変化と異常に対応することができ,そのため背景となっている技術について知識をもっている。このような労働者は,職場に定着して,経験を積むことにより,また,職長などが,組織的に仕事に熟達するようにこの労働者を配置することなどにより実現される。賃金制度はこれらを促進するように編成されているとする。
 第7章は,以上のような日本の方式が,一種のソフトウエア技術であるから他国に伝えられるという主張(144ページ)により,アジア諸国などについて,論じている。日本の方式についてすでに述べられているのと同様であるが,新たに,「仕事表」(職場の各仕事につき個人別に到達能力レベルや配置を示す一覧表)に示されるように,職務の個人分担の範囲が明確であることを主張している。アジア諸国については,1)経験の幅,2)問題の処理,3)資格給・定期昇給・査定,4)職長への昇進について,検討している。まとめとして,経験の幅(広さ)は日本が広いが,アジア諸国でも,特定職務に固定的に従事することなく,班長単位などで仕事を分担しており,アジアでも一般労働者が一部,異常に対応しているとする。資格給・定期昇給・査定はいずれもみられる。ただ一般労働者の昇進では班長程度であり,日本の方がブルーカラーの昇進の上限が高いとしている。このように多少の差はあるが,日本のシステムはアジアでもあてはまる普遍性があるという。
 終身雇用について,日本の大企業でも2期の赤字で解雇を行い,中小企業とあまり変わりがないと指摘(147ページ)しているほか,特に高齢層の解雇については,第4章で,日本とアメリカ,イギリス,ドイツとの比較を行っている。簡単に要約できないが,条件を付して希望退職募集するといった傾向が広まっていることなど,類似性が見られる。他方,差異もあり,日本の場合,役職定年,ヨーロッパより低い年齢での離職がみられる。小池氏によれば,長期勤続者は,知的熟練は蓄積しており,簡単に解雇することは,企業にとっても利益にならないところから,慎重な希望退職などの方法が選ばれる(65ページ)。

          

4 アプローチの基本にあるもの

 以上で言及していない章としては,小池氏が最初に公的政策提案に関わった外国人労働者に関する問題と,東京本社へのホワイトカラーの集中の問題の二つがある。いずれも著者の論理と関わっている。特に後者における,日本の取引慣行との関係づけは,日本の取引慣行が国際的に問題とされている現在,考えてみるべき論点を含意している。
 小池氏は,他の関連著作を含めて言って,2のような方法,その他の実証的方法で,雇用をめぐる「常識」に挑み,特に日本のシステムが普遍性があることを示す努力をされ,それを積み重ね,そうする中で新しい熟練の視点を見出し,その有効性を示そうとした。そして,熟練の実態や把握の仕方について,論争を呼び起こす新しい問題提起を行った。しかし,熟練については評者の見解を別に少し述べた(『作業組織と労使関係――日本の自動車産業の場合』法政大学大原社会問題研究所調査研究資料 No.1 1994年)ので,ここでは立入らず,より大きな問題,氏の論理の背景にかかわる問題として,私の感じたところについて述べたい。これは1で述べたこととも関連している。
 まず,小池氏は,知的熟練なるものを促進するような,賃金制度が日本の大企業に成立しており,その中身としては,資格給,定期昇給.査定のセットを挙げている。職能資格制度,人事トータルシステムなどと言われるものがこれに該当しよう。しかし,この制度も,前身となるものの上に,歴史的な経過を経て,80年代位から体系化され普及したものである。仕事表も,自動車の生産システムなどの一環として定形化されたと思われる。これらの制度で,日本の企業は,能力主義化を目指した。従って自動昇給,自動昇進,年齢別賃金保障などは最低限に押さえられてきた。しかし,今日の経済的環境のもとでは,企業がこの制度自体を修正し,できうるなら放棄しようとしているようにさえみえる。例えば,多様な雇用形態の利用,年俸制など。また,長年の経験を蓄積して熟練を高めた従業員もリストラクチャリングのなかで実質解雇し,将来のホワイトカラー基幹要員となるべき層の採用を極力圧縮しようとしている。これは景気動向による一過性の措置である可能性もあるが,小池氏が普遍性を主張し,日本がそのモデルとなっている,雇用・賃金のシステム自体が日本において,大きく変動しつつあるように,私には見える。氏の普遍性のモデルないし座標軸自体が動揺しているのではなかろうか。
 つぎに,副題にある「普遍性」を小池氏は,市場経済における有効性,効率性として把握しているように思われる。しかしながら,現代の世界は,民主主義を公理としており,産業においても,それに相応しい条件が求められる。建前にとどまることも多いが,市場原理との調整により,公正な競争の基準が漠然としてであれ形成される。これは,労使,公共当局などが形成した,公正競争の枠組にかかわる普遍性ではあるまいか。例えば,雇用の終了である。希望退職募集が,実質解雇の方法として広まった背景には,労働基準の普遍性をしばしば問題としてきたILOの条約勧告の発展といったものが,各国の慣行に影響していると思われる。
 この本は,親しみやすい論文集であるが,小池氏はいつものように,問題を提起するとともに,読者を考え込ませるよう誘引している。




東洋経済新報社,1994年12月,xi+259頁,定価1,700円

みね・まなぶ 法政大学社会学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第448号



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