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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




サンドベルイ編著
『充実した生産方式
     −−ボルボ・ウッデヴァラ工場とリーン生産方式




評者:嶺 学




          

 1 本書の背景・主題・構成

 この論文集(編者総論のほか23編)は,以下にふれるように,日本で,現在も関心深いテーマを扱っており,現時点で取り扱う価値はあると思われる。ボルボのウッデヴァラ工場は,同社のカルマル工場が1970年代の労働の人間化の象徴的存在であったように,1980年代末から1990年代の初めにおける,同様の存在であったから,両工場の突然の閉鎖は,労働の人間化に積極的関心をもつ人々に,衝撃を与えた。地元のスウェーデンでは,閉鎖計画の発表により論争がおきた。また,労働の人間化の調査,推進などにあたってきた,スウェーデン労働生活センターが改組縮小された,スウェーデン労働生活研究所(the Swedish Institute for WorkLife Research)も,この工場をめぐる経験を集約するとともに,国際的な視野で比較を行うことを決め,この図書が生れることとなった。本書は,編者総論のほか,4部に編成されている。第1部は,ウッデヴァラ工場の生産組織を,いくつかの専門分野から論じたものと,閉鎖前のカルマル工場での革新を中心に紹介したものからなっている。第2部は,ウッデヴァラ工場の生産性などの成果と,作業組織特性などに関する経験の評価に関する論文と,アメリカ(NUMMIとサターン),ドイツの自動車工場と,ウッデヴァラ工場の経験を比較した論文などからなる。第3部として,多国籍企業としてのボルボ・グループが,世界各所にもっている自動車関係の生産システムについて叙述されている。5つの工場の生産方式は,それぞれ異なっており,例えば,ベルギーのゲントの工場は,ほぼ伝統的な自動車組立ラインをもっている。従って世界的なボルボ式生産システム(ボルボイズム)があるわけではないことも示される結果になっている。国際的視野の第2として,第4部「リーン生産方式を超えて」の6論文は,リーン生産方式の問題点などを探っているものである。
 さて,タイトルであるEnriching Productionは,本書で新しく用いられた表現であるという。定義は,良い仕事と生産性の同時実現を目標とする生産,経営のありかたで,これにより,仕事が好ましいものとなり,労働者,投資家・所有者が,利益をえる(ixページ)。従来から用いられてきた類似用語に,job enrichment(職務充実)があるがそこでは,労働者にとって満足できる仕事と結果としての生産性が,関心事であったといえよう。しかし,ここでは,上記の諸目標の同時実現を目指す活動が問題である。この概念において,本書では,仕事そのものもの,それを組織した生産システムにとどまらず,経営組織や経営戦略,労使関係も視野に置いている。さらに,第4部では,現在の世界的規模での競争に関連して,生産システムの評価が問題とされているわけで,課題とされている視野は,大きいとともに問題関心はきわめて今日的である。
 さて,第4部の前記の表題もそうであるが,この本の副題は,リーン生産方式が問題を内包しており,ウッデヴァラ工場の生産方式が,その代替プランたりうるか,展望を行おうとした編者の意図を示している。編者と寄稿者で,工場閉鎖の理由に言及している者は,ウッデヴァラ工場の生産方式を,高く評価し,その工場閉鎖は,生産システムの欠陥によるものでなく,ボルボが生産の集約化を迫られた際,企業内,労働組合内の勢力関係により犠牲となったものであることなどを指摘している。ただ,編者も,リーン生産方式に替わって,将来,ウッデヴァラ方式が採用されてゆくとまでは,考えていない。リーン生産方式が,唯一の優れた自動車あるいは,工業製品一般の生産方式であることは否定するとともに,ウッデヴァラ方式がなんらかの形で,これを代替しうると,想定しているようである。

          

 2 ウッデヴァラの生産方式

 これについては,3つの論文が掲載されている。日本でも紹介されているが,基本的なことは,移動組立ライン(基本的に極めて長いラインで,作動者が特定された範囲の狭い組立作業を行う)を廃止し,8人位のグループが,固定した作業場所で,並行して組立て,2人で車の組立て作業の4分の1程度を100分程度の周期で行うことである(66ページ)。どのような経過や理論でこのような斬新な措置がとられることになったのか,よく知られていなかったので,その設計の過程を紹介した,エレゴールド(Kajsa Elleagard)の説明は興味深い。当初は,伝統的発想で,700人が2分のサイクルでラインを通じて1台を組立てる計画から出発するが,発想を転換し,それぞれ車全体を機能別に分担してグループで組立てる職場を複数おくプランを経て,職場内で各グループが車全体を組立てることになってゆく。その間,自動車工場の経験のない労働者が,実験職場で,実際に経験しながら,工場の設計案が改訂されてゆく。
 仕事の1循環が,車の4分の1にも及ぶような,広範囲で複雑な仕事を普通の労働者(チームワークの促進,それぞれの性・年齢層がすぐれた特性をもつとの観点などで,従業員の構成は,4割が女性,25%が45歳以上といったもの[55ページ]。地域の人口の年齢構成に見合う)が,みな,習熟できると考え,それを実現したが,これはウツデヴァラ方式の画期的なところであろう。
 ボルボには,その理論はなく,職業教育・訓練に関する理論を外部から借用したのであるが,ニルソン(Lennart Nilsson)の論文によると,ボルガの技術者等がとらわれていた,労働者の担当する仕事を何分位まで延ばせるかといった,知識・熟練を付加してゆく発想ではなく,実際の現物に即しつつ,まず全体を,つぎに,その部分をという順序で,理解し,組立てにあたっては,どのような機能をもつ部分をつくるのか,どの部品,道具を用いて,どのような順序で組立て,どのような精度が求められているのか,作業の結果が適切か,検査して適合しているか,など,理解したところを自問自答しながら,作業してゆくという方式(reflectivemethod)を,実験職場で試み,数カ月で,実際に可能であることを実証した。この方法は,熟練職人が行ってきたものに相応しているとのことであり,各種の判断,検査や,手直しなども内包しており,なによりも,テイラー主義と対照的に,考える労働者がそこにいることが注目される。
 この職業教育・訓練の理論の実践を支える,部品の供給方法が,開発された。それぞれの車に必要な大小の部品が,一定の方式により整理されて,自動搬送車で,特定の組立作業場所に運ばれる。その整理の仕方について,分り易い説明がないが,ひとつには,部品の大きさにより,大物は個別に,中位の部品は,キットに,小さなネジなどは袋に,入っている。特に,キットの部分は,車全体を解体し再び組立てる場合の構成,順序を考慮して,整理されている。また,作業者に与えられる情報も,全体と部分の関係が明らかになるようになっており,部品も番号でなく,言語で自然に分る叙述をとっていた。そして,論文には,書かれていないが,1台分の部品を整えるについては,高度の自動倉庫管理の情報技術が応用された。
 ウツデヴァラ工場は8〜10人のグループが,組立ての基礎的な組織であった。各組立職場には8つのグループがあり,6つの組立職場があった。基礎的な組織は,半自律的作業集団であり,スウェーデンの他の先行例と同様,代表者の選出を含む自律性がつよい。また,並行作業で,グループ間で情報が交換されないこと,部品供給部門との連絡の必要から,組織のフラット化を行い,作業集団への分権化がいっそう進展した。
 最後にこの新しい生産システムが導入された背景としては,車の仕様の多様化,好ましい評判と実績のあったカルマル工場より前進したいとの経営の意思もあるが,計画当時は,賃金が,平準化しているなかで,安定した労働力を確保するためには,魅力ある職場とする労働市場的な条件があったことは,いくつかの論文で触れられ,編者の考えでもある。 労働組合が計画当初から参加し,組合のメンバーが,設計チームでは,経営側と一体となって工場のデザインにあたったことは,この国としても,新しい経験であったようである。

          

3 効率と組織的学習

  ウッデヴァラ工場の操業期間は,4年であり,その期間中に伝統的思考の管理者が入って,革新が停滞した時期があったものの,その閉鎖(93年)前の,組立時間は,ボルガの主力工場,トルシュランダ並みに達していた。この工場で,車全体を一人で組立てうる者が出たが,そのうち何人かの組立時間は,20時間を割り,10時間をやや上回る程度の者さえあったと編者は述べている。工場としては,操業が続けば,さらに,生産性が飛躍的に高まる可能性もあったという含みである。ウッデヴァラの効率と組織特性について各所に言及があるが,第2部で,ベルグレン(Christian Berggren)が,詳細な検討を行っている。彼は,組立時間が低下を続けたことのほか,品質(市販後指摘された欠陥件数が指標)がよく,モデル・チェンジを低コストかつ円滑に行いえたこと,受注から配達までの時間が短いことなどを指摘している。なお,閉鎖前には,受注した車のみを生産し,注文主からのオプションの変更が,直前に行われても,対応可能であるといった態勢になりつつあった。また,作業組織の特性から,ウッデヴァラの作業者は,製造過程の知識・経験からデザインの過程に参加できたことが,ブロムグレンとカールソン(Henrik Blomgren &BO Karlson)により,指摘されている。ところで,アドラーとコール(Pau1 S,Adler&Robert E. Cole)は,ベルグレンの数値を検討・批判するとともに,作業組織が効率を高めるための組織的学習について,NUMMIにおける標準作業を標準作業として「改善」する方式が,合理的であり,ウッデヴァラでは個人の学習はなされるが,組織的学習の方法がないと,批判した。
 これに対して,ベルグレンは,ウッデヴァラでは,組織階層を滅らし,職場間の意思疎通を円滑にしたことや,技術者の現場への進出など経営組織面の改善がなされて,改善などが普及定着するようになっていたと反論した。
 アドラー=コールは,ウッデヴァラに批判的で,日本的生産方式と区別したうえで,強力な労働組合が参加したNUMMIのリーン生産方式が,労働生活の質の面でも,まずまずの水準にあり,現実的には,優れた方式であると判断している。

          

4 リーン生産方式の批判

 MITのウオマック(James P. Womack)等の著書The Machine that changed the world ,1991は,リーン生産方式が,自動車工業でもっとも優れた生産方式であることを説いており,そのなかで,ウッデヴァラなどの職人的な熟練に依存する方式は,到底競争に耐え得ないとした。この見解は,ヨーロッパの自動車産業界にも,大きな影響を及ぼし,特にスウェーデンとならんで,熟練労働者に依存し,組立ラインを一部廃止していた,ドイツではそうで,リーン生産方式採用に傾き始めたとされている(2部のユルゲンス(Ulrich Jurgens)論文)。二つの生産方式が対極にありとすれば,本書にとり,ウォマック等の所説の批判は,重要な課題である。
 第4部では,アルトマン(Norbert Altmann)は,日本的生産方式を,労働市場構造,合理化と人事考課と一体のものとしてとらえ,作業組織は,テイラー的で厳しく統制され,改善が生産工程の安定化と生産性の上昇,タイトな労働をもたらし,条件の違うヨーロッパには,導入できないのみでなく,日本でも改革が必要となっているが,それにも支障があると,詳細に論じた。ヨンソン(Dan Jonsson)は,ウォマックの所説を逐一テクニカルに批判したほか,それが,組立時間や組立の質など全体のごく一部
にとらわれた見解であると,アルトマンと同じ認識を示した。
 リーン生産方式が,ヨーロッパで影響を与えつつあるとき,その発祥の企業トヨタでは,種々の改革が行われ始めていた。新トヨタ式生産方式ともいわれる。これについて,3論文が寄稿されている。バブル景気下の環境の変化に応じて,新しい経営戦略の採用,工場の生産方式の革新,人事労務管理の見直し,ホワイトカラーの管理の改革などが行われたが,これは,市場条件(とくに車種,仕様の多様化)にもよるが,不足的な労働市場の条件から,労働者に好まれる条件を用意せざるを得なくなったことを指摘していることでは,いずれも共通している。リーン生産方式が,ミクロ的には,競争力に優れているとしても,マク口的には,失業を中心とする,社会的コストをともない,なんらかの余裕が必要であるとした,アウアー(Peter Auer)の論文が最後に掲載されている。

          

5 評 価

 まず,最初に述べた背景で成立した本書は,ウッデヴァラ工場に関与した人,スウェーデンの自動車工業の研究者などの執筆者の論文を集めており,労働の人間化の象徴であったこの工場をめぐる,諸事惰を記録していることで,大きな価値をもつと言えよう。これにより当事者の発想や新たな事情を知ることができる。また,自動車産業の生産方式に詳しい論者が,ウツデヴァラの生産方式対リーンないし日本的生産方式について,論じており,ウッデヴァラという独創的な社会的経験を評価する場合,基本的参考資料となろう。
 しかし,この本は,執筆者間の意思疎通が行われたと思われず,先に触れたように,リーンこそ,現実的,合理的であるとの論文も含まれている。そこで論争となっている点が,いくつもあるが,この本は,論争を意図して全体が編集されているわけではない。また,リーン生産方式と日本的生産方式を区別している論者もあれば,そうでない論者もある。これともかかわるが,生産方式を,それだけ切り離して考えうるか,それとも,人事管理,階層的労働市場,労使関係と不可分とみるか,扱い方が違う。生産方式を狭く限定する立場で,リーン生産方式を普遍的なものとみなす主張がなされた。しかし,この方式が,現実に広く普及している日本では,日本の社会的条件があり,それは,ヨーロッパでは到底受入れられそうもない。論文集であっても,基本的な概念,共通な論議の平面などについて,もう少し整理がなされれば,読者にとって,豊富な情報を体系的に理解しやすかったのではなかろうか。
 編者は,2工場はその構想に積極的意義があり,生産性その他の効率面でも失敗ではなかったと考えており,その経験は,活かせると想定している。 しかしテイラー・フォード的ライン組立方式と,1人,2人ないし少数グループによる全部組立の方式は,根本的に発想が違うとの論文もある(エレゴールド)。そうであれば,労働力不足下では,好まれない作業条件の改善が行われるといった共通の傾向は別として,内容的に,簡単にウッデヴァラの経験を活かすことはできないことになろう。編者は,そのあたりについて,諸論文を踏まえ,独自に掘り下げてほしかった。私としては,ウッデヴァラの組立工程が、自動化された部品供給システムのもとで可能となっていたことに注目したい。一方で自動化が進み,残された手による労働の部分は,1人で全体を組立てた方が,効率的なことがありうる。それを実証するのは,この本の製作の最終段階で注記されることになった,ウッデヴァラ再開のニュースである。多分,需要のロットが小さいとか,個別の仕様を要求されるとか,仕様が常時変化するとか,高級品であるといった条件のもとでは,相当の長さのサイクルの1人組立てが,もっとも,効率的であるらしいこと,そして,労働者の自己実現の満足感があることが,日本でも,最近実証され,電機産業などでは普及している。ウッデヴァラ的な方式は,全体的システムとして,「代替的」にではなく,システムの部分として,半自律的作業集団,熟練者による分業なき仕事,組立ラインの廃止などの要素が,労働者にとって好ましく,生産性とも矛盾しない施策として,一定の環境のもとで活かされる可能性がありそうである。 





Åke Sandberg (Editor),Enriching production−Perspectives onVolvos Uddevalla plant as an alternative to lean production, Avebury (Aldershot,England),1995.xiv and 459 pages.

みね・まなぶ 法政大学社会学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』』 第466号 (1997年9月)


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