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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




C.ベリグレン著/丸山惠也・黒川文子訳
『ボルボの経験――リーン生産方式のオルタナティブ



評者:嶺   学



1 翻訳の狙いと日本版序文

 原著は,英語で書かれ,イギリスではマクミラン社から,訳のもとにあたる書名で,93年に刊行され,訳者によれば,同一内容のものが,アメリカでは,Christian Berggren, Alternatives to Lean Production ――Work Organization in the Swedish Auto Industry, ILR Press, 1992. として出版されている。評者は,書評にあたり,アメリカ版を利用した。翻訳書の書評には,著作内容に関することのほか,翻訳を巡っても,評価が必要であろう。これと関連し,まず,訳者がどのような意義を認めて,この図書の翻訳を行ったかについてふれておこう。訳者によれば,(スウェーデンにおける)ボルボ生産方式について,よく触れられるが,沿革,特徴,今日的意義などについてよく知られておらず,これについての第一人者が書いたこの図書を,紹介する価値があると考えたためである。訳者のこの動機は原著の内容に照らして,理解できるものである。一部抄訳となったのは,残念であるが,この図書の主要な部分では,スウェーデンにおける生産システム,作業組織の展開の軌跡をたどり,労働者に対する影響などを含め,上記のような問題を掘り下げて見事に分析している。
 原著者は,その題が示すように,作業組織なり,生産システムについて,リーン生産が唯一ありうる,あるいは,望ましい生産方式であるとの(ウォマック等の)命題を否定し,オルタナティブ(複数形)があり,その実際の経験としてボルボの軌跡を描いたと思われる。リーン方式を批判的にとらえつつ,スウェーデンについて叙述し,最後の部分で,その統合と代替について原著者は論じている。
 日本語版の序文では,原著書発行以来,スウェーデンの社会経済的背景は一変したこと,自動車組立について,ボルボは日本の会社との協力関係を通じ,生産や製品開発につき「日本化」の方向にあるとしていること,他方,トヨタでも人間的生産への志向が見られることを指摘している。このように英語版の時期よりさらに統合の方向に進んだとしているが,統合をさらに進めるのは,地球環境に適合する製品開発,長期安定雇用などについてであり,作業組織,生産システムでは効率と人間中心のあり方を両立させるような研究を深めるというものである。
 なお,日本語版への序文で,スウェーデンの作業組織の軌跡の到達点であった,ウデヴァラ工場が新しい装いで,高級車の製造を展開していることを伝えており,人間中心的な生産方式が,その活動分野が限定されているとは言え存続していることは,労働の人間化に関心のある日本の人びとにとり,貴重な情報である。

2 図書の構成とリーン生産方式の評価

 この図書の第1章は,序論的な叙述と,本書を概括する内容となっている。読者が,通読後再読すれば,原著者の論点を再確認できよう。序論的な点では,リーン生産方式を評価した,ウォマック等の見解について,それが組立ライン方式の徹底であり,作業条件等の問題を無視している,と批判したい原著者の狙いが伺われる。スウェーデンでの特異な展開が,特有な背景があって起こったこと,作業組織をめぐる諸論議との関係も示されている。続く第2章「トヨティズムの展開と移転」で,日本国内の自動車工場と,アメリカに進出した工場について,既存文献や実地調査から,リーン生産方式の評価を行っている。第3章から第8章までは,背景をふまえつつ,スウェーデンにおける独特な作業組織の展開とそれを支える技術条件などについてボルボを中心とした軌跡をたどっている。第9章から第12章までは,人間中心的な作業組織により,労働者の作業条件,自律性などにいかに影響が及んだかについて,調査結果をふまえつつ論じている。「ポスト・リーン生産に向けて」と題された第13章は,要約・総括と結びで,第2章で比較対照とされたリーン生産方式との関係とその将来予測などが書かれている。
 原著者にとって,リーン生産方式(トヨティズム)は,テイラーリズムの複雑な延長と考えられている(34ページ)。そのオルタナティブとしてスウェーデンの経験がある。第2章は,すでに多くの人びとによって論じられてきた事柄を整理しているのであるが,その視点には,注目すべきものがある。第1に,日本の戦後の自動車産業における労働運動の崩壊と協力的な企業別組合の形成を指摘している。これは,仕事に関して,管理に組合の影響が強く及ぶスウェーデンとは対照的な条件を指摘したものと考えられる。生産管理については,歴史的に小ロット生産を基本として発足し,モノ,ヒトを極力削減することが目指され,そこから一連のリーン生産システムの諸技法が形成されていたとする。第2に,リトラーに従い,3側面からテイラー・システムとリーン・システムとを比較する。要約すれば,1)細分化,標準化,管理された作業組織は同じである。2)機能的に専門化した管理が,テイラーの理想であったが,リーン・システムでは重層的な組織層などが広い管理責任を持っている。3)経営が個人と個別に,しかし,薄い関係(職務,金銭中心)をもつのがテイラー主義のやり方であるが,リーン・システムでも人事考課などで,経営が個別に労働者を把握する。他方,終身雇用と引き換えに,会社に対する無制限のコミットメント(休暇をとらない,無償の準備作業,企業運動会等)があり,濃厚な関係が維持される。
 北米進出自動車工場については,従業員の厳格な選抜がなされたこと,労使関係により変容をきたしている場合もあることを指摘した。
 リーン生産方式には,対立する評価があるわけであるが,ベルグレンは,労働者にとって両刃の剣であって肯定的な側面もあるが,否定的な側面もあるとしている。しかし,章全体としては,原著者は,否定に傾いている印象が強い。章の結びとして,リーン生産方式が,自動車の生産方式の最終の到達点ではないとしている。

3 ボルボの経験の軌跡

 第3章は,スウェーデン自動車産業の概況と特徴が紹介されており,遠い外国の事情を知る上で便利である。また,特異な生産方式が生まれるひとつの背景を示唆することにもなっている。世界規模で見ると乗用車では,生産のシェアは小さいが,ロットの小さい大型トラック,バスでは製品特化などで重要な地位を占める。(これらの大型車両での生産方式の経験が乗用車にも展開されてゆく。)第4章は,軌跡の背景として,労働市場と労働組合について述べている。労働力不足が最近まで持続し,この産業は,若者等にとって,きつい,嫌われるといった条件であったが,労働組合の連帯賃金政策により,その賃金が代償的に高いということはなかった。一方,労働組合の組織率は極めて高く,職場レベルでもよく組織され,法的枠組みにも支えられ,作業組織の設定などに参加してきた。また,世界的傾向として,製品の多様化に柔軟に応ずる必要性が生じた。ボルボではトップ・マネジメントの政策もあり,新しい生産システムが,労働組合参加のもとに進められることとなる。しかし,失業率の高い,ボルボのベルギーの工場では,伝統的システムが持続した。原著者は,社会的背景を生産システム改革の重要な要因と見なしていると思われる。
 第5章は,スウェーデンにおける軌跡の分析の枠組みを示す,方法上重要な章である。原著者は,X軸に技術的生産工程のデザイン,Y軸に組織のデザインをとり,この図上に諸経験を位置させる構想を採用した。これは,北欧の人間中心的な生産システムの理論的根拠となってきた社会・技術システム論的アプローチを配慮したものと考えられる。伝統的組立工程では仕事が細分化され,標準化された持ち場が,全体として統合されるが,これにより,実際上生じる作業時間のロスは,かなり大きく,それは,70年代にスウェーデンで生産技術者の問題となった。品質,製品の多様化からも問題があり,こうして,新しい試みが始められた。X軸については,テイラー主義的な技術的編成(第1段階)から,1〜2人で,またはグループで全体を組み立て,これらが平行して行われる第4段階(さらに,それに品質検査,テスト,調整などを統合した第5段階)まで段階が考えられる。段階を進むとラインは短く,並行したものとなり,さらに消滅する。サイクル・タイムは,段階とともに著しく長くなる。X軸が技術的尺度であるのに対し,Y軸は社会的であり,権限,情報,責任が,個人に対してほとんど与えられない伝統的な状態(第1段階)から始まり,グループに権限等がほとんど委ねられる第4段階までが区分された。日本では,技術システムと関連して,作業者の権限が高まるといったことがなく,この図式はあてはまらないという。
 作業組織は,熟練形成と関連し,Y軸の高い段階は,仕事を離れた理論的学習が対応し,OJTは,低い段階のものとされる。スウェーデンの経験は,図式上基本的に北東方向へ向かうものであったが,原著者は,X,Yが高まると低い段階とは別の危険が生じることにも留意していて,現実的,実証的,周到な著者の態度が表れている。そのため,例えば,Yの高い段階で生産が円滑に行われるには,労使の協力が必要であるということになる。
 第6章から第8章までには,この図式をあてはめつつ,6つの事例研究がなされている。伝統的組立方式の主力工場TCはXとYが(1,1),ウデヴァラ工場は(4,3.5)に位置している。カルマル工場は(2,1.5)で意外に低い位置にあるが,ボルボのシャーシ工場LBは(3,3)スカニア社のカトリネホルム・バス工場は,(4,2)と相当に高いレベルにある。これらの章は,われわれ外国人にとり,あまり知られていないと思われ,貴重な部分であるが紙面の都合上省略し,ウデヴァラ工場に関わるところ(第8章前半)についてのみ,触れておく。
 ウデヴァラ工場の特徴は,6点にまとめられている。1)少数者で,車全体を組み立てる小規模生産。それを並行させる方式。これらに適する建屋。2)個々の組立キットを集中管理で供給。3)組立では,理解すれば,容易な作業と,材料作業場における材料取扱における高度技術の適用。4)機能別,全体的な組立と材料取扱に対応する新しい製品の分析と情報の編成。5)括的な人間工学的努力。6)フラットな組織と広範な(自律的な)チーム。しかし,ブルーカラーとホワイトカラーの境界は残されている。

 以上については,これまで紹介されてきたものと大きな差異はないが,他の文献や,旅行者の観察ではえられない,詳細な実情を把握したうえ,特徴をまとめている。組立のみに関心が集中しがちであるが,部分組立や,1台ごとの部品が揃えられる,材料供給の部門なしには,組立の革新は不可能であり,その紹介は,興味深い。また,製品が多様化し,仕様の変更が頻繁になされるなかで,誤りなく,全体的な組立を行うため,新しい技術的言語が用いられた。これは,機能のどれか,どのレベルの部品かなどを区分できる有意味な言葉で表現されている。その際の用語は,いくつもの要請(例えば,機能,様式,左右対応など)が区分されて認識されるようなものでなければならない。これを用い作業者は,部品の変更などがあっても,車全体の機能と理論的理解に立って,誤りなく組み立てることができるようになっていたようである。伝統的な細分化された組立では,部品は番号で表示され,作業者は,どこの作業か,どの様式の車のための作業かなどを理解する必要もなく,指示に従って作業すればよいといった状況であった。新しい用語により,意思疎通や知識の伝達が容易ともなった
 作業開始後の問題や,推移,ボルボの経営上の苦境,労働市場条件の変化,内部の意見対立など生々しい事情が叙述されている。問題を自律性の高い集団に限定しても,少なくとも操業当初は,チームにより保守的なところ,生産性や質が高いところの差異が目立ったという。しかし,外部の批判にも拘わらず,平均的生産性は高まり,モデル・チェンジを円滑にこなした。

4 作業組織と作業条件等

 第9章で,先行する調査などの検討を行い,周到な準備をもって,85年から87年に5工場で,質問票による調査をおこなったが,それに基づき,述べている。基本的な問題意識としては,先の図式で北東方向へ作業組織が移行することにより,実際,人間的に好ましい状況が実現されているかを検討することになる。作業組織の革新は,まさにそのようなことを,少なくともひとつの主要な目標としていたから,そのチェックの意義もある。第10章では,ボルボのスウェーデンでの主力工場(TC,伝統的な組立ライン)での短く早い作業サイクル,ラインへの拘束,身体への悪影響,精神能力発揮不能の状況,不満感などが,調査結果から改めて確認されている。第11章では,図式上にそれぞれ,位置する5工場についての比較である。北東方向へ移行すると,おおむね,期待された結果,例えば単調感の減少,身体的負担の低下,満足感の上昇などがみられる。しかし,時間的圧迫感は,図上の位置とは関連がないようである。

 第11章では,図式のY軸上で異なる位置にある3工場について,仕事に関連した事柄12項目について,職場のグループに与えられている権限等について,調査結果を報告している。Yの地位の高い工場では,課レベルの問題(休暇,人員計画,2〜3週間の計画など)にも,相対的に多く権限をもつとともに,実現されていない場合に,それを期待する者も多い。これは,Yの地位の低い工場と対照的である。しかし,Yの地位の高い工場を含めて,生産のデザイン,生産のペースなど,経営レベルの問題については,一般に労働組合の影響力に期待している。

5 代替と統一 −−評価

 ポスト・リーン生産に向けてと題する第13章では,これまでの叙述を詳しく要約している。そのなかで,ボルボの軌跡は,カルマル,LB(重量トラック組立),ウデヴァラが,3つの主要ステージとされている。その前に,バス組立の経験,いわばその横に伝統的ラインの改革努力と失敗という,TCの経験が配置されていると言えよう。
 つぎに,ウデヴァラに帰着する全体的な組立の生産性などは,スウェーデン国内レベルでは,高いものに達していたとしている。これは,作業条件の向上などとともに,原著者が人間中心的な全体組立方式が,現実性のあるライン組立の代替策でありうる確信の表明(289ページ)に連なっていると思われる。ライン生産方式が世界的に普及したなかでは,製品がそれを予定して設計されたり,工場相互間の情報の利用などの利益もあり,革新的な脱ライン方式が定着するのは困難であった。紆余曲折を経て到達したウデヴァラ工場もなお,実績が見守られるといった状況であった。
 原著者は,さらに社会・技術システム論のいう,いわゆる組織選択の理論は,長期的に実証されず,技術システムに,作業組織等が適合するような関係あるという主張,スウェーデンの職場グループが,労使間の妥協の産物であることなどを指摘している。これらは,長年の調査経験等に基づく重要な指摘と評者は考える。
 章題となっている事項は,章の終りの部分に叙述されている。リーン生産システムの基礎は,細分化,標準化された短いサイクルの作業のシステムであり,これは,強い時間的強制のもとにある。このシステムを支援するJIT,カイゼン,人事制度,系列企業の統合などがあると見ていると思われるが,そのリーン生産システムも,日本ではバブル好況の労働市場条件下で,転換期に入り,労働組合の批判もでてきた。労働者に対して温かい工場の建設が目指され,これはスウェーデンにおける経験と共通するところもあるとしている。
 原著者は,スウェーデンにおける経験の成果の第1として,ウデヴァラ工場に代表される全体的な作業組織は,市場の要求に適合し,現実的であり,肉体的,精神的負荷を軽減したことをあげる。そのほか,人間工学的な改善,緩やかな作業システムの統合とこれにより,多様な層の必要を受入れうるようにしたこと,労働組合の参加をあげる。しかし,原著者によれば,政府の経済政策により,生産性を一貫して向上することはできなかったため,われわれ世間一般から見れば,挫折と見なされる事態となった。
 原著者は,人間中心的な生産方式が,リーン生産方式から製品開発,未経験者の訓練に標準作業を利用しうるといったことで,交流はできるが,調和不可能な点があるとしている。能率を作業時間で計るのみか,人間的影響を考慮しつつ効率化を図るか,細分化の伝統を守るか,作業者の自律を高めつつ中央調整を図るかといった基本方針がそれである。ここでは,企業が,作業組織や生産設計の選択をしなくてはならない。諸代替案があり,問題は複雑であり,すべての企業,すべての労働者に適した,唯一のやり方があるわけではないという。原著者は,これらの戦略的選択に労働組合の果たすべき役割が大きいとしている。労働組合の監視が不十分なところ,社会経済的条件が悪い地域に,リーン生産方式が普及しつつあるとしている。
 原著者は,スウェーデン自動車産業の作業組織を中心とした諸状況,諸問題を長い期間をかけて研究し,これらを,自分の分析枠組みで示し,他から得られない情報の提供を行ったことで,関心ある人びとに大きな貢献をしたことを積極的に評価したい。また,直前に述べたように,社会・技術システム論の基本的命題に問題提起したことや,ウデヴァラ工場に一応帰結したフォーディズムの逆転というべき,一人または少数による全体組立方式が,現実の条件下で,成立可能であると実証しようとしたことは重要な問題提起といえる。しかし,この著者の実証的な叙述のなかに,散見するが,人間中心的な生産システムは,なお未解決の問題を含むように思われ,それらの解明を可能な限り行ってほしかったという印象である。例えば,先にあげたように半自律的作業集団間の生産性の違いがある場合,自律性を損なわずに,どのように調整することができるのか。半自律的作業集団に権限が委ねられたもとでも,効率維持のため,経営によるある種の強制が起こりそうである。それをチェックするものとしては,多分労働組合の機能に期待するのであろうが,明示してほしかった。統合と代替の関係についても,統合可能なものと不可能なものとを区別したが,そうすると,近未来像は代替案がいくつかあるということになるのか,他方,日本語版序文では相互に収斂するような表現もあり,統合と代替の関係の捉え方が,現在も原著のままなのか,日本語版への序文でもう少し論じてほしかった。

 最後に,翻訳について。日本語として体をなさないところ,意味がとれないところなどが相当ある。何回か読んで原文にあたると,原著と反対の訳語が用いられていたりした。内容を理解せずに訳したとしか思えないところも少なくなかった。労働現場の疎外について著名なブラウナーをブルナーと呼ぶのはなぜなのか。この訳では,真摯な研究をされた優れた原著者に対して,礼を失するのみでなく,これまでよい仕事をされてきた丸山惠也氏の業績に汚点を残すことになるのではないかと恐れる。訳者,出版社で,適切な措置をとり,訳者本来の願いを実現するように配慮をお願いしたい。





クリスチャン・ベリグレン著,丸山惠也/黒川文子訳『ボルボの経験――リーン生産方式のオルタナティブ』
中央経済社,1997年11月,本文 310ページ。定価3990円

みね・まなぶ 法政大学社会学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第476号(1998年7月)



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