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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




サスキア・サッセン著/森田桐郎ほか訳
『労働と資本の国際移動――世界都市と移民労働者




評者:増田 壽男



〔I〕

 近年わが国においても外国人労働者が急増し,これをめぐってさまざまな論議がなされている。しかしわが国の議論はいまだ現状追随型の問題究明が主流で,この問題を現代の世界経済システムのトータルな問題の一環として把握しようとする分析はきわめて少ない。ここに紹介するサスキア・サッセンの著作は,国際的な労働移動の問題を生産の国際化という多国籍企業の世界的展開との関連で把握し,しかも世界的な生産の国際化のもたらす世界都市の発生が同時に移民労働者を大量に吸収しているというきわめて興味ある論点を提出している。以下,彼女の主張の要旨を紹介し,そのもつ意義について論じることにしたい。

〔II〕

 著者はまず,1965年以降のアジアやカリブ海沿岸諸国からアメリカヘの移民の急増という問題について,「なぜ新しい移民はある特定の時期に,つまり,従来伝統的に移民を雇用してきた部門で多くの仕事が失われていることも含めて,合衆国国内において失業率が高く,他方,おもな移民送り出し国では経済成長率が高いという時期に生じたのであろうか」(38頁)と問題を設定し,これを次の三つの枠組みから解明している。一つは生産の国際化であり,二つ目は世界的経済システムを調整し,管理するための中心としての主要大都市の出現,三つ目はアメリカ合衆国への80年代の直接投資の急増である。
 著者は,生産の国際化がアメリカと第三世界の連繋を作り出し,人々の生産基盤を奪って移住に駆り立てた送り出し国の移民流出の促進条件であるとする。高度工業諸国からの海外直接投資による輸出向け農業と輸出向け工業の拡大は,人口の新たな部分の賃労働への編入をもたらし,伝統的労働構造を解体した。商業的農業による大規模雇用は小農民を駆逐し,農村から都市への労働者移動をもたらし,生計維持的活動に従事していた働き手を賃金労働者に転化してゆくとする。
 輸出向け工業では,新しく創出された職場への若年女性の大規模な募集によって,若年女性を賃労働者に大規模に引き入れてゆく。電子産業とくに半導体組立工場は十分訓練された労働力を必要とし,家父長制社会のもとでの若年女性は統御しやすく,彼女らが大量に一挙に,集中して労働力として引き入れられた。この女性の賃労働への動員は伝統的な就業構造,なかんずく家庭内消費あるいは地域市場向けの家庭用生産を解体させた。女性化の進展は労働市場での男性との競争を引き起こし,男性の失業をもたらすし,若年女性の労働の大量の離村は,農村地域の生計を不可能にし,男性の村外への移動を促進する。さらに若年女性労働者自身,工場での慣行や作業にともなう精神的・肉体的疲労から離職率が高い。若年女性の平均就業は,5年たらずである。しかも彼女たちは,労働者になることによって,出身共同体との間に文化的隔たりが生じ,女性たちが共同体に戻って,従来どおり家庭や地域市場で働くことを不可能にする。そして西欧化した女性は高度工業諸国との実体的イデオロギー的紐帯が強化され,移民として流出してゆくのである。以上のように,著者は70年代以降のカリブ海諸国および東南アジア諸国からの大量のアメリカヘの移民を引き起こした要因は,まさに高度工業諸国の海外直接投資にあると主張している。<

〔III〕

 さらに世界経済の構造変化,すなわち製造工業および日常事務労働の低開発諸国への再配置が,これら諸国からの移民を促進する諸条件を生みだす一方,他方ではサービス機能と経営機能の世界都市への集中を呼び起こし,ニューヨークやロスアンジェルスなどの世界都市が,これら移民労働者を要求し吸収する諸条件を作り出したとする。
 製造業部門の世界的分散化は,資本の国際化とあいまって,水準の高いサービスに対する国内的・国際的需要を急増させ,経営の管理,統制活動や専門的サービス活動,金融機構の大膨張によって世界都市を現出させた。このことは労働需要の再編成をもたらした。一方では金融機関を含む高度サービス部門の成長と,他方では伝統的製造業の縮小とそれにかわる下級製造業部門(これは労働組合のある工場をスウェット・ショップや下請け家内労働におきかえることと,新産業とくに高度技術分野における低賃金で発展性のない生産現場職種のことである),および高度技術産業の発展である。この結果,世界都市では,きわめて高所得の専門的・技術的職種が拡張し,中所得のブルーカラーおよびホワイトカラー職種が縮小し,低賃金職種が大幅に拡大した。この低賃金職種は,衰退産業よりも高度サービス部門やハイテク部門のような成長部門が生みだしたものが主である。この仕事は典型的には,低技能水準でほとんど言語能力を必要とせず,ひとのやりたがらない夜勤や週末勤務を含んでいるため,移民労働者を雇用することが多い職種である。
 移民労働者の職種としては,(1)低賃金のサービス業務,このなかには拡大している高度に専門的な輸出向けサービス部門や,この部門で多く雇用されている所得水準の高いトップレベルの専門的労働者にサービスを供給するものがある。(2)拡大しつつある下級製造部門,このなかには生き残りのための低賃金労働を必要としている衰退産業を含むが,同時に電子産業などの活況産業も含まれる。(3)移民社会それ自体,これは都市の中心で拡大し,所得の多層化が進んでゆく移民社会にサービスを供給する多くの専門的・技術的仕事であり,移民集住地域の職がみつかるまでの一時的方策だけではない。
 著者は,この具体的事例として,経済的衰退を代表するフロストベルトの中で成長するニューヨークと近代性,新しさ,高度技術を代表するサンベルトのロスアンジェルスの二大都市をあげて検証している。この二都市は,70年代には一方は衰退する衣服産業によって,また朽ちてゆく社会的共通資本によって代表されるニューヨークとハイテク産業と社会的共通資本の近代性,新しさで雇用を拡大するロスアンジェルスという対照的な差異があった。 しかし80年代には,このような差異にもかかわらず,雇用供給の社会経済構造からみれば非常に高い所得を得る職種での雇用供給の拡大,現場労働と事務労働の両方における伝統的中所得職種の縮小,低賃金職種の雇用増大という共通性がみられ,この低賃金職種によって,移民労働者を大量に吸収しているアメリカの二大都市圏を形成しているのである。

〔IV〕

 こんにち,生産立地に世界的市場が成立している。 70年代の10年間にこのような生産用地が東南アジアとカリブ海域のいくつかの地域に,70年代の後半にニューヨークやロスアンジェルスが国際的金融投資と世界市場向け専門サービス生産の主要立地となった。 1980年代に入って,高度工業国内の若干の地域が,外国および国内からの直接投資の集中的受け入れ地として,第三世界の工業圏と競争しうる可能性をもつようになった。この理由は技術上の必要性,合衆国でとりわけ顕著な保護主義政策,第三世界の輸出加工区での生産における政治的・経済的コストの上昇などの要因によっている。合衆国では,南カリフォルニア・テキサス・ニューヨーク・ニュージャージー大都市圏が,製造業における外国投資の主要受け入れ地になっている。製造業の先端的部門においては,技術的・経済的理由による立地上の制約条件が生じ,他方,移民労働者の豊富な供給が確保されるようになったことは,組織化された労働の対抗力喪失とあいまって,経済の先進・後進両部門の労働集中的作業のコスト低下を可能にし,第三世界や西欧における立地に対抗して,十分競争可能な一種の臨海地域移行作用を発現させたのである。
 このことが,70年代には第三世界に向けられていたヨーロッパ,日本の対外直接投資が,80年代にそのほとんどがアメリカ合衆国に向けられるようになった一つの有力な要因であると考えられると著者は主張する。

〔V〕

 以上,主要な三点について,著者の主張を紹介してきた。著者の主張する広義の生産の国際化(海外での製造および事務部門の展開に加えて,主要都市が地球規模での経営管理とサービス活動の拠点として発展していること,合衆国の製造・金融・関連サービスなどの部門への外国直接投資の急増)が主として展開している東南アジアやカリブ海沿岸のいくつかの国々,ニューヨークやロスアンジェルスなどの主要大都市の考察は次の意味で重要である。すなわち,南カリフォルニアやニューヨーク都市圏は労働力移動過程にとってもきわめて重要であり,東南アジアやカリブ海沿岸諸国の輸出向け工業の発展は大規模な国内労働力移動,合衆国への新移民の大量移出の国々であり,ニューヨーク,ロスアンジェルス,南カリフォルニア,ニューヨーク都市圏はこれら新移民の大きな吸収部分である。これらを統一的な論理で接合させたことはきわめて大きな意義を有すると考えられる。
 第一には,著者の研究は,マルクスの相対的過剰人口論の真の意味での世界大への展開を意味していると考えられる。生産の世界化の過程が多国籍企業を媒介して進展した過程は,まさに世界大の相対的過剰人口の創出=国際労働力移動であると考えられるからである。
 第二には,この国際労働力移動が,現実にはどんな問題をはらんでいるかという点である。
 著者は,海外直接投資の第三世界からアメリカヘの逆流を第三世界の労働者の戦闘的性格にその一因を求めているように,新しい組織労働者として移民労働者がいかに形成されるのかがきわめて重要であると思われる。現状では移民労働者は,80年代を通じて西欧の組織労働者の弱体化の大きな促進要因になったことを考えた場合,世界大の労働移動が世界大の労働者運動を要請していることは疑いえないと考えられる。
 第三には,著者が日本語版への序文で展開しているように,日本における外国人労働者急増の原因として,日本企業のアジアヘの直接投資との関連を追求する必要があるということである。かかる視角は,日本の海外直接投資の研究にも外国人労働者問題研究の視角にも欠如している感じが強い。今後サッセン的視角でかかる分析をしていく必要があろう。





岩波書店,1992年,x+262頁+19頁,定価5,500円

ますだ・としお 法政大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第411号(1993年2月)



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