OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




清家 篤 著
『高齢者の労働経済学――企業・政府の制度改革




評者:町田 隆男



 本書の構成は,第I部高齢化社会の経済分析,第II部高齢化社会へ向けての提言,に大きく分かれている。
 第I部では,まず「日本の高齢者は本当に働きたいのか」と問題を提起し,60歳以上の労働力率が国際的には高いが,トレンドとしては,70年代以降低下してきていることを指摘する。
そして,この低下傾向の規定要因としてとくに公的年金の充実を重視する。
 著者は,公的年金の引退−就業決定に対する影響の考察では,在職老齢年金の役割を重視している。最近の年金カット等の3段階刻みから7段階への細分化で,働いた分だけ少しずつ所得が増える仕組みに改定された。しかし,相変わらず,年金給付に伴う収入制限のためカット率を最低にしようとして勤労収入を抑制し低賃金を固定化させ,その低賃金が勤労意欲を低下させている高齢者が多いことが問題となっている。もう1つの問題点としては,年金が成熟した最近では,この収入額に対する給付制限を嫌って勤労意欲のある能力の高い高齢者までも引退を選択している事実がわれわれの調査でも散見されており,社会的に問題となってきている。この制度の早急な再検討を指摘する著者の見解には,評者も賛成である。
 公的年金と並んで高齢者の就業―引退決定のもう1つの大きな要因である高齢者の雇用機会に関する分析の章では,定年延長制と定年延長に伴う高齢者削減策としての早期退職制と関連会社等への出向,および60歳以上への雇用延長制度が取り上げられている。
 ここでは,コメントしておきたいことがいくつかある。その1つは,高齢者の雇用機会を問題にする場合,何故継続雇用のみで高齢者の再就職問題をとりあげないのかという疑問である。高齢者の雇用機会の実態としては,大企業の定年退職者の中小企業への再就職の流れがあり,彼等が中小企業で活用されている事例は,「えるだあ」やわれわれの『中小企業等における高齢者活用好事例集』(東京都労働経済局高齢者対策室)でも明らかにされている。これは,小林謙一著『高齢者の雇用保障』のように,高齢者の雇用政策を大企業と中小企業とに明確に分けて分析する視点・問題意識が,本書には欠けているからであろうか。
 また,関連会社等への出向問題の性格付けと見通しに関してであるが,著者は過剰な中高年層の排出策と性格づけ,この出向という形での排出は過渡的現象とみている。確かに高齢者を中心にした出向では,著者が指摘される側面が強いが,他方産業構造のサービス化に対応しての大企業の分社化の動きがあり,それに伴っての出向の側面もある。このことは,産業構造の動向と結合しているので,一時的とはいえない性格をもっていると思われる。この資本グループのなかでの雇用確保は,定年延長や雇用延長とともに,これからの時代の高齢者の雇用機会の拡大策の1つの形態とも位置づけることができるのではなかろうか。
 さらに,60歳以上への雇用延長制度に対する著者の考察に関して,後述するように,この雇用延長制度は「60歳以上」と対象を曖昧とせず,明確に「60歳台前半層」とすべきであろう。実は,評者はこれからの高齢者の雇用問題の中心の1つは,年金の支給開始年齢ともからんで,とりわけ大企業における60歳台前半層への雇用延長にあると考えている。ところが著者は,60歳以上の高齢者の雇用問題を60歳台前半層とそれ以上とに明確には区別しておられないようである。公的年金の支給開始年齢の段階的な65歳までの引上げが避けて通れないとすれば,これも後述するようにこの年齢層の勤務形態の中心を著者が強調するようにflexibleなものにするのか,本格的なフルタイムを中心的な勤務形態としたうえで,多様な勤務形態の1つとしてflexible勤務形態を位置づけるのかの問題も当然問題となってこよう。
 第I部の分析編の後半の章で,著者は,「大企業では何故高齢者(55歳以上)の雇用率が低いのか」と問題提起され,それは「高齢者は働きに比べて給料が高すぎるから」と分析している。
年功賃金制度が,長期雇用者に対し定期昇給を通して生活給的側面をもつ反面で,労働の質・量とは直接には対応しないことを本質としているため,定年延長や雇用延長の際には賃金調整を要することは著者の指摘の通りである。
 しかし,ここで年功賃金制度をいかに改革していくかの問題に対しては,第II部でもふれられているように,「賃金を業績・仕事能力に対応させていく」と簡単に指摘されているだけである。人事・賃金制度に関しては,年功制を職能等級制に変えていき,年功給中心から職能給中心に切りかえていくといった明確な指摘がない。著者は新しい人事制度としては,年功制に代わって専門職制度を挙げておられるが,それはむしろ職能等級制ではないのか。専門職制度は本格的なものとして,相対化させた管理職制度とともに,この職能等級制のなかに位置づけるべきではないのか。この職能等級制を通じて,個々の労働者の職務遂行能力(著者のいわれる仕事能力)を開発し,その能力を発揮・活用すると同時に処遇をその能力に合った公正なものにしていく。このように職務等級制は,年功制に代わる新しい人事・賃金制度といえよう。その際,年功賃金は,新規学卒一括採用が基本的に維持される限り,年齢給として再編成されざるをえないと思われる。そうすれば,著者が心配する年功賃金の生活給的側面への対応は解決されよう。
 また,前述の問題提起と関連して,高齢者の能力開発の問題も取り上げられているが,その能力開発が,高齢期での転職訓練なのか,これまでの経験・能力を土台としたリフレッシュ訓練なのかが明確でない。わが国の企業内高齢者の場合,それ迄の多様なOJT訓練を通じて職種転換能力も形成されてきてはいるが,高齢期での能力開発は一般的にはリフレッシュ訓練が訓練効率上も中心となろう。その点,著者が指摘しているように,これからの高齢者はME技術革新の体験をもっているので,今後のME技術革新時代への適応力は高いといってよい。また,これも著者が指摘しているように,60歳台でも第一線で働ける能力を保持できるためには,若年期だけでなく壮年期において,これ迄の管理職予備軍育成でなく,(職能等級制を介しての個人別目標管理や自己啓発への刺激を通じて―評者)本格的な専門職育成訓練が必要となってこよう。

 第二部では,第一部での経済分析を受けて,労働市場における経済主体としての高齢者と企業,政策主体としての政府の3章に分けて,それぞれの政策行動のあり方を提言している。
 まず,高齢者自身のとるべき対応としては,企業と交渉力をもつために,とくに企業に依存しない仕事能力の形成を重視している。自営業へのすすめの他に,若いうちからどの企業にも役立つ能力開発をしておくことを強調している。日本的な企業内育成システムヘの挑戦である。問題はいかにして,それを達成していくかである。若年者の本格的不足を基盤に中途採用が増大することを背景に,社会人大学・大学院など企業内育成能力を社会化するシステムを活用していくことも必要であろう。これに対しては,企業内教育のままでも,それに対する主体的取りくみ方如何では,その能力をかなりの程度社会化できることは,われわれの調査事例でもいくつか散見できている。評者が主催する乙「定年後を考える会」でも,そのような人材が立派に社会的に活躍している。
 企業自身が高齢化社会に向けて取りくむべき課題としては,賃金・雇用制度を人口構造の本格的高齢化に対応させ,高齢者を活用しやすい形に改革していくことを重視し,年功的賃金・処遇制度は直接的に仕事能力に対応させ,人事制度としては専門職制を提言している。前述したように,これらは評者のいう職能等級制への移行である。この職能等級制のもと本格的な専門職制が確立できれば,著者のいうように管理職予備軍育成の場合と異なり,高齢者を排除することなく,その経験・能力を広く活用することができよう。
 また,職能等級制のもと職能給の運用次第では,労働市場構造の変化を背景にして,著者のいう賃金カーブを無理なく寝かせていくことも可能であり,能力の高い高齢者はそれなりの処遇を受け,この制度のもとでの個人別の能力開発管理如何では高齢になってからの能力格差を縮小していくこともできよう。これらのことは,高齢者の雇用拡大につながることとなる。
 ところで,高齢者の雇用問題を考察する場合,今後どの年齢層を主な対象とするかが問題となる。わが国の60歳台前半層の労働力率が,国際的にみて高いうえに,年金支給開始年齢の問題とも関して,前述した通り,とくに大企業での60歳台前半層の雇用問題の解決が,社会的に最も緊急を要する課題といってよい。
 その場合,60歳台前半層は,本格的な雇用が中心とかんがえるべきであり,著者が強調するFlexibleな勤務形態は,主に65歳以降の勤務形態と位置づけられよう。しかし,60歳台前半層ともなれば,60歳未満層とは違って個人差も拡大してくるので,短時間勤務形態などの対様的な形態があってもよい。その場合の問題点は,正規社員のなかに短時間勤務形態をいかにして導入するかである。嘱託として,身分を変えれば別ではあるが…。また,著者も指摘しているように,引退選択の自由もあってよい。そのためには60才台前半層は公的な減額年金や企業年金の対象年齢とすべきであろう。
 ところで,60歳台前半層の雇用問題では,企業や個人の諸施設のほかに,政府の対応も必要となってくる。高齢化社会に対する政府の施策として,著者は、「選択肢の多い社会作り」を提言している。具体的には,高齢者雇用の問題を市場メカニズムを通じて解決していく枠組みとして,「公的年金」を重視している。高齢者が企業と対等の交渉上の地歩をもつための公的年金の役割である。著者がいうように,年金支給開始年齢が65才に引き上げられても,60才以上の高齢者に対しては,健康状態がよくなかったり,就業条件が嫌いなら引退を選択できるように,最低生活を年金(企業年金を含めて)で保障するシステムが必要であろう。
 また,在職老齢年金を画期的に改革することにより,それが就業促進と勤労意欲を高める役割を果たせるよう提言もしている。なお,著者が強調するflexibleな勤務形態と関連して,スウェーデン流の部分年金制度も検討に値すると思われる。さらに,著者は政府施策として,高齢者雇用拡大のためのインフラストラクチャー整備を提言している。高齢者が60歳台前半となっても現役として働き続けるためには,とくに時短推進と能力開発コスト援助等のインフラストラクチャー整備が必要だとする著者の指摘には賛成である。

 これまで,本書を紹介しながら色々とコメントしてきたが,本書から学びとることも多い。
 本書の特徴の1つは,60歳以上の高齢者の問題を雇用問題を中心にしてトータル的に把握しようとした点にあった。 トータル的という意味は,引退の選択肢を含め,多様な勤務・就業形態を視野に入れ,年金に関しても広く考察し,高齢者個々の福祉実現のために多様な選択肢を社会的に用意する必要性を強調し,そのために経済的分析とともに具体的な提言をしていることである。
 もう1つの特徴としては,高齢者が希望する選択を市場メカニズムを通じて実現していく方策を示したことであろう。そのためには高齢者本人・企業・政府それぞれの改革努力と協力が必要であり,とくに高齢者本人にとっては壮年期での能力開発への自助努力が,企業においては高齢者を雇いやすい人事・賃金制度の改革が,政府にとっては高齢者をサポートするための年金政策,時短推進,税制・融資などの諸施策の必要性がとくに強調されていた。
  著者が,高齢者の雇用問題を考える際の三大原則として挙げられている,1)高齢者が引退の選択肢をもって,2)これまでに主体的に開発した能力・経験を活かして,3)希望する多様な勤務・就業形態で,雇用・就業を続けられるような社会が確立できれば,これも著者がいうように現在の企業中心の社会が本来の個人中心の社会へと転換ができ,国民本位の“生活大国”が実現できるであろう。そして,このような社会作りができれば,高齢化社会のイメージは明るいものとなろう。本書は,そのための方策を示しているといってよい。





日本経済新聞社,1992年3月,226頁,定価1,500円

まちだ・たかお 長野経済短期大学教授

『大原社会問題研究所雑誌』第411号(1993年2月)



先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ