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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




金森久雄・島田晴雄・伊部英男編
『高齢化社会の経済政策』




評者:小林 謙一



 以前,当研究所のプロジェクトで高齢者対策のいくつかの分野をまとめていた時,考えたことがある。こうした個々の対策が高齢化社会全体としていかに位置づけられるか,社会政策として他の政策分野と均衡がとれていなければ,コンセンサスが形成しにくいだろう。さらに,社会政策としてバランスがとれても,経済発展の裏づけがなければ実現しにくいに違いない,というようなことである。
 本書の編者の一人である金森氏が執筆された序章は,まさしく「高齢者対策から高齢化社会の経済政策へ」という節から始まっている。高齢化は経済活動と深くかかわりながら進んでいるので,「高齢化問題を高齢者対策という枠組みの中だけでとらえるのでは不十分だ」,「われわれの課題は,日本の21世紀システムの形成に寄与しうる高齢化社会の経済政策を探ること」だから,ということである。だが,「高齢者対策を軽視するものではない」,「その意義を認めればこそ,対策を実現するための経済的条件を示すこと」が重要になる,というわけである。
 さらに,急速な高齢化を前提とした「21世紀システム」では,均衡のとれた経済発展にもとづいて「公平な負担と給付の関係」を維持しながら,社会各層・各世代が「充実感をおぼえるような経済社会を構築する」という目標が設定されている。そして,そうした目標のための「経済政策の基本方向」を提示している。
 それによれば,まず「マクロ経済政策」として,社会保障の給付―負担の増加に注目し,つぎのような賦課方式の社会保険関係式に問題を簡単化し,政策課題を解明している。
社会保険負担率=(受給者数÷就業者数)×(1人当たり給付額÷1人当たり労働所得)×(1−国の補助率)
 したがって,過大になりそうな負担率を抑制するためには,(1)各項の分母,就業者数,1人当たり労働所得を増加(保険負担は減少)させ,(2)各項の分子,受給者数,1人当たり給付額を減少(国の補助金は増加)させねばならない。
 しかし,それに対する政策の例示では,保険給付と補助率には触れず,つまり一定として,1)70歳までの就業を基本とする受給者増の抑制(例えば年金受給開始を70歳以降に選択した場合の優遇措置など),2)就業人口の増大(例えば主婦の就業促進のため配偶者控除の廃止や出産促進など),3)労働所得の向上(例えば労働生産性上昇のための研究開発,労働力の質向上のための教育改革)が指摘されている。
 さらに,「セミマクロ経済政策」では,4)人口の地方分散化(例えば地方権限の拡大),5)衰退産業の活性化(例えば農地法改定による入職促進など),そして「ミクロ経済政策」では,6)老人福祉の効率化(在宅介護への誘導),7)高齢者の分配公平化(要介護老人所得控除から直接補助へなど),8)高齢者固有のニーズヘのマッチング(社会保険方式の導入など)のような政策方向を提示している。
 以上は,ほぼ本書の各章の政策的含意を集約しているとみられるが,各章のタイトルと執筆者名を明らかにしておこう。
 第1章 高齢化社会の長期展望(伊部英男)
 第2章 1970年以降の出生率の低下とその原因(小椋正立)
 第3章 高齢化社会の諸政策課題(島田晴雄)
 第4章 高齢者住宅の費用効果分析(京極高宣)
 第5章 高齢化社会とマンパワー政策(篠塚英子)
 第6章 税制および社会保障制度における家族の取り扱い(都村敦子)
 第7章 ホームヘルパーの充実を基盤とした社会サービスの確立(古瀬 徹)
 第8章 高齢化政策の理論的基礎(奥野正寛,吉川 洋)
 なお,本書は88年末から日本経済研究センターに設けられた「高齢化社会の経済学研究会」の研究成果であり,すでに『高齢化社会の経済学』(90年)が公刊されていることにも触れておかねばならない。

 上掲の各章では,ほとんどいずれも興味深い考察・分析が展開され,重要な政策を提案・示唆している。紙数も限られているのでここではそれらの要点を私流に紹介するしかない。ただし,第1章は第2章以下の各論とは異なり,21世紀日本の人口危機の展望に始まり,臨死期の延命処置への疑問まで,かなり総論的な政策論議が繰り広げられ,人口過剰を前提とした経済学から人口過少の経済学への転換も示唆されている。そこで,第1章の論議は第2章以下との関連でできるだけ触れることにしたい。
 まず第2章では,問題の出生率の低下について長期の分析と予測を試みている。ベッカー理論の適用によると,子供への需要は質などの差別化が問題になる耐久消費財への需要に擬せられる。所得と費用などの効果が要因となるが,子育ての直接費用よりも母親の機会費用が高学歴化や賃金上昇によって大きなマイナス効果を発揮している。予測結果では出生数は厚生省の86年中位推計を500万人ほども下回るほど減少することになる。また,21世紀に入ってからとみられていた労働力人口の減少は90年代半ばから始まる,と予想されている。いずれにせよ,現に80年代半ばからの合計特殊出生率の急落により,高齢化のスピードは一段と加速されつつある。厚生省の推計エラーは第1章でも検討されているような人口学者の生物学的な頑固な思い込みなどのせいなのか,出産をいかに促進するか,真剣な検討が急がれるのだろう。
 第3章でも人口推計が試みられている。ここでは合計特殊出生率の高・中・低位シナリオを当てはめているが,中位推計でも21世紀中盤に現在予想されている以上の高齢化の大波が襲ってくることになる。しかも,厚生省予測では3,000万人を上回るはずの65歳以上人口が――第2章の推計と同様,余命率の低下を織り込んでいるのだろう――2,000万人台に止まるにもかかわらず,老年人口比率は30%近くにも達するのである。さらに地域人口の集中・分散シナリオも考察しており,20歳代後半のとくに男子のUターンが増加し分散すれば,大都市のメリットも損なわず「パレート最適」に近づく,という結論を出している。さらに産業別労働力人口の変動について,コーホートの追跡による移動も分析しており,建設業における意外なほどの流動性も検出している。なかでも,高齢化の津波に対する土地資産の社会保障の財源化などの政策提言が注目されるが,第1章の食管法の利益や零細企業の営業権の年金化などとともに,今後検討されてよい提言なのだろう。
 第4章では,高齢者住宅の整備による介護費用の低下について分析している。それに先立って,国際的にみて日本の身体機能低下時の住宅条件がいかに遅れており,病院への「社会的入院」などがいかに余儀なくされざるをえないか,序章などでも指摘されている所得格差の大きさとともに高齢者の住居条件差もいかに大きいかなども考察されている。ポイントは自宅の改造と車椅子によってある程度自立化することによって,重介護を軽介護化し,いかに介護費用を節減できるか,ということである。設定されたモデルによる試算例では,完全なサービスを前提として,とくにケア付き住宅の購入では,一人暮らしで40%,妻による部分介護で10%近く軽減されることになる。なお,それに関連してこうした住宅整備が内需拡大要因として注目されることや,老親扶養が社会化しつつある条件下での遺産相続のあり方にも触れている。それとともに家族介護手当についても検討されるべきだろう。それに関連して時給650円というヘルパーの基準単価はいかにも低過ぎる。さらに持家を前提とした試算になっているが,第1章では「家賃の社会化」(能力に応じた負担,必要に応じた給付)も提案されている。
 第5章は,そうした福祉関連マンパワーの問題を実証的に検討している。それによれば,在宅サービスの拡大を含めて,より高度な専門職から家事援助まで含めた専門性の低いボランテイアや家事従事者までの幅広いマンパワー問題が浮かび上がってくる。それに対し厚生省の「10ヵ年戦略」がいかに不備か,さらに東京都でさえホームヘルパー8,600人中,常勤は600人に止まり,あとは家事援助者として家政婦協会に委託されている実態が明らかにされている。しかも家政婦の実働実態などが十分解明されていない実状で,日系ブラジル人の就業が行われている問題にも考察を進めている。こうした付添婦は基準看護以外の病院などで残されているのだろうが,多くは大した訓練を受けることもなく,看護との関連も問題になっているようである。第1章も関説している外国人労働問題への応用としても検討されるべきだろう。なお,ある病院の事例で指摘されていることでは,在宅介護の費用は入院の20分の1に止まっており,その差額は全部でなくても家族への介護手当の財源として検討されてよいだろう。
 第6章は,税制・社会保障上の家族の取り扱いについて,国際比較を踏まえて丹念な検討を試みている。それによれば,(1)現実の動きを踏まえて,税制の配偶者控除と社会保険の被扶養者認定は廃止して女性のパートなどの労働力化を促進すべきであり,それによって財政収入が増加するだけでなく,パートなどの社会保険加入を促進し,負担も公平化する,(2)累進的になっている税制の児童扶養控除を廃止し,さらに国際的動きを踏まえると同時に中年期の負担を軽減するために,20歳までの教育手当を制度化する,(3)母子世帯など,単親による家族扶養に対して社会保障などで援助する,(4)これも累進的になっている重障者や高齢者の税制の所得控除を介護手当に転換する,という改革案になる。こうしたワン・セットの変革によって,離婚しない主婦に限定されていたベヴァリッジ・モデルから女性が解放され,将来の労働力不足などにも備えることになるだろう。
 第7章では,ホームヘルパーの充実にもとづく福祉サービスの確立を検討している。もっとも,欧州のような長い経験を積むことなく,施設から在宅への介護思想の転換の「上澄み」だけを汲み取ることには批判的である。障害者も含め,両者の統合が重視される。さらにサービスの大きな地域格差,救貧対策の残滓が色濃い,ニーズが顕在化しにくい実態などが考察されている。とくに,費用の配分からみて,比較的拡大してきている年金・医療保険に対する福祉サービスの顕著な立ち遅れは重要な問題だろう。“ゴールド・プラン”でも財政見通しが不明になっている事態に対し,社会保険方式の導入などの方策も示唆されている。さらにサービス供給のあり方について,24時間体制,パートの身分安定,給与の経験による格付け,公的資格の拡大などについても提案している。
 最後の第8章は,高齢者対策のあり方について経済理論的な考察を深めている。「高齢者選好財」を登場させ,必需品とか奢侈品などとは異なった「他人との接触」とか「時間の消費」などの消費属性に注目する。財によってはシルバー産業のように市場が対応できる場合もあるが,「やさしい街」のような公共財や「心のやさしい」ボランティアによる補完の論理が明らかにされる。もう一つは「健康財」という概念である。ただし,この概念は健康状態のようにも読めるので,保健・医療財ということかも知れない。いずれにせよ,所得再分配は公的年金などに委せるとして,それ以上に必要な医療サービスなどは「カインド」給付として自己選択と公的援助を組み合わそう,というのである。高料金・高品質か低料金・低品質かを選択させ,ニーズの識別コストを削減させる。それに民間の自由な医療供給が対応するが,その場合,低品質ニーズにだけ,ほどほどの品質を公的に援助する,というシステムが構想されている。こうした「ベネフィット・イン・カインド」が重要になるとしたら,制度としていかに設計するか,検討してみる価値はあるだろう。

 以上,それぞれのポイントを紹介した分析や提案を踏まえつつ,今後の大きな課題について若干コメントしておこう。
 第1に,より正確な人口推計が独自に行われたわけだから,本書では省略されている社会保険を中心にした社会保障の財政の見通しについて,財政全体の見直しも含めて根本的に見直すべきだろう。それと同時に労働力展望も見直され,マンパワー問題,70歳頃までの選択就業を可能にする雇用制度の検討なども必要だろう。
 第2に,前述のように「充実感」とか,「やさしさ」とか,第1章のように「教育改革」や社会福祉の「心理主義」などが強調されているわけだから,純経済政策論に止まらず,社会・文化要因を意識的にビルト・インさせた社会経済政策論の展開が必要になっているように思われる。それと同時に,これまでの人口過剰の経済政策を人口過少の経済理論を踏まえて体系的に見直すことも欠かせないのだろう。
 第3は「高齢化社会」という視角の限定に係わることだが,「21世紀システム」を構想するためには,本書でもそうせざるをえないように,将来の人口停滞を超えて成長要因になるはずの技術革新などの展開を想定せざるをえない。そのほか,高齢者や女性とともに労働力不足を緩和するための外国人労働者の移入のような国際要因も考慮せざるをえない。後者について第1章ではアジアなどの関係を指摘し,看護職員の養成のために現地の学校を設立する場合の援助にも触れている。こうした技術革新や国際関係の要因は高齢化要因からは独立しているわけだが,「高齢化社会」に深く係わる限りで積極的に考察しなければならないのだろう。
 第4に,こうした国際要因を積極的に想定するとなると,とくに日本産業の海外直接投資の拡大による産業構造の変化などの影響も分析されねばならないだろう。そうなると,産業構造のもっと大規模な変貌を展望し,それと「人口の地方分散化」や「衰退産業活性化」の関係も研究されねばならない。そしてそうした変貌のなかで,70歳頃までの選択就業の拡大や女性の就業分野やシルバー産業などの分野も位置づけられることが解明されることになるだろう。





東京大学出版会,1992年刊,viii+308頁,定価4,738円

こばやし・けんいち 法政大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第417号(1993年8月)



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