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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



法政大学比較経済研究所/松崎 義 編
『中国の電子・鉄鋼産業
      ──技術革新と企業改革




評者:小林 謙一




          

 1 本書の特徴 

  本書は法政大学比較経済研究所の研究成果であり,同研究所がアジアを対象とした3冊目の著作である。本文は3篇に分けられているが,それに先立つ序論で研究の目的や視角などが述べられている。
 まず目的は,“改革・開放”下の「工業の現代化」の動態と「社会主義市場経済」の諸問題を産業構造全体の検討とテレビ・鉄鋼産業の企業・工場ケース・スタデイによって解明するということである。その視角として,(1)産業構造の転換,(2)量産型耐久消費財工業の形成,(3)既存重化学工業の技術革新,(4)国有企業の改革,(5)政府の役割の5点を掲げている。
 これだけでも明らかなように,中国のいう「工業の現代化」を新興のテレビ工業の形成と伝統的な鉄鋼業の革新を中心に企業・工場の事例研究によって実証し,そのなかで国際的にも再認識されている政府の役割,したがって「社会主義市場経済」の問題点も解明しようとしている。
 あらかじめ本書の篇・章別構成と執筆者のあらましを紹介しておこう。
序 篇 中国の産業−産業構造と改革・開放政策(胡春力,菊池道樹,金元重)
 第1章 産業構造と産業政策
 第2章 国有企業改革の現実と課題 第3章 対外開放と外資導入政策
前 篇 電子産業− 技術形成と企業改革(高城信義,郁燕書,植田浩史,山本潔)
 序章 北京牡丹電子集団公司
 第1章 技術移転
 第2章 企業改革
 第3章 分業体制
 終章 結語
後 篇 鉄鋼産業−企業改革と能率問題(松崎義,李捷生)
 序章 首都鋼鉄公司
 第1章 技術革新
 第2章 企業改革
 第3章 経営主体
 終章 結語
 この目次からも見当がつくように,ケース・スタデイの対象はいずれも北京のテレビ・メーカーと鉄鋼企業それぞれ1社であり,本書によれば前者は従業員6千人以上で年産100万台近くのカラー受像機を製造し,後者は多角化部門も含め従業員を実に26万人も擁し,粗鋼700万tを年産する,いずれも量的に国際級の大企業である。しかも外資を導入することなく,いわば国有独資で企業改革に成功した貴重な経験を考察したことがより重要であろう。
 さらに,この2つのケース・スタデイに280ページ以上の紙数を割き,経営請負制の導入に始まる企業改革,一応国際競争力を持ちうる技術導入・開発,ほぼ「科学的管理」に即した生産・労働管理体制を実現したプロセスを克明に解明している。本書の最も大きな特徴であり,その面で中国産業の研究水準の向上に大きく貢献している,とみてよい。また,こうしたケース・スタデイが,新進の中国人研究者によって近年まとめ上げられた博士論文の成果をベースとして,山本教授などのヴェテランがそれを補強していることも注目されてよい。
 それに比べ序篇には物足りなさが残る。その理由は,おもにケース・スタディの序の役割が十分に果たされていないからである。とくに産業構造とはいっても工業構造に過ぎない。市場経済化が課題になっているのだから,工業=生産だけでは不十分であろう。その点は産業政策の考察だけでなく,ケース・スタディにも当てはまる。とくに,この執筆者は国家計画委員会経済研究所に所属しているのだから,同委員会などを始め,縦の各工業部や地方政府の産業政策,また横の人事などの職能別管理などについて,その目的や手法をぜひ分析してもらいたかったところである。
 また,外資導入政策についても,外資企業の貿易シェアなどだけではなく,上記のような国有独資とは異なる合資・合作による国有企業改革の成果について示唆だけでも欲しかったところである。それに対し第2章の国有企業改革政策の展開は,ケース・スタデイの序として要領よくまとめられている。だが,ここでも国有独資と国有合資などの比較,また賃金規制とはいえ,労働市場が自由化し始め,労働争議も多発してきているのだから,「現実と課題」を問うている以上,そうした規制がどのような意味を持っているのか,解明されねばならなかったはずである。

          

2 テレビ・メーカーの発展と問題点

  つづいて,牡丹電子の事例研究について,その要点を紹介し,若干コメントしておこう。
 このカラーテレビ・メーカーは北京市政府所有の国有企業であるが,“改革・開放”の初発に中央政府から重点メーカーに指定され,早々と技術革新と企業自主権の拡大に取り組んだ。そのなかで,政府=本社の工場から企業へと自立していったわけだが,それを担った企業トップの経営者・上級管理職の質が重要だった。そのことは,総経理(社長)がもともと航空技術者であり,テレビ生産の全国設計の中心人物だったうえに,牡丹の党委員会書記を前職としていたことに象徴されるだろう。しかも,彼以外のトップ層も含めて,北京市の主管部門で経営管理の経験を積んだうえ,旧型の党計画官僚ではなかったことが重要だった。
 こうしたトップ人事のもとで,松下電器などからの技術導入によって量産技術を形成していったわけだが,その場合,牡丹の前身時代の自主的技術開発の経験が生かされた。第1章でも強調しているように,後発メーカーの「技術形成」は,先発メーカーから技術導入する場合,その受容能力いかんで成果が異なってくる。牡丹の場合は,導入技術の主体的選択も可能だったのである。
 このような技術導入にもとづいて量産技術を確立し,政府への利潤の上納のほか,企業の技術改造投資の源資を確保できるように経営請負制を発展させた。その場合,上納利潤の定額から始まって,毎年5%ずつ逓増する方式に推移し,政府の収入増を保証した点が重要だった。同時に留保純利潤の50%を設備投資と技術改造の源資とすることができたのである。
 こうして,経営請負制を発展させるためには,生産と労働の能率が顕著に上昇しなければならなかった。それを実現させたのが,標準作業・要員の確定,TQCの導入,個々人の目標管理,職場配置希望の申請とそれへの許可を内容とする「双向選択」による職場管理の確立,そして遅れていた賃上げ,職務給化などという一連の対応であった。
 これだけみても,古典的な「科学的管理」を踏まえつつ,それに現代的管理が付加されていることが明らかだろう。
 それに関連して興味深いのは,終章で明らかにされているようにFree Flow Lineが日本から導入されたことである。このFFLでは,各作業者がボタンなどを押して加工対象物をつぎに送る流れ作業になるので,機械的な流れの強制が弱まっている。このことはそれだけ組織的な流れの規制が確保されていることを示すが,中国のいう「工業の現代化」のなかに人間一機械のこうした現代化が含まれつつあることに注目する必要がある。
 また第1章では,資料が乏しいなかで生産費などの推定も試みられている。そのなかで,減価償却は固定資産の5%,技術改造費は売上げの2%などのように低く定められているようだが,それが会計制度で決定されているとしたら,経営自治権はまだ相当制限されていることになる。あるいは,指摘されているように各地の“諸侯経済”のもとで部品の生産は小規模で,製品開発は海外に依存し,そのうえブラウン管のような重要部品が外国製で価格高なので,原材料・部品費比率は総原価中90%近く達し,人件費とともに減価償却費などが圧縮されているのか,十分に解明されていない。いずれにせよ,こうした部品高で国際競争力が低められ,外貨稼ぎだけのために赤字輸出を繰り返すとしたら,由々しい経営問題とみなければならないだろう。
 さらに重要なことは,牡丹が受像機の組立メーカーに止まり,ブラウン管のような巨額の設備投資を要する重要部品を外資から高価格で購入していることである。こうした「基幹部品・生産設備の供給の寡占化」が,第3章で示唆するように寡占価格の支配を招いているとしたら,産業政策上の大きな問題になるだろう。その結果、前述のように減価償却・技術改造費比率が低位に圧縮され,かつてのように政府からの投資がえられない状況では,「カラーテレビの品種交代・多機能化」が進められている今日の“メガ競争”に決定的な遅れをとることにならざるをえないだろう。

          

3 鉄鋼企業の改革と課題

 中央政府の直轄だった首都鋼鉄は,1970年代末まで技術も経営も停滞していた。この事例でも“改革・開放”とともに経営請負制が導入されたが,そのもとで企業としての資本蓄積に成功することになった初期条件は,70年代までの技術的蓄積であり,とくに技術者の高い能力水準だった。だからこそ,指摘されているとおり後で手直しのしにくい大型装置工業にとってとくに重要な初発の設備投資構想を誤らなかったのだろう。
 そうした体制のもとで,大型転炉・連続鋳造・コンピュータによるプロセス制御を備えた新鋭工場を建設し,同時に旧工場の改造も進め,銑鋼・鋼材工程のバランスも整った大型鉄鋼メーカーに再生されたのである。それには鉄鋼業がまだ中国では成長工業であり,とくに近年まで政府発注の高価格が保証されていたことも追い風になっていたことが注目される。
 それらによって生産力を急上昇させ,年率5%から始まった上納利潤の逓増と留保利潤の増大,それによる設備投資源資の自己調達を可能にしたのである。だが,効率よく生産力を増大させるためには,大幅な生産・品質・能率管理の変革が重要だった。第2章で詳しく考察されているように,伝統のある企業だけに企業長専権や企業内党委員会支配の時代があり,「自律的職場慣行」といえば聞えはよいが,「計画なし・ノルマなし・考課基準なし」のもとで党の政治的動員に頼る「動員型成り行き管理」が長かったからである。そうした状態で,労働者が職場の「主人公」とはいっても,実質は単に解雇されない「固定工」に過ぎず,「幹部」ホワイトカラーと「工人」ブルーカラーの厳然たる身分制度のもとで,とくに「工人」の発言権はほとんどなかったようである。しかも,こうした状態“改革”が始まっても容易に改善されなかった。標準作業さえ未確定のままで全員請負化し,課業や設備維持・技能修得などの責任や出動・命令服従などの義務を課しても,前年基準の主観的な査定などではかえって能率を落すだけだったからである。しかし,「科学的管理」と個人請負への奨励金の導入,職務別等級賃金による内部昇進・昇給と職場管理の強化,前述した身分制度の撤廃,そして賃金と福祉の生産性向上への連動などによって,能率管理や労働意欲などが一新されることになったのである。
 さらにまた,こうした改革を推進したのが,すでに触れた党委員会支配の転換である。というのは,党委員会は政府との交渉を強化すれば企業の合理化を推進せざるをえず,合理化を推進すれば労働者との関係を緊張させねばならぬディレンマに陥っていたのである。そこで80年代半ば,工作者(旧職・工)代表大会を最高意思決定機関に格上げし,党委員会メンバーは常設の工場委員会メンバーを兼任し,企業長を補佐する地位に後退することになったのである。
 そこで終章では,企業の党委員会は「家の当主」の座を制度的に従業員組織に譲った,と指摘されている。しかし,本文の考察では,工作者代表大会の議案・代表候補者,経営幹部候補者の人選などが事前に党委員会によって準備されている,ということである。さらにまた,、こうした「民主管理」によって,党組織のなかで高学歴のエリートや高能力者が優位を占めるようになってきているようである。いかに牡丹電子などと同様,経営幹部などが全従業員によって直接選出される制度になっているとはいえ,上記のような党委員会の政治的支配の残存は企業民主主義の制度化・深化にとって大きな問題を宿しているのではないか。おそらくこうした流れのなかで,最近伝えられている経営者の若返り,民主派の多い50歳代を飛び越え,30〜40歳代のドライな功利派への転換が進められているのだろう。

          

4 事例研究の一般化をめぐって

 これまでみてきたとおり,本書の前・後篇は,いわば国有独資の企業改革,それを支えた技術革新と能率管理にテーマを絞った,すぐれたケース・スタデイと評価してよい。
 紙数の制約で触れられなかった問題も多い。例えば両社とも,経営合理化によって顕在化された余剰労働力の問題を抱えていた。牡丹電子では,企業内人材交流センターなどを設けてさまざまな対応を行っている。また首都鋼鉄では,政府の規制が弱い分野などに大規模な経営多角化を進めるなかで余剰労働力を吸収しているようである。そうした場合の再就職や早期退職などの条件なども解明されるべき問題だろう。
 それにも関連するが,こうした企業改革に成功した事例では,賃金などとともに企業内福利も改善されたと報告されている。その内容は明らかにされていないが,社会的な生活保障をはるかに超える水準に達したに違いない。すでにその頃から中国政府では,そうした企業別生活保障を社会保険化する動きが始まっていたはずである。それは経営状態の悪い国有企業の改革を支援する社会政策でもあった。上記の成功事例では問題になっていなかったかも知れないが,せめて前・後篇の終章では触れるべきだったろう。社会保険化するかどうかで,同じ成功事例でも経営展望が大きく異なったはずだからである。
 実はこうした問題は,編者が「はしがき」で懸念している,このケース・スタディの「代表性」や「一般化」の問題にも係わっている。首都北京に立地している中国の主要な大企業なのだから,その「代表性」が限られていることは想像しやすい。すでに首都鋼鉄が企業改革の初期に,北京市政府から財政的に支援されていたことはすでに知られている。だから特殊なのだが,そうした支援だけで改革に成功したわけではない。成功の主要な条件や要因を適確に解明することが重要だろう。本書はそれを果たしているし,上記の紹介やコメントもできるだけその点を明らかにしてみようとしてみた。
 もっとも成功と失敗はかならずしも裏腹の関係にはないから,いくつかの類型のパースペクテイヴを仮設しておいて,成功と失敗の事例研究を重ねていくことが肝要だろう。そのなかで本書の成果と限界も追認されることであろう。
 最後に,そうした条件・要因の適確な解明をめぐって,本書の仮設や概念装置について気になった点を指摘しておこう。
 1つは「労働生産性」についてである。本来この概念は厳密には技術や設備などを一定にした場合の労働の生産性であろう。だが,本書では,序篇第2章,前篇と後篇の第1章などでデータを提示しているが,それは従業員1人あたりの生産量でしかない。せめて労働投入時間を使いたいところだろう。前篇では労働装備率と労働生産性の高い相関を明らかにしている。しかし,広義のラフなこの労働生産性は実は装備の生産性かも知れない。もっとも,“無人工場”でも,実は装備だけで稼働するはずはない。少数になったとはいえ,人間の労働とその生産性が係わっているはずである。
 こう考えてくると,生産性の要因分析は平面的な計量分析などではなかなか難しいことに気付くだろう。そこにとくに労働問題の本質に係わる点があると思われるが,本書はその点を深める素材を十分に提供しているに違いない。
 もう一つは本書の仮設の「科学的管理」へのこだわりについてである。本来のテイラーリズムそのものにこだわっているのではないことは,本書を一読すれば明らかだが,「科学的管理」のとくにどの点を仮設とし,どの点は別の理論を仮設とするのか,その理由はなにかを意識的に明らかにするのでなければ,あまり“科学的な管理”の仮設とはいえないだろう。
 あらためて労務管理のテキストを紐解くまでもなく,今世紀始めに登場した「科学的管理」以来,インフォーマルな組織も含めた集団管理,労働者の心理にも踏み込んだ行動科学,“経営者革命”や公共的労使関係政策による変容,産業民主主義と経営参加などに至る理論が開発されてきている。中国の企業改革にも,「科学的管理」とともにそれを超えた理論を仮設してみる必要がある。その点でも本書は素材を提供しているのだろう。
 最近の労働法施行で注目されている「工会」労働組合についても多少考察されてはいるが,本書の成功事例ではその影がいかにも薄い。その理由も本書がおのずと明らかにしているのだろうが,より明示的に解明して欲しかった点の1つである。





法政大学出版局,1996年3月,iv+382頁,定価4,017円

こばやし・けんいち 創価大学比較文化研究所教授

『大原社会問題研究所雑誌』第460号



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