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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



加瀬 和俊 著
『戦前日本の失業対策――救済型公共土木事業の史的分析



評者:加藤 佑治



 本書は,いわゆる戦前昭和初期(1925〜38年)における都市失業者ならびに窮乏化した農民を救済することを目的として実施された公共土木事業(失業救済事業および救農土木事業)のその発足から収束に至る全過程を膨大な資料的裏づけをもって分析した力作である。
 このように本書は失業対策事業に焦点を当てた歴史研究の書である。しかしながら本書の魅力は,本書が単なる歴史書にとどまっていないで,今日的問題意識をもって書かれているということである。わが国が未曾有の大量失業時代を迎え,とられるべき失業政策の一環として「公的就業事業」の再興が云々されている今日,戦前におこなわれたこの「救済型公共土木事業」の歴史的回顧が大きな意義のあることは疑いのないところである。しかしながら,著者は評者の上述したような問題意識を直接的に表明しているわけではない。著者はこの問題意識を,鮮烈な問題意識をあくまでも『研究史』上の問題に限定し,その枠内において問題提起をおこなっている。ここに本書の積極的な魅力もまた存在する。
読者の方々に本書の全貌を知って頂くために本書の主要目次を紹介しておこう。

 序章 問題の所在と本書の課題
 第1編 季節的失業対策の展開とその限界(1925〜28年)
  第1章 失業対策の発足経緯
  第2章 冬季失業救済事業の制度化過程
  第3章 事業の規模と構成
  第4章 登録制度の構想と実態
  第5章 事業実施にともなう難点とその背景
 第2編 緊縮政策下における周年的失業救済事業の展開(1929〜31年)
  第6章 失業救済事業の制度的拡張
  第7章 事業の規模・構成の推移とその背景
  第8章 救済対象者の選別方式と就労実態
  第9章 困窮農民対策としての土木事業構想とその過渡期性
  補章T 失業救済事業における行政機関間対立の一事例−山梨県国道八号線工事
  補章U 失業救済事業拡張の動態過程−国道・府県道改良工事の発足経緯
 第3編 救済型公共事業の全面展開(1932〜34年度)とその収束
  第10章 救済型公共土木事業制度の再編経緯
  第11章 事業の構成・規模とその変化
  第12章 就労状況
  第13章 救済型事業の縮小過程
  終章 救済型公共事業の比重と性格
  あとがき
 以上の主要目次によって本書のおおよその内容をとらえて頂けると思うので,ここではあえて各章ごとの叙述についての説明は省略したい。
 評者が必要と思われるのは,著者がこの500ページになんなんとする歴史書を膨大な資料を駆使して書いたそのモチーフについてである。換言するならば,本書が書かれるに至ったその現代的意義はどこにあるのかということについてまずは著者の述べるところにしたがって,評者なりに明らかにしておくことであろう。
 ところで,この昭和初期に展開された失業救済事業についてのこれまでの研究の流れには,大きく言って二つの傾向があった。一つはこうした政策を否定的・限定的に評価するものと,もう一つは逆にこれを積極的・肯定的に評価するものとである。前者の研究は主として戦前の研究で,関一,風早八十二,猪俣津南雄等の研究である。後者の研究は戦後,とくに1970年代および80年代にあらわれたもので,主として楠本雅弘,三和良一,中村隆英,金沢史男,持田信樹らの諸研究がそれである。もっとも戦後においてもこうした政策に対して批判的な研究がないわけではない。たとえば社会事業史の立場から失業救済事業についてこれを批判的に扱った鷲谷善教,吉田久一の研究が,また救農土木事業の面については藤田武夫,宮本憲一,崎山耕作等の研究がある。著者によれば「これらの研究は,戦前の批判的研究を引き継ぎつつ……国民経済全体の推移との関係で位置付けた点で新味のあるもの」である(序章8ページ)。
 いずれにしてもこの失業救済事業に対しては,これを否定的に扱ったものと逆にこれを肯定的に扱ったものとの二つがあったが,もちろん著者はこれ等各々の流れを等しなみに扱っているわけではない。前述したように戦前の論者は全体としてこの事業を否定的に扱っていたが,そこにはかなり明らかな相違があった。まず関一は当時の大阪市長として自ら失業救済事業に関わったものとしての立場から,事業への流入を求めて朝鮮人が流入しかえって「失業の製造」をおこなうことになったなど3点にわたる事業の欠陥を指摘している。風早の場合はその著『日本社会政策史』の中で展開している見解であるが,事業が失業保険の代替物となっている,事業内容が軍事目的の工事に偏っている,労働条件が劣悪であるなど,関一の見解が主として行政の側からの批判であるのに対してこの場合は失業者側に視点をすえた批判となっている。著者はさらに救農土木事業についてその実態とその問題点を指摘した東浦庄治,猪俣津南雄等の批判点についても述べた上で次のように指摘する「こうした見解は,政府の宣伝や,それを鵜呑みにした政策解説が横行する中で,政策の問題点を批判的に解明しようとする使命観に支えられたものであり,その批判自体の歴史的役割は高く評価されなければならない」と。このように著者はこれら戦前の研究を肯定的に評価した上で問題点をも指摘する。 すなわち「しかし総じて,外圧的・超越的・現象的批判という色彩が強いことは否めない」と。そして著者によればこれ等戦前の批判的研究をひきついだ藤田武夫,宮本憲一等の諸研究も「それより広い歴史的パースペクティブや国民経済全体の推移との関係で位置づけた」ものであったが,「政策それ自体の内容・効果・内部矛盾についての実証的分析へと研究が向かうことにブレーキをかけ,概括的批判によって分析を終えるという態度を持続させたように思われる」とされる。
 以上のような事業への批判的見解に対して1980年前後から,事業を肯定的に評価する新たな潮流があらわれた。これには一つには政策意図の内在的解明,政策現場における実際的効果に密着してこれを肯定的に評価しようとする楠本雅弘に代表される研究。二つには,「マクロ的効果を」財政・金融・支出額によって測定して,結果的に政策の効果を強調する研究で三和良一,中村隆英等のそれである。三つにはこれ等事業の実施によってしめされる国家政策の変化を「現代資本主義化への不可逆な過程」としてとらえ「現代資本主義のもつフィスカル・ポリシーの効果に類推することによって」その効果を肯定しようとする金沢史男,持田信樹等の研究である。著者はこれ等諸研究に対して戦前の諸研究に代表される見解の「実証密度の薄さ」「思いこみによる論旨の飛躍」をついた限りにおいて「その問題提起の意味は小さくなかった」として一定の評価をされた上で,これ等80年代にあらわれた事業への肯定的見解の問題点を次のように指摘される。第1の楠本氏に代表される研究は政策意図の内在的な理解,政策現場における実際的効果に着目した評価は「事業の効果を判定する基準が妥当か」どうか,分析の対象とされた事例が事業全体の中ではどの程度の比重を占めたのか等々についてより立入った分析が求められる。第2の財政支出の計量に依拠して事業効果を判定している諸論文は,統計数値の意味の誤解,恣意的解釈によって推論されているために政策に対して「弁護論的姿勢が露骨にあらわれている面をなしとしない」。第3の現代資本主義論に立脚した財政史的分析は,国家介入による社会問題の解決の進展というシェーマと実際に確認できる事業規模・効果を前にして「政策の方向性についての定性的な解釈にとどめるといった消極的な姿勢を」越えていないと批判される。
 以上,著者は,事業に対して否定的な立場をとる潮流と肯定的な立場をとる潮流の見解を紹介し,両者の議論をそれぞれ評価しつつもその限界をも指摘された。そしてさらに著者は両者に共通する問題を次のように指摘されるが,評者はこの中に著者があえて本書を著そうとした重要なモチーフを見るのである。すなわち著者は言う。「しかし率直にいえば,事業効果を肯定する側も,否定的に評価する側も,事業の制度的仕組みが労働市場において求職者の就労行動にどのような影響を与えるのかについてほとんど意識していないために,救済型土木事業がその就労者に与えた実際の効果を捉えることに失敗しているように思われる。その欠陥は,一面では,対象の把握が制度史的側面に偏してしまっていることに示され,他面では,制度をめぐる利害関係に無関心であり,したがって制度の変遷の意味が全く考察されていないことに典型的に示されている」(序章)と。
 ここで著者は 1) 救済型土木事業がその就労者に与えた実際の効果をとらえるということの欠如,2) 対象把握が制度史的側面に偏さず制度をめぐる利害関係に着目し,制度変遷の意味をつかむことの欠如という主として2点を指摘されている。この2点の欠如を埋めるということが著者の本書執筆の重要なモチーフであったと思われる。そしてこの著者の思いは本書全体に一貫した流れとなっている。
 まず 1)の点について社会政策研究者の驥尾に付すものの一人として評者など絶えず自戒しつつも,しばしば犯してしまう誤りの一つが,ある政策が実際に労働者や農民にどのように影響を及ぼしているのかということが,ともすると忘れられ,政策の意図とか建前そしてこれに対する批判とかのみが重視されてしまうということである。だが著者は本書においてその政策の意図,その制度的内容と同時に絶えずこれが就労者にどのような実態的な影響をもたらしたのかを豊富な資料で執拗に追求されておられる。
 2)の点について,この点は筆者がもっとも魅力を感じたところである。
 2)の点において著者はこの救済型公共事業実施過程は「国および地方自治体の失業対策=職業紹介担当部局と工事担当部局との対立と協調・妥協の錯綜した関係としてあらわれた」(457ページ)といわれるように,この事業が絶えずその救済的側面と公共的側面の矛盾と相克のきわめて複雑な関係において変化して行ったことが明らかにされる。それは中央省のレベルでいえばかならずしも「産業振興の立場」に立つ内務省と「農村救済」の立場に立つ農林省との対立といった単純なものではなかった。たとえば1934年予算編成をめぐって農林省と大蔵省が衝突した。この時山本内相は一貫して大蔵省を支持し後藤農相の農村疲弊論と予算増額を否定した。それには内務省独自の思惑があった。すなわち,これには内務省が大蔵省の時局匡救事業削減方針を受けて,「匡救事業費以外の一般土木事業費の獲得に比重を移していった土木官僚の意向も反映している」。つまり内務省は「農村問題」の社会問題化によって土木事業が急増したという機会をとらえて同省土木官僚の理想とした長期的土木事業方式を復活させ,それによって「安定的に予算を確保することをめざした」(327ページ)のであった。
 以上垣間見たように著者は救済型公共土木事業方式の変遷をめぐって単なる制度の検討に終わらせることなくその政策者利害をも明らかにしながら具体的・実証的に検証されている。
 本書を読み終えて筆者の気づくことの一つに本書が駆使する膨大な資料の大部分が当時の官庁資料であるということである。著者はいわばほとんど政策当局の内部資料によって戦前日本の救済型土木事業の発足から収束の全過程を描き出すことに成功されている。評者にとってこれは一つの驚きであった。よくぞここまで節欲されて,事業の変遷をもっぱら事業の内側から明らかにされたものだと。
 だがこの大著を読み終えて評者はなんらの不満を感じなかったわけではない。率直に言って評者は本書を読み進むなかで何度か巻を閉じてしまいたいという誘惑にかられた。あえていえば「飽き」が来てしまったのである。ともすると事業の位置(歴史的・政策的)が見えなくなってしまいそうになったからである。この最大の理由は評者の「事業」に対する知識があまりにも貧弱であったということに帰せられよう。しかし評者としては唯それだけではなかったと思えてならない。それは評者がこれまで述べてきた本書の長所が短所にもつながっているということである。ただこのことは,あえて言わでもがなといった感じがしなくもない。というのは本書のマイナス面を著者自身がよくご存知で,再三にわたり,この点にふれておられるからである。本書が「俸給生活者の失業問題にも」「失業保険をめぐる論争等にも」ふれておられないこと。本書の題名についてさえも「羊頭狗肉の気味があり」とまで述べておられるのだから。したがってここでは上述したような点だけ評者の意見を述べるにとどめたい。本書に於ては研究の対象が「事業」の内実とその変遷にしぼられ,その背景が一切述べられていない。しかし果たしてこのように両者を全く切離してしまっていいものであろうか。
 たとえば評者が先程例に挙げたように著者は農村問題の「社会問題化」によって「土木事業が急増し」これが1935年度予算編成に当たって独自の方針をとらせたことを指摘されておられるが,この「社会問題化」が内務省官僚にはどう受け取られていたのであろうか。そして内務省内部ではどのような議論がなされたのであろうか。またこれに関連して議会内ではどのような論議がかわされていたのか。そしてそうした論議は各省に影響したのか,しなかったのか,したとすればどのようにか。
 望蜀の感がしないでもないが一言述べさせて頂いたが,すでに述べたように本書はわが国救済型土木事業について究明した注目すべき力作であることは疑いない。




加瀬和俊著『戦前日本の失業対策−救済型公共土木事業の史的分析』日本経済評論社,1998年2月刊,470頁,定価6800円

かとう・ゆうじ 専修大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第483号(1999年2月)




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