OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



岩田 正美 著
『戦後社会福祉の展開と大都市最底辺』




評者:加藤 佑治



 1982年国際連合は1987年を「ホームレスのための国際年」(Internationa1 Year of Shelter for the Homeless)とすることを宣言した。だが以後10年になろうとするが,このホームレス問題は日本を含めてますます社会問題化しつつある。
 しかしながら一般にジャーナリスティックな注目を浴びる割りにはこの問題を正面から取り上げた研究となると近年ほとんど皆無に近いといっても過言ではなかった。こうした中で本書は社会編祉研究の立場から日本の「大都市」(東京)に視点を当てて実証的に取り組んだ殆ど唯一の労作であるということができよう。
 本書の構成は主として四つの部分からなっている。すなわち著者の問題意識を社会福祉研究の立場から述べた序章。この問題と政策との関わりを歴史的に述べた第1部:戦後東京における「不定住的貧困」と社会福祉の展開。更生施設A荘の利用者記録をもとに利用者の実態を具体的に追求した第U部:保護施設「退所者記録」にみる戦後「不定住的貧困」問題の形成と推移,および貧困の形成史を述べた補論からなっている。

 本書のテーマは「はしがき」でも知られるように著者が「社会編祉の勉強を志した当初からまだ漠然とした形ではあれ抱えていたもので」あって,いわぼ著者年来のテーマである。したがって読むものをしてこの著者のテーマに対する永年の思いが本書のいたるところから噴出してくる一種の熱気のようなものを感じさせる。まさに力作である。社会福祉研究には決して明るくない評者は本書から多くを学ばせて頂いた。このような機会を与えていただいた著者ならびに本誌にあつく感謝したい。
 まず本書の概要を見ることにしよう。著者は序章の社会福祉と不定住的貧困において本書の社会福祉研究上の意義と課題の設定および研究方法を述べている。まず著者は戦後社会福祉の諸原則が1970年代の改革を境目として大きく転換することを強調する。すなわち前年は社会編祉「救貧体制からの離脱」の時期,それはとくに劣等処遇原則に代表される抑圧的な救済原理をどのような「新しい生活保障原理」に転換すべきかが摸索された時期であった。これを「戦後第一次改革」の時期とすれば,1970年代の後半から80年代にかけての時期は第二次改革の時期で,それは最低生活保障としての所得保持では解決されないものとしての「非貨幣的ニーズ」の重要性がクローズアップされ,これと関わって戦後確立した一般扶助主義にもとづく生活保障法を「救貧選別主義」と総括しそれに代わる社会福祉の原理として普遍主義的供給原則,最低ではなく「最適」保持,身近な地域での居宅処遇原則などが打ち出された。そして具体的に挙げられたものは,(1)生活保護のような貧困者への救貧的選別主義と結びついたサービス供給ではなく「普遍主義的サービス供給」であり,これと表裏一体となった「サービス費用負担の導入や市場セクターを含んだ供給主体の奨励」,(2)「最低」ではなく「最適」なニード充足, (3)在宅処遇原則と身近な行政単位での地域サービス資源の計画化であった。
 この第二次改革でのパーソナルサービスの拡大が主として高齢者や障害者の介護サービスを中心としてなされたこともあって,社会福祉がこうしたサービスに「矯小化」されて行く。そしてこうした中で「社会福祉の諸原理を国民一般のもつニーズの違いによって整理する」という「機能主義的理解」,たとえば「貨幣的ニードであるから所得保障が対応し」「非貨幣的ニードであるから福祉のパーソナルサービスが対応する」あるいは「最低生活ニードには所得保障が対応し,医療ニードには医療保障,編祉ニードには社会福祉」というニードの違い=社会福祉の方法原理の違いという,ある意味で「明快な理解」をするのであるが,これは社会福祉の倭小化であってこういった社会福祉の機能主義的理解は「場合によっては一定の問題の排除やその解決の抑制」と「表裏一体」のものとして形成されてきたということを指摘する。
 戦後の社会編祉の展開は,一方で救貧法の抑圧原理からの離脱が課せられながら,もう一方で資本主義の私生活原理の堅持という課題も同時に負うことになった。この資本主義における私生活原理は互いに矛盾した二つの側面でとらえられる。一方ではだれとどこに住もうと自由である。もう一つは自らの私的努力で自立生活を営まなければならない。つまり「生活の自助原則」と呼ばれるものによって生きねばならない。このように戦後社会福祉は「救貧体制」の差別的・抑圧的原則からの離脱を,私生活原理の基本的堅持という枠組みの中で,しかもそれとの鋭い緊張関係の下で果たさねばならなかった。したがってそこで採用された方法は「普遍化・一般化,最適生活保障」の路線に収まるものではなく,それとは別の方法原理の多様な摸索があった。すなわち「国民一般」という「対象者」規定は,具体的には貧困証明に代わって一定の社会への「帰属証明」が社会福祉たる要件となる(傍点引用者)。つまり「誰でも」が対象となる社会編祉の展開は「誰」であるかを性民登録や一定の地域への居住歴,国民であるか国民でないか,どこに勤めているか,本籍地に家族がいるかいないかなどの分類を示さざるをえない。ここに著者のいう「不定住的貧困」が救貧法体制からの離脱という問題と衝突することになる。
 ここで本書全体のキータームとなっている「不定住的貧困」について著者の語るところを聞けば,それは「通常『ホームレス』や『浮浪』『ルンペン』など歴史的に使われてきた概念が一般的に規定してきたように,まず第一に,ある社会の中で一般的に享受されているような『慣性的,規則的な居住』に欠ける状態を指している」(15ページ)。著者が「ホームレス」や「浮浪」という用語を使わず,「不定住的貧困」という「耳慣れない用語を本書であえて使用するのは」これが単に住居や住所のない状態一般を指すのではなく「あくまで貧困問題の延長線上にあるということを強調したいから」(16ページ)だという。
 このように定義されている「不定住的貧困」をキータームに著者は目次に見たように第1部において「不定住的貧困」に対する社会福祉政策の展開を戦前期および戦後1945〜80年代に至るまでを2つの時期にわけて歴史的に検討している。ここで著者は,戦後の社会編祉は定住する住民を基盤とした事業の「一般化」の道を歩み,この枠組みから外れた人々を「特殊化」し,「急迫化」のもとで治安的観点から居宅保護,入院保護,施設保護,宿泊所や臨時収容施設などによる「部分的救済」を「摸索する」ことによって補完されたさまを具体的かつ豊富な資料をもって丹念に跡付けている。

 本書においてもっとも注目されるところは第U部:保護施設「退所者記録」にみる「不定住的貧困」の形成と推移のところであろう。ここでは「不定住的貧困」がどのように形成され再生産されてきたかを生活保護法に基づいて更生施設であるより宿所提供施設でもある「不定住的貧困」者の保護収容をおこなってきた東京のA荘の利用者ケースが徹底的に分析される。すなわちA荘の開設された1952年から1985年までの同所退所者,単身者2,212名・家族554世帯,計2,766ケースのうち入所時期不明を除いたケース単身者2,203名・家族554世帯,計2,757ケースを開設当初から東京オリンピックの1964年までを第I期とし1965年〜85年までを第U期に区分している。まず第7章で入所前・入所時の状況,入所理由が分析され,さらに第8章においてその後の経緯が実証的に分析されている。この第7章と第8章,とくに第8章こそは本書の最ものが注がれている,いわば中核部分ということができよう。
 まず第7章では表題の通り入所前の職業と移動および入所の理由が分析される。まず前半の第1節入所前の職業の変遷と地域異動では単身者2,202人,家族554世帯の職業異動がそれぞれ初職,最長職,(入所)直前職を各職業階層ごとに,さらに第I・第U期の時期別にまた生年時期ごとに表をもとに分析される。その各々の分析結果についてはその中身をお読みいただくしかないが,一,二著者の強調されていると思われる点をしめしておけば,その初職を社会階層区分で表現すれば経営,自営業が2割強,名目的自営業が2割弱,雇用労働者層が5割強,そのうち単純日雇労働者が4%程度,最長職になると雇用労働者が増え,特に日雇層が3割と増大する。直前職では,土木建設単純労働者がほぼ4割を占め,それ以外の日雇労働者が4割,傷病,老齢による無業者,バタヤ,浮浪者がそれ以外を占めるようになる。
 つまり以上の過程は「多様な初職から」「共通ベルト的な位置にある不規則・単純労働者」への「転入」をしめしている(197ページ)。
 第2節の「不定住的貧困」の原因と施設入所の理由では単身者と家族の場合にわけて分析されるが,単身者の場合にはまず「職業の不安定」がその基礎にある。「ともすれば『不定住的貧困』がアルコールや精神障害,住宅問題だけと結び付けられて考えられがちであるが」「根本的な問題として職業の不安定問題がある」ことが強調される。家族の場合も「職業の不安定,傷病・障害,家族関係の三つが主な原因となっている」がしかしこの場合には「家族の家出・蒸発」「夫の暴力」など家族がらみの原因など単身者とは異なった家族の特徴が強調されている。
 第8章「不定住的貧困」の形成過程と構造においては,A荘利用者の各ケースを時点・事項ごとに制定し,それらをツリー方式(樹状)で入所前の状況までつないで行くという興味深い手法によって「不定住的貧困」を作り出してゆくさまざまな要因の連鎖の六つの特徴をしめしている。すなわち第1に「社会ヘスタートする初めの時点から生活の枠組みの不安定な人々がA荘に結びつくような道をたどることはそれほど多くはなかった」。第2に,このような安定した自立生活や社会への帰属性が不安定になる基本的要因は安定した職業からの分離でありそれは昭和恐慌,オイルショック産業構造の転換などによってもたらされる。第3に,この安定した職業からの分離は求職=上京という地域移動となってあらわれやすい。第4に,職業からの分離,上京新しい生活枠組みの構築過程は単身者の場合と家族の場合とでは異なる。第5に,病院が不定住的貧困の1つの受け皿になっている。第6に,少数ながら不安定な生活を継続した末に「不定住的貧困」状態が出現するというケースも存在した。
 終章の大都市最底辺と戦後社会福祉において著者はこれまでの分析の上に立って「不定住的貧困」への福祉政策の方向を示す。それはすでに戦前において志向された生業資金の貸付,安価な住宅の供給,消費組合などの施設援助などと相通ずる「地域福祉事業」への展望である。そして著者はこうした展望が示される背景として地域に対する次のような考えを打ち出す。
 「地域を,すでに『定住』している人々だけのものではなく,そこに帰ってくる人々のものでもある,という角度からとらえ直した時,そしてそうした地域を基盤とした社会福祉の一般的関係が展望された時,はじめて『不定住的貧困』は治安対策や『急迫状況』救済の枠を出て,その自立生活の基礎,枠組みの獲得を展望する積極的な視点を持ちうるのではなかろうか」と。著者の考えは一貫しているというべきであろう。

 以上筆者なりに本書の主張するところを紹介してきた。知られるように本書はこれまできわめて手薄であった通常「ホームレス」とか「浮浪者」とかいわれる底辺の人々を「不定住的貧困」層としてとらえ,これを社会福祉政策の立場から豊富な資料にもとづいて,その政策的対応を打ち出した注目すべき労作ということができよう。
 だが本書に対して筆者に全くの不満がなかったといえば,それはうそになろう。ここではそのうち最も気になったものについてのみ述べておこう。それは本書の中核と思われる第8章で展開されている「不定住的貧困」の形成過程にかかわっているのであるが,著者の視野が社会福祉研究者のわくにこだわり過ぎているためか,その形成過程の理解に小さからぬ問題を残し,これが著者の主張にマイナスになっているように思えることである。
 具体的に述べるならば著者は前出したように「不定住的貧困」の形成過程を各ケースごとにツリー方式でしめしているが,そのすべてに安定・不安定という用語を当てはめている。つまり「学歴安定」「学歴不安定」「初職安定」「初職不安定」「最長職安定」「最長職不安定」というように。この場合,著者によれば戦後第U期(1965〜85年)においては中卒以上を学歴安定とされる。その根拠は「戦後義務教育が中等教育まで拡大されたことを背景に最低この中等レベルの教育を受けて後,社会へ出ていくケースが圧倒的に多くなる」。たしかに「新制中学卒業の学歴は相対的にはますます低いものとなっていく」が「しかし高度成長の波に乗って」「労働力不足」の傾向が強まり,中卒者は「金の卵」として「東京の産業界に歓迎されたのであった」からとされる。
 だがこの考えには若干無理があるのではなかろうか。著者もいわれるように中卒の位置は相対的にますます低下しており「学歴効果」ということからいって新制中卒は第I期(1952〜1964年)の小卒以上には出ないのではなかろうか。著者はもう一つの論拠として「金の卵」云々をいわれておられるが,当時の高度成長下の労働力政策によって駆り出された中卒=「金の卵」の中味が事実上いわれるように輝けるものではなかったことは今や明らかである。しかもこれに加えて1973年頃には“金の卵にかげり”といわれたように中卒がもてはやされる時期は第U期のはじめの7〜8年であって,あとの12〜3年は決してそうではなかった。したがって新制中卒をもって「学歴安定」とするのは若干無理があるのではないか。
 次に著者は初職ならびに最長職のうち名目的自営業者層,雇用労働者層U=単純労働者,これに失業・傷病・老齢,犯罪による無業を加えたものを「不安定」とし,それ以外を「安定」とされているが,これもかなり大ざっぱにすぎないだろうか。たとえば著者のかかげる表(206ページ)によって見ても「工業労働者」「他の生産運輸労働者」「販売サービス労働者」を,すべて「安定」職としうるものなのだろうか。著者のしめす施設入所に至る経過(第U期単身)をしめすツリーによって見ると約8割の人が「学歴安定」で出発し,そのうち9割近くが「安定」した初職についている。著者は言う「第K期になると…中等教育まで義務化されることによってスタート時点の安定度が底上げされ,学歴が自立生活の形成や社会帰属へ大きな意味を持ってくるようになる。A荘利用者も第U期には中学以上の学歴,安定した初職,安定した最長職を得て,いったんは安定した自立生活の枠組みを獲得し,社会に統合された人々が多くなっているわけである」(27ページ)と。果してこのように第U期において当初から安定していた人々が多くなっていたというようなことがいえるであろうか。筆者は第U期においても当初から最下層の位置におかれた人々がもっと多かったのではないかと考えている。「安定」の中味の,より慎重な吟味を必要とするように思われる。
 著者は筆者がすでに紹介したように「職業の不安定」こそが「すべての時期を通じて常に 『不定住的貧困』の原因のベースにある」(本書215ページ)とされ,アルコールや精神障害の問題とのみ結びつける社会病理学的傾向を批判されている。この見解に筆者は賛成である。であれぼこそ,この「職業の不安定」の中味の社会科学的吟味を必要とするであろう。
 以上勝手な事を述べたが,繰り返すように本書が俗にホームレスといわれるような,きわめて今日的な問題に正面から取り組んだ力作であることは疑いない。多くの人に本書をひもとくことをすすめたい。




岩田正美著『戦後社会福祉の展開と大都市最底辺』 ミネルヴァ書房,1995年8月刊,328+28頁,定価5,500円

かとう・ゆうじ 専修大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第451号(1996年6月)




先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ