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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



庄谷怜子/中山徹 著
『高齢在日韓国・朝鮮人――大阪における「在日」の生活構造と高齢福祉の課題


評者:岩田 正美


 本書は,大阪をフィールドに生活保護世帯などの調査を長年続けてこられた庄谷怜子氏が,中山徹氏とともに6年間にわたって取り組まれた「在日」韓国・朝鮮人の労働と生活に関する実証研究の集大成である。座談会記録を収録した補論や資料を含めて490頁に及ぶ大著であり,歴史研究ではなく,実態調査による「在日」の分析としては,希有のものと思われる。
 資料となった調査は,1991年の生野区のサンダル産業に従事し,かつ保育園利用世帯である在日2,3世世帯39ケースの訪問面接調査,1992年の東成区の70歳以上の在日1世54ケースの面接調査,生野区の病院入院17ケース,および特別養護老人ホーム入所の13ケースの面接調査,福祉事務所における被保護外国人データの再集計,およびサンダル産業調査,1993年の生野区南地域の「在日」高齢者60歳以上全数を母集団とした訪問面接調査(128ケース),1994年生野区在日民族団体生野支部所属の60歳以上全数を母集団として行われた郵送調査(207ケース),1996年の大阪府下13自治体の在日外国人高齢者保健サービス利用状況調査(第1次調査982ケース),うち,要介護にある45ケースの訪問調査(第2次調査)である。
 1992年調査を除くと,高齢者調査であり,「在日」の歴史からいうと,いわゆる1世世代の高齢化問題に焦点がある。また調査手法としては,事例的な聞き取り調査から,次第に母集団を明確にした標本調査に変化しており,またおもに生野区の地域調査という性格が濃いが,1996年の大阪府下の「在日」調査が加わって,大阪府下全体の動向把握もされている。内容的には「『在日』の固有性からくる生活史と経済基盤を含む生活構造の分析」(7頁)が可能な項目を重視しているが,1996年調査では,介護問題がクローズアップされている。
 このように,一連の調査は,その調査手法・内容からいっても,「在日」調査の試行錯誤の過程ともいえるわけであるが,それはそもそも住民概念から落ちている「在日」の把握の困難をそのまま反映しているともいえよう。これらの一つ一つの調査に,調査に先行する地域や民族団体,行政への働きかけ,調査者自身の学習といった多大な努力が付随している。昨今の郵送や電話による大量調査とその統計解析による分析からみれば,クラシックともいえる方法での調査であるが,社会問題のなかには,こうしたいわば「地べた」を這った調査によってしかとらえられないものが少なからず存在する。本書の意義はこうした実態調査の成果を示していることであるし,またこうしたものによってこそ社会政策や社会福祉が,何を課題にすべきかを鋭く問うことができるのだと思う。
 とはいえ,こうした複数の,異なった対象,手法による調査の成果を,一冊の「作品」にまとめあげるのは,並大抵のことではなかろう。本書の分厚さはそれを物語っているし,同じ主題が複数の調査で語られるため,正直いって,調査一覧でも作っておかないとなかなか理解しにくい箇所も少なくなかった。また巻末の座談会や調査票に書かれた自由意見,事例などがそのまま並べられているのは,論考をどこかで停止して資料に語らしめるといった姿勢が見えないこともない。そうした意味では,さらにつっこんだ分析が可能であるともいえよう。この点を前提にして,また評者の能力の範囲で,本書の内容について論じてみたい。

著者達は本書のねらいとして次の7点をあげている。
 1)「在日」の生活をその経済的条件との関係で明らかにすること。
 ここでは地域の地場産業に焦点があてられる。
 2)生活史を重視し,「在日」の歴史過程の中に今日の生活を位置づけること。
 3)「在日」固有の生活構造の形成を総体としてとらえること。
 4)「在日」の戦後の階層分化と今日の階層構造を析出すること。
 5)80年代からのニューカマーとオールドカマーの問題は重層しあっている。
 6)高齢「在日」1世の社会保障,社会福祉の問題。
 7)「在日」の法的地位と民族問題に関する国の歴史認識が諸問題の深い根となってい  ること。
 すなわち,上にあげた一連の実態調査の成果
を,高齢化問題を基軸におきつつ「集住地区において,歴史的に,生活構造として,かつ社会階層的に分析して,「在日」の生活の固有性を明らかに」(本書5頁)するような分析が行われ,編成記述されたということになろう。著者達が「総合的」と表現するように,かなり盛り沢山のねらいが本書には込められている。目次としては,次のようになっている。
 第1章 大阪における在日韓国・朝鮮人
 第2章 在日韓国・朝鮮人の日本在住の歴史過程
 第3章「在日」の生活史と階層変動,階層構成
 第4章 大阪における「在日」の経済的基盤
 第5章「在日」の社会階層と生活構造
 第6章「在日」高齢者と社会保障・福祉サービス
 第7章 大阪における「在日」の行政政策的課題
 第1章で,「在日」に関する基本的な状況が整理され,第2章では「在日」の形成される歴史過程が述べられた上で,92年調査の成果の一つとして「生活史」から得られた職業変遷と居住地移動が明らかにされる。第3章では戦後の「在日」の階層分化と結果としての階層構成が調査結果から提示される。第4章は経済的基盤としてのサンダル産業の実証分析,第5章は「在日」高齢者の生活構造と社会階層の特色を調査結果から分析している。第6章で「在日」高齢者と社会保障・福祉サービスについての現況の概説,第7章では,大阪における行政課題をまとめている。
 調査結果に既存のデータや歴史資料等を加え,最終章の政策課題まで,ねらいどおりの「総合的」な,やや欲張ったともいえる内容が盛り込まれている。章や節によって(調査の種類の違いがあるためか)重複も多く,たとえば第3章と第5章は統合して論じた方が良かったのではないかとも思われるが,ともあれ「在日」の歴史,現状,政策課題のすべてが,わかるような仕組みに叙述された点は,感嘆のほかはない。しかしむろんそのハイライトは,第2章の後段,および第3章,第5章の「在日」高齢者の社会階層と生活構造の特色を論じた部分にある。一連の調査がここに結実しているからであるし,そこでの議論こそが本書の価値と関わってこよう。この中心の議論の要点は,1)「在日」の社会階層の分化と結果としての今日の階層構成の析出,2)生活構造の「固有性」になる。またこれらの議論とのかかわりで,3)地域ないしは集住地区の意味も問われている。
 

第1の社会階層については,当初の「在日」の雑業的就労の連続としての固有性から,戦後10年目頃から「在日」の人々に階層分化が生じていくという点の実証が本書の一つの成果である。つまり「在日」といっても単一ではなく,一部「安定層」が生まれていくが,反面1世の過半数は要保護ボーダーライン層であることが明らかにされている。この場合,まず第3章の92年調査を利用した分析と,93年調査を利用した分析の二つがあり,さらに第5章の96年調査を利用した分析がある。それぞれ調査対象,手法が異なるため,ほぼ同じ用語で社会階層区分がなされているが,その階層区分の指標が異なる。用語としては,A安定的自立層,B不安定的自立層,Cボーダーライン層,D要保護層,E被保護層の5つとなる。3章の92年のケーススタデイではC,Dが一つとなった4区分が採用されている。ここで安定というのは,「自営業は経営的に,所得は水準において,雇用関係も安定し,社会保険や何らかの資産があり,家族や子どもの状態も良い」(74頁)ものである。また93年調査では,この階層区分の指標は年金,資産,仕送り,子どもとの関係,住宅条件,本人の就労,健康状態の7つに,世帯収入を副次的に参照したとされている。これらに対して,96年調査では,世帯収入水準が基準となり,生活保護基準と国民生活基礎調査の所得分布中央値を目安とした階層区分となっている。社会階層という用語についての学説史的な脈絡からすれば,職業が第一におかれるべきであろうが,高齢者対象であるためか,むしろ生活水準階層,ないしは生活資源階層とでもいうべき区分が用いられている。ちなみに,第5章3節の被保護世帯の分析のところでは,職業からの社会階層分布が示されている。調査の制約となんらかの「階層」の存在を示すための工夫であろうが,「社会階層」という用語を同じように使うのは読み手に混乱を生じさせる。また93年調査での健康や家族関係などは,むしろ階層との関係で説明されるべき変数ではなかろうか。この点では96年の収入階層の方がすっきりしているし,それとのクロスで不安定な層ほど単身世帯や不健康な状況が多いという結果は説得力がある。なお技術的なことであるが,96年の区分で,生保基準の用い方について,また上位階層を区分する手法として国民生活基礎調査の所得分布の中央値を用いているが,この世帯収入月額50万円が家族数の調整を経たものかどうかについて,もうすこし丁寧な説明が欲しかった。第6章では生活保護の運用と関わって,93年調査の階層区分と生保基準との比較がある。ここでは基準の用い方が説明されている。
 第2に,「在日」の生活構造の固有性については,差別問題と絡んで,自営業が大きな就業分野とならざるを得ないこと,高齢者の収入源泉は多種類なものほど安定しているが,年金収入が極端に少ない,また住居は持家志向が強い,家族扶養への期待が大きいけれども,同居形態はかならずしもとらない,1世と2,3世では生活意識が異なる,などが明らかにされている。こうした知見自体は大変興味深いものである。ただし,生活構造が,生活構造の「基本ファクター」としての収入,住居・環境,家族,健康・医療などによって説明されている点,および「在日」としての固有性を強調している点はやや疑問がある。基本ファクターは生活構造というより生活枠組の要素であり,生活が構造化されている,という場合は,その支出配分構造や耐久財の配置,あるいは家計や収入管理における慣習といった部分への言及が必要ではなかろうか。また固有という場合,階層を貫いて固有ということだと思われるが,安定高齢者の収入構造などは日本の高齢者とあまりかわらない。唯一異なるのは指摘されている年金の存在と子どもの仕送りであろうが,日本人でも安定層は年金より稼働収入,資産収入の方が圧倒的に多い。
 本書全体として,「在日」のおかれた法的地位や差別から導かれる「固有」性を強調するのか,戦後形成された階層差を場合によっては日本人と部分的に共通するものとして把握するか,その点が章ごとにばらつきが大きく,本書をわかりにくくさせているように思われた。言葉を換えていえば,階層分化を貫く経済法則と,その法的・社会的差別状況がどのような関連と矛盾で存在しているのか,その点についての議論が必要ではなかっただろうか。
 なお,この点と関連して,1世,2世,3世での意識の違いは興味深いものであるが,それを在日としての「アイデンティティのなさ」とみるよりは,それぞれがどのような「アイデンティティ」をもっているのかという見方を取るべきではなかったか。この点では,ていねいな聞き取り調査をしているのだから,彼らの「語り」それ自体を分析する,つまり彼らが自分の生活や生活史をどう捉え,どのような生活戦略をもっているか,という主観に沿った分析手法も採り入れるべきではなかったかとも思う(資料として事例や自由回答欄を載せるのではなく)。生活問題分析においては,ともすれば生活主体はその生活条件に規定されたものとして叙述されがちであるが,たとえばその条件をどのように変更し,あるいはそこからの脱出への意欲をもっているのか等の視点も必要であろう。
 第3に,地域については,1950‐60年代に東成,生野区などの集住地区が形成され,そこに定住「在日」が形成されたこと,同和地区などとの関係,地場産業との関係など,きわめて重要な点が散見されるが,この点についてのまとまった議論が少ないのが惜しまれる。とくに,一連の調査の舞台が生野区であったことから,この著者達のいう「インナーシティ」としての問題性を掘り下げて欲しかった気もする。たとえば階層分化との絡みでは「安定層」はむしろ生野区を出ていく傾向があるのか否か,インナーシティとしての負の側面ばかりではなく,雑多な就業チャンスのある地域,あるいはネットワークのある地域として見ることができるかどうか,などである。先に指摘した主観に沿った分析とも絡んで,都市人類学といわれるような手法での欧米の都市生活研究なども参考になるのではなかろうか。
 以上は,評者も課題とする今日の生活問題研究の難しさの反映であり,本書で提出された多くの知見の価値をむろん低めるものではない。特に最後の社会保障,社会福祉の課題との関連では,生活調査の実証があってはじめて制度批判は有効であるということを示しているといえよう。また介護など福祉サービスの問題と,階層差の問題が深く関連しているなど,著者たちの従来の主張もよく裏付けられている。介護問題が,単純な高齢者一般の問題としてではなく,たとえばここでの「在日」の問題との絡みで,あるいは階層差の視点を明確にして地域で取り組まれるべきことは今日きわめて重要なことだと思われる。貴重な資料だけに,さらに分析を深めることを期待したい。



御茶の水書房,1997年2月,496頁,8034円

いわた・まさみ 東京都立大学人文学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第469号



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