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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



田中真人著
『一九三〇年代日本共産党史論』



評者:伊藤 晃



 本書は,1930年代前半,盛大にみえた日本の共産主義運動がたちまち崩壊していった理由を,権力の弾圧などの外的要因でなく,運動に内在した要因から説明しようとした。
 本書は書名に「共産党史論」とあるが,共産党そのものでなく党周辺の大衆運動団体を研究している。著者は,共産主義運動を考えるとき,共産党だけでなく,さまざまな運動領域における大衆運動が作り出す全体を視野に収めなければならないという立場をとる。序章で著者は,当時共産主義運動は合法的大衆運動という「外延と裾野」を失なって「党を中心とした同心円的な広がり」に純粋化された,それは共産党が党と大衆団体とを混同し,大衆運動の論理を党の論理で一元化した結果なのだが,それが結局は運動「壊滅の内在論理」を準備することになった,と言う。大衆団体のこうした「外廓団体化」・前衛化とそれへの抵抗とにかんする4つの事例(京都の労農大衆党,日本反帝同盟,日本赤色救援会,日本戦闘的無神論者同盟などの反宗教運動)の個別研究が本書の主内容である。
 本書全体の叙述からすると,大衆運動は大衆自身の要求から出発し,大衆自身の活動によってその貫徹をめざすという点で党とことなる独自の論理をもつ,というのが著者の見方であろう。当然合法性・超党派性が重要要件である。他方共産党の運動論理は,プロレタリア革命という明確な目的と,大衆運動をこの目的に向かって指導する「前衛性」とに立脚しているということになる。党は正しい思想の独占者であり,自分の運動の第一義性をつねに主張する。また当時共産党は革命前夜という情勢把握で鼓舞されており,天皇制打倒の戦略によって非合法を余儀なくされる,という状況にある。
 ところで,共産党崩壊の理由は運動の内側にも求められねばならず,その根本的要因の一つが大衆運動への党の論理の押しつけにある,という見方は,すでに先行研究によって与えられている。京都の渡部徹氏を中心とし,著者自身その一員である研究グループは,早くからこの見解を持っていた。それを発展させようという著者の意図は,グループの代表的著作『1930年代日本共産主義運動史論』(1981年)を念頭においた本書のタイトルにも示されている。ただ運動崩壊の内在論理を十全に明らかにするには,党自体の研究にくらべて大衆運動側の研究が手うすだ,と著者は感じたのであろう。本書の問題意識の由来はこのように理解できる。このとき著者は共産党への「市民社会の監視の目」に研究者としての目を重ねようとするのであり,その目は,研究史のなかで無数の活動家の事績を伝える地方運動史研究の進展,運動体験者の証言の刊行を重視することになる。
 党史として,その党を支持したり批判したりあるいは反発する「人間大衆の歴史」を書くべきであり,ある党の歴史はその党を自己の表現としようとする社会集団の歴史である(グラムシ)と考えられるとすれば,著者は正しく問題を提出していると言えるであろう。実際,いわゆる党の論理なるものは,それだけでは党を存立せしめる根拠とはならないだろう。これは大変現代的な問題である。先年の社会主義体制の崩壊は,同時に「レーニン主義」党理論の崩壊でもあった。各国の共産党は,他からの批判を超越した「前衛」性によって自己の権威を主張することができなくなった。ほとんどの党は,市民社会のなかで生きるというこの思想転換に耐えられないようであるが。
 つぎに本書の主内容,4つの団体の研究に示された著者の論点を紹介しておこう。第1章,合法的地方無産政党である京都の労農大衆党。共産党の合法政党否定論にたいして,著者は,現存した大衆の政治的・社会的改革のエネルギーを掘り起こし,結集・統一する形態として合法政党は有効だったとする。第2章,日本反帝同盟。体制変革によってしか平和はもたらされない以上「革命運動とはことなる独自の論理をもつ平和運動という認識は否定さるべきもの」という共産党の考え方によって,反帝同盟が反戦・平和の大衆団体でもなければ党そのものでもない「奇妙な存在」になっていく過程が述べられている。第3章,日本赤色救援会。共産党の他派排撃方針の影響下にありながら,本来の任務から来る超党派性への要求がセクト主義克服の萌芽を育て,統一戦線運動の可能性を示したという。第4章,反宗教闘争同盟から日本戦闘的無神論者同盟に至る反宗教運動。「宗教はアヘン」という単純な虚偽意識論によって,終始民衆の現実の宗教生活の外に立つほかなく,宗教批判の具体的な諸契機と接点をもつことができなかったとされる。
 以上をつうじて,左翼系の大衆団体がなめた苦い経験と,それぞれが衰えていく過程は大変よく理解できる。したがって,本書の立てた問題にはさしあたり説得力をもった解答が与えられているというべきであろう。
 だが私はここで本書への大きな不満を述べておかなければならない。本書の究極の目的は共産主義運動崩壊の内在論理を解明することであった。このために必要ないくつかの問題点に著者は十分に答えていないように思われる。
 第一に,大衆団体に党の論理を押しつけて衰退させると共産党自体も衰えるのはなぜか。これを当たり前のことだと言ってしまってはいけない。この関連性は,前述のように以前から言われていることで,私たちもそうだと思っていたが,著者の着眼は,それが実はまだ仮説にとどまっていて十分論証されてはいないのだ,ということであろう。だから著者はその論証過程の弱い部分である大衆団体側の具体的分析を試みたのではないか。それは,党の論理がそれだけで党を存立させる根拠にはならない,という命題を証明することでもある。著者の研究からは,党の崩壊過程について,もっぱら党だけに目を向ける研究とちがった説明がどのように出てくるのだろうか。
 第二に,そもそも諸大衆団体はなぜ外廓団体化してしまったのか。党の論理にたいする大衆運動の論理の抵抗が赤色救援会や消費組合運動に見られたことを著者は指摘している。それは事実であって,農民運動などにも多少そういうことはあった。 しかし,この抵抗は全体としては党の支配を押し返す力にならなかった。それはなぜか。
 けれどもよく考えてみれば,これらのなぜに答えることは,30年代の共産党史(もちろん著者の言う広い意味でのであるが)の範囲では無理であるかもしれない。それらに十分な説明を与えるべき過程が30年代にはすでに存在しないのではないか,と思われるからである。
 大衆団体の外廓団体化の企図がはげしい闘争を引き起こしたのは,1920年代であった(総同盟,日農,労農党等々)。共産党はこれに成功せず,結局各運動体が分裂した。その左翼の一片が,30年代に共産党の手に残った左翼大衆団体なのである。大ざっぱに言えば,だが,そこで本書が対象としているような左翼大衆団体というものは,それ自体がはじめから共産党のようなもので,共産党が指導を及ぼすぼあいの合理性をめぐる抗争はあっても,党の論理と大衆運動の論理との全面的な対抗が,さきの第二のなぜを説明しうるような規模では展開しない。
 第一のなぜにしても,共産党は,セクト主義と急進主義のイデオロギー形成を28〜29年の間に集中的になしとげてしまった。 30年代はすでにその果実を収穫する時期である。すなわち衰える過程にある運動でなく,その過程を基本的には通過し終った運動である。崩壊の理由は分析によって見出すまでもなく,現象として目の前にある。なお,この時期にいくつかの統一戦線の可能性があったとする論者もいるが,それらはだいたい,共産主義運動敗北のあと,多かれ少なかれそれへの反省の上に出てくるのであって,共産党との連続において語るのは無理なことが多い。
 そういうわけであるから,著者は,党と大衆団体という問題提出に十分に答えようと思うなら,むしろ20年代の運動史に重点をおくほうがよかったであろう。
 けれどもそうかといって,私は,30年代の共産党史研究,いまのばあいで言えば田中氏の研究にたいした意味がない,と言うのではない。この時期の共産主義運動にも無数の活動家がいた。彼らは崩壊過程を身を以て体験するなかで,いかに生き,何を考えたか。これはやはり解明しなければならない基本問題である。そしてこれを明らかにしうるのは,共産主義運動史を,共産党を支えた多くの活動家と広い大衆の歴史と見る著者のような立場であろう。
 共産党の最終的崩壊にとって決定的だったのは,1933年以降の大量転向であった。このとき重大だったのは,党上層から崩壊が始まると,下部党員は,党再生のオルタナティヴがどう存在しうるか,みずから答をみつけることができなかったことである。それはなぜか。従来の共産党史研究ではその点が明らかになっていない。活動家たちの確信の喪失は,共産党が大衆の政治的社会的生活の現実とほとんど接点を失なっていたこととも深い関係があるのではあるまいか。本書は,活動家たちの内面が作られてくる場について,私たちの視野を大きく拡大してくれたのだと思う。
 コミンテルンから「高い」思想を受け取ることで,日本共産党は人民の深い運動基盤のなかで指導的な党になる過程を飛びこえた。天皇制の打倒をかかげながら,共産党の運動はしばしば,大衆的な願望が天皇制支配機構と現実に矛盾しあう多くの局面,つまり広い民主主義的要求と背反した。それが結局は何をもたらすかをみずから総括せずに党は滅びたのだが,30年代の活動家たちは,最終局面を体験することで,20年代以来の党史を個々人の内面で総括することになったのである。転向がこの重い課題を内に秘めていることがあるのを忘れてはならない。そのいくつかの糸口を,私たちは本書から与えられたわけである。





三一書房,1994年6月刊,266頁,定価7,000円

いとう・あきら 千葉工業大学人文系教授

『大原社会問題研究所雑誌』第433号(1994年12月)

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