OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



Rashid Amjad(ed.)
To the Gulf and Back:Studies on the Economic Impact of Asian Labour Migration



評者:石井 知章



1「送り出し国」をめぐる問題状況

 これまでの「外国人労働者」をめぐるさまざまな議論は,日本や西ドイツにおいてそうであったように,主に「送り出し国」側よりも「受け入れ国」側での諸問題を扱ったものが多かった。かりに「送り出し国」側での問題が指摘される場合でも,その対象は出稼ぎ労働者個人や家族,またその周辺の人々と個人生活レベルにとどまるのが一般的であり,ましてやその「送り出し国」一国の経済や社会全体に与える影響について論じるといった包括的な研究はほとんどなかった。しかし,こと中東湾岸諸国に関していえば,昨年8月の湾岸危機直後から150万人もの出稼ぎ労働者が帰国を余儀なくされるという事態を経た現在,そのトータルな意味での問題性はますますもって「送り出し国」側へと移りつつあるといえるだろう。
 本書で扱われているのも,1970年代以来大量の労働者をそうした中東湾岸諸国へと送り出してきた南,東南アジアのそれぞれ10ヵ国における外国人労働者と労働市場に関するマクロ経済的な分析である。これはILOが1986年,UNDPの資金援助で開発計画の一環として行った研究プロジェクトの報告書でもあり,本書ではこれに参加した各国の研究者たちがそれぞれ担当した国について一章ずつ執筆するという構成をとっている。ここで共通課題とされているのは,仕送りという形で外貨をもたらす出稼ぎ労働者の存在を,「送り出し国」の開発にいかに有効に活用するかという問題に他ならない。編者によれば,「その基本的なねらいは,各国政府の試みを反射的,調整的なものから積極的,啓発的なものへと仕向けることであった」(序論)という。

2 歴史的経緯

 ところで,こうしたアジアの国々の中東諸国との出稼ぎ労働者をめぐる関係はそもそも,アラブ諸国が原油価格を一斉に値上げした1973年のオイル・ショック以降,中東各国で加速度的に経済開発が進むに伴って「外国人労働者」に対する需要が生じたことに始まる。 1975年から78年にかけて,南アジア系,とくにパキスタンやインドの労働者が中東へと移動しはじめ,79年にはフィリピン,タイ,韓国など東南アジア系の労働者がこれに加わりはじめた。中東湾岸諸国とは反対に,当時これら「送り出し国」では景気後退と人口増加という二つの難題に苦しんでいたという事情が,こうした動きに拍車をかけていたことももちろん見逃せないであろう。しかし1981年以降原油価格が低下すると,労働者の流入もにわかに減少しはじめる。アジアからの出稼ぎ労働者数は,タイ人で1983年対前年比40%,またインド,パキスタン人で1982年から86年にかけて50%以上といずれも減少した。しかしながら,当時の「中東ブーム」が相当のものであったことは,出稼ぎ労働者からの送金の商品輸出に占める割合が1982年,バングラデシュ―45%,インド―10%,スリランカ―28%,韓国―9%,タイ―7%,フィリピン―10%といずれも高い数字を示していることからもわかる。しかもこれらの数字は,あくまでも公式ルートによる送金についてであって,たとえばフィリピンの場合,それは実際の4割以下であると見られていることに注意すべきであろう。

3 各国政府の対応

 編者によれば,こうした事態を踏まえた各国政府の対応はある一つの共通したプロセスをたどることとなる。すなわち政府は,(1)出稼ぎ不法就労者の斡旋業者による中間搾取などを最小限にとどめようと試み,(2)洗練された熟練労働者(特に建設業)の大量流出が深刻な労働力不足を招くことから,公立技術訓練所などにおける労働者の訓練開発計画に着手するという必要に迫られ,(3)出稼ぎ労働者が減りはじめた時,今度は彼らの大量帰国によって国内での再雇用問題など新たな事態に直面せねばならなくなるのである。しかしながら,国外への労働力移動に関連して「送り出し国」の国際収支全体に―したがって政府の対応に―決定的な影響を及ぼしているのは,なんといっても出稼ぎ労働者からの送金である。「送り出し国」が石油の輸入増と景気後退という二重の痛手を被っている時これほどの救いは他になく,いうまでもなくこの送金をいかに多く引き寄せるかが各国政府の新たな課題となる。したがって,公式ルートによる送金をより魅力あるものとするためにも,送金側―受取り側の双方にとって便利で柔軟,かつ有利な送金システムを導入することが望まれるであろう。たとえばバングラデシュでは1974年,出稼ぎ労働者の送金には公式の外貨交換レートにプレミアムを上乗せするという政策が採られ,スリランカでは1977年,取引と支払いをめぐる管理変動相場制が自由化されるなど,各国政府は送金獲得のための新たな政策を次々と打ち出すにいたる。もちろん「送り出し国」のマクロ経済的な環境が,送金の流入そのものに与える影響も無視できない。平価切り下げ率が1976年から86年に28.9%にとどまったタイと175.7%にも及んだフィリピンの場合とを比べても,どちらにより多くの送金が集中するかはおのずと明らかである。さらに各国政府は,こうした送金システムの整備とともに,送金を国の投資に結びつけるよう求められることも忘れてはならない。というのも,出稼ぎ労働者の送金,貯蓄が彼らの土地や住宅の購入にあてられた割合は,スリランカ―40.6%,タイ―57%,バングラデシュ―45%,パキスタン―45%といずれも高く,その多くが個人的な不動産へと注がれても,将来の開発に有利な投資には向けられていないためである。

4 帰国労働者の再吸収問題

 本書で取り上げられるもう一つの大きなテーマが,帰国労働者の再吸収―再雇用問題である。帰国労働者は一般に,なかなか仕事を探したがらないという共通した傾向を持つとされている。たしかにバングラデシュでも,帰国後の雇用状態を出稼ぎ以前のそれと比較した場合,都市―農村双方の出稼ぎ労働者の失業率は,出国以前の10%から帰国後には40%にも跳ね上がっている。しかしそれは,自国への適応に必要な時間的遅滞によると理解するよりも,適切な仕事を見つけること以上に商売や事業を興すことに関心が向いているためと見るべきなのだという(第2章)。タイでも出稼ぎ労働者の失業率は出国前の2%から帰国後には17%へと上昇しており,パキスタンで1985年,帰国労働者を対象に行った調査でも,帰国労働者の20%が失業中であるばかりか,彼らの多くが再び職を求めて出国の準備をしていることが明らかになっている。いずれにせよ,ここで各国政府に求められているのは,けっして帰国労働者に対する場当たり的な「リハビリ」計画などではなく,潜在的な人的資源としての彼らを円滑に再吸収―再利用するための,長期的な視野に立った政策を打ち出すことなのである。まさに編者自身も述べるように,「本当の意味での挑戦とは,出稼ぎ労働者のもつ技能を利用し,その貯蓄を経済全体に対してと同様,彼ら自身に対しても利益となるように蓄積することである。こうした取り組みのなかで帰国労働者は,一時的な傾向としてよりも,潜在的財産(労働技能,経験,投資すべき資源)としてみなされるべきなのである」(序論)。

5 結びにかえて

 たしかに本書では,「送り出し国」側の出稼ぎ労働者と労働市場をめぐる客観的なデータを分析するにとどまり,将来の出稼ぎ労働者の流れがどうなるか,またそれを受けた政府の対策がどうなるかといった展望については全く触れられていない。しかしながらこれらの分析は,今後とも「受け入れ国」である中東湾岸諸国の経済が出稼ぎ労働者に依存せざるを得ず,また「送り出し国」であるアジアの国々の経済発展が出稼ぎ労働者からの恩恵抜きにはあり得ないという相互関係を十分に物語っているとはいえるだろう。だとするならば,編者の一人が指摘するように,海外への労働移動が「“陽の照るうちに乾草を作る”式のいわば棚ボタとして利用されるのでなく,マクロ経済的な計画や政策に組み込まれるべき」(第4章)対象であることだけは確かである。その必要性はまた,今回の中東湾岸危機を契機に始まった出稼ぎ労働者の大量帰国という事態に際し,バングラデシュをはじめとするいくつかの国々で,送金ストップによる国民経済レベルの大打撃をすでに受けはじめているという事実によっても確認しうるであろう。いずれにせよ,ますます注目される「送り出し国」での労働政策を含めた今後の開発戦略を考えるうえで,本書が提供している豊富な経験とデータは,数少ない貴重な資料の一つとしてきわめて有効かつ有意義であると思われる。





New Delhi:ILO Asian Employment Programme,1989,369p.,SF25.00

いしい・ともあき ILO 東京支局

『大原社会問題研究所雑誌』第389号(1991年4月)




先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ