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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



井上  雅雄 著
『社会変容と労働――「連合」の成立と大衆社会の成熟



評者:平井 陽一


 この本が持つ迫力は,労働戦線統一問題を題材にした総評の解体,「階級的」労働運動の終焉を労働者の中産階級化と国民意識の変容という現実が持つ重みによって説いたことからきている。はじめに目次を示し、章を追って内容を紹介しよう。
序章  課題と方法
第1章 第一次労働戦線統一運動の挫折とその意味
第2章 第二次労働戦線統一運動の特質
第3章 総評労働運動の転換
第4章 労働組合機能の変容
第5章 社会変容と労働
終章  「日本」という現象の危うさについて

 序章 課題と方法
 井上は,この書の目的について「労働戦線統一問題を素材とし,そこに凝縮させて日本社会の変容の意味を解読しようとする試み」であるとする。
 具体的には,1)協調的労働運動の集大成である「連合」の結成過程を後づけることによって,日本における階級的労働運動(総評型労働運動)が終焉した根拠と意味を,その背後にある1970年代後半以降の「日本社会の変容の歴史的コンテクストのうちに探ること」,2)同時に,総評型労働運動の終焉は「独自の価値観と行動様式」を持った労働者階級が,「日本社会で存立する余地を失った」ことをも意味するため,「社会階級としての労働者の存在根拠とその実在性」(8‐9頁)をも問うことであるとする。*

 第1章「第一次労働戦線統一運動の挫折とその意味」
 以上のような問題意識にもとづいて,はじめに1980年代に成功する第二次労戦統一運動をみる前提として,1)60年代末にはじまる第一次労戦統一運動の挫折の原因と,2)この運動の社会的背景として60年代に台頭した日本社会の変容について検討している。
 67年の宝樹全逓委員長の論文(革新政権樹立には労戦統一が必要,共産党とは一線,労働組合主義)を発端とする第一次労戦統一運動は,資本・貿易の自由化による60年代後半の日本経済の構造変化(大型合併など)を背景として,鉄鋼,電機など民間大手労組が運動を牽引した。その最大の導因は,個別企業にとっての技術革新や合理化が,当該産業を覆った市場条件の変化への対応であり,それは「組合にとって企業内部で処理するには限界があり,産業別の労使の場を設定してそこで交渉するほかはないという認識」(35頁)の高まりとなったことにあるとする。
 しかし,この運動は中央組織の運動理念や運動路線の対立,すなわち総評系の「階級路線」と同盟系の「労使協調路線」のちがいによって挫折する。第一次労戦統一運動は,「運動思想や理念などの基本的な条件においても,…運動主体の側の対立は大きく,およそ統一を可能とするような状況にはなかった」(66頁)という。
 だが,井上は第一次労戦統一運動の背景には,統一を促す客観的条件は存在していたと解釈する。すなわち,戦後の高度経済成長によってもたらされた大衆消費社会が「人びとに生活水準の向上と生活様式の平準化・均質化」をもたらし,それが「中」意識を形成することによって,労働者の意識は「会社からも組合からも自立的で各々への帰属性が希薄」な「階級としての実在性を無化」(75頁)したものとなっていたという。もはや「高度成長期の消費は食べる次元の消費」ではなく,「消費対象としての財が,人びとの欲望や願い,希求を具現するとともに,逆に人びとの感性,行動規範,価値意識を変容せしめる規定性」を持つにいたった。第一次労戦統一運動の試みは,「このような日本社会の変容を深海底流として生成した」(77頁)と指摘する。

 第2章「第二次労働戦線統一運動の特質」
 ここでは,76年の政策推進労組会議の結成から,82年の全民労協の発足(41単産423万人,なお「連合」結成は89年)にいたる経緯を追いながら,第二次労戦運動が成功した直接の原因を確定するという。  まず,ここでの運動の特徴を指摘して,1)ナショナルセンターが前面に出ず,民間有力単産による協議でおこなわれたこと(総評の指導権獲得失敗),2)73年秋以降の不況とその後の低成長を背景としたこと,3)統一労組懇問題や国際自由労連の加盟問題が深刻化しないなど,総評の運動路線転換があったことをあげている。
 そのうえで,このような経緯を辿った直接の背景要因として,第一次石油危機を契機とする深刻な不況と低成長がもたらした経済変動や,雇用危機,春闘の連敗の事態にたいし,ナショナルセンターを超えてトップリーダーの状況認識が共通化し,政策・制度闘争の緊要性,対政府交渉力と政策立案能力の重要性を高めたからであるとする。
 ここでも総評と同盟の運動路線上の差異は,選別主義や国際自由労連の加盟問題でちがいがあった。しかし総評は,統一労組懇の封じ込めに典型的にみられるように,ここで「『階級闘争』的運動路線からの決別」に踏み切ったと指摘する。「今回のそれが成功した最も基本的な要因は,総評の運動路線の事実上の転換にあった」(167頁)というわけである。

 第3章「総評労働運動の転換」
 この章では総評の運動路線転換を必然化した三つの要因として,1)75年春闘の敗北,2)スト権ストの敗北,3)反合闘争の困難性をあげ,これらが総評運動にとってもった意味=「労戦統一が成功した労働運動の内的論理」をあきらかにするという。
 1)75年春闘敗北 75年春闘の敗北を契機としてJC主導の春闘がスタートし,総評の春闘への影響力が低下してゆくが,これは総評が「スタグフレーションという新たな経済状況の展開に対してそれまでの賃金論を超える有効な論理を提示できなかった」からだとする。その結果,付随的であった制度政策要求が本格的に,路線の違いを問わず前面に現れたと。
 2)スト権スト 個別の労使交渉を超えて政府に政治的決断を迫ったスト権ストは,自民党強硬派の首相封じ込めを見通せなかったなど情勢判断の甘さから敗北するが,ここで留意すべきは「市場としての国民」の存在であったという。国労にそくしていえば,「スト権ストの敗北の真の原因は,…反マル生闘争の勝利因であった社会(=世論)へのまなざしのほとんど完全な欠如−組合の内閉性にあった」とし,「国民世論が官公労働運動に対して,あたかも民間組合にとっての市場のごとくに抑制的に機能した」(198頁)と理解する。
 3)合理化への対応 これまで総評にとって合理化反対の方針は,反戦・平和運動などとともに「『階級的』労働運動のシンボルとしての機能を果たしていた」が,「石油危機後の不況が突きつけた深刻な合理化問題は,総評の運動理念の象徴ともいうべき合理化反対方針を無化」し,このことが結局は「総評と同盟との間にあった合理化への対応姿勢の差異を縮小,希薄化せしめ」(219頁),労戦統一へ踏み切らせることになったという。
 井上は75年春闘の敗北,スト権ストの敗北,合理化対応方針の転換を貫く共通項は,「『市場』というものの衝迫力がそれである」(219頁)と指摘する。すなわち「春闘の敗北や合理化方針の転換は,市場の競争条件の激変がそれに適応しようとする企業の経営行動の変化をとおして組合行動を制約したという点で,市場原理が経営行動の変化をとおして組合行動の選択に影響を与えた顕著な事例である」(219頁)と述べる。

 第4章「労働組合機能の変容」
 ここでは,総評の運動路線の転換を草の根で現実化した事例として,全国金属の経営参加運動の実態にふれている。
 井上は,全金が84年の54回大会で合理化反対闘争方針を転換した理由として,労働組合の規制力に倒産原因の重要な要因があったとする。つまり「組合規制はそのある一定の均衡点を超えた場合に,はじめて経営効率の阻害要因に転化する」(228頁)とし,全金自身も「この間の組織退潮の主因を自己の強い規制力」にあったと自己批判している。井上は,これを克服する全金のあらたな運動として,技術革新に柔軟に対応しながらも抵抗の姿勢を崩さず闘ったある支部の事例や,83年「全国金属第一次産業政策」(技術革新のもつ積極的側面を受け入れ,マイナス面を規制する産業レベルの運動)や,企業レベルの「ME技術革新協約モデル」(事前協議,導入についての同意約款 解雇と条件切り下げの禁止その他)など,意欲的な試みを紹介する。
 しかし,多くの苦悩を経て全金が到達した地平である「対抗的経営参加」の事例も,大手企業での経営参加は困難など,なお一般性は獲得しえず,結局は「経営問題の個別企業レベルでの処理にはむろん限り」があり,社会的規制から制度政策要求,さらに連合加盟という路線を辿ったという。 *

 第5章「社会変容と労働」が,この本のタイトルとなっていることからも分かるように,ここに井上の主張の主眼がある。ここでは,おもに労戦統一を可能にした最深部の要因として,70年代後半から80年代前半にかけて顕在化した日本社会の変容の内容と意味について,すなわち日本の労働者と国民の意識と行動様式の特質が,高度経済成長を経ていかなる変貌をとげたのかを確定することに話を進めている。
 具体的には,60年代初頭にイギリスで議論された「豊かな労働者」論を手がかりとして,はじめに1)日本の労働者の労働・職場・会社にたいする意識・態度,労組への対応や階級帰属意識,政治にたいする態度などを検討し,意識と価値観の変容をみる。つぎに2)彼らの意識を包囲する一般の国民意識の変化の実態と,3)その変貌をもたらした社会階層間の経済格差と社会移動の実態,4)それらにはたした戦後教育の機能について考察し,5)さいごに「社会変容の凝集的・象徴的表現としての80年代初めに顕在化した人びとの消費行動の分岐の意味」を分析するという。今少し紹介が必要であろう。

 井上は「豊かな労働者論争」を紹介して,日本の労働者は豊かさの実現とともに「労働者階級の価値観と生活スタイルの,職業コミュニティーにもとづく階級的連帯から個人主義・私生活中心主義への転換」(275頁)がはじまっていると解釈する。また「豊かな労働者」論を批判したF.ディヴァインからヒントを得て,「英国の労働者をして,なおミドルクラス化させえない根拠が,労働者と『富裕な人びと』との間の経済的な(したがって社会的・政治的・文化的)歴然たる差異にあるということ」(281頁)に着目して,逆に豊かな日本の労働者のミドル化を説く。さらに「ルートン調査」の分析装置を援用しながら日本の事例(おもに電機労連,鉄鋼労連,全電通の既存の調査)に話を進め,収入や昇進を目指す「官僚的志向を内在するとともに私生活をも重視する文字通り『新しい』型の労働者像を構成する」(299頁)と。
 さらに内閣調査の結果から,日本の労働者は労使関係感も労使協調的に変化していて「『伝統的労働者階級』としての性格をほとんど帯びておらず,むしろミドルクラスに強く傾斜した新しいタイプ」(316頁)として特徴づけられると。以上,総じて大企業を中心とする日本の労働者は,もはや古典的・伝統的な労働者階級でも,ゴールドソープのいう手段主義的な「新しい労働者」でもなく,「組織」されているが,「そのメンタリティーの垂線は,まぎれもなくミドルクラスそのものに降ろされている」(322頁)と断言する。

 井上は,このような労働者の変質をもたらしたものは「豊かな生活」であるとして,さらにNHKの与論調査などを利用して「豊かな生活」と労働者を取りまく社会意識の関係に話を展開する。 70年代後半から80年代前半の10年間にもたらされた「豊かな生活」,生活の満足度の向上は「社会に対するその批判性・闘争性の牙を殺ぎ,生活保守的姿勢を強化させ,あるいは政策順位をめぐるイデオロギー闘争の場としての政治への期待度を弱め」(333頁)たと。
 さらに,日本の国民が持つ「自助の精神」(相互扶助・相互連帯の精神とは相いれない)がこの豊かさをもたらした点に触れ,福祉政策への評価にみられる国民のイデオロギーのちがいを超えた価値観の共有を指摘し,この国民意識の変容が「既存の政治イデオロギーとりわけても左翼イデオロギーの社会的存立基盤を掘り崩し」(342頁)たという。
 井上はつづけて,日本人の金融資産や実物資産の調査結果,階層上昇の調査結果,教育機能の評価などを検討して,80年代前半には経済的格差が縮小して「平等主義的社会構造」の形成,「新中間大衆」時代の到来,総じて「労働者階級の終焉と呼ぶことがで」(378頁)きる社会が形成されたと解釈する。
 終章では,日本の「『自助』=自己努力による平等主義的社会の実現」は,「世界史的な達成」(403頁)であり,「平等主義のエッセンスをミクロレベルで凝縮した」ものが「日本的経営」(403頁)であること,したがって総評の解体も「日本の労働者像の変貌の帰結」であり,労戦統一は「このような事態の総体に対する,日本の労働組合にとって残されたたった一つの対応策」(404頁)であったとする。しかし,バブル経済とその崩壊以降の10年間は,「ニュー・マス・ミドルはいまや明らかに動揺・分化」をもたらしていること,また「自助の原理が本来的に内在させていた寛容の精神」が根づくことがなかった日本では,実現したのは結局のところ「空虚な豊かさ,空洞化した自己なのであ」り,「日本社会が現在映し出している荒涼たる風景は,ニュー・ミドル・マスとして成功した日本人の心象の風景そのもの」(408頁)だと冷めた目で見据える。

 ここでは,私の関心からいくつかの点にコメントしたい。ひとつは総評労働運動の変質にかかわる問題である。
 二つの労戦統一の違いを丹念に調べあげたのは見事である。しかし,戦後日本の労働組合運動という長い視点に立てば,総評が「階級的」労働運動路線を転換したのは,1960年の三池争議の敗北とその帰結として「組織綱領草案」がお蔵入りになった時点であって,労戦統一の成功のはるか以前である。公務部門や中小労組になお「階級的」体質を残しながらも,合理化反対闘争方針が反戦・平和運動とともに階級的労働運動のシンボルとなっていたとしても,現実の運動の基調は春闘という「体制的」な運動に収れんしていったのである。

 分析視点とのかかわりで言えば,総評の「階級闘争主義」対JC・同盟の「労働組合主義」の対立軸で労戦統一問題を切りすぎているきらいがある。そのため,全労協や全労連を排除したとしてもなお「連合」に流れ込んだ諸潮流の動向が触れられていない。例えばゼンセン同盟などがもっている「右」のしたたかな戦闘性に代表される総同盟からの伝統的な「労働組合主義」,さらにJCの組織と影響力が手薄な「地方連合」を舞台にしたヘゲモニーをめぐる総評のしたたかな計算なども考察の対象から捨象されていることが気になる。このことは井上が労戦統一問題を分析するとき,おもに公式文書に頼って聞き取りによる補足を省略していることと関係しているのかもしれない。

 いまひとつは「労働者の選択」の問題である。井上が指摘しているように,総評が「階級的」労働運動を放棄し,協調性が日本の労使関係に支配的となったのは,たしかに「労働者の選択」の結果であることに間違いない。しかし,「労働者の選択」について語るばあい,そこに至る過程で発揮された国家の役割や経営レベルの労務管理の役割も大きかったのである。この点への考察がほとんどなされていないことに不満が残る。
 自分の関心からのあら探しに過ぎたようである。ともあれ,この書は市場のもつ「衝迫力」を指摘したこと,「労働者階級の終焉」を明言したことをはじめ多くの刺激的な論点を提示したスケールの大きな力作である。労働問題研究者に限らず,多くの分野の研究者に推薦したい。





木鐸社,1997年11月刊,416頁,定価5,000円

ひらい・よういち 明治大学商学部講師

『大原社会問題研究所雑誌』第474号(1998年4月)



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