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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



岩出 博 著
『英国労務管理――その歴史と現代の課題



評者:早川 征一郎


 これまで英国労務管理について,特定の時代の産業や企業についての研究は少なくはない。だが英国労務管理の実際と理論を総体として観察し,それに発達史的視点を加え,過去から現在に至る全体的な動向を明らかにした書は皆無に近い。この書の「まえがき」で著者が述べるように,「本書は,英国における労務管理のその生成から現代まで,通史的に観察した日本で(そしておそらくは英国でも)初めての試みである」。この点に,本書の重要な意義がある

 本書は英国労務管理の生成から現代までを通観し,現代英国労務管理の課題を明らかにしようとしている。この意図は,次の目次構成にも,きわめて分かりやすく表現されている。
 第1部 英国労務管理の歴史的発達
  第1章 英国労務管理の生成──福祉職員組合の設立まで
  第2章 英国労務管理の発展──産業福祉から労働管理へ
  第3章 英国労務管理の確立──労働管理から労務管理へ
  第4章 英国労務管理の展開──職場労使関係管理の台頭

 第2部 現代英国労務管理の課題
  第5章 職場労使関係戦略の新展開
  第6章 英国労務管理の革新(1)──日本的経営の啓示
  第7章 英国労務管理の革新(2)──人的資源管理の啓示
  第8章 英国労務管理の地位と権威
 第1部はいわば歴史篇であり,19世紀から1970年代までを便宜的に4つの時期に分けて,労務管理の発達史を追跡している。歴史篇であるから,当然のことながら,そのカバーする時期はきわめて長い。第2部は,そのうえで,80年代における労務管理の「革新」の試みについて検討している。いわば現状分析篇にあたる。

 第1部第1章では,19世紀から1910年代前半までを労務管理の「生成期」ととらえ,英国労務管理の存立基盤といわれる産業福祉(industrial welfare)の発達を,工場法や労使関係法制の展開を縦軸に置きつつ,各産業別に考察している。その帰結は,1913年の福祉職員協会(Welfare Workers’ Association)という英国労務管理の発展に指導的役割を果す専門職団体の設立で締めくくられる。
 第2章は,第一次大戦以降,第二次大戦開始までの戦間期を労務管理の発展期と理解し,発展の諸相を追跡している。女性職のイメージの強かった産業福祉の職能的専門的拡充とその担い手の男性化(Labour Manager の出現)という二つの大きな変化の中から,福祉職員協会は1931年,労働管理協会(lnstitute of Labour Management)と名を改めたことが,産業福祉から労働管理へと重点が移ったことを象徴的に表現している。
 第3章,4章は,第二次大戦時から1950年代までの労務管理確立期と,それに立脚した1960〜70年代の展開期,とくに職場の労使関係管理の台頭を基礎に,労使関係管理が中心的に取り扱われている。第二次大戦時から80年代以前を一括して,1つの時期としてくくってしまうことには大いに疑問があるが,この点はあとでふれたい。

 以上の歴史篇を経て,第2部で現代,すなわち80年代の課題が考察される。第5章,職場労使関係管理戦略の新展開では,80年代のサッチャーリズムのもとでの労使関係政策の展開をバックに,ノン・ユニオニズムや従業員関与(employee involvement )戦略の強化などが,とくに日系企業やアメリカ系のエクセレント・カンパニーをモデルに考察される。そこでは,労使関係パターンの変化が歴史的に図式化されており,興味深い(とくに121頁)。
 第6章,第7章は,ともに英国労務管理の革新と題され,前の章は日本的経営の導入の影響,後の章はアメリカに起源をもつ人的資源管理(Human Resources Management,HRM)導入の影響が扱われている。ただ著者も承知で述べていると思われるが,この2つは截然とは区別しがたい。日本的経営にも人的資源管理は取り入れられており,ノン・ユニオニズムや日本的な従業員関与と組み合わされている。
 したがって,第5章,第6章,第7章は,ひとまず区別されるにしても,現実には錯綜しており,整理の難しい現状分析の対象である。その点を承知で,労務管理という専門分野から対象整理に踏みこんだものとして,著者の努力は評価に値するであろう。
 第8章は,終章として,全体の総括部分にあたるが,著者の歴史的総括は,つぎの一文に集約されている。「このような[歴史的=引用者]過程を経て今日,英国労務管理は企業内に市民権を認められ,――その企業内地位・権限の向上を実現してきた。それは,産業福祉に端を発する労務管理の念願の課題であった「企業内権限獲得闘争」の勝利を示す歴史的な成果といえる」(171頁)。こうした総括に立って,著者は最後に,企業内における労務部門の有効性について自説を折り込めつつ展開して締めくくっている。

 以上,本書の内容に関し,粗描を行ってきた。最後に,評者の印象ないし感想を何点か提起して終わりにしよう。
 第1に,すでに指摘したが,第1部第4章の時期区分が長すぎる。おそらく戦後から50年代,60年代,70年代の三つくらいに分けて論じるべき章であろう。内容では,事実上分けられているだけに,もっと紙数を割いて論じてほしかった。第2に,労務管理の現実と労務管理の理論が,本書では区別され,しかもその関連がよく叙述されてはいるが,まだ分かりにくい。この点は,しかし評者の読みこみ不足もあるので,一層の願望として付け加えておくに留める。
 第3に,英語と日本語の用語の問題でもあるが,「労務管理」がPersonne1 Management の訳語同然に扱われているが(とくに59頁),この点,きわめて重要な問題を含んでいるだけに,立ち入った理論的説明がほしかった。
 第4に,「労務管理」と「労使関係」という2つの用語をどのような区別と関連で使い分けているか,これも説明がほしかった。たとえば,英国労使関係のパターンの変化(121頁)では,労働法でいう集団的労使関係が念頭に置かれていると想定されるが,労務管理の重要な一環としての職場労使関係管理では,集団的および個別的労使関係が共に一括されている。なにも労働法の区分に従う必要はないにしても,労務管理と労使関係のどちらを上位概念として用いるかも含め,理論的言及がほしかった。
 最後に,英国労務管理史の総括的部分に出てくる著者の「規範的」労務管理論とも受け取れる立場が気になった。社会科学としての労務管理論は,どのような認識方法と立場で可能になるか,この点が改めて問い直されて然るべきだと思ったからである。
 以上,評者の恣意的な感想ないし印象を記した。それにしても,80年代に,日本的経営が本書で扱った英国で問題となってきた折りだけに,歴史を知り,現状を考えるという意味で,きわめて有益な書である。




有斐閣,1991年11月,vi+229頁,定価4,820円

はやかわ・せいいちろう 法政大学大原社会問題研究所教授

『大原社会問題研究所雑誌』第406号(1992年9月)



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