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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



藤本 武 著
『ストライキの歴史と理論』



評者:早川 征一郎



 藤本武先生(直接に指導を受けたことはないが,以下,敬意を込めて「先生」と呼ばせていただく)の最近著『ストライキの歴史と理論』を拝見するとき,改めて生涯現役”という言葉をかみしめた。私自身,そうありたいと願ってはいるが,現に,そのお手本と言える先生が存在している。つねに「生き生きとした表象」をうかべつつ,そのなかで,働く者の立場に立った実践的問題意識を貫き,これまでの深い学問的蓄積の裏付けを持って,優れた「啓蒙書」が書けるというのは,とうてい真似の出来ない研究者活動だと思う。だが,せめて一歩でも,そうした“生涯現役”に近づきたいという願いを込めて,本書を書評することにする。

1 本書の意図と構成

 「最近の日本では,ストライキがぐっと少なくなった。例年の春闘を見ても,――『負け春闘』が十数年も連続している。――この書物は,この現状をくわしく検討し,『ストなし春闘』では,日本の賃金・労働条件の改善は期待できないことを,歴史的事実と理論のなかで明らかにしようとしたものである。」
 「はしがき」の冒頭で,以上のように,明快に本書の意図が述べられている。この点,これまで,多少とも春闘や公務員賃金問題および日本やイギリスの労働組合運動等について論じてきた私としても,全く同感である。ただ,そこでの一つの重要な問題点は,ではなぜ,特に日本でストが滅少したか,なぜ,特に日本でストをやらなくなったかである。この点,少なくとも「はしがき」の意図のかぎりでは,その問題が,本書の意図のなかにどのように取り込まれているかは明快ではない。ただし,本書の構成を見ると,この点は用意周到に本論のなかに含まれている。
 本書の構成は,つぎのとおりである。上記の問題に関連する「4」は,やや詳しく構成を紹介しよう。
1 ストライキとはどういうものか
2 先進工業国のストライキの歴史
3 日本のストライキの歴史
4 ストライキの現状分析
  1) ストライキ性向の国際比較
  2) 最近の日本の低いスト性向とその原因
  3) ストライキの継続日数と争点
  4) 産業別のスト性向
5 ストライキの制限と禁止(1,2略)
  3) 日本のストライキの抑制・禁止政策
6 ストライキと賃金・労働条件
 あくまで,啓蒙書として書かれたという本書の性格上,「1」,「2」,「3」は,構成上,不可欠なものであろう。ただ,本書を目にしていない人のために,念のために言えば,そ一の「1」〜「3」は,何か自明で,ありきたりのものではない。それ故,例えば労働問題研究者を自認する人であっても,もう1度,自らのストライキについての知識と理解の程度を計り,かつ整理するためにも,きわめて重要な指摘に満ちている。いずれの個所も,これまでの長く,深い研究蓄積に裏づけられている。

2 ストライキの現状分祈と特徴的諸事実

 本書の「4」以下は,主として,ストライキの現状分析に重点が置かれている。「4」は,スト性向の国際比較とそのなかでの日本の分析であるが,ここでは前著『国際比較 日本の労働者』を基礎にしつつ,データを新たにし,とくに産業別のスト性向の比較を詳しく行なっている。スト性向の国際的変動は大きく,80年代に入って各国とも低下しているが,とりわけ日本の落ち込みが顕著であることが指摘されている。いまでは,労働問題研究者の誰でもが知っているかのように思われがちであるが,もともとは,OECD統計等を基礎にした先生の分析,整理によって,より一層,周知のこととなっている。このことが,改めて確認される。
 産業別のスト性向については,これも先生の別な書で分析されていたが,本書ではさらに新しいデータに基づき,詳しい分析が行われている。その核心的部分は,国際比較に立って「日本の産業別のスト性向を検討したところ,最大の特色は,一般に低いだけでなく,多くの国でストライキの中心部隊を形成している金属産業とくに鉄鋼,自動車,電機が,ストをほとんど行なわないこと,製造業全体の水準が低く,それよりもサービス業のほうのスト性向が高いという,倒錯した現象がみられる点である」(161頁)。この指摘も,言われてみると,きわめて常識的に聞こえるが,実は先生の国際比較によって,改めて確認される重要な「事実発見」である。
 「5」は,スト禁止・抑制政策の概説である。紙数の関係で,きわめて要約的であるが,例えば日本の公務部門について論じる際,ILO条約ももちろん視野に入れており,スト禁止・抑圧政策が,「日本の民主主義のレベル〈の低さ=引用者〉を示すものといっていい」(191頁)と結んでいる。その結論には全く賛成である。
 「6」は,ストライキと賃金・労働条件との相関関係についての実証的分析である。本書の意図にあるように,闘わなければだめだということは,もちろん,ここでの実証課題であり,その点で,説得的であるが,同時に「6」の最後に,5として,「ストライキの賃金水準への影響の限界」の分析も手抜かりなく,行われている。

3 本書の一論点と労働問題研究者への私の問題提起

 以上,本書の内容紹介と特徴的諸事実の析出を行なった。その上で,論点として,ここでは2つの点を提起するに留めたい。
 一つは,本書に内在する論点である。先に,本書の「意図」に関連して述べたことであるが,なぜ特に,日本でストが減少したかということである。この点,本書では,「4」の2で,分析されている。そこでは,物価上昇率,失業率,個別交渉説など諸要因,諸見解を検討している。だが,つまるところ,結論は,企業別従業員組合であることを前提とした「企業べったりの労資協調」にある(147頁)と結論づけられている。ヨーロッパ的な労資協調と日本の場合との違いを区別した上でのその結論には異論はないが,ただ,そのもう一つ先の分析がほしいということである。
 労働問題研究者の間で,よく〈強制と受容〉といった言い方がされるが,その2つの関係の問題だと言いかえてもよい。この場合も,労働者はなぜ,〈強制〉を〈受容〉してしまい,ストをやるように組合幹部を促し,決起しようとしないのか。その点の分析にまで立ち入らないと,「企業べったりの労資協調」を許している状況とその状況の転換の契機がはっきりと出てこないからである。
 もっとも,この論点は,別に目新しいものではないし,実は先生自身に提起する論点というよりも,私も含め,後学の研究者が解くべき課題であることを自覚しつつ,提起している。
 第二点は,本書に内在することではなく,労働問題研究者への問題提起である。本書の奥付の上に書いてある著者の主著として,24の著書(含む編著)が挙げられ,しかも「など多数」と記されている。いったい,論文や調査報告書等を含めると,先生の全業績は,どれだけの分野に及び,どれくらいの分量になるのであろうか。誰かが,ぜひ明らかにしてほしいものである。
 先生の研究業績のうち,例えば『最低生活費の研究』,『日本の生活水準』,『日本の生活時間』の3冊でもよいが,事実として,そうした諸研究が,社会・労働問題研究の前進に,如何に大きく寄与したことであろうか。僅かの例示に過ぎないが,先生の諸見解に対し,どういう立場を取るにせよ,後学の研究者は改めて強く自覚すべきであろう。
 誰かが,先生の業績の全体像を明らかにし,さしあたり社会・労働問題研究者の共有財産になり得るようにして然るべきだと考えている。とりわけ,労働科学研究所の現役および元研究所員に強く期待して,この書評を締めくくることにしよう。




新日本出版社,1994年2月,219頁,定価2,400円

はやかわ・せいいちろう 法政大学大原社会問題研究所教授

『大原社会問題研究所雑誌』第427号(1994年6月)


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