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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



野村 正實 著 『終 身 雇 用』



評者:早川 征一郎



 ブルーカラー,ホワイトカラーを問わず,また経済の民間部門,公的部門を問わず,依然として見過ごすことの出来ない雇用不安が引き続いていること,大学生などの新規学卒者の就職難も深刻であることなど,今日の雇用情勢を見た場合,日本の民間大企業や公的部門において,それが慣行だといわれてきた「終身雇用」について,改めて総体的に考えてみることが必要な時期にきている。野村正實氏の著『終身雇用』は,その点で,実にタイムリーであり,また総体的に「終身雇用」を考え,バランスよく整理している点でも有益な書である。

 同書は,岩波書店の「同時代ライブラリー」の一冊であり,文庫本の判型である。そして,既存の論文を集めたものではなく,今回,全く書き下ろしたものであるという(「あとがき」)。同書の本体の構成は,つぎのとおりである。
 第1章 終身雇用,年功賃金,企業別組合
 第2章 日本企業における雇用調整と人員整理
 第3章 終身雇用という概念の流布
 第4章 人員整理基準と人選
 第5章 外国の経験
 第6章 要約と展望
 この構成を見て,すぐに気の付くことは,終身雇用などの概念についての理論的検討とともに,他で,第2章や第4章,第5章などに見られるように,たえず実態面からのアプローチを行うという複眼的視点が貫かれていることである。この視点は,重要であり,そして,その統合の視点もまたきわめて重要である。
 以下,簡潔で,よく整理された同書をさらに一層,要約し,各章の内容紹介を行おう。

 第1章は,まず導入部として,終身雇用,年功賃金,企業別組合という,いわゆる「3種の新器」説の吟味から始まる。すなわち,「通説では,終身雇用,年功賃金,企業別組合が相互に内的な関連をもって存在している現象なのかどうか,もし相互に関連しているとすれば,どのような関連なのか,説明できていない」(5ページ)と述べている。ただし,労働経済論における内部労働市場論では,企業特殊的熟練論に依拠しているが故に,3者の関連を統一的に説明できており,それに日本資本主義の後進性論を結合することによって,理論的に完結しているとされる。ただし,それは理論的にも実際的にも,正しいことを意味しないし,「そもそも,終身雇用,年功制,企業別組合の通説的イメージは正しいのであろうか」(13ページ)という問題を提起することによって,導入部を終え,終身雇用,年功制,企業別組合の概念の吟味に移る。
 実は,それこそが第1章の本体である。そこでは,終身雇用の概念が,かのアベグレン『日本の経営』(1958年)で登場したことと,その場合,日本の東大社研調査などを初めとする諸研究に全く言及していないことに対し,痛烈な批判を行なったあと,終身雇用と密接に関わる年功制の概念の検討に入る。この用語については,とくに藤田若雄氏と氏原正治郎氏の年功制論が的確に紹介され,その次に,企業別組合についての東大社研調査(『戦後労働組合の実態』)の内容と功績が紹介され,さらに今日的な時点に立って,野村氏の補足的であるが,積極的な見解が提示される。それは,企業別組合というよりは,むしろ企業内組合という用語が実態的には適切ではないかということが核心的な点であるが,この点については評者も賛成である。

第2章は,日本における雇用調整と人員整理というタイトルのもとで,最初に,ふつう行われている終身雇用の定義を提示したあと,その具体的実証的な吟味が行われる。定義とは,つぎの2つであり,その2つの条件を同時に満たしている場合である。
 1) 会社は学校を卒業した直後の人を採用し,定年まで雇用を保障する。
 2) 新規に学校を卒業する者は,卒業と同時に会社に入り,定年までその会社に働き続ける。
 野村氏は,この2つの条件を満たす労働者の具体的吟味をつぎに行い,長期雇用という慣行があるとしても,それは民間大企業の男性の正規従業員にかぎられるとし,その雇用慣行は,会社内バッファーおよび会社外バッファーとしての基幹労働力以外の存在,下請などの存在に支えられていることを実証的に明らかにしている。この点は,新しい指摘ではないが,しかし説得的である。
 そのうえで,長期雇用慣行の歴史的形成過程の概観に移り,明治期以降,今日までが検討される。それによれば,第二次大戦後の雇用慣行などの原型が1920年代に形成されたとしている。戦後は高度成長期に今日に至る雇用慣行の形成をすでに,本章の前段で指摘しているので,むしろ敗戦後,昭和20年代の未形成期,および今日の動揺期に分析が向けられている。

第3章は,終身雇用という観念の流布というタイトルであるが,ここではまず,「日本企業の雇用慣行は終身雇用である」(74ページ)という命題を容易に受け入れる条件があったとして,つぎの四点が挙げられる。1)日本経済の高度成長,2)組織と個人との関係についての伝統的理念,3)経営身分制,4)日本の労働研究史の問題の4点があったとし,それぞれの条件について,検討されている。1)は,この時期にこそ,終身雇用という言葉が創出され,社会通念までに高められた時期とされる。2)は,近世の武士の組織・個人関係,商家の組織・個人関係から説き起こし,官営会社や民間会社といった明治維新以後との直接的継続性を確認している。そのつぎに,3)戦前の経営身分制の存在(戦後の「民主化」で崩壊)が指摘される。
 最後に,4)日本の労働研究史の問題である。氏原正治郎氏を初めとする精力的な労働研究は,「労働市場の企業的封鎖性」や「永年勤続」といった実態を把握していた。ただ,「この正しい認識は,終身雇用という言葉の普及とともに,日本企業の雇用慣行は終身雇用である,という単純で誤った命題によって背後に押しやられてしまった」(93ページ)という。

第4章 人員整理基準と人選では,まず東芝争議(1949年),日立争議(1950年),三池争議 (1959〜60年)という主として,高度成長期以前の人員整理基準と人選を検討し,そのいずれにおいても,人員整理基準,人選は会社によって作成され,また行われ,組合は関与出来なかったことを指摘している。それは,高度成長期以降の希望退職でも同様であることが確認される。そして,人員整理の対象者が,中高年齢者に集中するのは,賃金制度と密接に関連するとして,電産型賃金体系に示される年功賃金カーブのこれまでの所説が検討される。それは,なぜ中高年齢者が人員整理の対象になるかをコスト・パフォーマンスの点から解明しようというものである。
 そのうえで,「慟く人同士の秩序」の問題にも立ち入り,結局,労働組合,働く人自身も,人員整理基準への関与を回避してきたことに問題がはらまれていると指摘する。

 第5章は,第4章を前提とし,それでは諸外国では,人員整理基準や人選に,労働組合がどのように関わってきたのかについて,ドイツ,アメリカ,スウェーデンの自動車産業を例に取り,検討する。分析は,小著にしては詳細であるが,その結論は,「それらの国において,人員整理の基準として,勤続年数が大きな役割を果たしている。勤続年数が長い従業員は日本にくらべて雇用が守られている」(180ページ)ことに尽きる。そのうえで,日本の現状を改善するための方策が示唆的に論じられている。
 第6章は,これまで述べてきたことの要約とそのうえに立つ展望である。とくに「展望」としては,第一に,終身雇用という観念は,「立派な会社の雇用慣行は終身雇用であるべきである,というにとどまらず,すぐれた社員は終身雇用であるべきである」といった価値観と結合しており,「これからも生き残るであろう」(193ページ)ということである。第二に,これまで検討した雇用慣行の歴史と現状を見ると,日本企業の雇用慣行は終身雇用であるという命題は誤っているが,しかし,「終身雇用は制度・慣行としては存在していないが,社会的な規範としては存在している」(195ページ)ということである。以上が,「展望」であり,本書の結論でもある。

以上,やや詳しく内容紹介を行なってきた。そのうえで,評者の若干の感想を付け加えて結んでおこう。
 第一に,実によく整理されたコンパクトな書であり,読んで改めて評者の「終身雇用」についての理解を深めさせてもらったという点で,有益であった。ただ,まとめかたで強いて言えば,第4章,第5章の位置づけと視点が,それまでの章とやや異なっており,その理由の説明が,とくに第4章で,もう一言,ほしかったということである。おそらく,日本企業の雇用慣行は終身雇用であるという命題は,人員整理という非常時にこそ,いかに実態と異なるかが最も明瞭化することを主張したかったのではないかと推測されるし,また運動論的な含意もあったと思われる。もしそうであれば,なお明快な説明がほしかったということである。
 第二に,諸外国と日本の共通性と違いをもっと明瞭に打ちだしてほしかったということである。内容上は,第4章と第5章で述べている。ただ,では諸外国でも「企業封鎖的労働市場」で,「長期勤続」では同じだというだけではないであろうし,野村氏もそうは書いてはいない。労働組合の関与の有無という違いは分かるが,それ以上に,共通性と違いの説明がもっとあって然るべきだということである。
 第三に,歴史的なことであるが,第3章の2)組織と個人の関係についての伝統的理念と3)経営身分制との「関係」について,具体的に立ち入って説明してほしかったという気がする。私自身は,2)と3)は,かなりの密接な関係があるのではないかと推測している。この点,直接,2)と3)の関係を論じたものではないが,藤田若雄『日本労働協約論』では,明治期の官吏制度とその後の従業員制度との接続関係を実証的に論じている。そうした官吏制度を一つの媒介にすると,問題はもっと解けてくるのではないかということである。
 以上は,本書の優れた整理に対し,評者の感想の一部である。いずれにせよ,タイムリーな好著であることには間違いない。




岩波書店,1994年10月,H+205頁,定価900円

はやかわ・せいいちろう 法政大学大原社会問題研究所教授

『大原社会問題研究所雑誌』第435号


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