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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



奥田健二監修/今田幸子・平田周一著
      『ホワイトカラーの昇進構造』



評者:早川 征一郎


本書の目的は,「企業組織におけるキャリア(経歴)の構造を明らかにすることにある」。すなわち,企業「組織の中の移動には二つのタイプがある。一つは,昇進と呼ばれる組織内での『縦の移動』であり,いま一つは,職務の配転と呼ばれる組織内でのいわば『横の移動』である。本書は,昇進を縦糸に職務の配転を横糸にして,組織内での経歴の構造を明らかにする」(1頁)ことを目的としている。
 その目的の対象として,日本の重工業を代表する企業であるOLL社(仮名),1987年9月当時で,従業員約35、000人のうち,男性の事務職,技術職の正社員,サンプル数7,937名が分析対象とされる。いわば,きわめて大量で良質な人事データを元に,上記の目的に沿い,ログリニア分析やイヴェント・ヒストリー分析といった手法も用いつつ,詳細で緻密な分析を行い,多くの事実発見と,それらを統合しようとした興味ある書である。
 まず,全部で6章からなる目次を紹介しておこう。
 第1章 日本的キヤリアの謎
 第2章 ピラミッドの謎――組織のデモグラフイック構造
 第3章 年功昇進の謎――重層型キヤリア構造
 第4章 職務ローテーションの謎――ファジイ構造
 第5章 日本的キャリアの検証
 終 章 結論と展望

以下,豊富な内容を含む本書のうち,最も重要だと思われる点の紹介を行おう。第1章は,本書の目的について述べたあと,分析の焦点として,次のような仮説が提示される。すなわち,「終身雇用と年功制を特徴とする日本的キャリアは,第一に,組織要件から,潜在的に,スピンアウトあるいは無限の拡大という圧力を強く持っている。第二に,そうした調整とは異なる組織〈ピラミッド型企業組織のこと──引用者〉とキヤリアの調整メカニズムを装備している。本研究は,この二つの仮設を焦点にして組織内キャリアの構造を明らかにする。そして,とくに第二の点である調整メカニズムの解明に主たる力点を置く。」(6頁)。そのうえで,第1章では,キャリアに関して,三つのキャリア・モデルを提起している。一つは一律年功モデル,第二にトーナメント型競争モデル,第三に,両者の折衷とも言える昇進スピード・モデルである。この三つのモデルは,本書のキャリア分析の核心をなす。
 第2章は,ピラミッドの謎の解明である。要するに年功制,終身雇用は,ピラミッド型組織構造とは矛盾するが,その両者の調整メカニズムについて論じている。ここでは,「年齢構成は寸胴型であり受け皿の資格構成はピラミッド型というOLL社のデモグラフィックな構造」(39頁)が,実証的に明らかにされる。調整メカニズムは,学歴による調整,課長以降の調整であると推測されている。
 第3章は,年功昇進の謎の解明である。この章では,先に述べた3つの昇進モデルが,大卒事務職,技術職,大学院卒技術職の場合などについて検討され,昇進の三層構造として,(1)初期キャリア=一律年功型(大卒5年目まで),(2)中期キャリア=昇進スピード競争型(大卒6年目以降,課長まで),(3)後期キャリア=トーナメント競争型(課長以降)が実証的に確認される。

第4章は,職務ローテーションの謎の解明である。第3章が,縦の移動の場合であったのに対し,この章は,横の移動の研究である。職務ローテーション=職務移動は,ログリニア分析手法をも用いた著者たちの研究によれば,技術職の一部には,バリアーがあるが,全体として言えば,職務間の移動はランダムに近い。
 とくに事務職がそうであるとして,職務移動におけるファジイな構造が明らかにされる。この章は,昇進研究がとかく,縦の移動を中心としてきたこともあって,とくにページを割いて検討されている。
 第5章は,日本的キャリアの検証ということで,イヴェント・ヒストリー分析手法を用いて分析を行っている,ここでのイヴェントとは,昇進および職務の移動である。その結果,大卒者は課長へはたいてい昇進するが,到達年数には違いがあり,それは係長になってから昇進スピード競争が始まっていることが解明される。次長の場合は,課長までの到達年が有意な意味を持っていることなどが明らかにされている。
 終章は,これまでの要約的結論と展望である。要するに,「日本的キャリアは,年功制と終身雇用を主たる準拠枠として組織構造と人員構成を調整する多様なメカニズムの総体として理解されるべきである」(143頁)と述べ,以下,伝統的な調整メカニズムである性・学歴による調整,組織外への機会の拡張による雇用保障などが指摘される。さらに,年功制の修正としては,重層型の昇進構造,地位の多元化,すなわち,その人の地位を威信(資格)・権限(役職)・賃金(職能)に多元化することによって,修正を図っていることなどが指摘されている。
 展望は,重層型昇進構造の行方,あるいはそのメリットだけでなく,企業にとってのデメリットの問題,重層型だけでなく,もう一つのキャリアの制度化など,経営者,人事担当者には示唆深い提言となっている。
 最後に,本書が,OLL社という一企業の事例であり,これを一般化するには慎重でなければならないこと,しかし,同時に,OLL社の日本の大企業における位置からして,「そこで析出された結果は一特殊事例を超えて,日本の企業組織のかなり根幹に関わる特性を照射している」(157頁)との自負も述べられている。

以上,本書の目的から始まり,対象や内容紹介を行なってきた。本書に関し,学んだ点は多い。だが敢えて,疑問ないし注文を提起し,今後の民間ホワイトカラーの昇進研究に望むことにする。
 第一に,日本的キャリアとピラミッド型組織との調整メカニズムの関係である。この点,1987年9月という時点の制約もあるであろうが,とくに調整メカニズムの解明がいま一つ,隔靴掻痒の感が否めない。雇用調整などが,もっとドラスチックではなかったのか,洗練された綺麗な文章で語られているせいか,ないものねだりをしたくなる。
 第二に,横の移動=職務移動は,本当にファジイなのか,ファジイに見えるなかに,何か発見できる慣行はないのかということである。もっとも,全てファジイだと言っているわけではないことを承知で述べている。
 第三に,今回の調査上,制約があることを承知で言うことになるが,当該の企業内組合および従業員(調査対象者)は,昇進問題にどのように関与しているのか,あるいはいないのか,また会社側が,当事者の意向をどのように斟酌しているのか,あるいは,斟酌していないのか,ということである。その他にも,もっと知りたい点はあるが,この程度に留めさせていただく。ただ,いずれにせよ,方法的にも実証的にも,緻密で高度な分析の書であり,本書の意義は大きいということだけは言えるであろう。
  最後に,ここで本書を書評に取り上げた意味について,一言,断っておこう。それは,私自身,ちょうど国家公務員の昇進・キャリア形成の研究と執筆に取りかかっており,その過程で,民間ホワイトカラーの同種の研究が,どのように進展しているか,それを知って参考にしたかったこと,また民間と公務部門の比較検討が,どの程度,可能であるかを考えたかったからでもあった。
 私の認識するかぎりで言えば,本書を例に挙げても,比較上,共通性とともに,異なる点もある。例えば,重層型昇進構造は,かなりに共通性を持つ。しかし,(国家)公務員に特有な「はやい選抜」=「入口」である公務員試験種類の役割など,大きく異なる点もある。それらの一部については,拙著『国家公務員の昇進・キャリア形成』(日本評論社,1997年3月刊行予定)にゆずる。民間ホワイトカラーの昇進問題との比較のためにも,参照していただければ幸いである。




日本労働研究機構,1995年1月刊,IB+173頁,定価1,900円

はやかわ・せいいちろう 法政大学大原社会問題研究所教授

『大原社会問題研究所雑誌』第459号



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