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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



原 輝史 編
『科学的管理法の導入と展開−−その歴史的国際比較



評者:長谷川 義和



 本書は「20世紀初頭のアメリカで誕生した科学的管理法」の「理論的普及と現実的適用過程を国際比較の視点から明らかにしようとする」もので,アメリカ,イギリス,フランス,イタリア,ドイツ,ソ連,日本が検討されている。

 まず,編者による序章では,科学的管理法を広義に理解し,「『ベスレヘム・モデル』を分析の基準として設定しながらも,工場レベルのみならず,企業経営全般,さらには産業や国民経済の運営に対する,科学的かつ合理的方法の適用を科学的管理法の名のもとで考察してみたい」(4頁)とし,以下のように検討結果が概括されている。
 科学的管理法の導入に際して,「ベスレヘム・モデル」に示されるテイラー・システムが全体として体系的に導入された事例は少なく,国,産業,企業の置かれた状況に応じた部分的で多様な導入形態が一般的であった。そして,各国の共通点として,第1次大戦前にテイラーの著作が翻訳され,導入をめぐる論争がなされたこと,導入・適用・調整の3段階をたどるが,第1次大戦が導入促進に決定的役割を果たしたこと,導入にあたって技術者の貢献が重要な役割を果たしたことがあげられている。
 検討された7ヵ国は,2つのグループ――先進工業国グループ(米,英,仏)と後発工業国グループ(伊,独,ソ,日)――に類型化される。前者は,導入を促進した機関は民間が主体であり,第1次大戦前に経営者は導入に積極的で,労働者も強い抵抗を示した。後者では,導入において国家機関が役割を果たし,当初から経営者は導入に積極的であり,労働者の抵抗も弱かった。

 次に,章別編成にそって各国への導入に関して注目される点を見てみよう。
 第1章「アメリカにおける科学的管理の生成・普及・変容」(塩見治人稿)では,テイラー・システムの原形である「ベスレヘム・モデル」の形成が確認され,その社会的受容において,労働組合が「クラフトの秘密」の放棄とひきかえに時間と賃金についての交渉権を選んだことがニューデール期以後のアメリカ的文脈との関連で強調されている。第2章「科学的管理の国際化とテイラー主義者の交流」(斎藤毅憲稿)では,テイラー協会,科学的管理国際会議などの活動をとおして,国際的な波及が意識的にはかられたことが示されている。
 第3章「イギリスにおける科学的管理の展開」(岡山礼子稿)では,「トレイドの慣行」のもとで,プレミアム・ボーナス制の導入には労働側の強い抵抗があり,導入にあたっても経営側による一義的な賃率設定は忌避されたこと,また第1次大戦後プレミアム・ボーナス制を軸に量産システムをつくりあげた自動車経営の場合もマシン・ペースによる生産の統制が目指されず脆弱なものとなり,後の職場管理の混乱の元となったとされる。
 第4章「フランスにおける科学的管理法の展開」(原輝史稿)では,エルゴノミーやファヨーリズムとの論争をとおして,テイラーの科学的管理法が紹介されたこと,導入にあたって,労働者の対応が,第1次大戦を前後して拒絶から受容へ転換したことが注目すべき点として取り上げられている。第5章「イタリアにおけるテイラー主義とフォード主義」(丸山優稿)では,労働者側も,テイラー主義の「社会進歩」の展望を支持し,第1次大戦後,工場評議会運動はテイラー・システムを積極的に取り上げたこと,他方,企業への導入は,「イタリア式フォード主義」に伴ってなされることになったことが示されている。
 第6章「ドイツにおける科学的管理法の展開」(幸田亮一,井藤正信稿)では,独自の管理改革の動きをテイラー・システムが加速する形で受容されたところに特徴があるとされる。労働者側も生産力主義から容認し,第1次大戦後は社会民主党の政権参加のもとで積極的に受容する。しかし,産業合理化の手段としてフォード・システムを含んだ展開は労働力の消耗をもたらし,科学的管理法の補完としての労働科学の発展をもたらした。
 第7章「ソ連におけるHOT運動の生成と変容」(加藤志津子稿)では,科学的管理法の積極面をHOT運動として展開しようとしたこと,そして労働ノルマ設定をめぐる運動の変容に運動全体の変容の質が示されている。第8章「日本における科学的管理法の導入と展開」(佐々木聡,野中いずみ稿)では,生産管理技術者と指導的職工の協力関係に特徴があるとされる。第2次大戦後については導入された統計的品質管理が全社的品質管理,QCサークルという日本独自の運動を生み出したことが示される。

 以上,本書はアメリカで生成した科学的管理法が各国に導入され展開する過程を,積極的役割を果たした個人や団体,それに対する経営者,労働者,技術者の対応を描き,科学的管理法がどのようにそれぞれの国に定着することになったかを明らかにしている。本書によって,国際的視野から科学的管理法の展開を評価する手掛かりが与えられる。
 そして,「日本的生産システム」の普遍性と特殊性が問題になっている現在,本書が取り上げている科学的管理法の普遍性と各国での特殊性というテーマは非常に興味深いものといえる。最後に,その点に関して,本書から生ずる疑問を述べてみたい。
 科学的管理法を「科学的かつ合理的方法の適用」とするなら,それが遅かれ早かれ一般化するのは自明ともいえよう。テイラーの科学的管理法にはそれ以上のものが含まれ,それが各章で検討されたような導入をめぐる問題となったのであった。そうであれば,科学的管理法の導入・展開とされるものは,テイラーの科学的管理法のどの部分であるかが明確にされる必要があろう。
 また,導入された科学的管理法は,各国で結局のところ,どのような形態で定着し,現在でも管理の基底となっているのか,それともそうではないのか。それは,テイラー・システムとフォード・システムの区別と関連の問題とも重なり,さらには,「日本的生産システム」をその延長上に位置づけるか否かの問題につながる。
 以上のような問題点は,結局,科学的管理法とは何かという問いに回帰することになるが,それは本書のように,科学的管理法が各国で(テイラーの意図を越えて?)どのように展開したかを分析することをとおして検討されるべきであろう。その意味で,本書はその議論のために刺激的な素材を提供しているといえる。




昭和堂,1990年2月,292頁,定価3,000円

はせがわ・よしかず 東京女子大学講師

『大原社会問題研究所雑誌』第395号(1991年10月)



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