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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



堤 矩之・浪江 巌 編著
『日本の労務管理と労使関係』



評者:長谷川 義和



 本書は,日本企業の労務管理と労使関係が1990年代に入りひとつの曲り角に立たされているとの認識から,その戦後における展開過程を考察しようとするものである。
 特徴は,「戦後における労務管理や労使関係の展開の重要な結節点をなすと考えられる時期や問題を,適切な個別産業・企業を事例として取り上げ,そこを掘り下げるというやり方」にある。また,労務管理と労使関係の相互規定的関係がとくに留意されている。
 全体の構成は,日本的労務管理の特質を取り扱った序章と日本的労使関係の現段階・展望を扱う終章にはさまれて,9章にわたって個別の事例の分析が行われている。

 各章の概要は以下のとおり。
 序章では,日本的労務管理の特質を従来の議論を踏まえ次のように規定している。
 「日本的労務管理は,独占企業によって管理・統轄されたところの重層的構造をもつ労務管理であり,独占企業の男性正社員ばかりでなく,女性正社員,臨時工,パートタイマー,さらには下請中小零細企業の社外工,下請工にもわたる広範な社会的規模での労働者統轄機構であり,そのなかにさまざまな差別・分断・格差構造をふくんでいる。そして生産技術の進展と労働市場の変化に対応して,この重層的構造の内部編成を変化させ,そのことを軸にして歴史的に展開していくのである。」
 さらに,高度成長期における日本的労務管理の近代化とそのもとでの問題点,さらに,最近の再編成の動向が総括的に示されており,全体の総論としての役割を果たしている。
 第1章「敗戦直後の生産管理闘争と労務管理」では,戦後労務管理の原点が生産管理闘争の克服過程にあったとして,日本鋼管鶴見製鐵所と三菱美唄礦業所における生産管理闘争を取り上げ,戦後日本の労務管理はそれを克服していく過程で,経営権に対する組合規制を払拭し,組合を無害化し利用するための管理体制を創出したとされる。
 第2章「戦闘的労働運動の衰退と協調的労使関係の成立」では,日本の労使関係の神髄は労働組合による規制がなく労務管理に掌握されることにあるとされる。ここでは自動車産業における協調的労使関係成立の画期として日産百日争議が取り上げられる。そして戦後日本の労働者の民主主義と平等の意識を企業内に封鎖することで戦闘的労働組合を追放し,「底なしの競争民主主義」の職場支配に道を開いたことが指摘されている。
 第3章「労務管理制度の確立過程と労働組合」では,日本企業の管理方式の特徴は協調的労使関係を前提とし,それを再生産することにあるとされ,鉄鋼業において50年代半ばから60年代後半期に労務管理施策と右傾化・協調主義化が軌を一にして進んだことが,標準にもとづく管理の発展過程,作業長制度,職務給,職能資格制度,企業内教育の体系化などの制度導入とそれへの労働組合の反応の側面から分析される。
 第4章「『高度成長」期における経営『合理化』と労働組合」では,現代企業に固有の管理構造の確立が高度成長期の合理化運動によってもたらされたとし,造船産業における大型企業合併と合理化,労働組合への干渉の経過が舞鶴造船分会と三菱3重工合併について分析され,労使協調主義の台頭がいかなる意昧で合理化の推進条件となったかを明らかにしている。さらに,「合理化」反対闘争の問題点として,「戦闘的」産業別組合であるとされた「全造船機械」の各分会も企業別組合にほかならず,「企業意識」の克服が困難で職制の組合運動への介入が容易であったことが指摘されている。
 第5章「ホワイトカラー労働と能力主義管理の展開」では,電機大企業のホワイトカラーについて,能力主義管理,職員管理の展開に関連して雇用量,労働力構成,賃金の動向が60年代から70年代について分析されている。
 第6章「労働の『柔軟性』問題と職場の労使関係」では,労働の柔軟性の日本的特質が日本のトヨタ生産方式とイギリス企業の国際比較をとおして分析され,それが日本の場合「新たな管理の形態」ともいうべき内容をもつこと,そして日本企業における「先駆性」は労働組合による規制がほとんどみられない点に依存していることが示されている。
 第7章「ソフトウェア産業における労務管理」では,ソフトウェア産業における派遣労働者に対する労務管理の特質が分析されている。そこでは,雇用と使用の分離に伴って労務管理のあり方に変容がもたらされること,また,ソフト産業において不安定就業者層の職種別労働市場の組織化が進んでいることが明らかにされている。
 第8章「「雇用形態の多様化」と労務管理」では,大手スーパーにおいて,非正社員への依存,相対的過剰人口の動員・活用が進んでいること,そして,70年代後半のパートの大量導入のもとでパートの戦力化が能力主義管理,コース別管理を伴っていることが,新人事制度について分析されている。
 第9章「銀行業における労務管理の展開と現段階」では銀行業の労務管理の展開が,50年代−人間関係管理,60年代−職能資格給制度,70年代−QCサークル活動,80年代−コース別管理のそれぞれについて特徴点が概観されている。
 最後に終章では,「日本的労使関係」の現段階が,「会社主義」への歯止めなき譲歩が過労死をも招いたように,矛盾と限界を露呈しその存立条件にゆらぎを生じさせているとし,生活者の立場から企業の再定義が課題として浮かび上がっているとまとめている。

 以上のように,本書は戦後日本の労務管理と労使関係の全体的特質を個別事例の分析をとおして確証しつつ示し,歴史的位置を見定めようとする積極的な試みである。そうした評価に立って最後に一点だけ疑問を提起したい。
 労務管理と労使関係の相互規定関係を意識的に追求することは本書のメリットであり,それは,労務管理制度の確立過程については明確であるが,後半,とくに80年代の諸分析では労使関係の面の分析が明確でないように思われる。それは,対象自体の変化のためなのか,あるいは,労使関係概念によるものであろうか。
 そして,その問題は,終章へのつながりについても言えよう。企業の再定義を可能にする基盤は労使関係自体にどのように形成されているのか,それが各章の個別事例の分析で基礎づけられていない。それでは,その課題はゾレンにとどまるのではないだろうか。
 80年代以降を視野に入れてなお「労務管理と労使関係の相互規定関係」を生き生きと映し出しうる労使関係概念の明確化が必要なように思われる。




法律文化社,1991年,5+iii+297頁,定価2,884円

はせがわ・よしかず 東京女子大学講師

『大原社会問題研究所雑誌』第414号(1993年5月)



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