OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



石井 耕著
『現代日本企業の経営者――内部昇進の経営学



評者:長谷川 義和



 (1) 主題,分析の意義

 本書は,「現代日本企業の経営者の選任と全社経営戦略における経営者の役割に関する研究である」。それを社長選任の分析をとおして行っている。「企業の最高意志決定における最重要項目は,経営者選任である。日本企業においては,長期内部昇進競争の最終局面であるとともに,金融機関・親会社という株主が,経営をチェックする重要な局面である。この経営者選任を分析することは,まさに日本企業のコーポレートレベルの経営のもっとも重要な選択を,分析することである」(88頁)。
 野村証券,第一勧銀など企業不祥事にともなう経営者の退任,逮捕がつづき,「コーポレートガバナンス」問題が注目される今日,この主題は興味深いものである。
 また,日本企業の内部昇進競争は企業社会の重要な構成要素であるが,「長期内部昇進競争へのインセンティブは,最終的に社長ないし経営者への内部昇進の可能性があることによって,完結する」(88頁)ものであるかぎり,この分析は日本の企業社会分析にとっても有用なものである。

 (2)構成と内容

 本書は4部から構成されている。
 第T部「経営者への長期内部昇進競争」では日本企業の内部昇進の仕組みが検討され,「実権リーダー仮説」を中心に経営者選任への長期内部昇進競争が分析される。日本の大卒ホワイトカラーのキャリア開発の特性を,小池和男説によりつつ「おそい昇進方式」とした上で,おおよそ入社15年目で迎える第2段階に注目する。ここで本書独自の「実権リーダー」仮説が登場する。内部昇進により「現場」をよく知り企業特有の知識を持ち,戦略立案をなしうる中心的役割を担うミドルマネジメントが「実権リーダー」とされる。「おそい昇進方式」の第2段階において,三重の競争環境―企業間競争,企業内の組織間競争(「派閥」),個人間競争―のもとで競い合う過程で,この実権リーダーの中から経営者が選任されていく。
 第U部「株主・経営者・従業員」では,経営者と株主など他の主体との関連が検討され,コーポレートガバナンスについて経営者へのチェック機能が点検される。その結果,メインバンクを代表とした株主の経営者へのチェック機能は存在し,異常のあった時には経営者選任権に介入することが示される。
 「日本企業の内部昇進の経営者は,フリーハンドではなく,まずこの長期内部昇進競争自体によって,チェックされる。さらに,多数株主である金融機関の協調所有を代表するメインバンク,または親会社という株主によって,その経営をチェックされている。」(88頁)
 第V部「日本企業の経営者選任」では,第T部,第U部の分析結果をふまえて,日本企業の経営者の選任についての実証分析が行われる。
 ここでは,非金融機関・上場企業総資産額上位200社について,1989〜92年の4年間が対象とされ,この間に新しく社長に選任された105人が分析される。分析の結果は,「実権リーダー仮説」を確証するものである。
 まず,内部昇進者が80%で多数を占める。それ以外では,同族出身者7.6%,企業集団の親会社出身者6.7%,その他出身者5.7%である。
 新社長選任の平均年齢は安定的で,日本企業のビジネスマンの内部昇進の平均像が「44歳頃課長であり,50歳前後に部長であり,60歳をこえたところで社長になる」(106頁)として示され,また,企業間競争を激しく戦わなければならない日本企業の社長選任は,確固としたビジネスシステムとなっていると結論づけられる。
 つづいて,多数を占める内部昇進社長の選抜プロセスが,取締役選任の類型にそくして詳細に分析される。
 標準型は,以下のとおりである。 55歳が競争の終点で,「おそい昇進」の第2段階が14〜18年間の長期にわたる。長期間の選別は,多くの参加者の能力発揮と参加者の間での納得性という長所を持つ。他方,「会社人間」をうみだすこと,企業全体のリーダーシップをとるための訓練期間が短くなるという短所をもつ。
 ただし,仕組みは一様ではなく早い時期に選別されるタイプも見られる。
 つぎに,生命保険産業の経営者選任の実証分析が行われる。ここでは,人事戦略の新たな方向性として能力主義が模索されていることが明らかにされる。
 第W部「経営者と全社経営戦略」では,「どのように」日本の大企業の経営が行われているかを問題意識に,全社経営戦略と経営者選任の関連についてケーススタデイによる分析が行われる。とくに,総合エレクトロニクス企業における経営者の役割が検討される。

 (3)若干の論点

 本書は,著者の三菱総合研究所における豊富な調査・コンサルティング経験をもとに生み出されている。そこから,日本企業についての通説について,実態に即して議論を据え直そうとする問題提起がなされている。たとえば,「生産性が低いホワイトカラーが戦略的意思決定をして日本企業の競争力はこのように高まったのだろうか」(25頁)など。全体として,日本企業の強さ,合理性を強調する見解であるが,最近の事態をも照らし合わせつつ検討されるべきであろう。
 ここでは,本題に関しての若干の論点を指摘しておきたい。
 第1に,経営者の選任における標準型が,合理的で競争力が強いといいうるかという点。著者は,「取締役や社長が,組織間競争と長期内部昇進競争の結果として,実権リーダーから選任されていくメカニズムがあれば,その企業の競争力は強い」とされるが,経営環境の質的転換に際してはそのシステムはどこまで有効性をもつであろうか。その点について,総合エレクトロニクス企業においては,内部昇進社長が少数派である(23社中10社)ということも注目される。
 第2に,最近の変化の方向と意味について。
 「早い選抜」の進行のもとで,長期内部昇進のメリットを維持しうるかということを含めて,検討が必要であろう。それは,その変化が企業社会に及ぼす影響の面からも注目される。
 第3に,「コーポレートガバナンス」に関して。長期内部昇進競争やメインバンクによるチェック機能で,十分機能しうるものであろうか。企業内外の企業社会のもとで,反社会的行為であっても企業競争力強化のためには容認するといったことをチェックしうるだろうか。
 第4に,このシステムにともなう短所とされる「会社人間」の克服が可能かという点。この点について,著者は今後の課題とされているが,「あとがき」で次のような展望も示している。
日本企業批判論が,日本企業を「協調」から,より「市場原理にもとづく競争」を基調とするあり方に変わるべきであるとしているが,それは「働きすぎ」を促進する。「そうではなく,これまでも日本企業は十分『競争』を基調としていた。これからは,やや『協調』を基調とする方ヘシフトしてもよいのではないだろうか。それによって,『働きすぎ』の状態を緩和するのである。」(204頁)それには賛成であるが,「長期内部昇進競争の仕組みを変えることなく,十分可能であ」ろうか。この点の著者の今後の展開を注目したい。




文眞堂,1996年11月刊,210頁,定価3090円)

はせがわ・よしかず 大月短期大学助教授

『大原社会問題研究所雑誌』第468号(1997年11月)



先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ