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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




E.Patricia Tsurumi
Factory Girls : Women in the Thread Mills of Meiji Japan
(パトリシア・ツルミ著『女工:明治日本の製糸・紡績工場の女たち』)




評者:A.ゴードン



 日本の産業革命を先導したのは繊維業であり,そこで働く労働者の大多数は女性であった。このテーマの重要さにかかわらず,英語で書かれた研究書はこれまでほとんどないに等しかった。この10年ほどの間に,北米,ヨーロッパ,中国における繊維業の女子労働者に関するすぐれた研究があいついで出版されているが,今回,本書の出版によって,日本語の読めない読者でも,これらの国々の研究と肩をならべる仕事を利用することができるようになった。その意味で,本書の出版を歓迎したい。
 著者はまず第1章で,工業化前の日本における女子労働の背景についてのべている。そこでは,1800年代以前に,すでに女性が家計を支えるために出稼ぎすることがしばしばあったこと,一方,近代の繊維産業における労働力需要は,労働者数の大きさや家から遠く離れたところで働かざるをえないこと,さらにその集中度からみて,工業化前とは比較にならないものであることが指摘されている。これに続く第2章では,製糸・紡績業の機械化の初期段階 (1870年代)では,その労働条件はそれほど過酷でなかったことが述べられている。
 この本の主要部は,製糸および綿紡績に関する各3章の計6章である。著者は,両産業の労働条件が1880年代から90年代にかけて急速に悪化したこと,また,製糸も紡績もしだいに女工の募集が困難となり,雇入れにあたって詐欺的な手段さえ弄するようになった経過を,時代を追って記録している。また,罰則制度や女工同士の競争心をあおって団結を妨げた能率刺激的な賃金制度について詳しくのべている。著者は,女工たちがこうしたやり方に抵抗し,あるいは逃亡したことを指摘し,「国家と企業は女工の体を拘束するのには成功したが,女工の心はつかめなかった」と論じている(p.195)。
 最後の2章は,製糸・紡績業と小作農家,織物業,遊廓のそれぞれで働く女性たちとの比較研究である。まず比較されているのは,小作農の娘としての生活と,製糸・紡績工場での生活である。女工の生活は,彼女らが生まれ育った貧農の生活と比べてどうであったかが検討されている。著者みずから認めているように,論証の点で弱いが,結論は説得的である。工場でも田畑でも,労働の過酷さに変わりはなかったが,女工の場合は仕事に変化が乏しく,柔軟性がなかった。また女工の方が,監督はよりきびしく,病気や事故,性的ないやがらせの点でもずっと弱い立場にたたされていた(p.173)。
 最後の章は,製糸・紡績とならんで若い娘にとっての仕事場であった地方の織物工場および都会の遊廓との比較研究である。織り子や売春婦の生活は,製糸女工や紡績女工の生活より過酷なものではあったが,著者はこれらの仕事に共通する特徴を強調している。いずれの場合も,女性たちは家長(父親)によって,事実上「売りとばされた」ことである。父親は,これによって差し迫って入用なまとまった金を,前払いで手にしたのである。どの仕事でも,彼女らの生活はきびしい監督と制約をうけた。また彼女らは,いくらでも代わりのある,使い捨てうるものとして扱われ,病気や怪我をしたときには,文字どおり「放り出され」た。さらに性的な虐待は,すべての仕事に共通する典型的な問題であった。
 さまざまな問題を幅広くあつかっているのは,本書のすぐれた点であろう。紡績業と製糸業の2つの産業を取り上げただけでなく,農業,機織り,売春との比較研究により,明治の働く女性の全体像を,社会史的研究としてまとめあげ,さらに4つの職業に共通する重要な特質を浮かび上がらせることにも成功している。
 依拠した文献は(著者自身はじめに断っているように)主として二次的な日本語の資料ではあるが,同時に「職工事情」のような主要な一次資料を効果的に使い,また女工の日記や,体験者からの聞き取り,さらには女工の歌なども資料として使われている。
 著者の女工の歴史についての解釈は,明確で,また首尾一貫している。すなわち,女工に対する絶えざる搾取,忍耐の限界をこえるほどの搾取があったからこそ,明治日本の政治家と実業家の「功績」があったこと,また女工の労働が日本全体の資本主義化,工業化を可能にしたものであること,である。さらに,女工が得た賃金で,女工の家族が地代を支払いえたことが,地主が貧しい小作人を搾取する「旧い土地制度」を存続させた,というのである。こうした解釈は,日本人の歴史家,たとえば中村政則氏にもみられるもので,示唆にとんでいる。
 しかし,著者の見解は,2つの点で問題があるのではないか。まず第一は,女工の賃金が「農村の旧い秩序」の存続に貢献したという考えは正しいだろうか。この主張は,もしも産業が発達せず,小作人の娘が家計補助のための賃金を得ることがなかったなら,農村はもっと進歩的な変容をとげたと言いたいのであろうか。そうではないと思うのだが,著者がこれについてどのように考えるか知りたいと思う。この本の中で紹介されている資料でも明らかだが,私は「農村の旧い秩序」は,繊維業が工業化を開始した時にはすでに変わりはじめており,女工の存在は農村部の商品経済化を早めただけではないかと考えている。いずれにせよ,この変容は複雑な従属関係から小作人やその娘たちを解放することはなかったであろう。しかし,地主の支配の基盤を人的な関係から,経済的な義務へと変化させた。このように主張するからといって,この変化の過程で,女工たちが「個人として,また集団としてはらった犠牲」が非常なものであったこと(p.4)を否定するものではない。
 第二に,著者は日本の女工は,ほかの国の繊維産業労働者と比べても,異常なほど搾取され,抑圧されていたと主張している。しかし,この点を強調したためか,労働者の行動や意識のゆらぎ,あるいはその変化の可能性を軽視する結果になっているのではないかと思われる。東條由紀彦氏の新著(『製糸同盟の女工登録制度』東京大学出版会,1990年)は,(断片的な資料によってではあるが),女工の中には父親の意志にそむいて,自分の意志で働きに出たものもいたことを明らかにしている。こうしたことを著者はどのように考えられるであろうか。ちなみに,本書は,工場主の地域連合がおこなった募集カルテルが,女工の転職を防ぐのに効果があったといささか簡単に推論している。しかし,東條氏は,諏訪の製糸工場の工場主たちの募集カルテルが,つねに効果的であったわけではないことも明らかにしているのである。
 本書のテーマのなかでは,この女工の意識の問題はもっとも究明困難なものであろう。女工たちが苛酷で屈辱的な労働条件に耐えることができたのは,国家や会社への忠誠心より,家族のためを考えたからであるという著者の意見は,そのとおりであろう。しかし,問題はそれほど単純ではない。私は,1920年代に労働組合を組織した紡績女工が,待遇改善要求の根拠として,国家経済への貢献に対する正当な報酬であると主張する資料を見たことがある。本書には,この問題の複雑さを示唆する事例がのべられている。それは,地主が性的サービスを強要したのに対し,怒りをあらわにした誇り高い女性たちがいた事実である。この女性たちは,自分たちは大製糸会社の社長から「工場の宝」として表彰された「優等工女」であるとして要求を拒絶し,かわりに売春婦を呼ぶように言ったのである。この事件はもうすこし詳しく調べてみる必要があろう。おそらく,この女性たち(そして1920年代の紡績女工たち)は,協調的あるいは国家主義的なイデオロギーを使って自分たちの尊厳を守ろうとしたのであろう。同時に会社への貢献を誇ることで,著者も指摘するように,女工と同様に惨めな状態におかれていた売春婦と一線を画そうとしたのであろう。このように,歌や日記などからとった女工たち自身の言葉を引用することで,著者は読者が自分自身の解釈をおこなう余地をのこしている。この書物は,日本の女性史研究に一石を投ずるものといえよう。<





プリンストン大学出版部,1990年,215ページ

Andrew Gordon,デューク大学教授、法政大学社会学部客員教授、大原社会問題研究所客員研究員
          (いずれも当時,現在はハーヴァード大学教授・ライシャワー研究所所長)

訳者:二村 一夫(にむら・かずお 法政大学大原社会問題研究所専任研究員)

『大原社会問題研究所雑誌』第398号(1992年1月



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