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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版


氏原 正治郎 著 『日本の労使関係と労働政策』
氏原 正治郎 著 『日本経済と雇用政策』



評者:舟橋 尚道



 氏原さんは,私が学生の頃,経済学部の助手をしておられ,五歳年長の兄貴といった感じであった。なにかにつけ研究室の助手の部屋を訪れて話を伺うことが多かったが,いつもにこやかに応対していただいた。私が大原社会問題研究所に入所してからすぐ氏原さんに何を専攻すべきかを相談に出かけた。当時はいわゆる電産型賃金体系(わが国における戦後の生活給の原型)が確立して間もない頃であり,氏原さん自身興味を持っておられたこともあって「賃金問題が面白いよ」と言われる。何を勉強しようかと迷っていた私はその一言で自分の専門を決めることになった。
 それからいろいろと文献を読み漁った上,大原研究所シリーズ第一集の「賃金統制と賃金闘争」と,第三集「最低賃金制の意義」を書いたのであるが,後者では当時盛んに議論されていた「最低賃金論争」にも言及した。この論争に対して氏原さんはどんな意見を持っているのかうかがったことがあったが,いつものようににこにこしながら,「僕は調査屋だからね」ととり合おうとはされなかった。その後,私の関心は賃金体系・形態の分析に移ったのであるが,この分野の研究は労務管理論で扱ったものを除いてほとんどなく,全く新たな理論的視点でとりあげる必要があったのである。どう扱うべきかを考えている時に,氏原さんは昭和23年に『評論』という雑誌で,「わが国における賃金問題の所在」という論文を発表された。この論文はあいにく私の手許にないのでその内容を正確に述べることはできないが,とに角当時としては抜きん出た理論的水準であり,賃金体系・形態をどう分析すべきかについて指導的役割を果たしたものであった。この論文の導きによって私は「日本の賃金形態」という本を書くことができたのである。
 昭和28年には,雑誌『中央公論』に私と氏原さんは共同執筆で「労働組合講座」を連載し,ついで35年には藤田若雄氏を加えた3人で『日本型労働組合と年功制度』(東洋経済新報社)を発表した。これらは共同作業であるから,事前の討論をみっちり行う必要があったが、それは私にとってこの上ない良い勉強であった。なにより印象深かったのは,氏原さんが,事実を実に克明に認識しているということであった。たとえば,どこの労働組合にはこういう問題があり,それをめぐって組合員の動向はかくかくであるといった話は,それこそきりのないくらい知っていた。また企業の職場の内容の把握も的確であった。それはまさしく,戦後精力的に積み重ねてきた氏原さんの調査の成果以外の何物でもなかったと思う。
 私も大原社会問題研究所で毎年『日本労働年鑑』を執筆し,またいくつかの調査も手がけたのであるが,事実の認識における質の点では足もとにも及ばないという,劣等感をいだかされたほどであった。その上,この頃から氏原・藤田の両氏は,日本の企業における年功制度について強い関心をいだきはじめていた。とくに氏原さんの場合は,年功制度の成立根拠を日本の閉鎖的労働市場に求める考え方を述べていたが,私はその考え方に強くひきつけられた。言いかえれば労働問題研究における労働市場論の重要性を,この時期に氏原さんから教えられることになった。したがって氏原さんの果した役割は,労働問題の研究にあたって事実の把握こそがもっとも重要であること,さらに事実から的確な理論をみちびき出し,その理論を分析の道具としながら,さらに事実の真実に接近することを後輩の私たちに示してくれたことにあるといってよいと思われる。
 60年を過ぎてからは,共同で仕事をする機会もなくなり,それぞれの学問的な関心がちがってきたこともあって,氏原さんから話を伺ったり,討論したりすることはほとんどなかった。ただ,社会保障制度審議会やその他の会合では,しばしば氏原さんの発言を聞き,相変らず事実を詳細に把握した上で地道な意見をもっているなと,感心することが多かった。しかし60年代半ば以降の氏原さんは,それまで労働問題の理論的分野について指導的でしかも刺戟的な発言をされていたのに比べて,実証の分野にのみ自己の守備範囲を固められ,その時々に提起される理論上の問題については,積極的な発言をひかえておられるようにさえみえた。そういう理論上の問題について関心を持ってきた私にとっては,率直に言って物足りなさを禁じ得なかった。戦後,理論的な問題についてもなにかと指導をしていただいたことを考えると,私が氏原さんの70年代以降の業績についてある種の失望感を持っていることも正直に告白せざるをえないのである。
 2冊の本を書評するにあたって,最初に私と氏原さんのかかわりについて述べたのは,氏の業績に対しては,私なりの特別の思い入れがあるということ,また書評のなかに妄言があるとしても,かつて氏原さんには何でも批判したことがあるのに免じて許していただけるのではないかと考えたからである。
 そこでまず『日本の労使関係と労働政策』をとりあげよう。この本に集録されている氏原さんの論文は,二つのグループに分類される。一つは労使関係における「法」の役割とその性格を分析したもの,もう一つは労働組合に関係した問題を分析したものである。
 第1のグループでとりあげた問題は,私もかねてから関心をもっていた。というのは労働問題は,法律とのかかわりが密接であり,したがってその研究にあたっては法律学からのアプローチが不可欠だと考えたからである。ところが,法律学にはいわゆる解釈学という固有の領域があり,その領域だけに入りこんでしまうと,労働問題の社会科学的分析とは無縁のものになる可能性をはらんでいた。したがっていわゆる労使関係論の中に法律を位置づける場合には,解釈学と社会科学の関連を方法論的な観点から解明することが第一に必要な手続きである。
 氏原さんの論文のうち,たとえば「労使関係における経済と法」における問題意識には,こういう根本問題は含まれていない。一般的な社会政策学者が実定法(たとえば労働基準法,最低賃金法など)だけをとりあげているが,法律できめられているものの範囲はかぎられており,現実の労働条件はもっと幅の広い労働契約や諸協定などの社会規範(法社会学者のいういわゆる「生ける法」)によって規制されているという事実を,広範な領域にわたって実証されている。分析は克明かつ該博であるが,理論的内容はきわめて簡単である。とくに「生ける法」の分析にとって,とくに必要と思われる判例の動向が全く無視されているのは残念である。
 つぎに「経済学から見た法社会学」という論文では、労働経済学や労使関係論がその分野の特質からいって,社会学・心理学・法律学等からのいわゆる多科学的接近が必要なことを明らかにされる。とくに労使関係は,労使の諸主体が形成されるルールの体系をもっており,それを分析するためには「政治学・法律学の援助も受けなければならなかった」とされるのである。それでは政治学・法律学を労使関係の分析にどのように適用するのかという具体的な問題については,いかなる示唆をも与えていない。要するに氏原さんの見解は,ダンロップの労使関係分析の枠組みをこえたものとはいえないのである。
 この論文の行論の中にはもう1つ気になることがあった。それはマルクス経済学の労働市場論における,いわゆる「絶対的窮乏化」の法則を批判し,「こういう事態は,資本主義社会の歴史的事実に照らしてみても,非現実的であり,常識的に考えても,ありそうもないことである」と述べている。勿論この指摘はその通りであるが,私が不満に思うのは,それでは「絶対的窮乏化」法則が理論的にどこが間違っているのかという点に本格的に立ち向かおうとしていないことである。
 第2のグループの最初の論文は,「労働基本権論争」をとりあげている。この論文は,労働基本権に関連したあらゆる問題点に言及した大論文であり,これを執筆するために多くの論文・資料を渉猟された労作であることは充分に理解できる。しかしこの論文によって何を明らかにしようと意図されたのか,そして結論はどうなのかということはかならずしも明らかでない。
 第2の「団体交渉と労使協議」は,学会において,前者は戦闘的,後者は労使協調的であるという評価が通説になっているのを批判することが中心課題となっており,両者の区別は主として労使としてとりあげる問題の性質のちがいにもとづくものであることが明らかにされる。つまり前者は主として労働条件を,後者は主として経営の諸問題をとりあげるものであり,両者は機能的に見て不可分の一体をなしているとされている。本論文は氏原さんの本領を示すものであり,労働組合の組織や機能についての的確な把握にもとづいて,納得のいく論理を展開した水準の高いものといって良い。
 第3の「日本における産業別組合論に関する覚書」は,まず産業別統一賃金闘争と春闘を分析し,産業別組合の基礎としての企業別組合の構造上・機能上の特徴が明らかにされる。ついで日本の産業別組合の諸類型にふれ,今度は産業別組合の構造上・機能上の特徴が分析される。この論文は氏原さんが調査その他で直接つかんだ具体的事実にもとづいて理論的に整理をこころみた労作であり,わが国の産業別組合の特質を明らかにした論文としては最高水準のもの,といってもよいであろう。
 つぎに『日本経済と雇用政策』は,1,雇用政策,2,高齢化対策,3,女子労働,の3つのグループに分類された論文が集録されている。第1グループの「雇用政策」では,敗戦後から1960年代までの雇用政策の推移を明らかにした「経済変動と雇用政策」,昭和22年制定から昭和50年の雇用保険法成立にいたるまでの失業保険制度の変遷とその過程で発生した問題点を明らかにした「失業保険適用をめぐる諸問題」,失業予防に重点をおいた雇用保険法を分析した「雇用保険と雇用政策」などが集録されている。
 これらの論文の内容を詳細に紹介することはできないが,いずれの論文も関連文献・資料が漏れなく参照され,細かい問題点についても丁寧に論じられている労作といってよい。私も雇用審議会,失業対策賃金審議会,職業安定審議会等を通じて政府の雇用政策にかかわりがあり,昭和44年の失業保険法,昭和49年の雇用保険法の制定の際には,それぞれ政策提案のための研究会のメンバーであった。これらの経験の中で常に感じていたのは,審議会で討議した問題について,そこで提出された資料を利用して学問的な論文を書くことは非常に難しいということである。なぜならば,研究会が設置されるのは政策を変更する節目の時であるが,そういう場合には必ずといってよいほど官庁からその問題についての大きな本が出版されるのが常である。ところで,学問的な論文を書く場合は,官庁の出版物を越える理論的視点から分析するのでなくては意味がない。法案の技術的な問題点についてあれこれ述べてみたにせよ,それが役所の見解の繰り返しであってはならないと思われる。以上のような観点からみると,氏原さんの論文の評価は大変難しいといわざるをえないのである。
 第2のグループ「高齢者対策」の中でまず取りあげられているテーマは,「中高年労働者の雇用不安と人権」である。この論文は,第一次石油ショック以後の不況の中でとくに中高年齢層が解雇されている状況を明らかにし,「終身雇用」「年功賃金」の残酷な性格を指摘したものである。日本の雇用・賃金制度は,とかく長所だけが強調されがちであるが,氏原さんが人権侵害の観点から,それの短所をするどくとりあげられた意味は大きい。
 「高齢化と人事処遇制度の変容」も,高齢化にともなう定年制や退職金,勤務延長制度,再雇用制度,出向などの変化を分析したものである。高齢化対策の一環としての年功賃金の修正,職能給導入比率の増加などがとりあげられなかったのは問題だと思われる。
 第2のグループで,氏原さんはさらに高齢者をめぐる労働政策と社会政策について詳細に論じている。とりあげられた論点の中で重要だと思われるのは,高齢化対策を論ずる場合,高齢者の実態を正確に把えることが先決問題であると述べている点である。従来とかくパターン化された高齢者観で対策を論じがちであったが,高齢者の実態は多様化し,さまざまな状況が混在している。それを整序することが,社会科学の当面している課題だとされる見解は,いかにも氏原さんらしいものといってよい。しかし年金支給開始年齢をとりあげた論文では,高齢化にともなって保険料率(負担)が増加してゆく問題が無視されているのはいかがなものであろうか。
 第3グループ「女子労働」の中で,まずとりあげられているのは「女子労働はどのように変化したか」である。その論文では,まず女子労働の供給構造と需要構造がどう変化したか,ついで職業構造がどう変わったかが明らかにされる。つぎの「女子労働と雇用上の男女平等」では,女子の就業分野の変化を述べた上で,雇用における男女差別の問題点が剔出される。その他二つの論文を含めて共通の性格として印象づけられるのは,細部の分析がきわめて堅実で慎重であるが,思いきった理論的指摘に乏しいことである。言いかえれば,70年以降の氏原さんの学問的姿勢は,きわめて謙抑的なものに終始したことになるのであろうか。





氏原正治郎『日本の労使関係と労働政策』,東京大学出版会,1989年
   同   『日本経済と雇用政策』東京大学出版会,1989年

ふなはし・なおみち 法政大学法学部教授,大原社会問題研究所兼担研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第378号(1990年5月)



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