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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



黒須 純一郎 著
『イタリア社会思想史――リソルジメント民主派の思想と行動



評者:福田 富夫


 リソルジメントとは,一般にイタリアの独立と統一を目指す運動あるいはその過程のことを言う。時を同じくして起こった明治維新と同様,リソルジメントをどう捉えるかは統一以来,論争の的となってきた。一方で,サヴォイア王家とピエモンテ穏健派勢力による統一と独立の成功物語を称揚するリソルジメント把握(クローチェらの自由主義的歴史家とファシスト・イデオローグ),他方にリソルジメントを,何らかの意味で「失敗した革命」と捉える共和主義的潮流とグラムシに始まるマルクス主義的潮流,大づかみに言ってこの二つの歴史解釈が対立してきた。
 著者の立場はと言えば,リソルジメントを複合する二つの過程と捉える。すなわち,「ピエモンテ穏健派勢力が,王権との妥協によって国民的運動のヘゲモニーを掌握する過程」と,「広範な農民を含む国民諸階層のオーストリア支配とローマの教権支配という内外二重の前近代的抑圧からの解放と市民的自由を希求する過程」(9頁)とである。しかしながら,当時人口の5分の3を占めた農民は自らの要求を実現する綱領も指導勢力も持たなかった。これがグラムシの「農業革命の欠如」,「欠如せるジャコバン主義」という有名な命題である。グラムシはこうして,当時のイタリア革命を主導すべきであった民主派の首領マッツィーニを強く批判する。ところが,現実のリソルジメントに在りうべきリソルジメントを対置したグラムシ・テーゼが,第2次大戦後,リソルジメント民主派の研究を進展させる役割を果たすことになる。
 イタリアの市民革命は,著者によれば,近代ヨーロッパ史の転換点である「1848年革命」の一環として,1848年3月にその頂点を極めた。しかし,イタリア市民階級の歴史的特殊性のためにその革命は不徹底に終わらざるをえなかった。後年の特殊イタリア的問題―南北問題,マフィア,ファシズム等―もそこに起因する,と著者は言う。それでは当時の民主主義的潮流(民主派)は,どのように問題を捉え,イタリア「市民社会」の形成を構想したのか。これが著者の問題意識である(iii頁)。
 こうして,我が国でこれまでほとんど知られることのなかった,リソルジメント民主派の思想と行動についての本格的研究である本書が成った。この点に本書の重要な意義がある。

 序論と結語を除く各章はすべて既出論文であるが,本書をまとめるに当たって加筆・修正が施されているとのことである。以下に目次を掲げる。
 序 論 課題と分析視角
 第1部 リソルジメントの背景
  第1章 リソルジメント初期の社会運動――ナポリ・カルボネリーアの思想構造
  第2章 リソルジメント期ロンバルデイア農民の状態―リソルジメント期の産業構造
  第3章 1848年3月「ミラノの5日間」――リソルジメント期農工同盟論に向けて
 第2部 リソルジメントの思想
  第1章 ブォナッローティの革命思想――マッツィーニとの対立を中心に
  第2章 フェッラーリの批判経済学――イタリア経済学史におけるリソルジメント
  第3章 フェッラーリの新社会観――彼の批判的経済学との関連で
  第4章 カッターネオの経済的自由主義――「知性」と「意志」の経済学
  第5章 カッターネオの思想像――経済と倫理をめぐって
 第3部 マッツィーニの思想
  第1章 マッツィーニの「青年イタリア」運動――統一・共和主義思想の形成
  第2章 マッツィーニの共同社会観の形成――「青年∃−ロッパ」の思想
  第3章 マッツイーニの新社会構想――成熟期のマッツィーニ思想
 結 語

 一見して分かるように,3部11章にわたる本格的な論攷である。著者の要約によって本書の概略をたどってみよう。
 第1部「リソルジメントの背景」では,第1章「リソルジメント初期の社会運動」で,1820一30年代のリソルジメント運動に多大な影響を及ぼし,マッツィーニもその加盟員であった秘密結社カルボネリーア(我が国ではつとに炭焼党として知られる)の思想構造が,ナポリの組織を代表例として分析され,その意義と限界が明らかにされる。第2章「リソルジメント期口ンバルディア農民の状態」では,1840年代のイタリアの産業構造が分析される。最先進地帯のロンバルデイアでも農業が主要産業であり,リソルジメントにおける農民問題の重要性が確認される。第3章「1848年3月「ミラノの5日間」」では,都市住民のみならず,広範な農民も加わったロンバルデイア蜂起の諸局面が概観され,民主派の農工同盟論という課題が明らかにされる。第2部「リソルジメントの思想」では,第1章「ブォナッローティの革命思想」で1830年代の革命運動におけるブォナッローティとマッツィーニの協力と対抗の過程が追求され,各々の最終目標が明らかにされる。第2章「フェッラーリの批判経済学」では,リソルジメント期フェッラーリの「農地均分法」を中心とする「必要」の権利に基づく国民経済学形成の模索が論じられる。第3章「フェッラーリの新社会観」では,「無宗教」による「科学の王国」,「農地均分法」による「平等の王国」が提唱され,マッツィーニのイタリアのイニシアティブ論に対抗して,フェッラーリが革命の先達と考えるフランスとの同盟論が論じられる。第4章「カッターネオの経済的自由主義」では,イタリア経済活性化のためのカッターネオの「知性」と「意志」に基づく公共経済学が提起され,近代イタリアの農業と工業の均衡的経済発展論が展開される。第5章「カッターネオの思想像」では,カッターネオの経済思想の全体像が,ロンバルディアの経済発展という現実問題を軸に,資本蓄積と動勉,経済と倫理をモティーフとして論じられる。
 第3部「マッツィーニの思想」では,第1章「マッツィーニの「青年イタリア」運動」でカルボネリズモから「青年イタリア」期の統一共和主義への志向に至るマッツィーニの思想形成過程が明らかにされ,第2章「マッツィーニの共同社会観の形成」では,「青年ヨーロッパ」の形成と活動を通じて,マッツィーニの革命家から布教者への移行が跡づけられる。第3章「マッツィーニの新社会構想」では,成熟期マッツィーニの思想が論じられ,将来のイタリア社会像とヨーロッパ合衆国の構想が明らかにされる(14‐5頁)。
 以上,著者自身の要約にしたがって本書の概略を辿ってきたわけであるが,本書の最も顕著な意義はどこにあるのであろうか。著者自身が自負を込めて言うように,「従来の断片的,試論的研究を越え,我が国で初めてリソルジメント民主派の思想と行動を,市民社会の批判と形成の観点から明らか」にしたところに本書の第一の意義があるといえよう。しかも,著者の蒐集になる一次資料は第1部第2章,同第3章の分析に生かされ,この時期のロンバルディア地方の農民の状態,1848年のミラノの蜂起が実証的に明らかにされる。とかくこの種の思想史の研究書は抽象度の高い議論に終始しがちであるが,この二つの章での実証的な分析は,具体的・歴史的な視点から思想家の思想内容を見るように読者を誘うことに成功している。
 また,各章とも,内外の先行研究を十分に消化し,著者の主張が提示されている。その中でも特筆すべきは,本書全体が,ホブズボームの 「1848年の偉大で特徴的な人物たちは,数カ月間∃−ロツパの舞台で主役を演じた後,永久に去っていった」というテーゼに対する反証になっていることである。少なくとも,本書で述べられたカッターネオやワェッラーりは,リソルジメント以後も政治の表舞台で活動を続けたのであった(339頁)。
 最後に,気のついた点を指摘して筆を欄きたい。
 まず第一点は,文章表現上の問題である。一文が長く,一読して意味が採りづらい箇所がいくつか見られる(例えば,102頁13―6行,118頁6一10行,170頁12一4行等)。この点が改善されればよりリーダブルなものになり,専門外の読者にも読み易くなるだろう。
 第二点。結語で,ポスト・リソルジメントを生き延びた民主派はイタリア王国の未解決の問題にラディカルな提言をなし,イタリア民主主義の先進的な思想潮流となっていくと述べられているが(339頁),その提言はどのようなものであり,当時の具体的な歴史の文脈の中でどういう意味を待ったのか。この問いに答えるためには別の著作が必要であろうが,著者の手になる歴史分析の書を繙きたいと願うのは評者のみであろうか。
 何をおいても,リソルジメント民主派の思想と行動に関する本格的な研究書の出現を喜びたい。本書は今後,イタリア史研究の基本文献であり続けるだろう。





御茶の水書房,1997年5月,xvi+340+26頁,定価 本体3、800円+税

ふくだ・とみお 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第467号 (1997年10月)



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