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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



紹介

ジャン・フランコ・ヴェネ著 柴野均訳
『ファシズム体制下のイタリア人の暮らし』

福田 富夫




 

 本書は1988年に出版された原本の全訳本であり,著者はイタリアで発行部数―,二を争う週刊誌『パノラマ』の編集長を務めるジャーナリストである(訳者あとがきによる)。
 1922年10月,「ローマ進軍」に参加するムッソリーニを乗せた列車の叙述から本書は始まり,1939年9月,ヒットラーのポーランド侵攻前後で終わる。
 史上もっとも早くファシズムを名のる権威主義体制が成立し,その後も20年の長きにわたってその体制が存続したイタリアで,人々はどのような生活状態に置かれ,何を考え,毎日を送っていたのか。筆者は当時を生きた人々からのインタヴューを再構成することで,主に都市小ブルジョアジーに焦点を当ててこの課題に答えようとする。家庭生活−−住まい,食事,ファッション,買い物−−、学校・労働・余暇(活動)。こうした庶民の日常生活のさまざまな側面の諸相の積み上げから,ひとつの時代の情景が浮かび上がる。
 たとえばこういう事例がある。
 住宅事情について。当時の都市集合住宅には,各戸に浴室はもちろんのこと手洗がなく,各階にひとつしかない手洗(しかも水洗ではもちろんない)を共同使用することから生じる悲喜劇。湯沸器や浴槽の普及による生活様式の変化。
 あるいは,工場で。低賃金のため,超勤手当で辛うじて生活を維持するというのが労働者の常であった。体の許す限りいくら超過勤務をしても差し支えなかったが,弱い者の労働条件を悪化させないように,労働者は自分たちで超過勤務に上限を設けていた。これを越えるのを認めるのは「娘が結婚する,子供が上級学校へ進学する」等の,金が入り用の時だけだった,等々。
 読者はこうした事例を読み進めていくうちに,なぜ20年もの長期間,ファシズムが存続しえたのかという問題を考える際のヒントを本書の中に見いだすであろう。評者にとっては,時に体制の支援を受け,またある時には体制に抗しながら,大衆社会化が徐々に進行していく様子が興味深かった。 1920年代から30年代,イタリアにおいては正にファシズム体制下で大衆社会化が進行したのだった。
 ナチス・ドイツに関する研究,紹介は数多いが,イタリア・ファシズムについて日本語で読める文献は極めて少ない。ファシズム支配の日常生活レベルの側面に焦点を当てた邦語文献は皆無に近く,数年前に有斐閣から出版された訳書『柔らかいファシズム』以来であろう。その意味で本書は貴重な仕事である。所々こなれていない部分はあるものの,訳文は全体として読みやすい。





白水社,1996年1月,332頁,3,400円

ふくだ・とみお 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第454号




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