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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



亀嶋庸一著
『ベルンシュタイン──亡命と世紀末の思想

評者:福田 富夫


 西欧社会民主主義政党によってベルンシュタイン・ルネッサンスが言われて久しいが,現存した社会主義体制が崩壊して数年を経た今日,ベルンシュタインを語る意義はどこにあるのか,それにまたなぜ亡命と世紀末なのか。本書を手にしたときに誰もが感じるであろうこうした疑問に対して,著者は「序」で次のように述べる。 19世紀末から20世紀初頭にかけての「知的革命」を担った巨人たち(例えばフロイト,ウェーバー,デュルタイ,デュルケーム等々)は彼ら自身亡命を経験し,たとえ亡命しなかったとしても亡命知識人と交流をもちその影響を受けていた。スチュアート・ヒューズが「実証主義への反逆」と呼んだこの「革命」は20世紀の現代社会への先駆的な洞察を産み出した。決定的な思想形成が亡命時代になされたベルンシュタインも亡命知識人の一典型であり,彼の思想形成こそ,亡命という経験それ自体がどのような仕方および意味で「世紀末」の知的変革をつくりだしたのかという,思想史的ドラマを最も鮮やかに演じていると。本論に入る前に,ここで予め目次を見ておこう。

序─亡命と「世紀末」
第I部 ベルンシュタインの思想形成
 第一章 ベルンシュタインと亡命
 第二章 ベルンシュタインと「修正主義」
 第三章 ベルンシュタインと「イギリス体験」(I)
     ─イギリス革命史研究と社会主義
 第四章 ベルンシュタインと「イギリス体験」(II)
     ―新たな社会像の展望
 第五章 二つの「世紀末」における社会主義と民主主義
     ─「社会民主主義」とベルンシュタイン
第II部 ベルンシュタインと同時代人たち
 第一章 世紀末転換期と社会主義
     ─カウツキー,ミヘルス,ベルンシュタイン
 第二章 ウェーバーとドイツ社会民主党
 第三章 オストロゴルスキーとウェーバー
 補論  「修正主義論争」とウェーバー
     ─『ブラウン・アルヒーフ』から『ウェーバー・アルヒーフ』ヘ

 従来の研究を打破しようという著者の並々ならぬ意気込みによって,特に第I部は大胆な問題提起と綿密な論証がなされているため,著者の議論の筋道を辿るだけでも大部のものにならざるをえない。この節では第1部の筋を辿り,次節で第II部各章の要約を行う。
 さて,第1章はベルンシュタインについてのこれまでの研究に対する批判と,第I部全体に関わる著者の視角・認識枠組み・方法の提示である。
 「修正主義者」,あるいは現代の「社会民主主義」の先駆者ベルンシュタインという従来の捉え方には致命的な危険性がある,と著者は言う。その危険性とは,正統派マルクス主義批判者としての「修正主義者」ベルンシュタイン,その主著『社会主義の諸前提と社会民主主義の任務』というこれまでの捉え方ではベルンシュタイン思想の全体像が捉えられず,『諸前提』を支えていた彼のより広く豊かな思想的地平は捨像されてしまうこと(5頁)。また,「修正主義」という用語自体が帯びる強い政治性ゆえに,社会主義の歴史の動向によってベルンシュタイン像が左右されやすいことである。「修正主義」という覆いから「彼の思想の根源を剔抉し,その全貌をできるだけ正確に再現する」(7頁)ために,著者は亡命と「世紀末」という視角を設定する。
 著者はまた,「フェビアン主義がベルンシュタインのイギリスで受けた主要な影響であった」という,従来の解釈の問題点を指摘する。その第1点は,フェビアニズムの影響は一要素であり,ロンドン亡命時代のベルンシュタインの多様な経験をより立体的に再構成する分析視角が必要であること。第2点,イギリス時代のベルンシュタインの思想的変化を「マルクス主義」から「修正主義」への変容と捉える従来の解釈ではベルンシュタインの思想形成の多面的な可能性が単純化されてしまうこと。第3点,これまでの研究ではイギリスがベルンシュタインに与えた一方的な影響のみに注目してきたが,亡命者ベルンシュタインによってイギリスは,イギリス人が気づかない新たな歴史像と社会像が付与されたこと。
 こうした問題点の指摘をふまえ,著者によって提示されたベルンシュタイン再検討の認識枠組みが「イギリス体験」であり,それは「イギリスから影響を受け,かつ独自なイギリス像を描いたベルンシュタインの亡命経験の総称」である,と定義される(9−11頁)。
 また,著者の方法は,ロンドン亡命時代の思索を一つ一つ発掘し再構成するという「発見的な」方法である。こうして再現された彼の思想の全貌こそ『諸前提』を支えた思想的中核に他ならない,と著者は言う(14頁)。
 第2章。周知のように,1890年代後半からのベルンシュタインの言説は「修正主義論争」を引き起こすが,「急進派」から「修正主義者」ヘの「転向」というこれまでの視点の妥当性を再吟味しなければ,ベルンシュタインの「イギリス体験」の正確な意義を把握することはできない,と著者は言う。なぜなら,彼が「急進派」の立場と全ての点で一致していた訳ではないとされ,1884年の帝国議会を選挙結果をめぐる議論で,セクトから議会主義政党への党の脱皮という視点を打ち出し,現実政治に対応する必要性を喚起したこと,ドイツの自由主義とは反対に,頑迷な教条主義で労働運動や社会主義と対立しようとしない,スイスの自由主義と接触することで,議会主義あるいは「自由主義」政党との選挙協力をめぐる政策的提言を行った例が上げられている。
 1890年の帝国議会選挙における社会民主党の躍進を受けてなされたベルンシュタインの議会主義への積極的評価が原理的確信に基づくものであること,1893年時点で党方針に反対して三級選挙法下においてもプロイセン下院選挙ヘの参加を提言したことにみられるように,ベルンシュタインの「修正主義」は90年の段階ですでに準備され直線的に形成されたかのように見えるが,90年代における一層深い質的な思想の「変化」があった。その「変化」は「修正主義」的発展に単純に還元できないものだと著者は述べ,ロンドン亡命時代の決定的な質的転回の重要性を指摘する。
 第3章。本章は第I部の核心部分であり,先に著者が設定した認識枠組みである「イギリス体験」が詳述されている。
 ここにおいても著者は,これまでの研究がベルンシュタインの思想形成におけるロンドン亡命時代の意義を強調してきたにもかかわらず,17世紀イギリス革命史研究が彼の思想形成にもつ重要性を見逃してきたと批判し,1895年発表の論文「17世紀のイギリス革命における共産主義的および民主主義的・社会主義的潮流」に着目する。ベルンシュタインをピューリタン革命史の先駆的な研究へと導いたのは,在英中に交わったケア・ハーディらの労働運動の指導者達に,イギリスにおける政治的急進主義と宗教的伝統との結合が未だに継承されていることを知ったからであった。それゆえに,この研究は「イギリス体験」に深く根ざしたものであったと同時に,それ自体「イギリス体験」の重要な構成要素であったと著者は述べる。著者は論文執筆当時のベルンシュタインからカウツキー宛の手紙をも分析しながら,ベルンシュタインの共感のありかを浮き彫りにしていく。その共感とは1648年革命の急進派レヴェラーズに対するものであり,また,それにも増して彼の共感を呼んだのは革命退潮後(17世紀末)のクェーカーとその指導者ベラーズであった。ベルンシュタインが彼らの中に自己の立場を投影していること,すなわち革命の第二期=「幻滅の時代」の初期クェーカーを,社会改良を説き暴力的戦術を非難した「『倫理的』社会主義者」と名づけ,ベラーズをユートピア的共産主義者から近代協同組合思想への転換」と捉えることによってベルンシュタインは彼自身の思想的立脚点を構築した,というのが著者の解釈である。歴史研究において彼が発見したこと,語ったことは心情的かつ理論的レベルにおいて彼の知的実在に深く根ざしていたのであり,歴史研究が,1895年以降に開始される彼の知的闘争を可能にするための多くの知的資源と示唆を彼に与えた。よって,この作品は単なる「修正主義」を越えた彼の思想世界の核心的部分を形成する一要素に他ならなかった,と著者は述べる。
 第4章。本章で筆者はベルンシュタインのもう一つの「イギリス体験」に光をあてる。彼がイギリス労働運動が世紀末の世界経済都市ロンドンの現実に触れることで獲得した思想的転回を跡付けることが本章の課題となる。
 彼がロンドンに亡命した1888年という時期は,イギリス労働運動・社会主義運動の高揚と再編の時期であって,「社会主義の復活」,「新組合主義」の発生,労働党形成期と一致していた。この時期はまた,機械および大工場制の進展による半熟練労働者層の拡大,従来の熟練・半熟練労働の区分の部分的消失という傾向によって,相対的に同質的な労働者「大衆」が大量に出現すると同時に,数度の選挙法改正を通じて,彼らが政治勢力として登場してくる時期でもあった。この過程は,他方で,労働者階級内部の利害の多様化と新たな階層化という現象を生み出した。
 当初ベルンシュタインは,同時期にロンドン亡命中の最晩年のエンゲルスと同様,これらの事態をマルクス主義の従来の理論的枠組で解釈できるものを考えていた。即ち,英でも大陸のように,経済中心の労働組合運動に対して政治的な労働運動の優位化が進行するという展望であり,選挙法改正によって労働者の政治的覚醒(社会主義の浸透)が進み,政党の階級的再編成がなされるという見通しであった。
 しかしながら,著者によれば1893年の全英坑夫連盟のストによる最賃制の獲得,独立労働党の完敗に終った1895年の英総選挙の観察・分析を通じてベルンシュタインの観点が変化する。それは,資本主義社会内部においても労働者の経済闘争が持続しうるばかりか,一定の条件下では確固とした成果を獲得しうるという展望であり,また,選挙権の拡大は必ずしも純粋な階級政党化をもたらすものではない,という認識である。
 特殊イギリスを超えた「新しい社会」の普遍的な傾向を先駆的に読みとったベルンシュタインは,官僚制化の進行,利害の多様化・個別的利害相互間の対立の増加を現代社会の基本的傾向と捉えた。そして社会主義社会もこうした傾向から逃げられないと見ていた。
 社会主義が官僚的福祉国家に陥ることなく,「自由人の連合」という理念を堅持しようとする限り,個人のエートスと対抗組織化の問題が不可避であり,労働組合や協同組合が社会主義社会において「経済的自己責任」と諸個人間の「連帯感」を育成する課題を担うべきものとベルンシュタインは考えた。
 第3章で見た,英革命史研究で獲得した「エートス」という視点がここに生かされ,二つの「イギリス体験」が有機的に結びついて彼独自の社会主義のヴィジョンを生み出した,と著者は述べる。これは,大衆化や官僚制化という現代社会の支配的趨勢への危機意識に根差したリベラルな社会主義の対応であったのであり,世紀転換期の好況を背景にした楽観的で漸進的な社会改良の道を提唱した訳ではない,と著者は通説的見解を退ける。
 20世紀大衆社会の萌芽形態ともいうべき世界に直面して,個人と社会との新たな関係を問うことによって社会主義の根源的な意味をベルンシュタインは検討したのであり,彼の議論は,主にドイツにおける社会主義運動の理論と政策をめぐって争われた「修正主義論争」の枠をはるかに超えていた,と著者は結論づける。
 上述のごとく,彼の思想世界は「世紀末」の「イギリス体験」に強く規定されていた。従ってその歴史的世界のコンクスト(ママ)(コンテクストか?)の意味を検討するのが最終章の課題となる。
 第5章。現存した社会主義が崩壊したことで,資本主義・社会主義・民主主義をめぐる従来のパラダイムが変化し,資本主義と民主主義が最も適合的な組合せであるという主張が優勢であるが,著者は社会主義と民主主義との問題を社会民主主義に即して述べようとする。著者はここでは第2次大戦後の社会民主主義とベルンシュタインのそれとは一応分けて考えようとしている。なぜなら,社会主義と民主主義の問題を考察する上で,両者は必ずしも同一視できないから,というのが著者の立場である。
 現代の「社会民主主義」は福祉国家の実現という成功を収めたがゆえに,「社会民主主義」が既成の民主主義体制に溶解し,資本主義政治システムのオルタナティブとしての社会主義固有の理念が喪失した。
 一方,社会主義と民主主義のイデオロギー的・政治的布置関係が変動を被りつつあった前世紀末に,ベルンシュタインは両概念を捉え直し,それを再結合した。 1848年欧州革命の精神としての民主主義から「共同体の全成員の同権」としての民主主義へ,「科学的社会主義」の神話から「協同組織的であること」=「平等の権利をもつ関与者」による社会構成としての社会主義へ,というのがそれである。
 著者によれば,これは社会主義の民主主義ヘの溶解.社会主義固有の意味の希薄化であり,この点で二つの「社会民主主義」は連続性をもつ,とされている。しかしながら著者は,社会主義と民主主義を神話的硬直化と制度的実体化から切り離し,新たな地平で再統合しようとしたベルンシュタインの知的行為は1989年をくぐった今世紀の「世紀末」にとって示唆的であると彼を研究する意義を結論として述べる。

 ここでは本書第II部の内容を簡単に見ておきたい。
 第1章。世紀転換期,大衆社会化状況の展開が始まりつつあった時期,独においてこの時期の大衆社会化現象を示す最も典型的な例がドイツ社会民主党であった。大衆化と官僚制化の進展に対してカウツキー,ミヘルス,ベルンシュタインがどう対応しようとしたかがこの章の課題である。
 カウツキーが労働者の組織はその特殊な性格のゆえに官僚制化の問題が深刻化しえないとしたのに対し,ミヘルスはまさにその特殊な性格のゆえに寡頭制の弊害を最もひどく被らざるをえないと見た。ベルンシュタインはカウツキーによって楽観的に描かれた社会発展の一般法則を批判し,同時にミヘルスの悲観的な社会像の克服を試みた。ベルンシュタインにとって社会主義とは,何の不満もない,管理された満足の支配する社会の実現ではなく,官僚主義化と大衆化に対峙する諸個人の主体的な活動によって支えられた,不断の批判的な運動でなければならなかった。
 第2章。ウェーバーは社会民主党内の「修正主義」の運命を,党組織を「自己目的」とする「党受禄者層」の利害関心との関係から説明し,彼らの「保守的な利害関心」が党による古い世界観の放棄と新たな戦術の採用を困難にさせると見た。一方ベルンシュタインは,1905年の大衆ストライキ論争の際に,ルクセンブルクとは異なる視点からではあったが,普通選挙権防衛および獲得の手段としての大衆ストライキの可能性を党が真剣に検討すべきであると主張した。ウェーバーは「街頭デモンストレーション」に関するベルンシュタインの考察とその運命が社会民主党の先行きに持つ重大な意味を注視していた。ここにベルンシュタインとウェーバーの交錯を見ることができる。
 第3章。大衆社会化状況における政党の組織化についてオストロゴルスキーとウェーバーの立場は全く逆である。前者が,政党官僚であれ,「カエサル的」指導者であれ,彼のいう「真の民主主義」の実現をもたらすものではないとするのに対し,後者は「普遍的官僚制化」の下で官僚的精神と異なる「指導の精神」をいかに確保するかという観点から,「人民投票的形態の台頭」に官僚主義の弊害と情緒的大衆民主主義の危険性とに抗しうる対抗要素が求められた。
 補論。『ノイエ・ツァイト』創刊に参加した行動的出版人ブラウンは『社会立法・統計雑誌』をウェーバーたちに売却する。こうして『社会科学・社会政策雑誌』が誕生する。なぜウェーバーは「修正主義」派ブラウンの雑誌を引きついだのか。しかもベルンシュタインはウェーバー・アルヒーフの創刊号以来の寄稿者となった。「世紀末」ドイツにおけるブラウン,ウェーバー,ベルンシュタインの3人の思想と行動の微妙な交錯をここに垣間みることができる。

 以上,詳しく著者の議論をフォローしてきた。すでに明らかなように,本書はこれまでの社会主義運動内,著者の捉え方でいえば「冷戦」的枠組みに縛られたこれまでの研究を大胆に打ち破り,新たなベルンシュタイン像を提出しようとした野心作である。課題の提示,視角の設定,論理の展開,明快な文章が本書の価値を高めていると思われる。特に第I部第3・4章はベルンシュタインの心中まで分け入るかのごとく,その思想が生まれ出てくる過程を想像力豊かに剔抉して見事である。
 以下,評者の指摘を述べさせていただきたい。
 第1点。なるほどイギリス亡命時代のベルンシュタイン(特に,そのイギリス革命史研究)を丹念に跡づけ,彼の思想が生まれ出てくる過程を明らかにしたのが著者のオリジナリティである。しかしながら,その結果提出された新しいベルンシュタイン像というのはつまるところ,平和時において,専ら先進資本主義国に適用可能な路線の提唱者としてのベルンシュタイン,即ち,西欧社会民主主義政党が自らの先駆者と位置づけたベルンシュタインではないのか。ベルンシュタインが亡命した世紀転換期のイギリス社会を現代大衆社会の先駆と据える視点,両世紀末の社会民主主義を直接対比する議論の仕方にそれは窺われる。
 そこでは,世紀転換期のベル・エポックと第2次大戦後の現代の間にはさまれた戦争と革命の時代のベルンシュタインがすっかり抜け落ちてしまっている。著者の筆は世紀転換期前後までで止まっているのである。第一次大戦勃発,ロシア革命,ドイツ革命,ワイマール共和国の誕生,ナチス台頭という戦争と革命の激動期をベルンシュタインは何を考え,どう活動したのか。(ベルンシュタインはナチスが政権を掌握する直前の1932年末まで生きながらえた。)筆者のいう「イギリス体験」によって獲得した思想的・理論的立場はまさに時代を画する諸事件の連続である激動期においても不変だったのか。変化があったとしたら何を契機にどのように変化したのか。
 第2点。著者も本書で述べているように(13頁),ベルンシュタインは思想家ではなく,レーニンやルクセンブルクがそうであったように職業革命家であった。従って彼の思索は全て実践的課題と密接に結びついていたと考えるべきではなかろうか。当時のドイツ社会民主党は,周知のように,マルクス主義的革命言辞と理念なきなし崩しの改良主義的実践の混合物であった。ベルンシュタインは後者を基礎づける新たな理論化を試み,左派のルクセンブルクらは反対に,革命原則に則って党の実践を鍛え直そうとした。またレーニンは『帝国主義論』によって資本主義の不均等発展を理論化する。新しい現実に直面して,彼らもベルンシュタインとは方向性こそ違え,従来のマルクス主義の見直しを行った点で共通していたのである。そうであれば,やはり当時のドイツ社会民主党,あるいは国際社会主義の潮流の中にベルンシュタインを位置づけなければ彼の全体像が明らかにならないのではなかろうか。著者がマルクス主義論争史から距離を取ることによって独自の視点を獲得されたことを承知の上で申し上げているのであるが。
 おそらくは著者が最も描きたかった,ベルンシュタインを中心に捉えることで見えてくる世紀転換期の知識人たちの思想的世界は,様々な想像を読者にかきたててくれる。その意味で著者のねらいは成功したのである。




みすず書房,1995年2月,I@+196頁+IIF,3,708円

ふくだ・とみお 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第447号(1996年2月)




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