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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



水谷 三公 著
『ラスキとその仲間−−〈赤い三〇年代〉の知識人



評者:福田 富夫


 「マス・インテリの論理と心理」(ii頁)について30年代イギリスに焦点を当てて描こうとしたのが本書である。対象とする時期は,労働党マクドナルド挙国一致内閣成立の1931年から,独ソ不可侵条約が締結され∃−ロッパで第2次大戦が始まった39年までである(22頁)。

 以下,各章の内容を概観してみよう。
 19世紀末から大衆が政治舞台に登場,この大衆を組織化し動員する必要が生じる。折から大衆ジャーナリズムも成立。それを媒介にして知識人がその用に供せられる。高等教育の普及により知識人が大量に輩出され,相互の競争が激化する。知識人間に不安と不満が昂進し,権力への思い入れが強まる。これが知識人を,当初の権力批判から権力ヘの同調に赴かしめる。以上が序章で述べられた本書全体の議論の筋である。
 第1章。 1936年に,ストレーチやラスキらの協力で,レフト・ブック・クラブという会員制の書籍廉価販売組織が発足し,ショー,ウェッブ,その他左翼理論の大衆的浸透に一役買った。しかし,これは「ソヴィエト型作家動員方式のヨーロッパ化」に他ならず,図書や執筆者の選定については共産党のフラクションが取り仕切っていた(64,78−9頁)。
 第2章。ソ連当局の報道統制。西側特派員は当局から特権地位を与えられる見返りに,報道の自己規制と迎合に陥り,農業集団化に伴う飢餓,粛清裁判についての事実を隠蔽する(176頁)。「真実」の抑圧と「虚偽の捏造」に関して,共産主義者とリベラル進歩派の間に利害と「大義」が共有される(173頁)。これが「スターリン路線」とは異なった政策を求めるソ連内部の勢力に精神的な打撃を与え,国際的孤立感を一層深めることになった(189頁)。
 第3章。ナチ・ファシズムの脅威が知識人たちを共産主義に赴かしめたという通説に対し,著者は,ウェッブ夫妻やコールらフェビアン協会員のコミュニズムヘの宗旨変えは集団化政策による飢饉や虐殺が猖獗を極めた30年代初頭であり,未だナチの脅威が顕在化していない時期であった,とする(245−6頁)。
 第4章。ラスキこそ,その言動の振幅の大きさからして,マス・ジャーナリズムゆえに可能になるマス・インテリという20世紀に顕著な現象のもっとも著名な事例の一つだった。
 終章。 30年代のヨーロッパ知識人の希望と幻想はソ連に託されたのに対し,60年の日本では中国に託された。「安保運動の過程を通して進歩派知識人の大きな流れは,共産中国の政治的・道義的優越,これに対する日米支配層の,帝国主義的・反民主主義的,反人民的「本質」を暗に仮定し,あるいは正面から主張する傾きが顕著だった。このバラ色顔料過剰な中国像を通して,社会主義の優越,資本主義の体制的欠陥をセット販売する気味も強かった」(344−5頁)。これらの人たちは,同時期中国の「大飢饉や組織的な政治迫害の事実」について無自覚であった。
 かくしてまた,同じ失敗が繰り返されたのである。

 本書の特長は,ソ連に肩入れした進歩的知識人の虚妄を,徹底的に暴露・批判するという著者の問題意識が最後まで貫かれていること,ラスキほか,ウェッブ夫妻,ヴァージニア・ウルフ,コール,B・ショー等々の著名人が多数登場するが,これらの登場人物たちの交渉・相互関係を通じて30年代イギリスの論壇状況の一端が明らかにされたこと,にある。
 また,著者の眼目は戦後日本のいわゆる進歩的知識人に対する批判にあると思われるが,著者の歴史観と人間観,それに並々ならぬ筆力によってよくその急所を衝いていると言えよう(16−7,102頁)。
 以上のことを確認したうえで疑問を提出したい。
 その第一は,なぜフェビアンたちが30年代初頭に共産主義に転向したのか。また,それに遅れて大量のインテリたちが左傾したのはなぜなのか。 30年代初めの急激な政治的気温上昇とそれに伴う水増しされたマルキシズムの氾濫がフェビアンの転向の要因というのが著者の説明であるが(22頁),また「30年代に深まっていく社会全体のイデオロギー化(241頁)」とも指摘されているが,それでは政治的気温上昇,あるいは社会全体のイデオロギー化は何によってもたらされたのか。インテリの左傾がナチ・ファシズムの脅威によるものではないというのであれば,もう少し整合性のある説明がほしい。
 第2点。ナチかソ連かという選択が無分別なことは当時から目利きには分かっていたと著者は言うが,何が一方ではリベラルに踏みとどまらせ,他方では共産主義に赴かしめたのか。著者の説明を聞きたい。

  最後に一言。憶測や状況証拠による印象づけは控えた方がよい(例えば,南京大虐殺,ラスキ爆弾投下事件等)。本書の価値を減じる。また「イデオロ」という用語や皮肉・揶揄・当てこすりの多用は文章の品位を落とす。なお,巻末の参考文献は役に立つものであることを付け加えておこう。
 





中央公論社,1994年4月刊,376頁,定価2,500円

ふくだ・とみお 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第434号



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