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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



埋橋 孝文 著
『現代福祉国家の国際比較――日本モデルの位置づけと展望



評者:藤田 伍一/大竹 晴佳



 日本における福祉国家や社会保障の国際比較研究は,著者が述べているように,「外国研究」と呼ばれるものに傾斜しがちであった。これらの研究は福祉先進国の一国を取り上げて,その福祉施策や社会保障制度の内容を吟味し日本と比較するものであったが,そうした比較によって得られる結論は日本は福祉後進国であるとか日本は福祉国家たりえないといったものであった。だが近年にいたりウェルフェア・ミックス論の影響もあって,日本の社会保障支出の低さと職域福祉の突出ぶりが注目を集めるようになった。すなわち国家福祉の比重の小さい福祉国家として日本が再評価されてきたのである。
 日本でも急速な高齢化の進展によって社会保障支出の増大は避けられないものとなってきているが,そのことによって日本が福祉国家化していくという結論を直ちに導くことはできない。社会保障支出の拡大は世界的な傾向であるが,その支出の中身に留意すると国による違いが鮮明になってくる。そうした福祉国家の差異に注目したのが比較福祉国家論であり,統一基準で多国間比較をすることによって従来の外国研究を越えた特徴を見いだそうとするものである。福祉国家の国際比較における日本の位置づけは依然として曖昧であって,本書の問題意識はまさにこの点に向けられている。そして比較福祉国家の類型化を通じて日本の位置づけを試みているのである。

II

本書は,第I部「家計構造の国際比較」,第II部「生活保障政策と福祉国家の国際比較」の二部から構成されており,個別の諸施策について比較している前半(第I部と第II部4〜6章)では,各国における福祉国家施策の制度的な比較にとどまらず実証的なデータに基づいた政策効果の分析をおこなっている。またそうした各論に基づいた後半(第・部7〜結章)では,福祉国家レジームとしての日本モデルを構築しようとの理論的な試みがなされている。また国際比較研究の方法論として以下のことが留意されている。第一に「実証的で分析的」な研究であること,第二に福祉国家施策の制度的な考察だけでなく政策効果を問うものであること,第三に国家福祉の与件としての人口・家族構造,雇用・労働市場をも視野にいれること,の3点である。以下で本書の構成と内容を紹介しておこう。
 第I部では,福祉国家の施策すなわち社会保障の“成果”を検証すべく,社会保障が生活の基礎単位である家計にどのような影響をあたえているのかに焦点が当てられている。第1章「生活の豊かさと家計構造」では,社会的固定費の分析から日本では家計支出面において自由裁量性が低いことを導き出している。そして教育費,住居費,老後生活費などの家計の支出構造に大きな影響を与える費目に対して公的政策がどのように関与していくかが生活の豊かさを追求していく上で重要であるとしている。
 一方,第2章「勤労者の家計収入と貯蓄」及び第3章「日本の所得分配と再分配政策」では,家計の収入面について論じている。ここでは先ず,実証的な統計データから日本における世帯の経済的基盤が企業に強く依存しており,社会保障を通じての国への依存度合いが希薄であること,また貯蓄の黒字率が高いものの貯蓄全体に占める自由裁量的貯蓄の割合が低いこと,など国際比較的に見た日本の勤労者家計収入の特徴を描きだしている。さらに80年代に入って日本の所得分配は不平等化が進んでおり,税・社会保障給付を通した所得再分配効果はこの間上昇してはいるものの移転前の第1次所得分配のジニ係数の上昇を相殺するほどではなかったことを指摘している。
 第II部第4章から第6章までは,∃−ク大学社会政策研究所の国際比較共同研究プロジェクトの研究成果をもとに,「家族の構造・機能の変化がどのような新しい政策的対応を必要としているか」という視点で論じている。第4章「生活保障政策の国際比較」はヨーク大学研究プロジェクトの分析的方法論に言及したものである。第5章「児童支援政策の国際比較」では児童手当に児童支援政策等を加えて「児童支援パッケージ」として考え,国際比較を通して日本の特徴を析出しようとしている。日本では企業が支払う家族手当が国による児童手当を代替しているのが1つの特徴であるが,それを考慮にいれても児童支援パラケージの水準は国際比較的に見れば低位にあり,さらに住宅事情・住宅政策の貧困と学校教育費負担の重さが水準低下に拍車をかけているとしている。
 第6章「ワンペアレント・ファミリーの生活保障」では,日本におけるローン・マザー(母子ワンペアレント・ファミリーにおける母親)の就業率が国際比較的に見て最高水準にあり,その勤労所得が日本のワンペアレント・ファミリーの主要な収入源になっていることを示している。今後,厳しい経済状況の中で,ワンペアレント・ファミリーに対する公的保障を充実する方向よりも,ローン・マザーの就業を促進する傾向が強くなると予想する。そしてパートタイマーの比率が高くなっていくため社会保障給付や養育費で補足するという形になっていくだろうと見ている。
 第7章から結章では,Esping―Andersenの類型論に依拠しながら,近似的な福祉国家レジームの照合作業をおこなっている。第7章「現代福祉国家の類型論と日本の位置」では脱商品化指標,社会的階層化指標,国家・市場・家族の相互関係という3つの指標に基づいて福祉国家をリベラル,コーポラティスト,ソーシャル・デモクラティックという3つのレジーム,タイプに分け,その中で日本の位置づけをおこなっている。その結果,日本のケースはコーポラティストとリベラルを混合したハイブリッド・タイプとして捉えられることになる。また完全雇用の維持という点に注目すると,ソーシャル・デモクラティック・タイプの側面も併せ持つと判断できるのである。ここで著者は日本における雇用・労働市場と福祉国家施策の関係が,Esping‐Andersenのいう“補完的関係”ではなく,雇用・労働市場の良好な状態が,福祉国家施策を肩代わりするという“代替的関係”を発見する。こうして日本を第四のレジーム・タイプとする可能性を示唆するのである。
 また,第8章「現代福祉国家の動態論と日本の特徴」では,1970年代半ば以降のいわゆる「福祉国家の危機」時代の変容をも考慮にいれたMishraの理論をベースに論じている。 Mishraは完全雇用を福祉国家のメルクマーレとして取り上げ,さらに社会保障を普遍主義的社会サービスと基本的最低生活の保障という性格の異なる2つの機能に分けて論じている。筆者はこうしたMishraの分析枠組みにヒントを得て,完全雇用の達成度合いと社会保障支出水準をもとに4つのケースに分けて「福祉国家の危機」前後での変化の様子を考察している。日本は80年代末の「危機」を挟んでなお低失業率で低社会保障支出というパターンを維持している唯一の国であり,完全雇用を福祉国家施策の重要な柱とする点で極めてユニークであると捉えている。
 結章「国際的視野からみた日本モデル」では,従来の類型論には収まり切れない性格をもった「日本のモデル」の特徴をハ邨こ纏めている。すなわち第1に,Esping―Andersenの類型論に日本を当てはめた場合,リベラル・コーポラティズム的性格を持つこと,第2に雇用・労働市場の良好な状態が社会保障の機能を代替するというワークフェア体制であること,第3に旧来の人口・家族構造や社会的規範によって,社会政策コストが少なくて済むという社会的な 「後発性利益」を持つことである。

 

III

 以下では第7章以降のマクロ的福祉国家論を中心に評者の感想を若干述べてみたい。まず評価すべき点としては第1に,国際 比較の基準である福祉国家施策の“成果”を検証する視点を挙げることができよう。筆者はHillとBramleyによる「福祉の生産モデル」に基づいて,これまでの国際比較研究が福祉のインプット(財源)や生産(社会保障の制度的枠組み)にしか注目しなかったことを繰り返し指摘し,アウトプット(提供される給付・サービス)や成果(政策達成基準)を検証することの重要性を強調している。こうした視点に基づいて第1部では,福祉国家施策の成果を個々の家計にまで降ろして分析しており,第II部前半の生活保障政策の国際比較では,単に制度的比較にとどまらずに政策効果の分析をも包含するものとなっている。さらに本書で論じている国際比較は,定量的な指標を基にした実証的データを重視した方法論に立つものであり,福祉国家施策の成果の検証に大きな説得力を生み出している。筆者は,何のための福祉国家か,という問いかけを発することによつて生活の豊かさと連動すべき福祉国家像を描こうとしているのであって,この問題意識が本書の大きな特徴となっている。
 第2に,筆者の現代福祉国家の定義からも分かるように,完全雇用政策を類型化の比較軸の1つに採用していることである。その上でEsping‐Andersenの類型規定において日本がソーシヤル・デモクラティック・タイプの特徴をも持つことに注目し,労働と福祉の代替的関係として日本モデルを特徴づけている。またMishraの国際比較分析からは低失業率で低社会保障支出といった日本の特徴を析出している。すなわち筆者は完全雇用を1つの比較軸とすることで日本を第四の福祉国家タイプとすることに成功しているのである。
 福祉国家が各種の福祉施策をおこなっていくためには,経済環境との兼ね合いがどうしても必要となってくる。ここで雇用状態が良好であるということは,国民が労働市場によってなんらかの所得や福利厚生を受けていることを意味し,福祉国家が各種施策をおこなう際の政策基盤となるものである。同時に,経済動向が順調であるということも意味しており,これは福祉国家の財政基盤となるものである。このように福祉国家では福祉と経済の両立が不可欠の条件となるのである。 Esping一Andersenがソーシャル・デモクラティック・タイプと分類したスカンジナビア諸国は,この点をうまく機能させることによって福祉政策を実現してきた。この点で完全雇用を比較軸として捉える筆者の視点は現実的な妥当性を持つといえよう。

IV

 次に,今後の研究の深化を期待して若干の注文も記しておきたい。第1は,福祉国家の理論的枠組みの検討が十分でないように思われることである。筆者は現代福祉国家を「雇用保障と,社会保障を柱とする所得再分配機構を不可欠の一環として内包する現代国家ないし現代社会の体制」と定義しているが,定義内容については自明のものとせず,一定の説明を補足する必要があろう。まず福祉国家体制はどのような価値をもつものなのか,その社会的・経済的意義について論点を整理して開陳すべきであろう。その上で,福祉国家はなぜ雇用保障と社会保障を桂とするのか,なぜ所得再分配機構を不可欠とするのか,についても積極的に論及すべきである。さらに本書はEsping一Andersenに依拠して類型差の指標に「脱商品化」と「社会階層化」を挙げているが,これは資本主義の運動メカニズムと発展プロセスにどのような意味をもつものであろうか。これらの点はEsping‐Andersenの福祉国家論の妥当性を吟味する場合だけでなく,福祉国家の歴史的生成条件や今後の政策展開の方向を探る上でも重要な意味を持つと思われるのである。
 第2は,日本モデルの大きな特徴である雇用の代替関係に関する論理が十分ではないように思われることである。筆者は日本の場合に「雇用・労働市場の良好なビヘィビアが福祉国家施策の機能を肩代わりする」という雇用と福祉の代替的関係を認めてきた。そうした関係で日本を福祉国家として認めるのは,筆者がウェルフェア・ミックス論に依拠しているためと思われる。敷衍すれば,国家福祉の考察だけでなく,家族福祉や企業福祉などを含めたフレームワークによって福祉国家と捉えているのである。だが,ウェルフェア・ミックス論を包摂することで福祉国家を規定するのであれば,雇用と福祉の補完・代替関係に加えて,国家福祉と非国家福祉との補完・代替関係についても精密な論理的考察が必要ではなかったかと思われる。
 雇用が福祉を代替するといった日本モデルがうまく機能してきた背景には,世界でまれに見る経済成長の恩恵があり,それを支えた日本的経営があったと考えられる。また筆者が社会的な「後発性利益」だとする日本の人口・家族構造に頼る部分も大きかったはずである。だが,ローン・マザーの雇用や派遣労働・非正規雇用の増大といった昨今の労働市場の流動化傾向に留意すれば,日本モデルのワークフェア体制は今後もこれまでと同様の機能を果たすことができるかは定かではないのである。福祉国家類型論の中に日本モデルを位置づけようとするならば,こうした変化も考慮に入れた新しい比較軸を構築することが必要となってくるのではないか。筆者の力量には定評があるので,近い将来にこうした課題を克服して研究を大成されることを期待したい。





日本評論社、1997年6月刊、3,000円+税

ふじた・ごいち 一橋大学社会学部教授
おおたけ・はるか 一橋大学大学院社会学研究科修士課程

大原社会問題研究所雑誌』第471号(1998年2月)



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