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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



法政大学大原社会問題研究所編
『日本労働年鑑』第62集


評者:藤井 昭三

 時間は過去から未来にむけてひたすら流れ続ける。とりとめもなく,時に衝撃的な事件を伴いながら。それらをどうとらえ,どのように意味づけるか。生き続ける身にとって,これが問題になる。
 時の流れに身をゆだねる中で,人の記憶は総じてあいまいだ。そこで,期間を区切って丹念に記録し,整理してくれる年鑑が,きわめて重宝なものとなってくる。まして,「労働」と銘打って,幅広く,ていねいに材料を整えてくれる本書は,まことに貴重だ。労多くして報いの少ない地道な作業を永年にわたり続ける関係者のご苦労には頭が下がるばかりである。
 そのことを大前提にしたうえで,請われるままに,92年版(第62集)に目を通しての感想と要望をあえて書くことにする。門外漢の印象批評にどれほどの意味があるのか分からないものの,読者や利用者が少しでもふえてほしいし,来年以降の版への参考にしてもらえれば,と願うからである。

タイムリーな特集
 本書の特集を楽しみにしているのだが,ことしは労組指導者に焦点をあてている。「ユニオンリーダーの属性と意識」と,表題は堅苦しく,読者の興味をひきそうにない。けれども,33頁にわたる内容はおもしろい。具体的で,説得力がある。
 年鑑を編集している法政大学大原社会問題研究所が独自に実施した調査をもとに,昔の別のいくつかの調査も援用しながら,労組リーダー層の実像に迫っている。わが国に長く続いた労働四団体の時代が終わり,主流の連合とこれを批判する全労連,全労協とに再編成されて3年ほどになる。それだけに,このような視点からの分析は時宜にかなっている。
 その際,まず仮説を三つ立てている。
 1) 近年の労働戦線の再編要因として,路線の違いのほかに,指導者の差異も影響している。総評・同盟・連合と全労連との間で大きい(人的再編仮説)。
 2) その結果,連合型,全労連型,無所属型の三つある(三類型仮説)。
 3) 背景に世代交代があり,戦後のわが国の労働運動の歴史では,いま第四の世代にあたる(第四世代仮説)。
 かなり常識的ではあるけれども,これらを豊富なデータで確認しているところがよい。日ごろさまざまな資料は散見される。だが,このように具体的に示されると,なるほどと得心させられる。

160万円で意識が違う?
 とりわけ,興味深いのは,民間大手の金属労協(JC)と全労連民間の労組指導者の年収の差が160万円あることだ。 780万円と620万円である。さらに,手当や福利厚生,年金などの差が加われば,「両者の運動姿勢に差が生まれてくるのも当然だ」という指摘は,これまであまり見かけなかった分析だろう。
 しかし,連合の官公労750万円と全労連の官公労670万円の差についてはどうなのか。年齢の差なのか,その他の理由があるのか,説明がほしかった。
 収入と支持政党については,社民連780万円,自民と民社がともに710万円,社会700万円,公明660万円,共産650万円,という順だ。「一定の関連を示唆しているようである」というが,これも誤差との関係を考えると,果たしてどうだろう。
 労組リーダーの支持政党は,民社四割弱,社会三割強,共産一割弱だという。連合と全労連での違いが大きいことと,それらは一般組合員の政党支持の分布と一致しないことだと指摘している。その通りである。
 かつて,勇ましい指導部とおとなしい企業内組合員との乖離を,「丹頂鶴」と皮肉った人がいた。こうした現象はいまもかなり残っている。労組の路線が左であるか右であるかを問わない。それの克服がいまの労働運動にとっての課題でもあろう。

常識を補強する結論
 はじめに立てた三つの仮説について,この特集は結論で「説」に昇格させている。
 1) 人的再編説 運動路線が違う連合と全労連の指導者とでは,政治意識の違いが大きく,「この点での相違によってナショナルセンターが別個のものとして形成されたともいえるのではないだろうか」という。
 2) 三類型説 収入が比較的に高く,行政や経営者ともネットワークを持ち,企業とのつながりの深い連合のリーダー(民間大企業主導型),行政から疎外され経営者とは一線を画し,職業的組合幹部としての色彩が濃い全労連のリーダー(官公労・中小提携型),この両者がまだ分化していない無所属労組のリーダー(混合型)――に分かれる。
 3) 第四世代説 敗戦後から総評結成までの第一世代,50年代からの「総評時代」を担った第二世代,その間に育ち,組合の主導権争いで頭角を現し,民間「連合」結成までの第三世代,に続いて,いまの連合結成に前後して登場してきた人々だとする。激しい争いを,組合内部でも労使間でも経験しない点で,「戦争を知らない」世代とみる。
 こうした人たちが,「労働運動に何をもたらし,どのような可能性を切りひらくのか,それとも新しい問題を投げかけることになるのか。その検討は,また別の課題である」と,特集は結ぶ。同感である。
 労働界が再編されたあと,どのように変わってくるのだろうか。また,何年かあとで追跡的な調査を期待したい。

盛り沢山の項目
 むろん,本書の特色はこの特集だけにあるわけではない。幅広く丹念に集めて整理されたその他の項目に,むしろある。
 その内容に目を向けると,「政治・経済の動向と労働問題の焦点」を序章に
 第一部 労働経済と労働者生活
 第二部 経営労務と労使関係
 第三部 労働組合の組織と運動
 第四部 労働組合と政治・社会運動
 第五部 労働・社会政策
の柱だてとなっている。これに91年の社会・労働運動年表,さらに付録として組合名簿や統計図表などがついている。
 各部ごとの,きめ細かな項目に触れる余裕がここではないが,それぞれに丹念にフォローされており,動きを読みとるのに便利である。
 一例だけとれば,第二部の「経営労務と労使関係」では
I 経営者団体の動向
 1賃金 2労働時間 3雇用 4社会保障 5政府・政党との関係 6労使関係 7国際交流 8その他
II 経営労務の動向
 1経営者の関心 2労働者の意識変化と労働力問題 3時間短縮への対応 4女子の人事労務 5高齢者の処遇と雇用制度 6企業内福祉制度の状況 7グループ経営と人材育成 8グローバル企業の国際人事管理
III 主要産業の動向
 1鉄鋼 2自動車 3電機・電子 4造船・重機 5商業・流通 6金融 7交通・運輸 8建設
といった内容だ。これらがさらに数項目ずつに分けて記述されており,読みやすい。
 こまかな部分での不満を強いてあげれば,いま話題のセクシュアル・ハラスメント(性的いやがらせ)への言及が見当たらない(女子の人事労務やグローバル企業の国際人事管理)のは残念だ。この問題は改めて,特集ででも採り上げてもらいたいものである。

利用者はだれなのか
 このほか,気がつくままにいくつかをあげてみると,第四部「労働組合と政治・社会運動」の「III社会運動の状況」の項目で,戦後補償の動きにまで触れられているのには感心する。
 だが,第三部「労働組合の組織と運動」の「IV国際労働組合運動」の項で,世界労連の記述がほとんどないのは,なぜなのか。冷戦構造が崩れたこの激動の中で,一方の旗頭だった世界労連がどうなっているのか,労働年鑑なら,もっと触れてほしい。
 けれども,限られた分量の中に,何を盛り込み,何をはずすのかは,まことに難題である。読む側にとっては,見やすくて便利ならば,それでよいのだが,関心のありようはそれぞれに違う。
 その点,全体で500頁近くになるのは,記録性を重んじることからはやむを得まい。しかし,活字が小さすぎないか。老眼のすすむ目には,いささかしんどい。といっても,活字を大きくすると,同じ分量を載せるのに頁数は当然のことながらふえる。似たような印刷物を発行する企業に身を置いているので,その悩みは痛いほど分かる。
 そこで,いったい利用者はだれなのか,が問題になる。 12,000円という定価も,個人が買うには高すぎる。また,読み物なのか,記録なのか。こうした根本にかえった編集方針の論議が絶えず行われているに違いない。けれども,編集する側とは別の,利用する立場から,改めて,関係者にこの課題で真剣に討議されるよう訴えたい。
 長い歴史をもつ年鑑であり,継続性は何よりも大切である。類書が皆無に近い現状からしても,その役割はまことに大きい。
 できるだけ多くの記録を,読みやすく,しかも手ごろな値段で,というのは無理難題にすぎよう。それを本業を別にもつ人たちに求めるのは,さらに気がひける。にもかかわらず,何とか努力のほどを,と切に願う。




ふじい・しょうぞう 朝日新聞論説委員

『大労働旬報社,476頁,1992年6月,定価12,000円

原社会問題研究所雑誌』第410号(1993年1月)



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