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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



高藤 昭 著
『社会保障法の基本原理と構造』



評者:笛木 俊一



(1) この度,高藤昭教授によって上梓された『社会保障法の基本原理と構造』(以下『原理と構造』)は,同教授が1970年代初頭から取り組んでこられた社会保障法研究の「一応の到達点」を踏まえた理論的な体系書であり,その特徴は,1)「社会保障法を支配するより根本的な原理」として,「国家と国民間の縦の関係」を規定する「生存権原理」に加えて,社会保険の基礎にある「国民相互間の横の関係」を規定している「社会連帯原理」に着目したうえで(25頁),2)その両原理を踏まえて,「政策を指導し,誘導し,あるいは規制する法的規範」とその具体的な「構造」の究明(9〜10頁)を目的とする「法学としての立法論」を体系的に展開するとともに,3)この社会連帯原理をさらに 「国際的連携」原理へ発展させることによって 「国際的社会保障法理論の確立」を試みているところにある。
 したがって,本書評の本来の課題は,この3つの論点( 1)社会連帯原理の提起,2)立法論的提言の重視,3)国際社会保障法論の展開)に対応している第1部・総論,第2部・各論(第1章・所得保障法〔高齢保障法,障害保障法,失業保障法,労災保障法〕,第2章・健康保障法,第3章・住宅保障法)および第3部・国際社会保障法論の内容を全体として紹介するところにあると思われるが,紙幅の関係から,ここでは2)の立法論に関する高藤教授の問題関心の所在に触れたうえで,従来の社会保障法学の研究状況を踏まえつつ,1)の社会連帯原理の問題に焦点を当てて,その現代的な意義について検討してみたい。

(2) 立法論に関する高藤教授の問題関心は,教授がかつて衆議院法制局の参事として立法作業に携わっていた経験を踏まえたものであり,特に本書で提起している社会保障法の基本原理と法体系の「見取り図」は,同教授が1991年に「法学」のテキストとして著した『福祉法学−福祉国家の法と生活−』(学陽書房)のなかで,より広い視野から展開されている。すなわち,同書の基本的な視点は「夜警国家(市民国家)」と「市民法」の段階から「福祉国家(社会国家)」と「社会法」の段階へ発展していく法の動態的な「変遷」の解明に置かれており,そのうえで憲法・民法・刑法・行政法から労働法・社会保障法・消費者保護法・環境保全法,さらには国際法にいたる全法体系のなかで社会保障法の位置を示すとともに(「市民生活の法的構造」図を参照,99頁),とくに「福祉国家のシンボル的存在」としての社会保障法については,「制度別体系」を「単に制度の類型を並べた」ものに過ぎないとして退け,「給付内容別体系」として(1)所得保障法〔 1)最低生活保障〔(a)一般最低生活保障,(b)生活障害別最低生活保障法,(c)最低特別支出保障法〕および2)生活維持保障〔(a)老齢保障法,(b)障害保障法,(c)遺族保障法,(d)傷病保障法,(e)労働災害保障法〕)と(2)健康保障法の2部門による法体系を示しているが(『原理と構造』では,第3の領域として住宅保障法が加えられている),こうした説明方法の基礎に,社会保障法の目的と保障内容にそくした立法論的な法体系(保障内容別体系論)を重視する同教授の問題意識があり,その前提として,社会保障法の基本原理の内容が重要になってくることは当然であろう。
 そのうえで,同書では公的扶助とならぶ社会保障の「源流」である拠出制の社会保険の基礎に「高所得者が低所得者の,使用者が労働者を援助する」という「社会連帯関係」があることを強調し(118頁),社会保障法を「国の責任と社会連帯原理によって,すべての住民に対し,すべての生活障害について,包括的,統一的な保障給付をなす」ための法の体系と捉えているが(121頁),こうした定義の仕方によると,生存権は「国民の側」から「国の責任」を導き出すための基本原理にとどまり,社会保障法に固有の基本原理としては,むしろ社会連帯原理の方に比重が置かれることになる。

(3) ところで『原理と構造』によると,高藤教授がこのように立法論を重視するなかで社会連帯原理に着目するようになった1つの契機は,1983年に故福武直教授(社会保障研究所長)が従来の社会保障理論を権利論,制度論および機能論の3つに分けたうえで,とくに権利論を「生存権に依拠して社会保障の低さと狭さを攻撃」する理論であり,現在ではその「有効性」を失っていると批判したことに対して(福武「社会保障と社会保障論」〔社会保障研究所編『社会保障の基本問題』東京大学出版会〕。同論文は,同研究所編『リーディングス日本の社会保障1・総論』〔有斐閣,1992年〕に再録されている),それを「社会保障法学の方法への批判」として積極的に受け止めようとしたところにある(こうした問題関心は,坂本重雄『社会保障と人権』〔勁草書房,1987年〕,籾井常喜 「社会保障法学に問われているもの」〔日本社会保障法学会『社会保障法』第6号,1991年〕,遠藤昇三『「人間の尊厳の原理」と社会保障法』 〔法律文化杜,1991年〕にもみられる)。
 すなわち,従来の社会保障法研究には,大きく分けて権利体系論(小川政亮教授)と法体系論の2つの系譜があり,後者については,さらに保障制度別体系論(故角田豊教授,佐藤進教授)と保障内容別体系論(荒木誠之教授)の2つに分類することができるが,朝日訴訟・最高裁判決(行政裁量論)から堀木訴訟・大阪高裁判決(憲法25条1・2項分断論)および同・最高裁判決(立法裁量論)への展開のなかで,改めて権利体系論と法体系論の関係が問われることとなった。そして,この点を早くから指摘していたのが籾井教授による生存権保障の「二重構造的把握」という考え方であるが(『社会保障法』総合労働研究所,1972年,同編『社会保障法』エイデル研究所,1991年),高藤教授の場合には,憲法25条1項の「最低生活」の保障という考え方は理解できるものの,2項の「社会保障」の文言が「意味不明」であると指摘したうえで(12頁),とくに2項に対応する「規範原理」として着目しているのが,拠出制の社会保険の基礎にある社会連帯原理である。
 なお,その論証方法として,本書では,(1)社会保険の基礎にある社会連帯原理の存在形態を明らかにする作業と,(2)それを社会保障の歴史的な発展のもとで捉え直すという2つの作業をおこなっており,(1)については,1)拠出と危険発生率の関係の切断(危険のプール化)と所得・資産比例拠出の導入,2)保険金額と拠出額との比例関係の切断(受給者のニードを重視する最低保障制,自動スライド制など),3)保険財政における賦課方式の採用(世代間社会連帯関係の全面的展開),4)被用者保険への事業主の費用負担の導入という特質を指摘したうえで(24頁以下),これらは「一生活集団内における相対的強者が相対的弱者を援助する関係」であるとする(30頁)。そして,(2)については,社会連帯原理の「根源」には,さまざまな共同体に内在する「人間的愛情」(家族共同体における肉親愛や同族愛,地縁的関係から生ずる隣人愛や同業者集団内における仲間愛,理性的な博愛精神)があるが,「孤立的個人によって構成される近代市民社会の市民法原理のもとでは,こうした社会連帯原理は「表向きの理念」として否定されてしまう。 しかし,実際には初期の段階から「慈善団体」や「共済組織」などの杜会連帯原理にもとづく「中間団体」が「地下組織」として発展してきており(31頁以下),一方で,そうした「中間団体」が否定されたために,国家は生存権原理にもとづいて「個人の生活」を保障せざるをえなくなるが(39頁以下),そのことは同時に,社会連帯関係を社会構成員全体への「援助義務として規範化し,法のなかに取り入れ」ることを意味しており(13頁)、その結果,「両原理の意識的止揚,統合」によって社会保障法が成立してくるとされている(43頁)。
 つまり「社会保障法発展の歴史は国家独自の国民に対する生活保障責任の拡大であるとともに社会連帯関係の国家的制度への取り込みとその強化の歴史」であり(45頁),社会保障法とは 「社会連帯原理および生存権原理に立脚し,すべての住民の,すべての基本的生活部面について,社会ないし国が統一的な保障をなす法の体系」であるというのが(49頁),高藤教授の結論である。

(4) こうした高藤教授の社会保障法理論は「フランス社会保障法学の影響」を受けたものであり,これはドイツ社会法論における生存権概念をモデルに構築されてきた従来の憲法理論に対して(小林直樹『憲法の構成原理』東京大学出版会,1961年,大須賀明『生存権論』日本評論社,1984年),フランス社会法論をモデルとして展開されている中村睦男教授の生存権論(『社会権法理の形成』有斐閣,1973年)を想起させる理論と言えるであろう。
 ところで,フランスの「社会連帯」という考え方は,すでに1910年代半ばから20年代初頭にかけて,当時の社会政策論研究におけるドイツの生存権思想の導入(福田徳三)に対抗するために,内務官僚によって社会事業の理論基礎として採り入れられており(田子一民,山崎巌),その社会事業理論が現在の社会福祉立法にも大きな影響を及ぼしてきている(職権主義と反射的利益論)。
 しかも最近では,国民の生存権と国の義務を強調した社会保障制度審議会の1950年勧告の「見直し」を目的として設置された同審議会・社会保障将来像委員会の第1次報告(1993年2月)のなかで「21世紀に向けての新しい社会連帯」という考え方が強調され,また高齢社会福祉ビジョン懇談会の報告(1994年3月)のなかでも「国民一人一人の自立と社会連帯の意識」や「自助,共助,公助の重層的な地域福祉システムの構築」という点が強調されており,それに対しては,生存権原理を擁護する立場から批判されることが多いが(『賃金と社会保障』1103〜05,07,31,33,34号),本書では,こうした社会連帯原理・対・生存権原理の対抗関係としてではなく,むしろ両者を統合していく方向が示されており(高藤教授の場合は,前記第1次報告が社会連帯原理をうちだしてきたことに「異存はない」としつつも,その内容に具体性がないことを批判している,同誌,1104号)、今後の社会保障法学に対して重要な研究課題を提起していると言えよう。







法政大学出版局,1994年2月,343頁,5,099円

ふえき・しゅんいち 日本福祉大学社会福祉学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第432号(1994年11月)




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