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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版




Jack Jones
Union Man: The Autobiography of Jack Jones




評者:浅見 和彦




 ある国の労働運動の一時代が特定の運動家の人物名と結びついて記憶される場合がある。それは,ヨーロッパの大陸諸国であれば,その国の社会主義政党の指導者やナショナル・センターの書記長であろう。ところがイギリスでは,そうした時代は労働党の党首やTUC(労働組合会議)書記長の名前ではなく,巨大組合の指導者の名前によって記憶される。本書の著者ジャック・ジョーンズは明らかにそうした人物のひとりである。
 運輸一般(TGWU)の歴代書記長のなかでは,すでに三人の伝記が書かれている。初代アーネスト・ベヴィン(A.Bullock,The Life and Times of Ernest Bevin),二代目のアーサー・ディーキン(V.L.Allen,Trade Union Leadership),四代目のフランク・カズンズ(G,Goodman,Awkward Warrior)のものである。いずれも,ひろい意味での研究者の手になる伝記であった。それにたいして,第五代書記長ジョーンズの本書は初めて自伝として公にされたという特徴がある。
 評者は,本書の刊行を知らせる記事がTGWU機関誌『レコード』に出たとき,ただちに出版社に注文したのに,一年近くもたってから売切れの返事をもらうという運の悪い結果になった。そのため,この書評は大原社会問題研究所に入ったものを利用した。組合関係にはいくらか残部があるにしても,多くのイギリス人に読まれたようだ。

II

 ジョーンズは1913年にリヴァプールで生まれ,ジェームズ・ラーキン・ジョーンズと名づけられた。ジェームズ・ラーキンは元全国ドック労働者組合(NUDL,1922年のTGWU結成時にその中心になった組合のひとつ)のオルガナイザーで,1909年にはアイルランド運輸一般(ITGWU)を創設した人物である。ジョーンズの父親はNUDL(ついでTGWU)の組合員であり,NUDL時代のラーキンを知っていた。また,ジョーンズの兄も合同蒸気機関車運転士機関組合(ASLEF)の組合員で,父や兄の組合の機関誌を読みながら成長する。
 14歳で学校を出ると,最初リヴァプールで機械工の見習いとして働き,その経験から組合活動の必要を自覚するが,熟練工の合同機械工組合(ASE)に加入をこばまれ,TGWUの動力グループに入る。だが,そのようにして入ったTGWUでも,リヴァプール地本の専従役員には,かれの活動は好ましいものではなかった。それでも,港湾,長距離トラック,金属労働者へのオルグ活動を展開。その後,地本委員の在任中1938年に国際旅団のメンバーとしてスペイン内戦に加わり負傷。翌年帰国し,スペイン戦争で夫を亡くしていたエヴリンと結婚。
 この1939年に,TGWUのコヴェントリー地区専従書記として着任する。このコヴェントリーこそ,かれが産業民主主義思想を醸成し,自動車産業を中心にその実践をおこなう舞台であった。ジョーンズが指導した,ここでの労働運動は,第二次世界大戦期のイギリス労働運動にとっても,戦後の労働運動にとっても,きわめて重要な意味をもつこになる。また,コヴェントリーはTGWUの主要な前身のひとつ,旧労働者組合(WU)の拠点であり,TGWU史の重要な舞台でもあった。
 そして戦後,第五地本書記長としてコヴェントリー方式の運動を(少なくない専従役員たちの無気力とたたかいながら)ミッドランドに普及する。また,スタンダード・モータースでは有名なオートメーション・ストライキを指導。TGWU本部の風向きを変え,労働党にも影響をあたえたフランク・カズンズの書記長選出後に本部入りし,事実上ナンバー3となる。中央執行委員会とその小委員会への精力的な参加,地本書記長会議の招集,さらに全国各地の専従役員,ショップ・スチュアード(職場委員)たちへのオルグ活動―これらによってベヴィン=デイーキン書記長時代の集権主義・官僚主義を批判し,コヴェントリーの経験を応用した斬新な改革を実行していった。 1969年,書記長に就任。マスコミからは「ジョーンズ帝王」と呼ばれるが,「社会契約」型労働運動の実験に失敗。 1978年に退任。この間,TGWUの組合員数は,60年代末に150万人を超え,70年代末には200万人以上というピークをつくった。現在もTGWU「退職者の会」(RMA)会長であり,なおユニオン・マンとして活躍中である。

III

 大きな著作だけに取りあげるべきことは多いが,ここでは二つのことだけを感想として書いておきたい。
 一つは,労働運動家としてのかれの思想――産業民主主義という思想についてである。
ジョーンズの賃金(闘争)論というのは,たしかに一つの「生産性賃金」論だが,雇用主たちに見られる,高生産性をあげれば高賃金をだそうという論理ではなく,それをひっくりかえした,高賃金こそ高生産性をうむのだという議論である。だから,かれにとっては「生産性交渉」なのであって,「生産性向上運動」ではなかった。これは,コヴェントリー時代から,あるいはすでにリヴァプール時代から一貫していた(70年代初めまで,自動車産業の賃金形態は集団出来高制であった)。これが一つの柱となって,産業民主主義が理論的に位置づけられている。また,かれが重視したショップ・スチュアードと組合民主主義も,この産業民主主義論のもう一つの重要な柱なのである。自動車産業における労働組合や港湾における雇用近代化は,その成果であった。(なお,かれの産業民主主義論はコミュニテイ民主主義論とむすびつく)
 とはいえ,ジョーンズに代表されるこうした左派労働運動家の産業民主主義論とそのための基盤の限界を露呈したのが,実は70年代の労働党政権とその下での「社会契約」型労働運動であった。保守党政権のサッチャー主義に対抗して,新しい質をもった労働運動を展望するには,ジョーンズらのもった限界,その基盤にも目を向けなければなるまい。
 もうひとつの感想は,労働運動指導者をはじめとした人物像についてである。評者は,労働組合組織論への関心から,TGWUの成立史を研究したことがあるものの,イギリス労働運動史については知らないことが多い。だから本書によって,これまで断片的に知っていた事実につながりが与えられ,より鮮明なイメージをもてるようになった人物や事件も多い。
 例えば,ベヴィン,ディーキン,カズンズの歴代書記長,ハリー・アーウィン(ジョーンズのもとでの書記次長),アラン・ロー(ミッドランド地本のトラック運輸担当のオルガナイザー)といったTGWUの指導者や,トム・マンなど他の労働運動家との関係でも,新しく知ったことがある。
 同時にジョーンズのそうした人物に対する率直な評価も知ることができる。例をあげれば,ベヴィンとは意見が一致しない場合も少なからずあったが,かれは優れた交渉能力をもった人物であり,雇用主のために利益をはかる連中とは異なる人物であった,と書いている。またレス・キャノン(EETPU書記長)がジョーンズに勧めたキューバ葉巻きを断るというように,ちょっとしたやりとりで相互の関係が窺える場面もいくつか描かれていておもしろい。さらに労働運動家だけでなく,経営側の人物にたいする評価にも関心をひかれる。ジャック・スキャンプという人物の場合がそうで,そこにはジョーンズの産業民主主義論が経営者に対する評価として投影しているのがわかる。
 このように本書は,戦前,戦時中から戦後,そして70年代に至るジョーンズの活動と思想はもちろん,この時期のイギリス労働運動史,とくにTGWU史について知ることができ,また労働運動家や経営者の人物像についても窺うことができる。専門研究者の目からすると,物足りないと感じる点もあるだろうが,それは自伝の著者の責任ではない。邦訳がなされれば,たくさんのとはいわないまでも,然るべき数の読者が得られるのではないだろうか。





William Collins, Glasgow,1986, 351 pages, £15.00

あさみ・かずひこ 法政大学大原社会問題研究所兼任研究員

『大原社会問題研究所雑誌』第361号(1988年12月)



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