OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所
 

『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



竹中恵美子 著
『戦後女子労働史論』



評者:荒又 重雄




 本書は,現代日本の女子労働の研究にかんする第一人者,あるいはそうした人々の一人としてつとに著名である著者,大阪市立大学竹中恵美子教授がこれまでの研讃の成果を集大成されたものと考えられる大著である。史論とは言いながら,戦後女子労働を三つの時代に分けて詳細に分析した「第II部,戦後日本の労働市場と女子労働」のまえに,「第I部,現段階の女子労働論争」が配されており,そこには,近年の国際的なフェミニズム運動と結び付いて展開したマルキスト・フェミニストたちの議論,とりわけ労働者主婦の家事労働の社会的性格や経済的意義をめぐる理論活動と,国連婦人の十年といった動きにあらわれさえした婦人解放運動の現実的力と結び付いて展開した,雇用における性差別克服・男女平等達成の政策動向とに関する,詳細な研究が集成されている。ここに著者の理論家としての深い責任感と,一世代の研鑽の成果をかけてなされている発言の力強さとを読み取るのは,評者のみではないであろう。
 また,戦後民主主義の中で女子労働の研究を志し,問題を抽象的な商品価値論の世界から広い労働市場論の世界へと解放し,経済生活の領域における男女関係の民主主義をもとめつつ日々研讃した結果としてのいわば最後の言葉が,「女子の賃金問題−低賃金と差別賃金−を解決するための今日的課題は,たんに男女同一労働同一賃金の実現に留まらず,女子に対する短期雇用管理を排除し,真の労働権の確立のための社会保障と,雇用,配置,昇進,職業技術訓練についての男女の均等待遇を労働協約化するなどの,多面的な課題と切り離しては解決できない」(282頁),というものであり,日本の通称「男女雇用機会均等法」実施下の事態にたいする著者の把握のエッセンスが,「主な大手企業系列の人材派遣・紹介業者」の一覧表(314〜315頁,表8―12)や銀行の女子従業員の中の「総合職の女性行員数」(336頁,表8―19)への注目に示されているものであることに,評者は深く共感し,かつ同意するものである。
 そのことを表明したうえで,評者としては労働問題の専門学術雑誌に書評を書くという機会の意味を考慮して,本書に関連して二点発言したい。第一は,著者が「まえがき」で「労働市場論なき賃金論,さらに労働力の再生産構造(家族)との接合を欠く労働市場論への批判的視点は,こんにちまで私のつよいモチーフとなっている」(p. ii)と述べているにもかかわらず,二つの視点のうち後者は,第II部の歴史的考察の中で必ずしも生かされていないように思われることである。つまり家計の構造や家族内の「役割分業」の性格が婦人労働の賃労働化によぼす影響についての研究で補足される必要があるように思われるのである。
 比較的均一化されている住民の範囲内で考えれば,家計に対する妻の貢献は,全体としての家計の規模と平行するであろう。夫婦が双方とも健在である家計の規模は,妻無職の世帯,妻パート雇用の世帯,妻常勤の世帯の順序で,次第に大きくなるであろう(多摩ニュータウンにおける生活時間調査のサンプル。伊藤セツ・天野寛子編著『生活時間と生活様式』,光生館,1989年,26頁)。しかし,そうした場合でさえ,夫のみの収入を見れば,妻無職の世帯,妻パート雇用の世帯,妻常勤の世帯の順で,次第に小さくなっているのである。
 そうしたデータを家計の性格も居住の地域も広い範囲でとれば,また違った光景に出会うのである。鎌田とし子が「就職構造基本調査」から作成した表によれば,一般世帯を配偶者有業世帯と無業世帯にわけると,世帯所得の頻度の分布はいずれも同じ収入階層においてピークとなるばかりか,頻度においても一致し,そのうえで,配偶者無業世帯の収入分布の方が有業世帯のそれよりも収入の多いほうへ偏っている(鎌田とし子編著『転機に立つ女性労働』,学文社,1987年,130頁)。全体としての日本社会の中に占めるダブル・インカム世帯の位置,中流化社会を支えた女子労働の役割が彷彿とするであろう。
 出生コーホート別に女子の労働力化率の加齢変化を見ると,興昧ある事実に出会う。アメリカについて見ると,後に生まれた世代ほどM字型の中間点の落ち込みが浅くなっていくことが,20世紀に入って以後は,傾向としてほぼ一貫している(G.マズニック,M. J.ベイン『アメリの家族』,多賀出版,1986年,96頁)。ところが日本の場合,ごく最近まで,M字型の落ち込みが深まっていく動きがあったのである(大橋勇夫,荒井一博,中馬宏之,西島益幸『労働経済学』,有斐閣,1989年,6頁)。高度経済成長の過程は,女子雇用の急進展の過程であったばかりでなく,同時に,第1次産業の縮小を反映する女子の主婦化の急進展の過程でもあったのである。
 評者が特にここで発言しておきたいもう一つの点は,「機会の平等」と「結果の平等」の関係についての議論である。著者は評者たちの批判を考慮に入れたうえで,「あえて『結果の平等』という概念をもちだしたのは」,「性別分業のシステムそのものを変えていかないかぎり,『機会の平等』が『結果の平等』に結びつかないことを主張」するためであり,それが「実質的平等概念に内容において等置されてよい」とおもわれるからである,とのべている(153頁)。評者は,結果の平等は機会の平等の深化を介して追求すべきだと考えており,機会の平等を著しく毀損するようなやり方で結果の平等を追求することに反対なのである。評者の以前からの批判は,ILO 156号条約や165勧告の想定している状態と,アメリカのアファーマティヴ・アクションの内容をなすアロットメント・システム,あるいはクオーター・システムのもたらす状態とを区別し,前者のコースをこそ追究すべきだ,というにあった。後者のコースに比べて漸進的で穏健であることは否定できないとしても,前者のコースだとしても,現存する男女の固定的役割分業の改変を想定しているものである。現実の労働市場が,建前としての無差別の法則が泣くような,女性達から見て理不尽な差別を慣習的に引きずっているとしても,それを除去するとして権力的に労働市場を分割する結果になっては,労働市場のせめてもの徳さえもが傷付けられることであろう。
 評者は,先のILOの基準と,それを実質化出来るような男女の労働基準と,狭義の母性保護を含む次の世代の養育の社会的責任体制と,多様な雇用形態間の自由な選択と流動,時間当たり労働コストの均等化,そして,企業・職場の階層間格差の縮小などをとおして,つまり機会の平等の深化をとおしてこそ,結果の平等は求められるであろう,と言いたいのである。階層間格差の拡大,男子,特にそのキャリアたちの過度労働をそのままに,ただ上位の職種ポストの両性間への権力的配分だけが進行するならば,両性間の権力抗争を媒介にして結果として現れるものは,ただ,以前のような上流社交婦人達に加えて,あたらしくキャリア・ウーマンの一軍をも脇に従えたブルジョアジーと,彼らからますます階層的に隔絶されていく男女労働者大衆よりなる社会であるだろう。




1989年1月,有斐閣,7,000円

あらまた・しげお 北海道大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第373号(1989年12月)



先頭へ
書評一覧へ
電子図書館へ
研究所ホームページへ