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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版


国武 輝久 著
『カナダの労使関係と法』



評者:秋田 成就


 本書は,カナダの労使関係をめぐる法的関係について労働法および社会法の領域にわたる広い視野に立った専門的研究書である。最近,カナダとわが国の産業,貿易関係の拡大および両国間の文化的交流の深まりを反映してカナダに関する著作がわが国でも相当に出版されるようになった。とはいえ,社会科学の分野では欧米諸国に比して遥かに少ない。特に労働法の分野では本書が最初の著作といってよい。労働法学者でカナダを主たる研究対象としている者は未だ少ないが,本書は著者の15年に及ぶカナダ法研究の集大成であって,出るべくして世に出た書物ということができる。本書はカナダ本国においても高く評価され,第1回の「カナダ首相出版賞」を受賞するに至った。本書の水準からして当然の受賞であるが,わが国の労働法に関する比較法研究書でこの種の国際的受賞を得たのは本書が最初であり,これにより労働法及び労使関係学界に与える刺戟には少なからぬものがあると思われる。
 本書の構成は次のとおりである。第1章 カナダ連邦労働立法の歴史的展開,第2章 団体交渉制度,第3章 不当労働行為制度,第4章 公務員労働法制,第5章 カナダ郵便事業とその労使関係,第6章 カナダ新憲法と労働法,第7章 カナダにおける労働組合とその政治活動,第8章 カナダにおける年金改革の動向,第9章 カナダにおける失業保険制度改革。
 なお,巻末に,資料として「カナダ労働法典第5部―労使関係」が収録されている。これは,同国の統一的な労働法典の「労使関係に関する規定」として1972年に成立,編入された法律でカナダの現行労使関係法(1978,1984年に一部改正)め全訳であり,本書全体特に第1〜3章の理解にとって不可欠の資料である。アメリカのタフト・ハートレー法やわが国の労働組合法と比較して読むと大変興味深い。
 本文の,第1章から第6章までは労使関係法に関連し,第7章は労使関係の一方の当事者として強力な勢力をもつカナダの労働組合組織の運動,とりわけ政治活動を扱う。
 第8,9章は社会法の領域に属する年金と失業保険制度を扱っている。著者が,本書の題名を「カナダの労使関係法」と限定せず,「労使関係と法」と名づけたのは,このように社会法一般の広い分野からカナダの実情を究明する方法を採ったからである。

 第1章では,カナダの独立後の最初の連邦労働立法である1872年の「労働組合法」の成立から今日に至るまでの集団的労使関係法の発展史が詳しくフォローされている。「世界一のストライキ王国」と評されるほどに労働争議が激しい(年間1,000件以上)カナダでは1900年の「争議調整法」に始まり,「労働争議調査法」,「労働関係争議調査法」を経て現行法(労働法典第5部)に至る争議調整立法の改廃があったが,著者は,その中に国家の争議への積極介入主義とアメリカ型の団体交渉・不当労働行為制度という団結助成主義の二つの流れを見出し,両者が渾然一体となっているところにカナダ法の特色を求めている。適切な視点というべきである。介入方式といってもカナダの調整立法は,まず争議の実情を公表することによって世論に働きかけることである。過去の長い歴史の中でそれはある程度,成果を挙げてきたが,今日の厳しいカナダの労使関係の下で果してうまく機能していくかどうか,その将来について著者はむしろ悲観的であり,「一つの曲がり角に立っている」とみている。その理由として,著者はインフレの昂進や失業率の上昇等の経済的要因の外に,カナダ特有の「社会的・政治的・文化的価値意識」の分裂と混乱を挙げている。労使間の価値意識がどのように分裂しているのかは,本書では必ずしも充分に解明されていないが,カナダの専門的研究者ならではの指摘である。筆者としては,地政的に一帯でほぼ同じような経済的環境を共有しているアメリカの組合と国際的組織を作っているカナダの組合が,争議に際してしばしば遥かにラディカルな傾向をもつのか,その具体的背景を知りたいと思った。

 第2,3章で扱われている団体交渉および不当労働行為制度は,アメリカおよびわが国においても共通する問題であり,著者の最も専門とする領域であるだけに,随所にアメリカのそれとの対比が行われ,カナダ法の特色が鮮明にされている。ここではその内容に立入る余裕がないので,著者がアメリカの不当労働行為制度と対比した場合のカナダの特色として指摘しているところをみておこう。著者は,カナダ法は,ワグナー法をモデルとしている以上,排他的交渉代表制,団体交渉義務,および労使の不公正行為の禁止等の不当労働行為の類型および救済手続きにおいてアメリカと基本的に同一であるが,政策理念として異なる点は,伝統的な労働争議調整制度と不当労働行為制度とを有機的に関連させているところだとしている。
 このことは,アメリカや日本の制度には見られない,団交中の使用者の労働条件の一方的変更を独立の不当労働行為として禁止している点にも具体的に表れているが,全体として不当労働行為制度をもって,団体交渉の過程で生ずるすべての紛争をできる限り調整的努力を通じて解決するための手続きとみなす考えかたによるのではないかというのが著者の見解である。もっとも,この点をアメリカの不当労働行為制度との政策理念の根本的差異とみることについては,あるいは異論があるかもしれない。アメリカの不当労働行為制度は,わが国のそれと比べると,遥かに団体交渉の促進にウェイトを置いていると思われるからである。にもかかわらず,著者のカナダの制度についての分析と論証はなかなか説得的である。そして,カナダがそのような方向にワグナー法をもって行った背景としては,前記のような労使関係の実情に加え第7章に詳述されているカナダの労働運動そのものの性格によるところが大きいといえるであろう。
 いずれにしても,「西欧」国であるアメリカとカナダが,大陸法系国に属する日本とともに根は一つの不当労働行為という制度を共有していることは,法文化的現象としても甚だ興味の深いところであり,著者が比較法論として提起したテーゼは,今後,広域的な学界の場で論議の的となることであろう。

 第4章と第5章はカナダの公共部門における労働法制を扱う。ここでは,連邦公務員についてはじめて団体交渉制度を導入し,仲裁手続きという,条件付きながら争議権を保障した画期的立法としての1967年「連邦公務員労働関係法」が公務員労働運動に及ぼした機能と影響が今日までの約20年にわたり克明にフォローされている。結果として公務員の労働運動は急速に高まり,激しいストライキと賃金の上昇を招いた。そしてその後の厳しい経済不況の中で「カナダにおける最悪の労使関係」といわれる郵便事業が1981年「公社法」により公共企業体として切り離された。この関係については第5章で詳述されている。「大胆な実験」として国際的に注目を集めた公務部門における団体交渉制度も1982年の「公共部門賃金抑制法」によってほとんど窒息状態に追い込まれるに至った。この実験が失敗であったとする消極評価論と賃金抑制措置も一時的で将来団体交渉制に復帰するとする積極評価論の対立について著者自身は断言を避けているが,カナダの立法の展開過程は「わが国における経験に照らして」示唆するところが大きいと述べている。同感である。

 第6章は憲法と労働法の関係を扱う。他の国では,通常,労使関係法のような実定法規は最高法規としての憲法の体系に基づき立法されるのであるが,カナダでは上記の労働諸立法が制定されて遥か後の1982年に連邦と州政府の合意に基づき制定された。これにより,新憲法の「権利と自由」の憲章に照らし州法を含めて労使権を制限している労使関係法の憲法適合性が裁判所の判断に任されることになった。ここではカナダ特殊の事情を含めて,法理論上きわめて興味のある問題がとりあげられている。

 第8,9章はカナダの社会法の中心をなす,年金問題と失業保険問題を扱う。第8章では財政的に行詰った年金制度の問題点と欠陥を是正すべき公的および私的年金制度の包括的改革案を取扱っている。今日のカナダが当面している高齢化社会への対応と深刻な財政状態(1989年305億ドルの赤字)の下で提起された政策的改革案として興味深い。
 第9章は,社会法のもう一つの重要な側面である失業保険制度の歴史を扱う。第二次石油ショック後の深刻な経済不況でカナダの失業率は二ケタ代に達し失業保険は,膨大な赤字をかかえるに至った。にもかかわらず,この国の失業保険給付率は,GDPの2.24%を占めており,アメリカの0.83%,日本の0.59%を遥かに上廻る。いま米加自由貿易協定による両国の労働市場の調整という「外圧」がこの失業保険制度の抜本的見直しを迫っているという。目下,好況で失業率の低いわが国にとっても他山の石とするに足りることを著者は示唆している。一国の「労使関係と法」の問題を論じる場合に,「法」の中には「集団的」労使関係法と並んで「個別」労働関係法が重要な側面として存在すること,特にカナダのような州の自治性の高い連邦国家では州法単位の労働関係法研究の必要性が大きいが,著者はその点を充分認識したうえで,「カナダの法理の特色が最もよく表れている」分野として「連邦」の「集団的労使関係」の部分を本書に収録したのである。残された領域について,本書の続編を期待したいと思う。




同文館出版,1990年2月,A5版346頁,4,800円

あきた・じょうじゅ 法政大学社会学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第385号(1990年12月)



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