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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



ジュリアン・ジャクスン著/訳者代表:向井喜典
『フランス人民戦線史 ──民主主義の擁護,1934−38年



評者:相沢与一


はじめに

 なぜこの訳書を取り上げるのかといえば,そのきっかけは単純で,この訳者代表が知人だということだが,いただいた訳書を一読してみて,これは相当なもので,できるだけ他の人々にも読んでいただいたほうがよい本だと考えたからである。とはいえ,いまどき二段組で400ページ前後の翻訳書を読むには,それぞれそれなりの問題意識がありうるというものである。
 私の動機は,多分に特殊である。私は,いまでも,資本主義体制は矛盾と腐敗に満ち,抜本的に改革され変革されざるを得ないと考えており,資本主義体制がもたらす災いに対する人民の闘いの高まりは,なんらかの意味でその変革に関わりを持つことになると,考えている。
 「人民戦線」の経験がこの点でどんな積極的および否定的な意義をもつかを問うことは,依然,重大な関心事である。
 もちろん,こんな問題意識が流行らない時期だということは,百も承知である。だから,というわけでもないが,この点をひとまず措いて,より具体的に,1930年代の経済危機と政治・社会の不安,大量失業とファシズムと戦争の脅威のもとで,知識人を含む人々が,労働運動が,そして社会主義諸政党を含む諸政党が,パンと民主主義と平和のために何をなし,何をなしえなかったかを研究することは,今日と明日を生きる我々にとって有益な数多くの知見を探索することにもなりうるはずなのである。まして,先端的な一経験たるフランス人民戦線の経験なのだから,なおさらのことである。私の見るところ,この著者は,かなり多面的,多角的に,そして実証的に,民主主義擁護に果たしたフランス人民戦線の意義を研究することによって,とくに後者の課題に寄与するところが小さくないように思われるのである。

1 本書のなり立ち

 本書は,Julian Jackson , The Popular Front in France; defending democracy,1934−38,Cambridge University Press, 1988の全訳である。
 原著者,ジュリアン・ジャクスン氏は,英国スウォンズィー大学の歴史学部のレクチュアラーで,かねてから,1930年代のフランスにおける経済恐慌と政治を研究し,その基礎上で本書を書き下ろしたのだそうである。
 本書は,英語圏における最初の一般的・包括的なフランス人民戦線史研究だそうである。なぜそうなのかも,興味をそそる問題であるが,フランス本国での研究発表も,1960年代半ばの高揚以後,その高揚期の頂点をなすジョルジュ・ルワランの『人民戦線史』のあと,包括的な研究書が途絶えているそうだから,本書の出現は,英語圏のみならず世界的な意義をもつものといえよう。

2 本書のねらいと構成

 本書の序言が本書のねらいを説明しようとしている。冒頭,1981年にミッテランが大統領への就任演説で,1981年の左翼の勝利を1936年の人民戦線と1944年の解放につづく三つ目の「段階」と述べ,その歴史的な系譜と正統性を説明しようとしたことをあげ,ついで1930年代の人民戦線の国際的関連にも注意を促して,間接に1936年のフランス人民戦線とその研究の歴史的意義を示唆しようとした。そしてかくも重要な意義を持つはずのその全面的研究が英国になかったこと,フランスにおいてさえ1960年代のあと学問的成果が乏しいことを指摘して,これまた間接に本書の位置を示唆した。
 フランスにおけるこれまでの人民戦線史書は,そうじて党派的で,三つの伝統を持つという。そのほかに神話があり,これはこれで「偉大な革命的事業として生かされている」という。著者は,「私はまた,人民戦線がもっていた変化きわまりない多様性を,単一の解釈という抱束服のなかに無理やりに押し込めようとするのでなく」,その地方的広がりを示そうともしない。「それ以上に,人民戦線がもっていた大衆運動と政党連合と政府という三つの性格を徹底的に強調したい」という。一党一派に偏せずに多角的に観察しようというのである。だから,その時期的スパンも広くとるという。
 とはいえ,物語風の歴史書ではないのだが,全くの素人への便宜も考え,経過と背景の解説から始める。解説から始めて専門的研究を,ということで,大部に過ぎる著作になったむきもあろう。
 本書の構成についても,簡単に説明されている。「本書は五部に分かれている。第一部では1936年の総選挙の勝利への道と,その原因を検討して,第五部で手短な検証をする。それらの中間において第三部は,大衆運動と政府と政党連合という人民戦線がもっていた三つの性格にほぼ照応している。すなわち,第二部では人民戦線の時期の社会的ならびに文化的高揚について検討し,第三部で,ブルム内閣と,いっそう要約的にではあるが,その後につづいた人民戦線内閣のいくつかの政策について確かめる。第四部では,連合のなかの緊張状態を検討(また,それに対抗した右翼の動きにも注目)している」と。
 この引用文の直前にこうも書かれている。「本書の内容は,人民戦線が生み出した主要な歴史的論争に対して,できるだけ関心を集中したいと私が試みる一連の主題をもった,いくつかの部に区分されている。すなわち,1934年に共産党が戦術を転換した理由はなにか,1936年のストライキの原因はなにであったか,共産党がブルム内閣への入閣を拒絶したのはなぜか,週40時間労働制の実施がフランス経済にあたえた影響とはなにか,ブルムはスペインに対する不干渉政策をなぜ追求したのか,などについてである」。

3 本書の成果

 私は,政治におけるマキャヴェリズムや多面的力学などがどうにも良く分からない。人民戦線も,その中心は政治である。その歴史を科学する方法を措定し,それを基準にするのでなければ,科学的研究にはならない。この方法の設定という点では,本書は物足りない。もちろん,実際には,設定されている。そもそも,本書は,「民主主義の擁護」を副題とした。フランス人民戦線は,パンと民主主義と平和を課題としたというが,その中心課題がファシズムとの闘いにあったはずなので,「民主主義の擁護」を分析基準の中心にすえることが肝要であろう。ただし,著者は本書において,この時代に問われた民主主義の構造や性格について,ほとんど明示していない。著者は,人民戦線を大衆運動と政党連合と政府という三つの性格をもつものとして分析しているので,それらを民主主義擁護の主体として設定したのであろう。しかし,いずれも論理的に明示されずに曖昧である。ただ,著者が提示しようとする素材とその説明の仕方から憶測するしかない。英国の歴史家に多い没理論的実証主義の表れであろうか。それはそれとしても,むしろ,方法と課題の提示は,より具体的に限定されていると見るべきなのであろう。研究課題の中心は,前掲の,1934年に共産党が戦術を転換したのはなぜか,共産党がブルム内閣への入閣を拒絶したのはなぜか,週40時間労働制の実施がフランス経済にあたえた影響とはなにか,ブルムはスペインに対する不干渉をなぜ追求したのか,などの主要な歴史的論争に関心を集中し,分析することである。そして,その分析方法としては,かつての悪い意味で「党派」的で,都合の悪い事実は伏せたり曲げたりした方法を排し,多角的・多面的に事実に即して浮かびあがらせようとする方法である。著者のこの狙いは,かなり成功しているといえよう。
 著者は,ブルムヘの丁重な扱いと比べても,共産党に対しては十分にシニカルである。しかし,近頃大流行の共産党ならなんでも誤りであったというような見方をしていない。むしろ,人民戦線運動の,とりわけその大衆運動レベルのイニシアチブは,共産党によってとられ,かれらが運動推進の最大の活力を発揮したことを明らかにしている。その活力への恐れが社会党などの政治行動を左右したという。しかし,当時,フランス共産党は,大枠としてソビエト共産党とコミンテルンに従属し,そのもとでの創意しか発揮しえなかったこと,大衆運動を煽動しその高揚にもっとも貢献しながら,人民戦線内閣の成立後には,政権を揺るがすストライキを抑制しようとしたりし,その政策が矛盾と動揺に満ちたことを指摘している。指導者たちの生い立ちやパーソナリティについての叙述も面白いのだが,なかでも「モーリス・トレーズ,スターリン主義のジャコバン主義者」の評言と,その項目の叙述は興味ぶかい。
 文化戦線の高揚の詳細な叙述にもわたる多面的・多角的で包括的な歴史叙述の狙いは,かなり達成され,人民戦線史研究に大きな一歩を刻んだといえよう。労働運動と社会政策の歴史研究にも寄与するところが大きい。
 訳語の一部に疑問もあるが,この優れた原著をすべての注を含めて邦訳され,丁寧な「訳者あとがき」まで添えられた向井氏をはじめとする邦訳者たちの労働成果の意義は,すこぶる大きいといえよう。<





昭和堂,1992年,397頁,定価4,800円

あいざわ・よいち 福島大学経済学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第413号(1993年4月)



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