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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



安保哲夫・板垣博・上山邦雄・河村哲二・公文溥著
『アメリカに生きる日本的生産システム──現地工場の「適用」と「適応」


評者:相田 利雄

 本書は,日本多国籍企業のアメリカにおける海外生産に関する実態調査に基づく研究書である。実態調査は10年近くにわたり日本側9名とアメリカ側4名の日米共同プロジェクトによって実施され,パソコンの活用によって分析が進められた。本書はこのうち,日本側の「小グループ」のメンバー5名によって共同執筆されている。各章の執筆分担は明記されているが文章の中味まで執筆者間で相互チェックし合った共同作品である。共同プロジェクトの規模と費やした時間,それに大著の執筆といった点からみて,本書が力作かつ貴重な研究成果であることは誰しも認めるところであろう。

 I 本書の課題と方法

 本書の問題意識は,「日本製造企業の競争力上の比較優位を支える日本的経営・生産システムの国際移転可能性」であり,その仮説は「このシステムの強みである人間がらみの諸側面が日本社会の歴史的文化的特性と強く結びついているとすれば,制度,習慣など社会的環境の対極的なアメリカヘの移転はかなり困難を伴なうのではないか」(はじめに)というものであった。
 こうした課題に答えるために,著者グループは日本における親工場とアメリカ現地の子会社との比較調査を実施し,親工場にみられる生産方式の諸要素が現地工場にどの程度持ち込まれているかを明らかにした(現地工場は自動車組立,自動車部品,家電,半導体の4産業の34工場である)。そのことを測るため,この調査を通じて工場の生産システムにおける日本的モデルとアメリカ的モデルを構成し,日本企業の現地工場が,この二つのモデルのどこに位置するかを「23項目・6グループ」と「四側面」について5段階得点法(中間が3)で評価した。各項目・側面について,日本的モデルに近いものが得点が多く適用度が高く適応度が低いことになり,アメリカ的モデルに近いものが,逆の関係になる。著者グループは,この意味でこのモデルを「適用・適応のハイブリッド・モデル」と名づけている。
 「23項目・6グループ」は以下のとおりである。I.作業組織とその運営(職務区分,賃金体系,ジョッブ・ローテーション,教育・訓練,昇進),II.生産管理(生産設備,品質管理,メンテナンス,操業管理),III.部品調達(ローカル・コンテント,部品調達先,部品調達方法),IV.参画意識(小集団活動,情報共有化,一体感),V.労使関係(雇用政策,雇用保障,労働組合,苦情処理),VI.親−子会社関係(日本人従業員の比率,現地会社の権限,現地人経営者の地位)
 また,「四側面」評価は,適用の位相の違いを鮮明にするために23項目を組みかえたものである。つまり,日本的経営・生産システムそのものを現地に移植し,根付かせ,いわば「システム」として現地生産を自立させていくことと日本のマザープラントの操業の現状をともかく現地に「移転」して,現地工場を軌道に乗せ,一定の経営成果を達成することを優先することとのちがいを明らかにするものである。前者には「ヒト・方式」として,I.作業組織とその管理運営の全項目,IV.「参画意識」の全項目,雇用保障,苦情処理が,「モノ・方式」として,品質管理,メンテナンス,部品調達方法が,それぞれ含まれ,後者には「ヒト・直接」として,日本人従業員の比率,現地経営者の地位が,「モノ・直接」として生産設備,ローカル・コンテント,部品調達先が,それぞれ含まれる。

       

 II 本書の結論

 適用・適応のハイブリッド(混成度)評価は第7章.「総合評価と展望」でまとめられ,本書の結論が述べられている。
 1 全産業を通じた平均的な結論は次のとおりである。
 1)ハイブリッド評価の総平均値はやや適用寄りで,若千日本的要素が多いが,ほぼ日米半々の混成度である。2)産業別にみると自動車部品,自動車組立が目立って適用寄りなのに対して,家電が適応寄りで半導体がその中間である。3)労使関係,親−子会社関係,生産管理などヒトやモノの直接適用に関わるものが適用度が高いのに対して,日本システムのヒト・方式適用の核心である作業組織は適用度が低く,そのサブシステムである参画意識はそれが高い。4)労働組合,生産設備,部品調達先,日本人比率などヒトやモノの直接適用に関わるものが適用度が高く,賃金体系,調達方法,小集団活動,ジョッブ・ローテーション,メンテナンスなどヒトやモノの「方式」適用に関わるものが適用度が低い。日本システムのヒト,モノに関わる“出来合い”の「直接」持ち込み志向の強さ,「方式」持ち込みの相対的弱さという対照が,はっきりとみられる。
 2 各産業・工場にブレイク・ダウンすると以下のような10種類がみられる。
 1)日本人主導の高適用型(自動車組立)。目覚ましいパフォーマンスの高さによって在米日本工場を代表するナンバーワン工場であり,広い意味での適応面(いわゆる「現地化」)でも目立っており,「ヒト高適用,モノ適応型」の絶妙のハイブリッド・パターンである。
 2)アメリカ主導の適応型(自動車組立)。親工場方式を理解する社長以下ほぼすべての管理職を占めるアメリカ人が,ごく少数の日本人アドバイザーの助けを借りて日本方式の適用を試みている。生産,販売実績でみるかぎり,1),3),4)の同業種の他工場より劣っている。アメリカ人を介して行なう日本的経営は操業管理の面で相当劣るのである。
 3)適応・適用組合せ型(自動車組立)。
 1),2)の中間にある工場である。日米合弁工場であり,合弁相手の旧工場と旧従業員などを受け人れたが,労働組合をふくめて工場経営のほとんどあらゆる要素について,はしめから大幅な現地適応を前提しつつ,工場管理に関しては全面的委任を受けた日本側が日本的参画型,柔軟な運営型をふくめて可能な範囲で親工場方式の適用を試みた結果,適用度,パーフォーマンスなどで1)と2)の中間となった。
 4)方式の修正適用型(自動車組立)。アメリカ的な方式や条件を積極的にとり人れてあらかじめ親会社方式の修正を行なった。たとえばメンテナンス要員の養成において,OJT中心の日本方式を徹底的に分析して壮大な長期訓練プログラムに組み替えた。そして,この方式の「論理」の適用を図るという「修正的適用」を実施した。
 5)修正高適用型(自動車部品)。最高の適用度を示している。日本において巨大企業であり,アメリカでの現地生産の展開も早くから開始した。カンバン方式や賃金制度などで経験主義に一種の修正的適用の試みを実践してきた。このような修正的適用に加え,細々とした技術やノウハウの移転に独自の設備と多数の派遣日本人を必要とする自動車部品産業に共通の事情も加わって高適用型となった。
 6)適用,適応組合せ型(自動車部品)。高適用と併せて現地化にも積極的だが適用度はやや低い。ただ,アメリカ人に管理職ポストを委譲しつつあるが,高率の派遣日本人がアドバイザーとして人事考課制度やQCサークル活動を支えるといった適用志向がみられる。現地化のポイントは,ローカル・コンテントの高さと地域社会との積極的な交流である。
 7)全面適応・総合戦略型(家電)。家電はもともと低適用,高適応である。それは工程が設備や作業の簡単な最終組立に限定されているからである。同社はアメリカ電機企業のテレビ工場を買収し,その設備と一部の管理職を含む従業員を引き継いで出発したので,工場組織の作り方やそのヒトに関わる動かし方は基本的には旧来のアメリカ流に従ってきた。他方ではその工場の競争力を保持できるために,海外工場からキーコンポーネントを供給し,かつ世界的な物流のネットワークなどを活用したのである。
 8)生産管理技術依存型(家電)。7)と同様に工程が単純であり,海外工場からの部品供給に依存している。しかし,競争力の基本的な条件をこの工場自体が持っている。人事管理面では割り切ったアメリカ流を採用しながら,親工場ゆずりの生産管理技術をしっかり持ち込んでいる。一方で作業組織の組み方とその運用,品質管理やメンテナンスのやり方,労働組合受け入れなどはあまり無理なく現地方式に適応しつつ,他方,製品,生産設備,部品の持ち込みなど「モノ・直接」適用によって強みを発揮している。
 9)適用・適応全面バランス型(家電)。7),8)の型が多い家電の中では比較的適用度が高い。現地工場経営の全般にわたってきめ細かく適用と適応のバランスをとり,アセアンの姉妹工場からのシャシー輸入を別とすれば,外部条件にあまり依存せず,その工場で作り出す効率と品質によって高いパーフォーマンスを安定して実現している。すなわち,新設工場だが組合を受け入れながらストライキを避け,小集団活動を熱心にやり,職務区分の数を少しずつ減らし,設備の部分的改良,開発も現地で行なっている。
 10)ヒト適応,モノ適用(半導体)。適用度が低く適応型であるが,半導体工場の特徴も端的にみられる。一方で,生産設備と部品の調達先がほぼ全面的に日本的で技術の中心部分,「モノ直接」の適用度かきわめて高く,他方で賃金体系を除く作業組織や品質管理,メンテナンスの方式など,ビトやモノの方式の適用度はかなり低い。これは日本の技術をしっかり持ち込めば,ヒトに関わる組織やその動かし方は現地流でもなんとかやれるという,半導体企業に共通する側面である。
 3 適用,適応とパーフォーマンスの関係
 ハイブリッド度合いに対応させて意味のある結論を導けるような整合的なデータが十分揃わなかったが,一定のめどをつけうる程度には貴重なデータが得られた。ここでいうパーフォーマンスの指標は生産性であり,それは特定工場ないし工程における従業員1人当り生産量であり,特別のコスト要因をこれに加味した。
 その結論は次のようである。1)物的生産性で比較すると,現地工場のそれの新工場に対する比率は,自動車部品で最も高く(85%弱),以下,家電(80%強),半導体(80%弱),自動車組立(70%弱)の順になり,単純名目平均は80%弱程度である。しかし,プロダクトミックスや派遣日本人比率や品質管理,メンテナンスの要員数の違いなどコスト要因もカウントに人れた実質的な現地工場の生産性比率では,親工場の60−70%の間に高いほうから家電,自動車部品,半導体,自動車組立の順に並ぶ。2)パフオーマンスと適用,適応の関係では,適用度の平均値でとるかぎり,個々の工場ごとにはもちろん,産業ごとにみても,はっきりした相関はみてとれない。3)ただし,データの揃った現地工場の平均適用度がやや適用寄りで,その対親工場生産性比率が名目平均で80%弱,実質で60−70%という対応関係である。それは,現地工場が親工場の日本的生産システムのうち半分をやや上回る適用を示したとき,その生産性比率はやはり親工場の6−7割程度になっていた,という関係を示している。
 4 むすび
 日本的経営・生産システムの移転については,それの対米移転の難しさを考慮に入れると,思いのほか高い適用水準である。これに対するパフォーマンスは,コストを加味した実質で日本の親工場の60−70%であり,現地工場ベースで採算にのっているものはまだ少ないが,それでもアメリカ市場でアメリカの工場との競争で優位にたち,これに代替しつつある。
 しかしその内容が問題である。現在は一方で生産管理(とくに設備),部品調達(日系メーカーからの調達を含む)に関わるモノの面,日本人の大量派遣に代表されるヒトの面における,“出来合い”日本的要素の「直接」持ち込み依存への強さ,他方で,作業組織の運営や品質管理,メンテナンスなどヒト,モノの両面における「方式」持ち込みの弱さが同時存在している。この状態が続けば,当面の効率と品質水準は維持されるが,日本的システムの実質的移転が進みにくくなる。現在は日々のルーティンな操業を可能にしている究極の要因は派遣日本人である。とくに全工程レベルでのより大きな変化(新機種の導入,モデルチェンジ,新ラインの増設)の際には,一部の開発機能まで含めて日本人の役割が決定的である。かれらのオールラウンドな目配りとさまざまなレベルでの媒介機能,そして技術・ノウハウが,あらゆるすき間を埋め,親子間のギャップをカバーしている。

 III 本書への感想と意見

 本書の課題は,日本製造業企業の競争力上の比較優位を支える日本的経営・生産システムの国際移転可能性をあきらかにすることであった。そして,本書の仮説は「制度,慣習など社会的環境の対極的なアメリカヘの移転はかなり困難を伴なうのではないか」というものであった。
 そうした課題と仮説に照らしてみると,結局は日本製造業企業のアメリカでの適用・適応の「うまさ」が発見でき,プロセスにおける中間管理職を中心とした在米日本人労働者の献身に支えられてではあるが,アメリカヘの移転は困難でない,というのが本書の結論である。
 こうした結論は,執筆者グループが10年をかけて得たものであり,「ハイブリッド・モデル」に基づく数量化をもとにした実証性の高さという点でこの作品を超えるのは,極めて困難だということができる。とくに,私の関心からみれば「適用・適応」は実は産業別の違いと同一産業内での企業別の違いによって異質多元的であるということを把握したことこそが本書の最大のメリットである。先に1)〜10)の型を紹介したのは,そのことを明らかにしたかったからである。そうした異質多元性は,その企業の属する産業・業種の製造上の工程(レイアウト)及び個別企業の経営方針の組み合わせによって決定されるに違いない。そのことを本書は実証的に明らかにしている。
 最後に本書に対する私見を述べる。
 第一に,日本的経営・生産システムのモデル設定について。
 著者グループは,産業別・企業別の違いをさしあたり無視して日本的経営・生産システムの中心的特徴として,その作業現場の特徴を次のようにモデル化している。1)幅広い熟練を身につけた多能工的現場作業員を基礎として,狭い職務区分にとらわれないフレキシブルな現場作業組織の編成システム,2)現場作業員による自発的改善,改良活動を通して絶え間なく作業および生産ノウハウが蓄積されること,3)生産技術,製造技術体系も現場で蓄積されるノウハウを体化したものに仕上げられ,作業現場のワレキシブルな編成に対応した柔軟で効率的な操業管理の体制が形成されていること,4)作業者や管理者が,こうした作業現場の特質を体現して,実作業や工場の操業・管理といった経営の各レベルに参画していること。他方,著者グループによれば,アメリカの伝統的システムの作業組織の編成管理の特質は次のようである。少数のエンジニアとIE専門家によって,特定の製品の製造過程を構成する種々の生産工程の作業が作業の最小単位としての要素作業に分解・還元され,それが組み合わされて「職務」Jobが定義される。そうした詳細に区分された職務設計Job Designに基づいて,個々の作業者が遂行すべき職務課業Job Taskのひとまとまりとして個々の作業者に「職務」として固定的に割り当てられる。その上で個々の作業者に非弾力的ないし固定的に職務配置がなされる作業は,その「職務」の遂行にあたって,技術部門が作成した作業マニュアル通りの作業を求められ,「単能工」という特質をもつ。
 こうした日米モデルは両国の調査を通じて形成されたものであり,それなりの説得力をもつ。しかし,この日本モデルは産業的には自動車産業と電子・電機産業に限定されるべきであろう。日本には鉄鋼,石油化学,造船,航空機,繊維,雑貨,石炭といった他の製造業分野や中小零細企業が存立する製造業が多数あり,これらの分野では必ずしもこうしたモデルがあてはまらない。したがって,これを製造業の日本的経営・生産システムとして一般化することはできない。著者たちもそう考えていないことは明らかであるが,この点を明確化するような限定を厳しくつける必要があろう。とくに日本的経営・生産システムの海外移転可能性をさぐるという問題提起をするのであれば一層この点に慎重な限定を加えねばなるまい。(なお,このモデルは普遍日本的モデルではなく戦後,とくに60年代後半から80年代に形成された歴史的産物であるとの限定も付けなければなるまい。)
 この点に関連して著者グループは小池和男の見解をつぎのように評価しつつ批判する。小池氏は,日本の生産方式の特徴的核心を現場主義的熟練として検出し,それの国際的適用性を追求したが,これはこの分野の研究の古典的命題である。しかし,氏は日本特殊性論を批判して世界各国の共通性を強調するが,それは氏がシステムの核心的部分が移転されているかどうかに焦点をおいた議論である。日本的労使関係や経営方式の国際的比較優位(問題点をも含む)は日本の社会制度やその背後にある文化的環境の特殊性によって支えられており,このレベルの特殊性論を拒否することはできない。日本的方式の国際的通用性も限定条件つきで論じなければならない。それは一定の範囲で国際的に普及するであろうが,その度合はそれを受け入れる社会の条件によって様々に異なるであろう。以上のような小池批判に私も同感である。氏の作風である「自分の研究,調査対象から得た結果を普遍化する傾向」に違和感をもった覚えがあるからでもある。
 第二に,「モデルの適用・適応」と生産性の関係について。
 前述した要約のように,この両者には相関関係は薄い。当初「国際的比較優位」とみられた日本的経営・生産システムは,それが移転されれば生産性が高く,移転されなければ生産性が低い,という結果をもたらすとは限らないことが明らかになったわけである。日本方式の国際移転可能性が問題とされたのは,単に日本方式の移転度合を測るためではなく,日本方式の移転が当該国でのその産業,企業の生産性を高めるだろうという問題意識に基づいていたはずである。この点に関する限り,著者グループの予測ははずれたと言えよう。しかし,このことは著者グループの業績の価値を落とすものではない。むしろ,こうした結果を率直に叙述していることは,彼らの学問に対する真摯さを表している。
 第三に注文を述べる。中小企業や労働問題を研究している者としての私からみれば,日本の自動車産業や電子・電機産業の国際競争力は(通商産業政策というテコを抜きには説明できないという点をここでは問わないとしても),部品を供給する系列・下請企業の存在やこれらの産業の労働者の長時間労働を基盤としていることは言うまでもない。前者に関してはたとえば自動車産業ではジャスト・イン・タイム・システムの下で,親企業の在庫管理のコストを最小限にして効率を高めているが,他方でそれは系列・下請企業へのペナルティを含む厳しい納期管理を伴うものである。単価の決定方法も親企業の意向が反映され易い。親企業の品質管理も厳格である。後者に関しては大量の過労死を発生させるという問題点がある。こうした日本の国際競争力の強さの中に潜む負の側面は著者グループのモデルの外にある。こうした点をさしあたり捨象するというのは,学問研究に許される方法であろう。しかし,日本的方式の国際移転可能性を単に方式の移転度合を測るのでなく,生産性の問題と結びつけて検討するのであれば,こうした点も考慮に入れなければならない。また,こうした日本的方式は社会的制度や文化的環境の違うアメリカ等の諸国にどういう形で移転されるのか,それともそれは不可能なのかが検討される必要がある。ついでにいえば,私はそうした日本的方式がそのまま移転されるとすれば,世界人類の幸福にとってマイナスの作用をもたらすと考える。この点に関して,著者たちは深い自覚があるのだろうか。
 なお,この大著をもっとも貪欲に咀嚼して,次の戦略を立てているのは,ほかならぬここで調査対象となった企業をはじめとした日本の巨大企業それ自体であろう。




東洋経済新報社,1991年9月,xiii十279頁,定価3,900円

あいだ・としお 法政大学社会学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第413号(1993年4月)



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