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『大原社会問題研究所雑誌』書評欄オンライン版



戸塚秀夫・兵藤サ(つとむ)
『地域社会と労働組合──〈産業空洞化〉と労働組合


評者:相田 利雄

 本書の目的は,1980年代に産業の再編・合理化の進展によって深刻な産業の衰退と雇用問題に直面した地域において,地域社会の維持と活性化をめざして,自治体と連携しつつ企業戦略に制約を課そうとした新たな運動について,労働組合の活動領域のひろがりに焦点をあてて追跡することであった。
 筆者達の当初の問題意識は,産業空洞化の中で深刻な影響を受けた地域経済の再建にとって必要な方策を,地方自治体に係わる労働・社会運動がいかなる「地域対案戦略」として提起し,その実現に向かって活動を展開する事が出来るか,という点にあった。これが本書に「『産業空洞化』と地域戦略の模索」という副題が付されている理由である。

 研究対象の限定は次のような考えに従ってなされた。 80年代当時の電機産業や自動車産業では,特定の地域社会に深刻な問題があり,それをめぐって新たな運動が起こるという構図は想定できなかった。むしろ,かつて日本経済の高度成長を牽引し,すでに成熟産業の域に達し,不況下で経営規模の削減,過剰設備の廃棄を迫られている鉄鋼産業,造船産業に注目した。
 具体的には新日本製鉄(北海道室蘭市)と臼杵鉄工・佐伯造船所(大分県佐伯市)をめぐる運動を取りあげる。前者は生産拠点集約プランによる高炉の休止,後者は船台削減プランによる船台の廃棄に対抗する運動である。
 運動の主体は前者が旧総評右派の鉄鋼労連,後者が旧総評左派の全造船機械であり,対称的であるが,労働者達が地域の住民,地方自治体との連携に力を注ぎ,地域そのものの「活性化」を追求すべき課題として意識し始めており,自治体労働者は自治労の「自治研運動」をとうして80年代前半から「地域生活圏闘争」に取り組み始めていたという点で共通している。

 本書の目次と執筆者は次のようである。
前編 地域活性化と労働組合―室蘭地域労組連絡会議の活動と直面した問題
 対象と課題(兵藤 つとむ)
一 室蘭地域労組連絡会議の結成とその活動(兵藤 つとむ)
二 新日鉄「中期総合計画」と地域雇用問題(佐口 和郎)
三 中小企業の活性化と労働組合の役割(東條 由紀彦)
四 構造不況と室蘭市財政(金子 勝)
後編 企業再建をめぐる組合と地域―佐伯造船所の存続・再建を可能にしたもの
 対象と課題(戸塚 秀夫)
一 造船不況と全造船佐伯分会の運動(井上 雅雄)
二 全造船佐伯分会の運動と地域社会(粕谷 信次)
三 造船不況地域における自治体産業政策の展開(金澤 史男)
 この目次のように,本書は労働問題,中小企業,地方財政の専門研究者を集めて共同作業を行った労作である。円高不況期の87年5月に研究会が発足してから多くの歳月を費やして研究が重ねられ,本書は400ページにおよぶ大著として今年の2月に発行された。

(1)前編の要約。
 調査の重点は,連絡会議の生成の経緯とその活動,新日鉄の「中期総合計画」をめぐる労使協議・団体交渉の経緯と計画の実施状況,「中期総合計画」の推進が新日鉄関連企業や室蘭企業におよぼす影響と室蘭市が抱える雇用問題の広がりと特徴,地場産業の新規事業展開の試みと企業誘致の進捗状況,およびそれに対する国・道・市の施策とその効果,室蘭市の地域活性化をめざす施策と市財政の抱える問題であった。
 結論は次の諸点である。
 連絡会議は,抵抗だけでなく産業構造の転換を求めていき,労働団体が互いの垣根を越えて一つにまとまるだけでなく,自主的な市民団体(この団体は以前から室蘭ルネサンス運動を実施していた)との連携をはかり「地域ぐるみ」の活性化運動を組織していくこと,国レベルの雇用安定化施策の充実と地域レベルでの各種公的施策のフル活用による雇用安定をはかるために実践行動を展開することを目標に掲げた。
 新日鉄の「中期総合計画」をめぐって労使協議は次のように進展した。組合は鉄鋼労連の終身雇用堅持という方針を,企業グループ内の雇用継続に下げてでも「計画」に協力していくことにした。会社側も「定年まで同一企業に勤務するという意味での終身雇用慣行は変質せざるをえない」が既存の関連企業や複合経営化による新規事業への出向を含めて「雇用に関しては可能な限り維持していきたい」とした。こうして継続雇用の確保という新たなコンセンサスの形成を内包するような事業展開を推進することで協議は決着をみた。しかし,この労使合意における出向には,従来は地元地域が主体だったのにたいして遠隔地への出向,しかも一旦他の製鉄所へ移籍し,そこから関連企業に出向する「転勤出向」が導入され,かつ高齢者もその対象とされるに至った。
 地場産業とそこに働く人々への室蘭市の施策は産業構造の多角化つまり企業誘致と地場企業の新規事業展開であった。しかし,この施策の実施は室蘭市の財政が税収の著しい落ち込みと公債費の膨張に悩まされていたので実現が難しかった。そこで,市に残された道は国や道の補助金や低利融資を活用して地場産業の新規事業の展開を促したり,企業誘致をはかる以外になかった。そのなかで,80年代半ば以降の企業進出は中小企業であり,それへの例外が三菱製鋼の進出であった。
 市職労は80年代後半から進めてきた「行研活動」をとおして行政全体を見とおして対案を提示できる能力や市民との共同行動を重視してきた。
 以上のような「地域ぐるみ」の活性化運動は実を結んだとは言い難い。その理由は,今日の地方行財政構造の持つ問題――つまり補助金を削減し地方交付税,地方債に振りかえるという構造問題にあった。
 労働組合に問われていることは,円高不況の中で芽生えた,この地域の新たな運動への模索をふまえて,緊急避難的な対処を越えた地域問題への取り組みを中長期的にどう進めていくかということである。
(2) 後編の要約。
 調査の目的は,旧臼杵鉄工佐伯造船所の存続・再建を追求し,相当の成果をあげた組合と地域の運動について,その「地域対案戦略」の可能性を検討する。調査の観点は,この運動はとうろうの斧(はかない抵抗)にすぎないが,それは地域対案戦略を模索し新たな道を求めている人々に多くの示唆を与えるであろう,という点にある。
 結論は次の諸点である。
 1970年代後半以降の造船不況の下で企業倒産した臼杵鉄工の佐伯分会は,いかなる条件によって会社更生法の適用申請から10年の闘争をとおして企業再建(新佐伯重工として)に成功したのか。前半3分の2は,親会社IHIおよび地元経済界による組合破壊攻撃とそれに抗する組合の闘争であった。組合破壊攻撃は組合にとって不条理・理不尽な側面をもっていたが,地域社会に生きかつそこに受容される組合運動のスタイルと内容とはいかなるものであるかについて,自覚を迫るものであった。こうして,雇用危機への対応のため一時的譲歩をしながら,同時に組合が地域社会に受容され得る前提を整えた。組合の闘争の後半3分の1は,市長と組合の協力が一つの特徴であった。「海造審」答申を契機にして臼杵鉄工は再度経営危機に直面する。組合は市長にたいして地域経済崩壊の危機を阻むために船台存続・企業再建のための協力を申し入れた。市長は地域社会の経済的基盤沈下の阻止とその活性化は市長として当然の任務だと自覚して組合の申し入れを受けとめた。この様な市長との「共闘」関係の構築をとおして,組合は合理化絶対反対型の,その限りでは伝統的な運動スタイルから能動的・積極介入型のそれへと転換させていった。こうして,狭義の企業内闘争の域を越えて企業再建が実現したのである。
 佐伯分会に襲いかかった社会的な力は,第一次石油危機までの造船ブームの反動としての世界的な造船大不況,そうしたブームと大不況を規定した「大手7社」(佐伯分会の場合は石播)が体現した「日本型企業システム」のダイナミズムと海造審(国家の産業政策)の論理であった。佐伯分会はこうした論理の貫徹に歯止めをかけて地域に船台とともに自らも運動主体として残るというオルターナティブを作りだしたのである。
 全造船は労働者の産業別の階級的連帯を志向して,企業本位の合理化を規制しようと,職場規制などを強めたが,そのことにより全造船は「少数派組合」「中・小手組合」に追い込まれた。かくて全造船は周辺部の運動資源を積極的に動員することとなった。「中・小手」造船所は地域産業として地域社会に根づき地域経済を支える有力な環をなしているので,地域社会のあらゆる社会関係をとうして,地域社会の自らの解体に抗するあらゆる契機を動員して闘いを進めた。また佐伯分会の闘いを根底から支えたのは大分県の県労評運動であった。
 佐伯市(ポスト高度成長型停滞地域)の産業政策の積極的意義と課題は何か。資本の論理の一元的な支配を実現しようとする資本側の衝動に対して,自治体政策が,労働,地域,環境,生活,文化など別の価値次元から対抗する論理をどれだけ体現しようとしているのか。こうした地域において,自治体が地域経済の浮揚を目的として積極的な産業政策を展開した場合,それは企業活動へと深くコミットせざるをえず,「企業活動介入型」の産業政策になる必然性をもっている。市場メカニズムの中での地域構造再編がそのまま進行すれば,それは資本の論理の直接的な貫徹となる。しかし,現実には多くの自治体が,これに地域の論理を対置し,地域経済を支える個別企業への規制や支援を行っている。もし,それが自治体レベルのみで支えられなければ,所得再分配機能をもつ全国レベルでの支援機構が構想されてよい。佐伯工場の再建過程において労使間調整の政策的条件となったのは,労働省の雇用開発助成金制度であった。「対抗型自治体政策」はどの自治体にも劣らず中央官庁が提供する地域振興政策のメニューを積極的に利用する。

 以下,評者の感想を述べる。
 編者は,産業空洞化というキイワードは本書の対象とした80年代には早すぎたが,90年代に日本経済は本格的な産業空洞化の危機に直面しており80年代の経験から学ぶことも多い,としている。評者は90年代平成不況下における地域経済振興運動に強い関心をもっているので,本書の問題意識に共鳴する。評者は70年代,80年代の全造舶の労働運動に一定のコミットをしているし,80年代イギリスにおける地方政府の産業政策・雇用創出政策=オルターナティブ政策にも関心をもって研究を行ってきているので,そうした点からも本書と共通する興味をもっている。その意味で本書から多くの啓発をえた。紙面の限界から事細かな指摘が出来ないのが残念である。
 本書の最大のメリットは,従来の労働問題の研究者がともすれば企業内の労使関係に限定して研究を重ねているのにたいして,地域経済の再生に向けて運動を起こした地域の他の主体(アクター)にも密着し,その運動をそれ自体として描いていることである。地域経済の再生という課題は当然のこととして地域におけるさまざまな主体を運動の中に登場させるのである。
 この2つの事例には,今日の労働運動の中では消え失せつつある地域の労働組合の連合組織があった。日本の労働運動がまだ華やかであった1950年代半ばから1960年代までには,地域では地区労が中心になって地域の労働運動と文化運動,業者運動等が一緒になって交流していた。そうした流れは,多くの地域で70年代以降凋落の一途をたどったが本書の対象である室蘭市,佐伯市ではそうした地域の労働組合の連合が命脈を保っていた。このことが両地域で地域を巻き込むような運動が展開できた1つの要素である。企業内の労働条件改善に限定された組合運動を乗り越えて,良き時代の総評運動を地域で再現し,それを地域の政治に反映させていったのが両地域の運動であった。別の言い方をすれば,この2つの事例は今の日本のどこでも起こり得る運動ではなく,どちらかと言えば例外的なものであったと言えよう。 90年代産業空洞化に対抗する地域経済振興運動もそうした地域の要となる運動主体の存在を前提とする。
 地域経済の振興についてのポイントは,1)地域固有の工業集積,商業集積を生かすために運動のにない手が有効に連携すること,2)基盤として自治体が積極的な地域産業政策を実施すること=そのためには地域の政治的民主主義が確立していること,である。こうした視点からみると,本書の2つの事例はどう評価されるか。
 1)は,個性的な産業作り,地域作りということである。地域の共闘会議を中心にして,自治労がコーディネータになり,闘争の相手への要請もなされた。それは地域の雇用創出という点で充分な成果をあげたとは言えないが,中小企業の誘致や地域の重要企業の再建という点で地域に貢献した。ただし地域の自営業者(地域の24時間生活者),地域の金融機関が登場していないのはなぜであろうか。そうした主体との連携が地域の活性化には不可欠であるのに。
 2)は,地域の産業政策は国ではなく地方自治体が担うのは適切である,と言う事を前提としている。そのさい,3割自治の限界を嘆くだけでは自治体の新しい産業政策=オルターナティブ政策は生まれない。本書が述べているように,「日本型行財政システムを積極的に利用し,世論を背景とした新たな力関係の創出をはかりつつ,政策目的の合理性と社会的ニーズヘの対応という」(398ページ)立場にたってはじめてそうしたオルターナティブ政策は実現できる。本書の両自治体が政治的民主主義を充分に発揮してその事をぎりぎりまで追求したか否かは本書を読む限り不明である。少なくとも室蘭市はそうではないようである。
 本書の前編と後編では叙述のトーンが異なる。地域経済振興運動について前編ではその限界が強調され,後編ではその成果が強調されている。前編のような企業城下町における巨大企業の一工場の閉鎖という問題と,後編のような地方の有力な中堅企業の倒産という問題は,自ずと異なった力関係の下で展開される。従ってその成果も異ならざるをえない。取り上げた産業の違い,執筆者たちの観点や関心の違いも叙述の違いに反映しているにせよ,前編と後編の違いは今述べた社会関係の違いから説明するのが適切であろう。
 本書のメリットはもう一つある。ファクトファインディングが具体的であり,豊かであるという点である。各執筆者の努力に敬意を表す。但し,その具体性と豊かさは,さらに庶民に身を寄せるのであれば,別のファクトファインディングもあったであろうが。
 最後に一言。論者達はこの企画の中で自らの研究領域におけるポスト冷戦下の夢を描こうとしている。「オルターナティブ」,「日本型企業システム」への抵抗,と言った用語を使い,また,多国籍企業の工場閉鎖が地域の雇用を奪うという問題に直面して,多国籍企業の規制はいかにしたら可能かと言うテーマを投げかけている。こうした夢の実現は21世紀に生きようとしている研究者にとって真剣に追い求めるに値するものだということができる。それが見果てぬ夢であろうとも。




日本経済評論社,l995年2月刊,xix+410頁,定価7,725円

あいだ・としお 法政大学社会学部教授

『大原社会問題研究所雑誌』第444号(1995年11月)



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