OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所

日本労働年鑑 特集版 太平洋戦争下の労働運動
The Labour Year Book of Japan special ed.

第五編 言論統制と文化運動

第六章 出版活動


第一節 横浜事件(つづき)

判決と被疑者の釈放
 終戦時、横浜事件の犠牲者のうちで、一九四四年(昭和一九)初めまでに検挙された人たちのほとんどは、もう刑務所で、二、三年にわたる未決拘留生活を送っていたし、同年夏以後に捕えられた人びとの多くは、警察の留置場に止められたまま、栄養失調と衰弱の極に連していた。前者の大半は、書類の体裁を調えるためだけの予審終結決定をうけ―それも裁判所に出廷せず、未決監の中でごく短い時間に書類をつくられた者も多かった―邪魔もの扱いで釈放された。その後、裁判は一九四五年九月から一〇月にかけて行なわれ、懲役二年・執行猶予三年から四年の判決をうけている。そして一〇月六日以降の裁判は、治安維持法廃止のために、解消してしまった。ここで、その間の事情について、泊事件の一関係者(前掲手記と同一人)に関する判決文を掲げておこう。

 主 文
 被告人を懲役弐年に処す、但し本裁判確定の日より参年間右刑の執行を猶予す
 理 由
 一、犯罪事実
 被告人は大正十四年三月東京都神田三崎町大成中学校第四学年を修了し昭和三年四月法政大学予科に入学昭和六年三月同大学予科を卒業したる後一時実兄□□□□の営む□□業を手伝い居りたるが昭和十年四月同大学英文学部に入学し昭和十三年三月同学部を卒業するや直に東京都芝区新橋七丁目十二番地改造社に入社し同社発行の雑誌「大陸」、「改造時局版」、「改造」並に改造社出版部の各編輯部員として昭和十八年五月二十六日検挙せらるる迄勤務して居りたるが前記法政大学予科に在学中当時の社会思潮の影響を受けエンゲルス著[社会主義の起源」マルクス著「賃労働と資本」「労賃価格及利潤」等の左翼文献を繙読したる結果終に昭和五年末頃には共産主義を信奉するに至り昭和七年初頃日本「プロレタリヤ」作家同盟東京支部員に推薦せられ左翼文化運動に従事したる経歴を有するものなるところ「コミンテルン」が世界「プロレタリアート」の独裁による世界共産主義社会の実現を標榜し世界革命の一環として我国に於ては革命手段に依り国体を変革し私有財産制度を否認し「プロレタリアート」の独裁を通して共産主義社会の実現を目的とする結社にして日本共産党は其の日本支部として其の目的たる事項を実行せんとする結社なることを知悉し乍ら孰れも之を支持し自己の職場の内外を通して一般共産主義意識の啓蒙昂揚を図ると共に左翼分子を糾合して左翼組織の拡大強化を図る等前記両結社の目的達成に寄与せむことを企図し

 第一、昭和十七年七月中旬頃開催せられたる雑誌「改造」の編輯会議に於て相川博が細川嘉六執筆に係る「世界史の動向と日本」と題する唯物史観の立場より社会の発展を説き社会主義の実現が現在社会制度の諸矛盾を解決し得る唯一の道にして我国策も亦唯物史観の示す世界史の動向を把握してその方向に向って樹立遂行せらるべきこと等を暗示したる共産主義的啓蒙論文を雑誌「改造」の同年八月号及九月号に連続掲載発表を提唱するや被告人は該論文が共産主義的啓蒙論文なることを知悉しながら之を支持し編輯部員青山鉞治と共に、八月号の校正等に尽力して該論文(昭和一九年地押第三七号の二四の八頁乃至二九頁同号の二五の一六頁乃至四七頁)を予定の如く掲載発表し以て一般大衆の閲読に供して共産主義的啓蒙に努め

 第二に、前記細川嘉六が曩に発表したる「世界史の動向と日本」と題する論文等により昭和十七年九月十四日治安維持法違反の嫌疑にて検挙せらるるや同年十月二十日頃西尾忠四郎より細川嘉六家族の救援に資する為出捐ありたき旨要請せらるるや即時之を快諾し同月二十五日頃東京都赤坂区葵町「満鉄」東京支社調査室に於て金二十円を西尾忠四郎に依託して細川家の救援に努めたる等諸般の活動を為し以て「コミンテルン」及日本共産党の目的遂行の為にする行為を為したるものなり

 二、証 拠
一、被告人の公判廷に於ける供述
一、被告人に対する予審第二、二四回訊問調書の記載
一、本件記録編綴の相川博に対する予審第四回被告人訊問調書謄本の記載
一、被告人に対する司法警察官第十六回訊問調書の記載

 三、法律の適用
 治安維持法第一条後段、第十条刑法第五四条第一項前段第十条 第六十六条 第六十八条第三号 第七十一条 第二十五条

  昭和二十年九月十五日
        横浜地方裁判所第二刑事部
         裁判長判事  八並 達雄  印
         判   事  若尾  元  印
         判   事  影山  勇  印


日本労働年鑑 特集版 太平洋戦争下の労働運動
発行 1965年10月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2000年2月22日公開開始


■←前のページ  日本労働年鑑 特集版 太平洋戦争下の労働運動【目次】  次のページ→■
日本労働年鑑【総合案内】

法政大学大原社会問題研究所(http://oisr.org)