OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所

日本労働年鑑 第59集 1989年版
The Labour Year Book of Japan 1989

第五部 労働・社会政策

V ILO


1 第七五回ILO総会

第七五回ILO総会の概要

 第七五回ILO総会は、八八年六月一日から二二日までジュネーブのパレ・デ・ナシオンで開催された。議題はつぎのとおりであった。(1)理事会および事務局長の報告、(2)事業計画、予算およびその他の財政問題、(3)条約および勧告の適用に関する情報および報告、(4)雇用促進および社会保障(第二次討議)、(5)建設業における安全衛生(第二次討議)、(6)一九五七年の原住民および種族民条約(第一〇七号)の一部改正(第一次討議)、(7)農村雇用促進(一般討議)、および「南アフリカにおけるアパルトヘイト政策に関する宣言」の更新。

 また、この総会には、一九九〇年から九五年までを期間とするILOの中期計画案が提出された。

 この総会には、加盟国一五〇ヵ国中一四一ヵ国から、のべ約一九〇〇名におよぶ代表団が参加した。加盟国でないバミューダおよび韓国からは政労使三者構成の代表団が、また北朝鮮からは政府側だけの代表団が、それぞれオブザーバーとして参加した。日本代表団(代表、代表代理および代表顧問)は総勢四二名で、そのうち代表の氏名はつぎのとおりである(敬称略)。

 政府側=波多野敬雄在ジュネーブ国際機関日本政府代表部特命全権大使、中村正労働省労働大臣官房総務審議官・ILO理事会政府側理事
 使用者側=辻野坦日本経営者団体連盟常任理事・三菱化成株式会社顧問・ILO理事会使用者側理事
 労働者側=田中良一全日本民間労働組合連合会副会長
 また、中村太郎労働大臣がビジティング・ミニスターとして出席した。
 この年の総会の議長にはヨーロッパの加盟国から就任する順番になっており、東ドイツのヴォルフガング・バイロイター労働賃金大臣が議長に選出された。

 政府側副議長にはジャマイカのビジティング・ミニスターであるJ・A・G・スミスガ労働大臣(六月九日まで)と同国のP・W・エイトケン・ワシントン駐在首席連絡官(六月一三日以降)が就任した。使用者側副議長には日本の辻野坦使用者代表が、労働者側副議長にはコートジボアールのアデイコ・ニアムケイ・コートジボアール労働総同盟書記長が、それぞれ就任した。

 特別講演者として招待されたのは、フィリピンのコラソン・アキノ大統領と、スペインのフェリペ・ゴンサレス首相であった。なお、総会のアパルトヘイトに関する審議に際しては、南西アフリカ人民機構のサム・ヌジョマ総裁がゲスト・スピーカーとして演説をおこなった。

ブランシャール事務局長の報告
 事務局長報告書の第一部は「人権――共通の責任」と題され、このなかでブランシャールILO事務局長はつぎのような事実を指摘し、ILO基準の尊重にもとづく人権の回復と推進を強く訴えた。

 世界経済が不調のためOECD諸国で三〇〇〇万人が失業し、第三世界では七〇〇〇万人が失業、五億人が不完全就業、九億人が極端な貧困状態にある。世界の労働者は、収入、組合参加および社会的保護に関して細分化されつつあり、「ひとつの世界」的アプローチから遠くへだたったままである。「利己心の追求が進歩の原動力であり、社会政策は主として市場の力によって導かれるべきだ」とする見方が世界の多くのところで強まった。

 経済情勢が不順なために、人権関係のILO基準が大きな挑戦を受けている。たとえば結社の自由に関しては、構造変化への対応を円滑に進めるためには自由な労働組合の存在が不可欠である。機会の平等に関しては、不安定な雇用形態が発達して常用雇用労働者とのあいだで保護の面で差別が生じており、女性や外国人労働者などにたいする差別もつづいている。労働条件に関しては、さまざまな形の弾力化が導入されて、労働者にストレスや危険有害な状況がもたらされている。社会保障に関しては、高年齢人口の比率が高まるにつれて世代間の連帯が弱まっており、人口が雇用にもとづく保障を享受する者と保護の劣る者へと二極分解する危険性がある。

 事務局長報告をめぐる一般討論では、二八五名が代表演説をおこなって、事務局長の提案を支持した。そのうち一一七名は労働関係閣僚であった。

 日本からは、中村太郎労働大臣と田中良一労働者側代表がそれぞれの立場から代表演説をおこなった。辻野使用者側代表は事務局長報告をめぐる代表演説には加わらなかったが、副議長閉会挨拶のなかでアパルトヘイト問題を中心に人権問題をとりあげた。

 八八年のILO総会の事務局長報告書が人権の問題をテーマにとりあげたのは、この年が国連の世界人権宣とILO「結社の自由及び団結権の保護に関する条約」(第八七号)が採択されてから四〇周年にあたり、しかもILOの「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」(第一一一号)が採択されてから三〇周年にあたるからである。また、国際人権年から二〇年目でもあった。

一九八八―八九年度予算の修正

 第七五回総会で、前年の第七三回総会で採択された一九八八―八九年度ILO予算がかなり大幅に修正された(ILOの一会計年度は二暦年からなる)。これは主として折から進行中の米ドルの為替相場の下落による。『日本労働年鑑』第58集のこの欄で記したように、ILOの予算はドル建てで編成され、分担金もドルで納入される。一方、予算総額の約七〇%はスイスフランで支出され、二〇%はドルで、残りはこれら以外の通貨で支出されている。ドルの対スイスフラン価値を市場の実勢より高く評価した予算レートを用いれば、加盟国の分担金拠出額はその分だけ少なくてすむ。しかし、それはILOに財源不足をもたらす結果になる。

 第七三回総会で採択された八八―八九年度予算の規模は総額三億二四八六万ドルであったが、これにたいして第七五回総会でつぎのような修正が加えられた。
 (1) 事務費、事業費その他を合わせて一九〇万ドルを削減。

 (2) 八六―八七年度において主としてドルの対スイスフラン価値の下落によって生じたILO財政の赤字分を埋めるために、ILOのワーキング・キャピタル・ファンド(準備基金)から二五〇五万九六二七ドルとりくずしたが、ILOの財政規則にしたがえば同額を加盟国からの追加拠出によって補填しなければならないところ、例外的措置として財政規則の規定を変更することなく補填額を一七〇〇万ドル削減し、加盟国に追加拠出を求める金額を八〇五万九六二七ドルとした。

 (3) 八八―八九年度予算は一ドル=一・六〇スイスフランの予算レートによって編成されたが、その採択後もドル安傾向がつづいたため、同会計年度の予算レートを一ドル=一・四三スイスフランに改め、それに応じて同年度予算の第四部「為替レート変動の影響」に二六〇〇万ドルを追加計上し、その分加盟国にたいして追加拠出を求めることになった。

 このほかにも若干の修正があり、八八―八九年度予算の総額は、三二一六万三〇三三ドル増加して、三億五七〇二万三〇三三ドルになった。財政規則の規定により追加拠出分は八九年に徴収されるから、八八年と八九年の予算総額はそれぞれ一億六二四三万ドルと、一億九四五九万三〇三三ドルになる。日本の拠出率は、両年とも一〇・八六%であるから、これら両年の拠出額は、八八年一七六三万九八九八ドル、八九年二二三万二八〇四ドルで、三四九万二九〇六ドルの増加となる。

 なお、第七五回総会ではドル安傾向がつづくなかでILO財政の健全性を維持するために、ドルの先買い操作と組み合わせたILO予算のスイスフラン建て化を一九九〇―九一年度に導入することが原則的に承認された。この点に関する最終決定は八八年一一月の第二四一回理事会にゆだねられた。同理事会では、審議の結果、(1)予算は米ドルで編成する(変更なし)、(2)編成直後に金額をスイスフランに換算する、(3)分担金をスイスフランで徴収する、(4)ドルの先買いをおこなう、(5)収入・支出にともなう為替差額は為替平衡勘定に振り替える、(6)八九年のILO総会で九〇―九一年度に実施することを決議し、それを受けて財政規則を改正したのち九〇年一月一日から実施する、などが決まった。

 また、近年におけるILO予算の窮迫は、加盟国の分担金納入がいちじるしく遅れるケースがめだつことも大きな原因になっているため、理事会の提案をもとに分担金の早期拠出奨励策についても審議がおこなわれた。その結果、つぎのような内容の決議が採択された。

 「財政規則の規定によれば、加盟国は各暦年の分担金をその年の一月一日に納入しなければならず、ある国が分担金をタイムリーに納入しなければ、ILOの事業の遂行が妨げられ、また分担金をタイムリーに納入した加盟国が不利になるから、分担金をタイムリーに納入した国にたいしてなんらかの報償措置を講じるべきであることで合意して、(a)八九年一月一日から二年間を試験期間として、通常予算の一時的な余剰資金について生じる受取利息を基礎にした奨励制度を導入することを決定し、(b)さらに、この試験期間中このような受取利息の四〇%をワーキング・キャピタル・ファンドに繰り入れ〔現行規則では一〇〇%繰り入れる〕、残りの六〇%を分担金拠出奨励資金とし、分担金の全額を当該年の年末までに納入した加盟国に分配する。分配金額は拠出の日と金額に応じて〃S〃字形曲線を描く奨励金ポイント数にもとづいて決定する。」

 なお、八八―八九年度予算については、同じく第二四一回理事会で、支出をさらに一二六五万ドル削減することが決定された。これにともなって『各国労働法令集』(Legislative Series )の八九年中の休刊などが実施されることになった。

条約・勧告の適用

 この総会のためILOの条約勧告適用専門家委員会が準備した報告書『個々の国に関する一般報告および意見』(Report III, Part 4A)の第二部「個々の国に関する意見」では、日本については、(1)労働監督条約(第八一号)に関連して同盟が提起した日本における労働監督行政の不十分さをめぐる問題、(2)結社の自由・団結権保護条約(第八七号)に関連して消防士の団結権否認をめぐる問題、(3)有料職業紹介所条約(第九六号)に関連して、日本のいくつかの労組からの日本の労働者派遣事業法が同条約に違反するとの申し立て(この件に関しては、八七年二月の第二三八回ILO理事会が「違反せず」との判断を示した。『日本労働年鑑』第58集のこの欄を参照。専門家委員会は理事会のこの判断をテーク・ノートした)、および(4)同一報酬条約(第一〇〇号)に関連して同盟が提起した日本における男女雇用差別の問題がとりあげられた。

 特定の条約・勧告の適用状況に関する一般調査の報告にあてられる同専門家委員会の報告書(Report III, Part 4B)では、一九五八年の「雇用および職業における差別に関する条約」(第一一一号)および同勧告(第一一一号)の適用状況の分析と評価がおこなわれた。

雇用促進と社会保障(第二次討議)

 この議題は、社会保障と雇用政策の調整をはかり、従来失業補償のみの機能をもって運営されていた失業給付制度について、失業者の発生を可能なかぎり防止する機能および失業者が発生した場合に可能なかぎり円滑に再就職できるようにする機能をもあわせて持たせることを目的とした。すなわち、一九六四年の「雇用政策に関する条約」(第一二二号)は、「生産的で、自由な選択にもとづく雇用からなる完全雇用」の実現をめざしており、この目的を追求するためには、適切な手段をすべて講じる必要がある。そうした手段のーつとして社会保障制度を援用することがねらいとされた。

 第二次討議の結果、「雇用の促進および失業に対する保護に関する条約」(第一六八号)と「雇用の促進および失業に対する保護に関する勧告」(第一七六号)が採択された。第一六八号条約は、一九三四年に採択された失業給付条約(第四四号)にかわるもので、八部三九条からなり、社会保障制度と雇用政策の連携によって雇用を確保すべきこと、およびそのための方法について、原則的事項を詳細に規定する。第一七六号勧告は四部三〇項からなり、第一六八号条約の規定をより具体的な規定によって補足する。

建設業における安全衛生(第二次討議)

 建設業における安全衛生を扱った国際労働基準としては、一九三七年に「建築業における安全規定に関する条約」(第六二号)と「建築業における安全規定に関する勧告」(第五三号)、「建築業における災害予防のための協力に関する勧告」(第五五号)など四勧告が採択されているが、これらはいずれも内容がいちじるしく陳腐になり、しかも土木業を扱った基準がないところから、建設業を対象にした新たな国際労働基準が採択されることになった。そして、第二次討議の結果「建設業における安全衛生に関する条約」(第一六七号)と「建設業における安全衛生に関する勧告」(第一七五号)が採択された。第一六七号条約は第六二号条約にかわるもので、五部四四条からなり、総則、一般規定および作業の種類および設備の種類ごとの予防的・保護的措置の原則を定める。第一七五号勧告は第五三号勧告および第五五号勧告にかわるもので、四部五三項からなり、第一六七号条約の規定をより具体的な規定によって補足する。

原住民・種族民条約の改正

 世界に約三億人いるといわれている原住民・種族民(たとえば南北アメリカのインディアン、北ヨーロッパのラプランドル人、極北のエスキモーなど)の人権の問題を総合的に扱った国際基準としては、ILOが一九五七年に採択した「独立国における原住民ならびに他の種族民および半種族民の保護および同化に関する条約」(第一〇七号)が唯一のものとされる。この基準は採択当時のコンセプトを反映し、当該国における関係原住民・種族民にたいする保護措置を規定しているものの、彼らを多数派住民に同化させようとする「同化政策」にもとづいている。しかし、独自の文化・伝統をもって生活してきた原住民・種族民に同化政策をもってのぞむことは妥当でないという考え方がその後強まり、また、彼らが追い込まれた奥地まで開発の波がおよぶにつれて、彼らがますます圧迫される傾向が強まるにいたったため、第一〇七号条約を改正して彼らの文化・伝統および自立性を尊重し、彼らに影響がおよぶ諸決定について、彼らに参加の機会を提供するなどのコンセプトを盛り込むことになった。

 第一次討議の審議の過程で、第一〇七号条約にある population いう用語を peoples と改めるべきか否か、また土地に関する権利の問題をどう扱うべきかという問題をめぐって議論が紛糾し、明年の第二次討議に審議が持ち越された。
 なお、この議題が審議された際、北海道ウタリ協会の代表がオブザーバーとして出席した。

農村雇用促進(一般討議)

 発展途上国の失業と不完全就業の問題を緩和するためには、国民の大部分が極端な貧困のうちに生活している農村での雇用創出がきわめて重要である。そこで、(1)多収穫技術やバイオテクノロジーをも利用した農業生産の拡大とそれによる農業雇用および農家所得の引き上げ、(2)非農業企業(とくに農村の)の生産物にたいする有効需要の拡大、および(3)非農業部門における雇用と所得の上昇による農業生産物にたいする国内需要の拡大、というサイクルを実現して農村住民のための雇用機会の創出と所得および生活水準の引き上げをはかることを中心に一般討議がおこなわれた。その結果、こうしたアプローチが円滑に実践されるようにするために先進国、発展途上国およびILOがとるべき措置についての結論がまとめられ、それを実質的内容とする決議が採択された。

アパルトヘイトに関する宣言の更新

 「南アフリカ共和国の『アパルトヘイト』政策に関する宣言」は、一九六四年のILO総会で採択され、八一年のILO総会で更新された。これらはアパルトヘイト(人種隔離)政策を「品位のない犯罪的かつ非人道的な人種政策」として非難するとともに、ILOが「人類の社会的良心の代弁者」として同国のアパルトヘイト政策の廃絶に努力することを宣言している。しかし、同国における状況がいっそう深刻になっていることを背景に、八七年のILO総会のアパルトヘイト委員会はこの宣言の更新を八八年の総会の議題とすることを本会議で提案し、支持された(『日本労働年鑑』第58集四九六ページ参照)。
 第七五回総会における審議の結果同宣言は更新され、名称も「南アフリカ共和国およびナミビアにおけるアパルトヘイト政策にたいする反対行動に関する宣言」と改められた。
 なお、ILOはこの更新作業のため、八八年五月にジンバブエの首都ハラレで南アフリカの近隣諸国の代表による三者構成会議を開き、反アパルトヘイト対策に関する包括的な検討をおこなった。

中期計画

 第七五回総会には理事会および事務局長から一九九〇―九五年を期間とする中期計画案が提出された。この中期計画は、ブランシャール事務局長が八六年の第七二回ILO総会における事務局長報告書の第一部「変貌する労働の世界――今後の重要課題」のなかで提案し、同総会で強い支持を得た基本方針にもとづいて作成されたものである。ILOが中期計画をまとめたのは、七二―七七年、七四―七九年、七六―八一年、および八二―八七年の各計画についで、今回が五回目である。

 新中期計画は、(1)国際経済をゆるがす構造調整の波が経営・労働に与える衝撃にどう対処するか、(2)技術変化のマイナスの社会的影響をどう回避するか、(3)本格的な高齢化社会の到来のなかで社会保障制度をどう運営するか、(4)世界の二二億の労働力人口の六割が社会的保護を受けていない現実をどう打開するか、先進国と発展途上国に共通する深刻な失業問題をどう緩和するかなど、九〇年代における世界の緊急の労働問題にILOがとりくむための事業計画の大綱が示されている。

 第七五回総会で審議の結果、新中期計画案は承認された。

 新中期計画の内容を若干記しておく。新中期計画は、計画期間中は世界的に低成長がつづき、ILOの財政もいっそうきびしさを増すことが予想されるとし、ILO総会の刷新をふくめたドラスティックな合理化案を示している。ILO総会については、現行のILO憲章の規定によれば毎年総会を開催しなければならないが、大きな総会と小さな総会を交互に開くことにし、小さな総会で技術議題の第一次討議だけをおこない、その翌年に大きな総会を開いて、従来の総会におけると同様に事務局長報告、事業計画・予算審議、条約・勧告の適用に関する報告と、技術議題に関する第二次討議をおこなうようにすることは可能であろう、としている。また、従来は通常の総会のほかに海事総会が数年ないし一〇年に一回程度開催されてきたが、海事問題も通常総会でとりあげるよう提案しており、さらにILO地域会議や産業別の委員会などの合理化の必要性にふれている。

 新中期計画は、世界の失業と貧困を緩和するには、今後人口一人当たり年率三〜四%の国内総生産(GDP)成長率がつづくことが最低限必要とみているが、世界銀行などの予測では年率二%程度にとどまる見込みである。そうした状況のなかで、ILOの提唱で八七年に「貿易および構造調整に関するハイレベル会議」が開催されたが(『日本労働年鑑』第58集四九九ページ参照)、ILOはその会議の結論にもとづいてILOの世界雇用計画(WEP)の推進に努力を傾注し、インフォーマル・セクターをフォーマル・セクター同様に重視するなどの方針をとることによって、雇用創出と貧困緩和のためにいっそう実効性の大きな活動を展開することとしている。

 人権の問題は、中期計画でも重点項目の一つになっている。人権の保護と推進は経済社会進歩の前提をなすものであるが、長期不況の影響のために世界のさまざまなところで人権が脅やかされているため、ILOの人権関係条約の批准の促進と適用監視の強化に努めることにしている。人権関係の活動領域のなかでも、ILOはとくに結社の自由の保護、雇用および職業における差別の撤廃、三者構成主義の強化などを重視するとしている。
 基準設定活動については、既存の条約・勧告の見直しと新たな基準が必要な事項の選択について、理事会が八七年春に得た結論に沿って、計画期間中の基準設定活動を推進することとしている。
 ILOは、経済社会開発の遅れた国が国際労働基準を批准・適用できるようにする意図から技術強力活動を推進しているが、計画期間中は外部資金の調達と効果的・効率的な実施に最善の努力を払うとのべている。
 さらに新中期計画は、ILOが高度情報社会の到来に対応して、ハイテク技術を駆使して加盟国に適時適切な労働情報サービスを提供するために、国際労働情報システム(ILIS)づくりを推進するとのべている。

アキノ大統領とゴンサレス首相の特別講演

 フィリピンのアキノ大統領は、八八年六月一四日に本会議場で演説し、人権の保護を強く訴えた。同大統領はみずからがその渦中にあった同国の革命は「自由を進歩あるいは社会正義と引き換えることは不可能である」という教訓を残した、とのべた。これは、いかなる目的も民主主義的な方法によらなければ円滑には達成できないことを意味する。「貧しすぎてぜいたくな民主主義を手に入れることができないと考えられている国々こそ、実際には民主主義がなくてはやっていけない国であるというのは、奇妙に聞こえようが、否定しえない事実である」。同大統領はまた、貧困が人的資源の開発を抑制している状態を訴え、累積債務問題の公正な解決の必要性を強調した。

 ブランシャール事務局長が同大統領を総会議場で紹介した言葉のなかに、同大統領は「ILO総会で演説する初の女性国家元首」とある。

 スペインのゴンサレス首相は、八八年六月七日、本会議場で演説し、同国が労働組合の自由を憲法で保障するなど、市民的・政治的権利の推進へと進むようになったことについては、ILOに負うところが大きいとのべ、二一世紀の前夜にあたって公共当局が社会的権利の保障を効果的におこなう必要があることは明らかであるとし、また「社会的ダンピング」を基礎にして国際経済関係を築くことは不可能であると訴えた。

議題外決議は採択されず

 総会の決議委員会には、事前に一三の決議案が提出されていた。決議委員会は、内容の共通性にもとづいて併合するなどの措置をとったのち、審議の優先順位を投票によって決めた。第五順位まではつぎのとおりであった。(1)「パレスチナおよびその他の被占領アラブ地域における労働者および使用者の諸権利および結社の自由に関する決議案」、(2)「人権および労働組合権の尊重の強化におけるILOの役割に関する決議案」、(3)「雇用促進における自営および中小企業の役割に関する決議案」、(4)「環境および雇用に関する決議案」、(5)「労働安全衛生に関する決議案」。

 優先順位が第一位のイスラエル占領地域に関する決議案をめぐって審議が紛糾して進まず、このため第二位の「人権・労働組合権の尊重の強化におけるILOの役割に関する決議案」の審議も途中で時間切れになった。決議委員会から総会の本会議にたいして、二週間半にわたり一四回の会合を開いたが本会議に決議案を提出するまでにいたらなかった旨の報告書が提出され、採択された。

日本労働年鑑 第59集
発行 1989年6月26日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2000年2月22日公開開始


■←前のページ  日本労働年鑑第59集【目次】 次のページ→■
日本労働年鑑【総合案内】

法政大学大原社会問題研究所(http://oisr.org)