今期(一九八八年一月〜一二月)に言い渡しのあった労働関係最高裁判所判決・決定は、第64表のとおりで二六件である。最高裁判例の年間の件数は、ここ二年三〇件を越しているところであり、今期の件数は少ないが、その理由のひとつとして、集団的労働関係の判例が少なかったことがあげられる。
思想・信条の自由――東京電力塩山営業所事件東京電力塩山営業所事件は、思想・信条の自由にたいする侵害について、慰籍料請求が認められるか否かについて最高裁として初めての判断にのぞんだケースであるが、この問題にたいする最高裁の姿勢をあらためて示した事例として注目されるものであった。
事件の概要は、電力会社の営業所長が、内部情報が共産党機関紙に掲載されたことから、女子職員にたいして共産党員か否かを直接問いただし、かつ、共産党員ではない旨を書面にして提出するよう求めたとして、右女子職員が、会社および営業所長にたいし慰籍料の支払いを求めたケースである。一審判決(甲府地裁、八一年七月一三日)は、右事実を認定したうえ、一〇〇万円の慰籍料支払いを命じたが、逆に二審判決(東京高裁、八四年一月二〇日)は、右行為は不法行為にはあたらないとして、請求を棄却した。
これにたいして最高裁は、二審判決の結論を維持したが、その理論的枠組みはつぎのように二審判決とは異なるものである。「調査目的との関連性を明らかにしないで、上告人に対して共産党員であるか否かを尋ねたことは、調査の方法として、その相当性に欠ける面があるものの、前記赤旗の記事の取材源ではないかと疑われていた上告人に対し、共産党との係わりの有無を尋ねることには、その必要性、合理性を肯認することができないわけではなく、また、本件質問の態様は、返答を強要するものではなかったというのであるから、本件質問は、社会的に許容し得る限界を超えて上告人の精神的自由を侵害した違法行為であるとはいえない。」「企業内においても労働者の思想、信条等の精神的自由は十分尊重されるべきであることにかんがみると、Sが、本件書面交付の要求と右調査目的との関連性を明らかにしないで、右要求を繰り返したことは、このような調査に当たる者として慎重な配慮を欠いたものというべきであり、調査方法として不相当な面があるといわざるを得ない」が、「本件書面交付の要求は、社会的に許容し得る限界を超えて上告人の精神的自由を侵害した違法行為であるということはできない」。
本件行為の目的が企業秘密の漏えいに関する調査であるとすれば、右漏えいと上告人とのかかわりを問いただすことは一般論としては合理性を有するといえよう。しかし、それをこえて、特定の政党の党員であるか否かを問いただしたり、その否定にたいし、その旨を書面にして提出するよう求めることは合理性を欠くものであって、その意味で右の最高裁の論旨は問題を残している。
起訴休職――福岡中央郵便局事件起訴休職処分をめぐっては、これまで多数の判例が出されている。それは、企業の対外的信用の保持や対内的職場秩序の維持等の点から、起訴休職処分制度自体の合理性を肯定し、具体的処分に関してはなお限定して解する立場をとってきたといえよう。しかし、官公労関係の起訴休職処分については、公務の特殊性を強調することによって処分を容認しがちであった。また、当該起訴事実に関する一審無罪判決後の起訴休職処分の継続の当否について、判例は処分の継続を肯定する傾向にある。本判決も、こうした判例の傾向をうけて、つぎのような論旨により公務員にたいする起訴休職処分の一審無罪判決後の継続の当否について、その合理性を認めた事例である。
「国公法は、……休職処分後に当該刑事事件について無罪判決が言い渡されたが、それがいまだ確定していない場合については、何らの規定も設けていない。したがって、起訴された刑事事件につき第一審裁判所において無罪の判決が言い渡された場合においても、休職処分が当然に終了したものとみなされるものでないことはもとより、任命権者は、当然に休職処分を撤回すべき義務を負うものでもなく、起訴休職制度の前記の趣旨、目的に照らして、休職を継続する必要性が消滅したか否かを判断し、休職処分を撤回すべきか否かを決定することができるのであって、その判断は、任命権者の裁量に任されているものというべきであり、任命権者が休職処分を撤回しなかったことは、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合でない限り、国家賠償法一条一項にいう違法な行為には当たらないと解するのが相当である」。就業規則の不利益変更――大曲市農協事件
最高裁は、就業規則の不利益変更について、秋北バス事件(大法廷判決、六八年一二月二五日)で初めて判断を下して以降、タケダシステム事件(第二小法廷判決、八三年一一月二八日)において、労働条件の不利益変更の「合理性」判断につき、変更の内容および必要性の両面からの考察が要求されるとの立場を示してきた。ただ、変更の内容と必要性の両者の関連性については明瞭さを欠いていたため、最高裁の新たな判断が待たれていた。本判決は、農協合併にともなう退職金規程の改訂による退職金支給基準の変更の合理性について、つぎのような論旨により判断を下した。
「当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」「被上告人らが被った不利益の程度、変更の必要性の高さ、その内容、及び関連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、本件における新規程への変更は、それによって被上告人らが被った不利益を考慮しても、なお上告組合の労使関係においてその法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものといわなければならない。」時間外割増賃金の算定基礎――小里機材事件
時間外労働等にたいする割増賃金の算定に際しての算定基礎額からの除外賃金に関する労基法三七条二項および同施行規則二一条の規定は、行政解釈によれば、右除外賃金を制限的に列挙したものと解すべきとされてきた。本件は、時間外割増賃金の算定に際し、住宅手当、皆勤手当、乗車手当、役付手当が右算定基礎額から除外されていたのにたいし、被上告人らが、右各手当を算入して計算された割増賃金と既払分との差額等の支払いを求めたケースであるが、第一審(東京地裁判決、八七年一月三〇日)、第二審(東京高裁判決、八七年一一月三〇日)ともにこれを認容し、本判決もこれを維持した。本判決はとくに理由を付していないが、その結論は当然であり、最高裁がその立場を確認したという点で意義がある。
組合集会妨害と不当労働行為――池上通信機事件組合活動に関して最高裁は、国労札幌支部事件判決(第三小法廷、七九年一〇月三〇日)以降、企業秩序を重視する立場から企業の許諾を得ない組合活動を原則的に認めないという判断を示してきた。本判決も、この系譜のうえにたつ判例といえるが、組合集会に関する初めての判断を下したものとして注目される。
事件の概略は、組合が組合集会のための食堂利用の許可願いを会社にしたところ拒絶され、右食堂使用を強行したところ、そのつど会社により警告書交付、社内放送を利用した集会中止命令等の集会開催妨害行為がおこなわれたというものである。これにたいし、組合が不当労働行為の救済申立てをなしたところ、神奈川地労委はこれを認容し救済命令を出したため(八一年七月二七日)、会社がその取り消しを求め、一審(横浜地裁判決、八三年九月二九日)、二審(東京高裁判決、八四年八月三〇日)ともに、国労札幌支部事件判決の立場をふまえ、右救済命令の取り消しを認容した。
これについて本判決は、とくに理由を付することなく原判決を維持した。しかし、国労札幌支部事件判決の判断にたいしては学界からの批判も強く、しかも本判決が不当労働行為の救済命令の是非を問う行政訴訟であることからすると、国労札幌支部事件判決の論理がストレートに認められるわけのものでないなど、問題点が多くふくまれている。
なお、本判決には、伊藤裁判長の補足意見が付せられており、国労札幌支部事件判決の「使用者が当該施設の利用を許諾しないことが権利の濫用と認められるような特段の事情」を重視する考え方を示しており、注目される。同意見がいうように、本判決が維持した原判決は、少なくとも「その措辞からみて、労働組合又はその組合員が使用者の所有し管理する物的施設を利用して行う組合活動の正当性の判断について厳格にすぎる感を免れない」ということができよう。
日本労働年鑑 第59集
発行 1989年6月26日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2000年2月22日公開開始