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日本労働年鑑 第59集 1989年版
The Labour Year Book of Japan 1989

第五部 労働・社会政策

III 社会保障政策


1 社会サービスの多様化と福祉ビジョンの展開

新たな福祉ビジョンの骨格

 二一世紀初頭の「超高齢社会」という入口にたって、社会保障政策もまた、新たな展開をとげつつある。今後、高齢者人口が急速に増加し、かつ異なった意識と多様なライフスタイルをもつ人々が増大するなかで、社会保障政策は、より多様化し、より選択的で、より高度なサービスを志向するものへと、その理念と枠組みを変化させつつある。

 一九三八年一月一一日に創立された厚生省は、八八年一月に五〇周年を迎えた。一月二日に開催された「厚生省創立五〇周年記念式典」において、藤本厚生大臣は、五〇年の歩みをふりかえったのち、「わが国の社会保険の給付・福祉サービスは、欧米諸国と遜色のない水準に達し、平均寿命も世界一の長寿国となり、最高の衛生・福祉水準を誇っている」ことを指摘した。そして、今後の厚生行政については、「人類がはじめて達成した偉大な財産である長寿を、いかに活用して、理想的な長寿社会の建設に挑戦していくかが厚生行政の一大目標であるとし、(1)二一世紀を展望した人生八〇年型の社会システムの構築、(2)国民のニーズの多様化・高度化に対応する保健、医療、福祉施策の総合化と民間事業の活用を、具体的な課題としてあげた。

 政府としては、厚生行政は五〇年を経過して成熟期に入っているとの認識をもっており、来たるべき超高齢社会に向けて新しい政策ビジョンを模索していたが、その骨格がほぼかたまってきた。(1)政策ビジョン研究会報告「変革期における厚生行政の新たな展開のための提言」(一月)、(2)大蔵省・厚生省共同発表の「二一世紀初頭における社会保障の給付と負担の展望」(三月)、(3)政府による「長寿・福祉社会を実現するための施策の基本的考え方と目標について」(一〇月)の三つが、社会保障政策の今後の動向を占ううえで欠かすことのできない参考資料となる。

 〔政策ビジョン研究会の提言〕政策ビジョン研究会の提言は、厚生省の若手官僚による勉強会の成果をとりまとめたものであり、厚生省としての政策方針を示すものではないが、九〇年代から二一世紀へかけての政策論を占ううえで注目される素材を提供している。

 提言は、二一世紀に向けて、「成熟し安定した明るい高齢社会」を建設していくために、「今や社会保障制度は新しい発展の局面を迎えている」ことを確認し、「そのためには、これまでの社会保障政策の発想を転換し、新たな政策視点や政策手法を導入していかなければならない」としている。

 この提言が示す基本的な方向は、(1)施策の統合化(インテグレーション)、(2)施策の重層化・複合化(マルチプル化)、(3)都市政策的手法や産業政策的手法の導入の三点であるが、具体策として、「ウェル・エイジング・コミュニティー構想」や「アクティブライフのための新たな健康づくりプラン」を提唱している。

 〔二一世紀初頭の社会保障の給付と負担の展望〕 「二一世紀初頭における社会保障の給付と負担の展望」は、大蔵・厚生両省によって、八八年三月一〇日の衆議院予算委員会に提出された。これによると、わが国の社会保障給付費は、二〇一〇年には一九五〜二四〇兆円程度となって、八八年度にくらべ約五倍にふくらむ見通しであること、これにともない、国民の社会保障負担は、現在の四〜五倍(一二五〜一五五兆円)に、国庫負担も約四倍(四五〜五五兆円)にそれぞれ増大するとしている。社会保障負担と租税負担を合わせた国民負担率(対GNP比)は八八年度で三六・三%だが、大蔵省によれば二一世紀初頭には四割台となり、二〇二〇年には五割を越すことも予想されるとのことである。いわゆる新型間接税(消費税)の実現に意欲を燃やす大蔵省が、サラリーマンの負担を軽減し、国民が平等に租税負担をする仕組みに変え、高齢化社会の到来に備えるべきことを強調するための説得材料として提示した、とみることもできる。

〔長寿・福祉社会施策の基本的考え方と目標〕 「長寿・福祉社会を実現するための施策の基本的考え方と目標について」は、八八年一〇月二五日、厚生省と労働省から衆議院税制問題等調査特別委員会に提出された。これは、野党の要求にこたえて、税制審議に入る前提として、「行財政改革ビジョン」とともに提示された、いわば「社会保障ビジョン」とでもいうべきものである。

 内容は、厚生省が八六年六月にまとめた「長寿社会対策大綱」をベースにしているが、今回の「基本的考え方と目標について」は、高齢者の社会参加の推進など、長い生涯を健康で生きがいと喜びをもってすごすことができるような、明るい活力に満ちた長寿・福祉社会づくりという視点を重視するとともに、各施策の目標を具体的にわかりやすく示している。

 「基本的考え方」は、つぎの三点からなる。

 (1)高齢者が保護や援助の対象としてだけではなく、その豊富な人生経験や知識、技能をいかし、社会に貢献できる一員として、社会参加できるよう、必要な機会の提供と環境の整備を図る。

 (2)自立自助の精神と社会連帯の考え方に立ち、国民の基礎的ニーズについては公的施策をもって対応し、国民福祉の基盤の充実を図るとともに、多様かつ高度なニーズについては個人及び民間の活力の活用を図る。

 (3)人口高齢化の進展等にともない、長寿・福祉社会を実現するための国民の負担は、長期的にはある程度の上昇は避けられないが、経済の発展、社会の活力を損なわない程度にとどめる。

 また、「今後の施策の目標と方向」は、つぎの八つの分野におよんでいる。
 
(1)積極的な健康づくりと生きがいをもって暮らせる地域づくり
 (2)保健、医療、福祉サービスの連携と充実
 (3)児童の健全な育成と家庭の支援対策の強化
 (4)障害者の自立と社会参加の促進
 (5)高齢者雇用の推進
 (6)老後生活を経済的に支える所得の保障
 (7)良質で効率的な医療の供給と医療費の保障
 (8)長寿を支える研究開発の推進

 なお、厚生省創設五〇周年にかかわっての記念行事として、また「活力ある長寿社会の確立」政策の一環として、厚生省が力をいれたイベントの一つに「第一回全国健康福祉祭ひょうご大会」(ねんりんピック'88)がある。これは、八八年一〇月、兵庫県神戸市で開催された。

「長寿社会対策推進会議」の設置

 以上のような福祉ビジョンを現実化するため、厚生省では、省内に吉原健二事務次官を委員長とする「長寿社会対策推進会議」を設置した(八八年八月二日)。同会議は、これまでの「高齢者対策企画推進本部」にかわるもので、豊かで活力ある長寿社会を実現するための諸施策を検討・推進することを目的としている。

 検討の対象となるのは、(1)疾病の予防と積極的な健康増進、(2)老後生活の設計、(3)医療や介護を要する老人のケアのあり方、(4)公私の役割分担と民間サービスの導入のあり方、(5)高齢者が健康で安心して暮らせる地域社会・まちづくり、(6)長寿社会における児童の問題と家庭・家族の役割、(7)長寿科学等の研究の推進とその応用、の七項目である。

 また、これに先だち七月一日には、厚生省大臣官房に老人保健福祉部がおかれ、スタートしている。同部には、企画課、老人保健課、老人福祉課の三課がおかれ、高齢者にたいする保健、医療、福祉施策を総合的に推進する体制の整備がはかられた。これまでの保健医療局老人保健部(計画課、老人保健課)と社会局老人福祉課を統合し、より機能的な組織に再編成したものである。

社会保障マンパワーの育成・確保

 八八年七月に厚生省が発表した「昭和六二年簡易生命表」によれば、日本人の平均寿命(新生児の平均余命)は、前年にくらべ、男性は〇・三八歳、女性は〇・四六歳延び、男性七五・六一歳、女性八一・三九歳となっている。これは、各国と比較してみた場合、男女ともに日本人の平均寿命がトップにあることを示している。なお、国民年金の支給開始年齢とされている六五歳をみると、男性一六・一二年、女性一九・六七年となっており、六五歳になっている人の平均寿命は、男性八一・一二歳、女性八四・六七歳ということになる。

 このようにわが国は、名実ともに世界的な長寿国となりつつあるが、一方で高齢者世帯の増加、核家族化の進行、扶養意識の変化、ライフスタイルの多様化などにより、家族の構造・機能も旧来とは大きく変質してきている。また、生活水準の向上、自由時間の増大は、生活の質(クオリティー・オブ・ライフ)や、精神的な豊かさへの志向を高めることとなろう。

 『昭和六二年版厚生白書』は、このような状況認識のもとに、「今や我が国の社会保障はかつてのような欧米水準へのキャッチアップではなく、新たな成熟化時代を迎えつつあり、『クオリティー・オブ・ライフ』を求める国民のニードに積極的に対応していくことを求められている」とする。そのためには、「社会保障制度の改革も、これまでの個別制度毎の給付水準の適正化や給付と負担の公平化を図るための改革だけでなく、総合的な『社会サービス』充実のための供給面の改革を重視していく必要がある」。とくに、高齢化社会から超高齢社会へ推移するなかで、「保健・医療サービスだけでなく、介護サービスについても需要の増大が見込まれるところであり、超高齢社会を支える社会保障マンパワーの量の拡大と質の向上が今後の社会保障施策の大きな課題となっている」。

 こうして『厚生白書』は、「制度面の整備と併せて社会サービスの担い手であるマンパワーについて新たな視点に立った整備、改革」を訴えている。『厚生白書』の副題が、「社会保障を担う人々――社会サービスはこう展開する」とされたゆえんである。

 事実、今期においては、マンパワーを確保するための施策が進展することとなった。ここでは、とりあえず、(1)福祉サービス関連職種、(2)医療関連職種、(3)健康関連職種の三種に分けて、この一年の動向をみておこう。

 〔福祉サービス関連職種〕 福祉サービス関連職種で最も話題となったのは、「社会福祉士及び介護福祉士法」(八七年五月制定)による「社会福祉士」と「介護福祉士」の国家資格制度である。この制度は、八八年四月に施行されるとともに、その実務を運営するため厚生大臣指定の試験・登録機関として財団法人「社会福祉振興・試験センター」(本部・東京)が設けられた。このセンターにより、第一回の資格認定試験が八九年一月から三月にかけて実施されることとなっている。

 〔医療関連職種〕医療関連職種については、厚生省は八七年二月、「新たな医療関係職種の資格制度の在り方に関する検討会」を設け、資格制度化が要請されている職種のうち、a 臨床工学技士、b 医療福祉士(いわゆるMSW)、c 義肢装具士、d 補聴器士、e 言語聴覚療法士(いわゆるST)の五つの職種をめぐって検討をおこない、同検討会は、八七年三月つぎのような中間報告をとりまとめた。

 (1)臨床工学技士、義肢装具士については、業務の重要性に加え、適正な医療を確保する観点から、早急に資格法制化すべきこと。
 (2)残る三職種のうち、医療福祉士及び言語聴覚療法士については速やかに法制化すべきであるが、それぞれ若干の問題点が残されており、検討調整を要すること。
 (3)補聴器士については、法制上の問題が残されているため、当面自主的な認定制度を導入することなどにより適正な資質の確保に努めるべきこと。

 政府は、これを受けて、新たに「臨床工学技士」と「義肢装具士」の資格制度を定めることとし、その業務の適正な運用をはかるため、「臨床工学士法」おょび「義肢装具士法」を制定した。これらの法律は、八八年四月に施行され、第一回目の国家試験が、臨床工学技士については二月に、義肢装具士については一〇月におこなわれることとなった。

〔健康関連職種〕健康関連職種としては、「健康運動指導士」制度が創設された。これにより、健康づくりのための適切な指導をおこなうことのできるマンパワーを育成し、運動習慣の普及を通じて、成人病の発生予防、国民の積極的な健康増進をはかることを目標としている。この健康運動指導士資格は、「健康づくりのための運動指導者の知識及び技能の審査・証明事業の認定に関する規程」(八八年厚生省告示・一八号)」にもとづき、財団法人健康・体力づくり事業財団のおこなう「健康運動指導士審査・証明事業」を認定することにより、厚生大臣の事業認定資格として位置づけられている。

OECD、初の「社会保障担当大臣会議」を開催

 八八年七月六〜七日、パリのOECD(経済協力開発機構)本部で、OECDとしては初めての社会保障担当大臣会議が開催された。この会議は、八四年ごろから、わが国がOECDにたいし大臣レベルの会合をもつよう働きかけてきた結果開催されたもので、OECDの全加盟国(二四ヵ国)の社会保障担当大臣らが出席した。

 会議のテーマは、八五年に東京で開かれた「保健医療および年金政策に関する日本・OECD合同ハイレベル専門会議」における議論をふまえ、つぎの三項目となった。
 (1) 社会保障の将来像(社会保障の優先順位、公私の役割分担、高齢者対策、労働政策との連携)
 (2) 年金制度(公的年金の規模の調整、支給開始年齢の弾力化、企業年金・個人年金の充実)
 (3) 保健医療制度(医費療コントロールのための支払制度等の改革、老人の長期ケアの充実)

 このうち、最初のテーマである「社会保障の将来像」において、会議提唱国の日本から藤本厚生大臣が、導入演説として「活力ある社会(アクティブ・ソサエティ)を建設するために」と題するプレゼンテーションをおこなった。

 さらに、二日目には、「社会保障の将来」と題する労働力社会問題委員会閣僚レベル会議コミュニケがとりまとめられ、これを採択して会議を終了した。このコミュニケは、「より活力ある社会に向けて」、社会保障制度は「これからの数十年間もひきつづき重要な目的となるであろう」「すべての市民が、就労ならびに社会活動およびボランティア活動を通じ、生活している地域社会に参加する機会がもてるよう、社会保障政策がいっそう発展していく必要がある」と結んでいる。

日本労働年鑑 第59集
発行 1989年6月26日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2000年2月22日公開開始


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