二月二日、東京三区選出の池田克也代議士は公明党本部労働局主任の実弟をともなって記者会見し、弟の譲氏がファーストファイナンス社からの全額融資でリクルートコスモス株五〇〇〇株の譲渡を受け、八六年二月に売却して約一〇〇〇万円の利益をあげていた事実を明らかにした。池田代議士は、同日責任をとって中央執行委員と副書記長の辞任を申し出、一一月四日の中央執行委員会で了承されるとともに次期衆院選での公認も取り消された。
田代議員、砂利船収賄で逮捕一月一八日、参院大阪選挙区選出の田代富士男議員は砂利船転用に関連して全国砂利石材転用船組合連合会から謝礼としての現金一〇〇〇万円をふくめ、政治資金名目等で計七〇〇〇万円を受けとった疑いで大阪地検特捜部から取り調べを受けた。同議員はただちに離党届けを提出し、参院議長に辞表を郵送した。公明党の国会議員が収賄を問われるのは初めてのことである。この日、公明党は緊急中執委を開いて離党届けを受理するとともに矢野委員長が記者会見して陳謝した。また、大阪地検特捜部から起訴された一月三一日には大久保書記長が、大阪地裁で第一回公判が開かれた七月一八日には矢追広報局長が、それぞれ「事件を厳粛に受け止める」旨の談話を発表した。
池田創価学会名誉会長批判の表面化一九六七年に公明党が衆院に初めて進出して以来連続八回当選の大橋敏雄代議士(福岡二区選出)は、「創価学会と公明党を私物化している」として、池田大作創価学会名誉会長の退陣を求める手記を、五月一〇日発売の月刊誌『文芸春秋』六月号に発表した。現職の公明党国会議員が創価学会の最高指導者を公然と批判したのは初めてで、党の内外に大きな波紋を呼んだ。
これにたいして、六月六日、公明党中央統制委員会は金銭の不正授受や女性問題を理由に大橋議員を、現職国会議員としては結党以来初の除名処分に付した。大橋衆院議員の手記発表とその除名を契機に、公明党と創価学会の「政教分離問題」が再燃した。これに関連して、矢野委員長は、八八年六月一四日の第六〇回中央委員会の質疑のなかで、それまで必要に応じて開かれてきた創価学会との連絡協議会について、「今後は定期的な形にして、国民に今こういう話をしていると発表する形に運営を変える」と表明した。他方、秋谷栄之助創価学会会長も、この日、「今後は、定期的な『連絡協議会』を設置するよう、党と話し合いたい」との見解を明らかにした。
七月二九日に聖教新聞社の会議室で開かれた初の連絡協議会には公明党側から矢野委員長ら八人、創価学会側から秋谷会長ら八人が出席し、八九年の参院選や都議選への支援、党の基本路線、政策などについて意見交換がなされた。この連絡協議会は原則的に二ヵ月に一回程度開かれることになっていたが、八八年中に開かれたのはこの一回だけであった。
矢野委員長、「明電工事件」で疑惑八八年一二月九日付け『朝日新聞』は、巨額の脱税が摘発された「明電工事件」の中瀬古被告が八八年一月におこなった一〇億円の株取引で株を購入した名義人のなかに、矢野公明党委員長の現秘書二人と元秘書一人の名前があることを報道した。一二月一〇日、矢野委員長はこれを虚偽だとして、名誉毀損罪で朝日新聞社を告発した(八九年三月二三日取り下げ)が、一二日に記者会見し、明電工関連会社であるカロリナ社の株を担保に元秘書からあずかった二億円を石田明電工専務に融資する仲介を自宅でおこなった事実を明らかにした。
道義上の責任を指摘する声にたいして、委員長は一二月一七日の神奈川県本部大会でのあいさつで、政治献金の党管理や個人後援会の廃止など一連の不祥事にたいする再建策を示して全党的な議論を呼びかけ、一二月二八日の中央執行委員会では「党政治倫理確立と党改革委員会」(委員長=大久保書記長)の発足が決まった。
日本労働年鑑 第59集
発行 1989年6月26日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2000年2月22日公開開始