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日本労働年鑑 第59集 1989年版
The Labour Year Book of Japan 1989

第四部 労働組合と政治・.社会運動

II 社会運動の動向


4 反原発運動の活発化

 八六年四月のチェルノブイリ原発事故以来わが国の原発反対運動は新しい高揚を示しているが、八八年には「広瀬隆現象」(『朝日新聞』)、「原発現象」(『読売新聞』)という言葉が生まれるほどの広がりと盛り上がりをみせた。

 警察庁の調べでも、八八年中に開かれた反原発の集会は前年度の四〇一回から約三・三倍の一三一八回、参加者は同四万五〇〇〇人から約三・七倍の一六万五〇〇〇人へと大幅にふえ、いずれも同庁が調査を初めて以来の最高を記録した。これにともない参加者と警備側の衝突も激増し、前年ゼロ人であった検挙者も二二件三六人となっている。

 こうした運動の高揚に特徴的だったのは、これまで原発が運転あるいは計画されている地方が中心だった運動の現場が、都市部にも広がったこと、運動の担い手も主婦ら一般市民層に広がり、都市部を中心に少人数の運動グループがつぎつぎに誕生していること、集会や抗議要請行動の形態も、「人間の鎖」やダイ・インのほか、仮装行列、民謡・フォークソング、獅子舞などきわめて多様化していること、などである。

 八八年に入ってのこうした反原発運動の急速な高揚が「広瀬隆現象」と呼ばれたのは、ノンフィクションライター広瀬隆の一連の著作が運動の理論的支柱を提供してきたからであった。同氏の『東京に原発を』『危険な話』はともにベストセラーになり、これに触発された形で原発関連書籍が大量に出版され部数を伸ばした。なかでも、福岡県の一主婦が書いた『まだ、まにあうのなら──私の書いたいちばん長い小説』は二〇数万部も売れ、カセットブックにもなった。また、テレビ朝日系の深夜討論番組『朝までテレビ』では二度にわたって原発問題をとりあげ、話題となった。

 運動が従来の枠を越え、原発への関心が一般家庭の茶の間まで浸透するような状況を前に、これまで原発政策を推進してきた政府や電力会社も新たな対応を迫られているといえよう。
 〔主な原発反対運動の日誌〕
 2・9 愛媛県伊方町の四国電力伊方原発の出力調整試験に反対して、高松市で抗議集会。全国から主婦等もふくめて三〇〇〇人が集まり、四国電力、通産局に抗議。二九日には東京で四〇〇人が集会。
 4・23 「原発とめよう!一万人行動」。全国の反原発グループ、社会党、総評、原水禁など二四三団体二万人が集まり、通産省交渉など。
 7・20 北海道電力泊原発への核燃料搬入反対行動に二〇〇〇人(〜二一日)。
 10・3 北海道電力泊原発の建設・運転中止を求めて反対派住民一一五二人が提訴。また、住民投票条例の直接請求署名一○○万人を突破。
 10・8 青森県六カ所村の核燃料基地建設に反対して市民団体など「核燃いらねえ!六カ所村一〇月行動」、六〇〇人(〜九日)。
 10・17 北海道電力泊原発試運転強行に、市民団体など一〇〇〇人が北電本社前で抗議行動。
 10・23 反原子力の日。東京での集会で「脱原発法制定」にむけて一〇〇万人署名運動が提起される。
 10・30 「原発とめよう伊方集会」。全国から集まった三〇〇人が「人間の鎖」行動や三号機建設中止を求めるパレードなど。

日本労働年鑑 第59集
発行 1989年6月26日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2000年2月22日公開開始


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