今日、わが国の産業社会は大きな変化に直面しているが、それヘの円滑な対応は労使関係の当事者にとって大きな課題となっている。この課題にたいする労使の問題意識、解決方法について、日本生産性本部は「構造調整下の政労使の課題と役割に関する調査」を実施した。この調査は、一九八七年九月から一〇月にかけて、上場企業で従業員一〇〇〇名以上企業の人事労務担当部門代表者、組合員一〇〇〇名以上の企業別組合の中央執行委員長、全民労協加盟産業別組合リーダーを対象として実施されたものである((財)日本生産性本部『昭和六三年版労使関係白書』一九八八年三月)。
同調査の特徴的傾向をみると、まず、第一に、日本経済の現状について「かなり問題」とみている労使が大部分であり、将来的に悲観的見方は少ないものの、労使関係などについては当分現在のような状況がつづくと考えられている。第二に、円高の影響について、製造業では深刻に受け止めているが、非製造業はむしろメリットと感じている企業が多く、両者に顕著な差が示されている。第三に、全般的に労使の意見の相違が小さいことが特徴となっている。
こうした状況のなかで、労使関係の問題についてみると、労使の過半数が労働者福祉(賃金・労働時間をふくむ広義の生活水準)の現状が、企業活動における生産性向上に見合っているとするが、個別の人事管理、格差(配分)構造などを問題として生産性向上に見合っていないとする労使もある。
また、これまで労働者福祉の向上にたいして組合運動は賃上げ中心であったが、今後の福祉向上について使用者側は、賃上げ・時短以上に雇用安定にむけた能力開発の必要性を指摘し、組合側は、能力開発の重視とともに時短を指摘している。つぎに、賃金・労働時間を除いた福祉の重点として、使用者側は、前述の指摘と関連して、能力開発機会の確保をあげており、また組合側は、老後生活の保障・安定や職場環境の改善などを指摘している。
労働者福祉の向上策は能力開発に重点以上みてきたように、今後の労働者福祉向上にたいしては、能力開発に重点をおくことが指摘されているが、その具体的方法について使用者側は、「従業員の自己啓発に重点を置き、時間や費用の点で援助する」「スペシャリスト育成のための、企業の枠を越えて通用する専門能力開発の教育」などをあげている。また、組合側も「自己啓発援助」とともに、「退職前準備教育」や「職種転換教育」「スペシャリスト教育」などの必要性を指摘しており、項目については労使ともおおむね一致している。また、雇用安定のための職種転換の必要上、能力再開発に期待がかけられることになるが、これについては、その実効性を疑問視する意見も多い。その理由としては、年齢、職種上の理由、職種転換にたいする心理的抵抗、訓練する側の能力の問題などが指摘されている。
つぎに、労働時間問題も、労働基準法の改正にともない労使の関心が高まっている問題であるが、今後、実労働時間の短縮や休日の増加がなされる方向に進んでいる。この時短の実効性については、労使とも「法定労働時間の短縮」「週休二日制の推進」を指摘しており、そのため、使用者側としては政府主導による方法(法的強制をともなう方法とそうでない方法)を、組合側は「個別企業の生産性向上努力と労使間の合意にゆだねる」方法などをあげている。全体的には、労働時間問題は国内問題ではあるが、国際比較と配慮を無視できないとするのが労使の一般的見解である。
労使共通の課題は雇用と時短以上の労使関係の諸問題のなかから、共通の課題をさぐってみると、まず、基本的な問題は雇用である。今日の雇用に関する第一の問題は、「終身雇用」のゆくえである。わが国の特色といわれた「終身雇用」は、今日においては「雇用安定」と同義語として存在し、そこには、雇用重視の経営方針にたいする評価とその維持への期待がこめられている。こうした雇用尊重の姿勢が企業レベルの安定した労使関係の基礎をなしているのであり、そのため、労使ともに、雇用維持と人材活用を重視する考えを継続しようとしている。第二に、雇用の維持と能力開発の問題である。これについて、労使は、政府をもふくめて、地域における雇用開発へのとりくみについての協議、また、雇用の質的ミスマッチ解消のための能力再開発にむけて、費用負担問題をふくめた適切な役割分担の協議が望まれている。第三は、外国人労働力の問題である。これについて、この調査では労使ともその導入には肯定的であり、そのため、受け入れた場合の雇用処遇の問題のみならず、福祉、教育、その他生活上の問題についても十分な対策の必要性が指摘されている。
つぎに、時短の問題である。これについては、今後、生産性と労働時間との関連を考察すべきことが指摘されている。そのため、生産性向上の成果の時短への配分については、雇用機会の確保の問題との関連もふくめて、組合は時短にいっそう重点を置いた配分を考えるべきであり、これまでの戦術に固執することなく、考え方の一致があれば賃金・時短をセットとして交渉にのぞむといった、柔軟な協議の必要性が指摘されている。
いずれにしても、組合としても企業環境の今日的きびしさを深刻に認識している結果として「雇用の安定」を最重要項目としており、それに対処するために、「労使の合意形成を重視した企業の民主的運営」や「生産性向上への協力による労働条件の向上」といった経営参加にかかわる項目や、「近代的人事労務管理制度の確立」を強く志向している。そして、これまで企業別組合が成果をあげてきた企業内労使関係や労働条件に属する項目の重要性が相対的に低下し、組合の対外的かつ社会的機能に属する項目が以前にくらべて重視されている傾向にあるといえる(『日本労働年鑑』第58集一四八ページ)。
日本労働年鑑 第59集
発行 1989年6月26日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2000年2月22日公開開始