日経連(鈴本永二会長)は、一月二〇日に臨時総会を開き、財界の春闘白書ともいうべき『労働問題研究委員会報告』を採択した。これは、七四年の『大幅賃上げの行方研究委員会報告」以来の慣行で、八八年は一四回目にあたる。
八八年報告の大きな特徴は、前年までの大槻文平会長時代の『報告』とは異なり、好調な経済を背景に内需拡大に積極姿勢を打ち出し、「世界に役立つ日本へ」と国際協調を唱えている点である。また、教育問題への言及がみられない点も前年までとは異なる。全体的に、防御的な姿勢のめだった前年までにくらべて、積極的で自信に満ちた報告となっている。以下、各章ごとの要旨を紹介する(『日経連タイムス』八八年一月二一日付による)。
第一部「世界に役立つ日本へ−新しい経済体制の確立」は四つの部分からなっている。「一、日本経済のあり方と世界経済の現状」では、「構造改革を早期に積極的に進めることにより」、「世界経済の発展に役立つ経済大国として脱皮すること」が日本経済のはたすべき責務だとする。
「二、国際経済改善に向かって」は、市場開放が世界一の黒字国の責任であること、しかも、それによって構造改革が促進され、「日本経済の新たな発展のチャンスをもたらし」、「国民の実質生活水準の向上にも大きく役立つ」としている。
「三、内需拡大は本格実行の段階へ」は、(1)農業の市場開放、国家の規制撤廃により、「生活コストの引き下げ」を実現せよ、(2)「先端技術立国を目指せ」、(3)土地問題の早急な解決と民間資金の活用をはかって、「社会資本整備のチャンスを逃すな」、(4)地方自治体は「経営者として」の意識をもち、「自立する地域開発」をめざすべきであり、国も地方移転をもっと大規模におこなうべきである。また、地方の社会資本の整備と全国を日帰り圈にできるような交通施設の整備により、「次代を担う若者の進んで定着する地方経済圏を創造すべき好機である」としている。
「四、政府は政策の遅れを正せ」は、増税なき財政再建の堅持、国会の定数削減、国民負担の目標を定めた税制・社会保障制度の改革を主張し、国家財政の膨張を抑制すべきだとしている。まず「一、日本的経営の理念を基本に」は、日本的経営を労使一体となった参加意識と働きがいのある「人間中心の企業理念」ととらえ、その維持・発展を主張し、そのための雇用制度・人事システムの再構築を要望している。また、中小企業の経営のあり方について、大企業サイドからの配慮を求めている。
つぎに「二、労使の取り組むべき課題」では、生産性基準原理の堅持を確認するとともに、賃上げよりも物価や地価の引き下げによる生活水準の引き上げを重視すべきであり、時短をするなら賃上げは抑制すべきである、連合と政策論議を深め、春闘方式を見直したい、としている。
賃金と時短をセットにした連合春闘を評価日経連は、八八年五月一八日に四一回定時総会を開き、例年どおり春闘の総括をおこなった。八八年の総括は、上述の『報告』と同じく、防御的な姿勢が後退し、賃上げによるコストアップを企業努力によって吸収するよう求めたり、時短にも積極的に対応するよう主張している(「鈴木会長あいさつ」『日経連タイムス』八八年五月一九日付)。
また、小川泰一専務理事は「労働情勢報告」のなかで、「春闘方式の改善」について連合や鉄鋼大手労組の姿勢を評価した。これは、上述の『労働問題研究委員会報告』で主張した、物価引き下げを重視した生活水準引き上げや時短は賃上げとセットで考慮すべきとの主張を労働組合が受け入れる動きのあったことを評価したものである。「労働情勢報告」によれば、「連合が、今春交渉を『春季総合生活改善への取り組み』と銘打ち、賃金問題を主軸としながらも労働時間短縮と物価、土地、税制など政策制度改善をあわせた多角的な取り組みを進めたことはきわめて注目すべきことである」。また、鉄鋼労組は「賃金問題とセットで労働時間短縮を要求」し、労使で労働時間問題検討委員会を設けようとしている。「鉄鋼労使のこの動きは、労働時間短縮は賃上げ同様、人件費コスト問題である、という共通認識に立ち、その上で時短を実現しようという新しい動向として大いに参考になる」。
さらに小川専務理事は、前年日本の対南アフリカ共和国貿易量が世界一になり、その後も増加していることにふれ、アパルトヘイト撤廃にたいする企業の理解と慎重な対応を要望した(「労働情勢報告」『日経連タイムス』八八年五月一九日付)。
なお、日経連はこの大会で創立四〇周年を迎えた。
わが国の最低賃金は、地域別最低賃金とともに産業別最低賃金制度も設けられている。地域別よりもやや高い産業別最賃について、日経連はかねてから廃止を主張していた(「主張」『日経連タイムス』八八年五月二六日、一〇月二〇日付)。中央最低賃金審議会でも、現行産業別最低賃金を整理・廃止し、労使が必要と思うものにかぎって設定する方針を決めている。各県の地方最賃審議会で産業別最賃の存続の是非が検討されているが、日経連は、この審議の進め方について、六月二八日、中村労働大臣ら労働省幹部と懇談をおこなった(『日経連タイムス』八八年六月三〇日付)。
日経連の労働時間短縮への提言労働基準法の改正により、労働時間の短縮がはかられることになった。これに関して、日経連は労働時間専門委員会で検討をおこなっていたが(『日本労働年鑑』第58集)、その「報告」を基に「提言」が作成され、発表された。この「提言」は、基本認識として、「密度の高い価値ある仕事と充実した余暇との調和」を「労働時間問題の原点」と考え、それを追求するにあたって(1)労働条件改善、(2)競争力強化、(3)個人の価値観の多様化・欲求の変化等と企業経営とのバランス、の三つの基本的視点で考えていくことが重要であるとのべている。
以下、「提言」の具体的なとりくみをのべた部分を紹介する。経営にたいしては、労働時間の柔軟化などによるコスト・アップの吸収、労働組合にたいしては、コスト・アップ吸収と生産性向上への協力、そして政府にたいしては画一的行政指導の回避と中小企業の実情への配慮、名目賃金が上がらなくても生活向上がはかれる環境の整備をそれぞれ要望している(『日経連タイムス』八八年二月一八日付)。
【日経連の提言】
経営としての基本的な取り組み姿勢
(1)年間総実労働時間の短縮をめざすこと。
(2)コスト・アップ吸収策の実現なしに労働時間の短縮はありえぬこと。
(3)中・長期に目を向けた人事・労務管理の改革ヴィジョンのなかで考え、労組との間で検討を重ね、コンセンサスを確立しつつ計画的に推進していくこと。
l 経営が取り組むべき課題
(1)中・長期的に労働時間をどうすべきかについては、個別企業がその経営実態に即して、具体的に検討、実施する必要がある。
(2)コスト・アップ吸収のためには、従来の画一的管理から労働時間のより柔軟な多様化へと重点的な対策が必要である。
A、短期的課題の着眼点
・コスト意識の醸成、労働密度の集中度向上のための具体例
・ノーワーク・ノーペイの原則の再確認、その他効率的な労働時間管理 の推進
・変形労働、裁量労働等の弾力的労働時間制の検討
・パート・タイマー、派遣労働者の活用
・FA、OA、POS等の導入または推進
B、中・長期的課題の着眼点
・市場創造策
・高付加価値商品・サービスの開発
・価格体系の適正化努力
・年功管理から、より実力主義への人事管理の再構築
・付加価値を失わせる過当競争の回避等
2 労働組合に対する期待
(1)コスト・アップ吸収の厳しい対策を伴う労働時間短縮の企業努力に対しパートナーとしての積極的な協力。
(2)密度の高い価値ある仕事を創造するために旧来の労働慣行(たとえば、これと反する慣習等)の抜本的な見直し。
(3)賃金選好は根底に個人の意識があるが、労組においても名目賃金増額要求からの意識脱皮と時間外労働削減による収入減への柔軟な姿勢
(4)変形労働時間制、みなし労働時間制等の労働時間の効率的な運用に不可欠な労使協定へのタイムリーかつ柔軟な姿勢。
3 政府に対する要望
(1)労働時間に関する行政の画一的指導と介入の回避。
(2)行政諸手続きの簡素化、各種の規制緩和等による側面からの生産性向上援助。
(3)実質的生活向上のための次の施策の実現。
イ、消費者物価の引き下げと安定化
ロ、輸入品市価の一層の引き下げ等、消費者物価の国際水準化未達成の解消
ハ、土地・住宅取得費用の引き下げ
ニ、勤労所得に対する税制の見直し
ホ、中小企業省力化投資等に対する一層の金融、税制優遇措置
へ、公共資金の活用等による余暇コストの低減(安いレクリエーション・文化施設の増設、通勤交通事情の緩和)
(4) 改正労基法について。
(1)週法定労働時間の四六時間以降のステップについては、企業環境の厳しさ、ならびに特に中小企業以下の企業の実態を十分に考慮されたい。
(2)同様に、行政指導については、法制度の周知や企業の実行上の支援 に重点を置かれたい。
日本労働年鑑 第59集
発行 1989年6月26日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2000年2月22日公開開始