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日本労働年鑑 第58集 1988年版
The Labour Year Book of Japan 1988

第三部 労働組合の組織と運動

II 労働組合全国組織の動向


6 主な単産の大会

日教組、左右対立で組織混乱

 日教組は、第六三回臨時大会(八七年三月一三日)を開催したものの、八五年の定期大会以降、定期大会を開催できず、八七年八月一日以降は、方針も予算もないという完全な機能麻痺の状態に陥った。そのため、総評第七七回定期大会には、組織としての統一的な対応ができないままのぞんだ。同大会で、中小路書記長(主流左派)は、日教組の多数意見という形で、問題点が未解決のまま連合への移行は容認できない、総評の九〇年解体には反対、官公労の統一は「目標とプロセス」で枠をはめず自主的な立場を保障せよ、と発言したが、唐川書記次長(主流右派)が「中小路発言は日教組を代表するものではない」と発言した。また、その後の採決でも、主流右派は総評方針に賛成、主流左派は保留、反主流派(統一労組懇系)は運輸一般など統一労組懇系四単産の修正案に賛成と、はじめて公然と三派に分かれた。

 その後、主流左派の山本副委員長・中小路書記長や反主流派の宇野中執ら二一中執の呼びかけによる「日教組の現状を打開する全国代表者会議」が開かれ、主流左派と反主流派との提携による定期大会の一一月開催が展望されたが、一一月五日、主流派の左右両派は、総評調停によって、(1)社会党員協議会の機能回復、(2)田中委員長、中小路書記長の委員長選挙不出馬、(3)定期大会の一二月開催、で合意に達した。しかし、予定された期日が延期され、事態の打開は八八年に持ち越されることになった。

自治労、労戦統一にふみこんだ方針、反主流派代議員権剥奪

 自治労の第五二回大会(八七年八月二九日〜九月一日)は、一九九〇年に労働戦線統一の全的統一を達成し、同時に総評の解体をはかるという、これまで以上にふみこんだ方針を決定した。労働戦線問題では、三つの修正案が提出されたが、岩手県など六県の共同修正案が出席代議員一一一一人中、賛成二四六、都職労の修正案が賛成二五〇で少数否決され、執行部の原案が賛成八四六で可決された。

 なお、役員の改選では、ILO理事になった丸山委員長にかわって、高野俊栄新潟県本部委員長を新委員長に選出した。

 また、自治労大会に先立つ総評第七七回定期大会では、反主流派代議員が初めて公然と総評方針反対、統一労組懇系四単産の修正案支持を表明したため、本部はこの八人の代議員権を剥奪するという対応をとった。代議員権を剥奪されたのは、大牟礼藤男(都職労委員長)、加藤辰男(岩手県本部副委員長)、小室仁弥(埼玉県本部委員員長)、小林洋二(千葉県本部副委員長)、稲葉洋(静岡県本部副委員長)、板崎進(愛知県本部副委員長)、則包雄三(京都府本部副委員長)、大沢博(愛媛県本部委員長)の各氏である。

国労、復帰者もむかえて四万三〇〇〇人

 国労は国鉄の分割・民営化問題で、経営側や他の組合からの攻撃によって、前年は脱退者が続出したが、八七年四月一日の分割・民営化前後からは復帰者をもむかえ、組合員数は四万三〇〇〇人を維持した。

 第五一回定期大会(八七年九月二〜五日)は、(1)差別反対、雇用確保、(2)労働協約改訂(無協約状況でたたかう)、(3)組織整備・強化・拡大、(4)「全民労協に行かない、いけないすべての労働組合連絡会」結成の呼びかけ(これは、その後一二月に「八八春闘懇談会」として組織)、(5)「交運労協」問題の職場討議などを決定(その後、八八年三月の中央委で加入を決めた)。大会におけるはじめてのスト権確立投票は、賛成一九二、反対二の圧倒的多数で可決した。

 また、政党支持の自由をもとめる修正案は、一九四人中八四人の賛成で否決した。ただし、地方本部の大会では、政党支持の自由を決めたり、これに変更したり、見直しをはかる動きがめだった。

JR内最大一二万七〇〇〇人の「鉄道労連」誕生

 鉄道労連の第二回全国大会(八七年七月三〇〜三一日)は、鉄労・動労・日鉄労・社員労・鉄輪労の解散を確認し、統一体としての鉄道労連が誕生、公称一二万七〇〇〇人のJR内最大の組合となった。すでに全民労協に加盟していたが、「連合」への加盟を決定し、「連合」の国際自由労連加盟にともなって、「その一員として加盟」することを確認した。統一体になる前の七月には、鉄労が脱退を決め、鉄産総連との間にゆるやかな協議会を設けるなど、鉄労系と動労系の対立が表面化した。鉄労系は八月に再加盟したとはいえ、依然内部に矛盾をかかえた状態にある。

鉄産総連ふるわず三万人台

 鉄産総連は、国労を脱退した旧主流派により八七年二月二八日に結成された。第二回全国大会(八七年八月二九〜三〇日)は、労使協調を打ち出した方針を決定したが、組合員数は前年の国労第五〇回臨時大会後に結成した「日本社会党国労全国地万本部連絡会」が目標としていた七〜八万を大きく下回る三万人台にとどまっている。

反主流派を除名した「新生合化労連」

 合化労連は、八六年一二月一二日の第七二回臨時大会で反主流派の三九組合を除名したが(くわしくは本年鑑第五七集の二八二ページを参照)、「新生合化労連」の第七四回定期大会(八七年七月二○〜二一日)は、反主流派の除名によって、方針は波乱なく満場一致で採択された。

合化労連の被除名組合で「全国化学」結成

 合化労連を除名された組合で結成されていた「合化労連再建協議会」は、八七年一〇月二〇日、新しい産業別組織として「全国化学労働組合協議会(略称=全国化学)」を結成した。参加組合は四二組合で、二万七〇〇〇人、役員は議長に石川二郎(日研化学労組委員長)、事務局長に井手征男(住友スリーエム労組委員長)を選出した。

全国一般、左派執行部を選出

 役員選挙のみを議題として八六年一一月一〇日に開かれた全国一般第三九回定期大会の続開大会は右派代議員のボイコットで流会したが、八七年四月二九日の臨時大会で従来の役員を暫定執行部として選んだ。

 第四一回定期大会(八七年七月三一〜八月二日)は、執行部が「連合」加盟に直接ふれないながらも、「総評方針にもとづいて対応する」と提案した。これにたいして、千葉、埼玉両地本が「連合」不参加を明確にする修正案を提出した。討論のすえ原案を多数で採択し、修正案は少数否決した。

 役員選挙では、右派が最終日に中執を含めて立候補を辞退し、富岡郁夫委員長を中心とする左派執行部が選出された。その後右派は、一〇月三一日に二〇地本を結集した「連合加盟をめざす地本連絡会」を結成した。

鉄鋼労連、政策要求のとりくみ強化

 鉄鋼労連の第七七回定期大会(八七年九月二三〜二五日)は、前年一二月から八七年二月までに、鉄鋼五社が合計四万四三〇〇人に上る人員削減の計画を発表するなかで開かれた。方針は「総合生活闘争の再構築」として、名目賃上げは生活向上の手段として相対的地位を弱め、政策要求が重要度を増したとして、そのとりくみを強めること、時短と賃上げをセットにすることなどを決定したが、中小労組からは疑問の意見も表明された。また、八七春闘で断念したベア要求の復活、「連合」への加盟(賛成三八八、無効五)、一九九〇年の総評解体時までの総評加盟継続を確認した。

全港湾、交運労協参加に慎重に対応

 全港湾の第五一回定期大会(八七年九月九〜一一日)は、労働戦線統一問題に集中し、とくに交運労協への対応問題が焦点になった。まず、「連合」については加盟を保留することを決定した。しかし、交運労協については、執行部が「可能な方向で一定期間、職場討議をすすめ」「態度を決定する」としたため、左派系の阪神支部・築港支部から「一地本でも加盟に反対、または保留の地本があるかぎり、加盟を保留する」という修正案が提出された。激論のすえ、結局、亀崎委員長が修正案と出された意見をふまえ、「拙速はせず慎重に対処する」という答弁を行い、両支部は不満を残しつつもこれを了承した。

全国金属、「連合」への参加を決定

 全国金属の第六〇回全国大会(八七年八月二六〜二八日)は連合への参加を提案し、無記名投票の結果、賛成一九一、反対四七、白票一でこれを決定した。大会では、統一労組懇系、社会党左派系、無党派左派がはじめて一四人連名による共同修正案を提出して注目されたが、少数否決された。なお、会場入口では、全国金属一三〇〇支部中三二〇支部連名の連合加盟反対のビラが配布された。全国金属の前年度方針は全金同盟、全機金との「機械金属共闘」を重視したが、今年度は「連合」のもとでの金属部会の活動を強調した。

私鉄総連、「連合」加盟正式決定、反対派は四分の一

 七月の定期大会で連合への加盟問題に関して結論を出さずにいた私鉄総連の第五三回臨時大会(八七年一〇月一四日)は、「連合」への加盟問題のみをめぐって開催され、無記名投票の結果、賛成三二〇、反対一〇八、保留二、白票二で加盟を正式に決定した。八三年の臨時大会と同様に、加盟反対勢力が約四分の一を占めた。

全電通、労戦官民統一を八九年と決定

 全電通は第四一回定期大会(八七年七月八〜一〇日)で、総評から「連合」へと運動の軸足を移動し、労働戦線の官民合わせた統一を総評方針より一年早い八九年とするために全力をあげ、総評加盟も八九年までとする方針を決定した。

全逓も全的統一を八九年と強調

 全逓は第四一回定期大会(八七年七月七〜一〇日)で、森原委員長が労働戦線統一再編問題で全的統一の時期を総評方針より一年早め、八九年にすべきだと強調した。大会の討論の焦点になったのは、郵政事業の変化に対応した「労働力移動と職歴形成」のルール化を組合側から提起する問題で、反対論や慎重論が続出した。

海員組合、雇用とペルシャ湾安全航行を議論

 前年の大会で外航船員の約四割にあたる一万人の人べらしを事実上容認する方針を決めていた海員組合の第四八回定期大会(八七年一一月一〇〜一三日)は、雇用問題とペルシャ湾航行の安全問題を中心に議論され、また全民労協にひきつづき、「連合」への加盟を決定した。

医労協、産別機能を強化して「日本医労連」を結成

 統一労組懇加盟の最大の全国組織である日本医労協の第三六回大会(八七年七月二三〜二五日)は、結成三〇周年を迎え、従来の協議体組織から産業別機能を強化した連合体へ移行・発展させ、「日本医労連」を結成した。

全建総連、「連合」加盟を保留

 全建総連は、売上税反対・マル優廃止反対の運動では独自集会の開催など強力な取り組みを展開した。全建総連は、全民労協、「連合」に加盟しない単産としては最大の組合であるが、労働戦線問題では八一年に「統一四原則」を決めており、第二八回定期大会(八七年一〇月二一〜二三日)でも「連合」加盟を保留する旨の決定を行った。加盟組織中、最大の東京土建(七万五〇〇〇人)は、万一全建総連が加盟を決めるようなことがあっても同調しないとの態度を明確にしている。全建総連は、この一年で最も多くの組合員増(二万人強)をはたした組合であった。

石油労連、産別組織再編の第一号

 石油労連の第二回大会(八七年一〇月二三日)は、前日の全石油、石油同盟両組織の解散を受けて、同労連への一本化、「連合」と化学エネルギー労協への加盟を決定した。労働戦線の統一再編のなかでの産業別組織再編の第一号となった。

【参考資料】(1)『れんごう』、『れんごう政策資料』、(2)『全民労協ニュース』、全民労協『政策資料』、同『闘争情報』、(3)『総評新聞』、『日刊総評』、総評『国際労働運動』、『総評第七七回定期大会資料』、(4)『同盟新聞』、『どうめい』、『政策コンパス』、『同盟第二四回臨時全国大会資料』(5)『統一労組懇一九八七年度年次総会関係資料』、『同一九八七年度臨時総会関係資料』、機関紙『統一労組懇』、機関誌『世界労働情報』(6)『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『日経新聞』、(7)その他、各単産の大会資料・機関紙誌

日本労働年鑑 第58集 1988年版
発行 1988年6月25日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
****年**月**日公開開始


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