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日本労働年鑑 第57集 1987年版
The Labour Year Book of Japan 1987

第四部 労働組合と政治・社会運動

III 政党の動向


3 日本社会党

3 大会・中央委員会
(2) 第五〇回定期全国大会
委員長あいさつ

 社会党第五〇回定期全国大会は、八五年一二月一六〜一八日、東京の九段会館で開催され、代議員総数四九四人(ほかに審議権のみ二人)中、三六七人(一二月一六日午前一〇時二〇分現在)が出席した。大会冒頭、あいさつに立つた石橋委員長は、「残念ながら『ニュー社会党の頂上はまだ見えません』と、答えるしかない」と述ぺ、都議選での敗北など、「事態は非常に深刻であり、いまだに長期低落傾向に歯どめがかかっていないこと」を認めた。そして、「本大会の選択が、掛け値なしに日本社会党の運命を決めることになる」として、「結集」と「政権への執念」の二つを強調した。前者については、「場合によっては保守勢力との間においてすら結集は必要」との見解を示し、後者についても、「あれは駄目、こんなケースは許されないといったふうに、自ら連立・連合の選択の幅を狭め、政権奪取の意欲が疑われるようなことがあるとすれば、それは、政党として決して正常とはいえない」と述べ、自民党の一部との共闘や保守をも舎む幅広い連合の路線を考えていることを表明した。また、「新宣言」については、「果てしない議論のむし返しは、一時的休戦でもよいからしばらくやめてもらえないか」として論争の停止を要請しつつ、「いくら間違っているとか右傾化はけしからんと批判してみたところで、事態は何も変わらない」と、反対論に反論し、〃結集〃のシンボルとして」今大会での採択を訴えた。

大会経過

 大会では、委員長あいさつに先立って、勝間田衆院副議長、黒川総評議長ら来賓のあいさつをうけ、委員長あいさつの後もこれはつづけられ、藁科中立労連議長、河合新産別委員長など計一五人が来賓としてあいさつした。その後、田辺書記長による一般党務報告、島上統制委員長による中央統制委員会報告、藤田財務委員長による八五年度中央本部一般会計および機関紙会計等各特別会計中間収支報告、児玉会計監査による同監査報告がつづいた。このなかで田辺書記長は、新宣言案について、「七七年以来の党改革論争に終止符をうつために、いわば、全党の英知を結集した最大公約数的性格をもつ」として、「この四〇周年の記念すべき大会で、満場一致採択」するよう「強く要請」した。質疑の後、田辺書記長が、八六年度運動方針案および「日本社会党の新宣言」案を提案し、第一日目の議事を終了した。

 第二日目は、(1)運動方針、(2)組織・財政・機関紙、(3)政策の三小委員会に分かれで議案審議がおこなわれた。運動方針小委員会には、(1)運動方針第一部(党建設のうち党勢拡大、機関紙活動の中期展望を除く)、(2)同第二部のうち国民運動、国民生活活動、国際活動、(3)日本社会党の新宣言(案)、(4)選挙対策方針にかんする件が付託され、「新宣言」(案)については後に回して調整をはかることとし、それ以外は、満場一致で採択された。組織・財政・機関紙小委員会には、(1)運動方針案第一部のうち党勢拡大、機関紙活動の中期展望、(2)運動方針案第二部のうち組織活動、労働運動、農漁民運動、機関紙活動、中小企業活動、青年対策、婦人運動、宣伝・広報・市民相談活動、(3)八六年度財政方針おょび中央本部一般会計予算(案)、(4)『社会新報』日刊化推進委員会報告が付託され、延べ四一人が発言した後、全議案が満場一致で採択された。政策小委員会には、(1)運動方針案第二部のうち政策活動、自治体改革活動、教育文化活動、(2)日本社会党中期社会経済政策(案)が付託され、二一人の発言の後、いずれも満場一致で可決された。

 第三日目は、一〇時から本会議が開かれ、役員改選についての定数の承認、組織・財政・機関紙おょび政策の両小委員会報告の承認の後、「国鉄の全国ネットワークを堅持し国民の足を守る決議」など七つの決議を採択した。この間、「新宣言」採択をめぐり舞台裏での調整がつづけられたが不調に終わり、「新宣言」については続開大会で処理することとして、「新宣言」部分を除く運動方針小委員長報告を満場一致で承認、議長によって休会が宣言された。

「新宣言」(案)の審議
 「新宣言」(案)は、大会第二日目、運動方針小委員会で審議に付された。ここでは二五人が発言し、北海道・東北六県の書記長が補強意見書を提

出、社会主義協会の上野建一代議士や福岡など二〇県本部の有志と社青同の代議員一〇〇人連名の修正案も提出された。この修正案は「新宣言」(案)の骨格部分についてほぼ全面的に削除・修正を求める内容であり、執行部側にとっては「とうてい受けいれられない」(『朝日新聞』八五年一二月一七日付夕刊)ものであった。質疑打ち切りの後、執行部と修正案提出者および補強意見書提出者の代表との協議がおこなわれ、執行部は原案の一部修正と書記長見解で合意するよう求めたが、修正案提出者との調整は不調に終わった。その後、小委員会で田辺書記長は原案修正を提案するとともに二点の見解を表明し、修正案を賛成五〇、反対九四で否決、執行部提案を賛成九三、反対五四で可決した(出席代議員一五六人)。大会第三日目、本会議開会に先立って開かれた大会運営委での「新宣言」の扱いについての討議に際して、再び見解が対立し、円満な解決を求める意見も多く出されたため、運営委員長が動議を預かり、議長団とも協議することとし、これを後回しにして議事を進めることが確認された。本会議審議と並行して、議長団と正副運営委員長の協議、全国都道府県委員長会議、執行部代表と修正案提案者代表との協議、各県の代議員団協議などが相次いでもたれたが、意見の対立は解消せず、議長団と正副運営委員長の再度の協議の結果、「本会議で『新宣言』部分を除く運動方針小委員長報告を処理し、『新宣言』と役員改選については継続討議とし、続開大会で満場一致処理するよう努力する」ことで一致し、大会運営委員会もこれを承認した。こうして、「新宣言」(案)をめぐる審議とその採択は、続開大会にもちこされることになった。

続開大会までの折衝

 八五年一二月二四日、大会議長団五人が「続開大会成功のために訴える」と題するアピールを発表したのにつづいて、八六年一月一六日、党本部で都道府県本部委員長会議が招集され、「新宣言」が満場一致・円満に決定されるよう「全力で対処する」などの座長集約を確認し、執行部側・修正案提出側双方とも話し合いの意向を表明した。一月二〇〜二一日、議長団の仲介で党本部で開かれた田辺書記長ら執行部と竹村俊夫代議員(福岡)ら修正提案者代表との協議の結果、議長団の発議による「決議」をあわせて採択することとなり、二一日には案文についての合意がなった。これをうけて、大会運営委が再開され、(1)新宣言については文言の修正はおこなわない、(2)修正の主張にも配慮して議長団の発議による「大会決議」をおこなう、(3)両者をあわせて満場一致とするなどの志苫大会運営委員長の提案が了承され、続開大会再開の運びとなった。

続開大会

 八六年一月二二日、第五〇回定期全国大会の続開大会は東京・一ッ橋の日本教育会館で開催された。一〇時一五分から開かれた本会議では、森下運動方針小委員長が一二月の大会で留保した「新宣言」関連部分の報告をおこない、これを満場一致で承認し、「新宣言」を採択した。つづいて安井議長が、「歴史と伝統をふまえ」、「安易な保革連合はとらない』、「党各機関で調査、研究、検討」した「成果」を「新宣言に反映させ」、「運動を重視する」など、五項目にわたる「新宣言にかんする決議」を提案し、満場一致で採択された。この「新宣言」の採択によって、社会党の現綱領と網領的文書「日本における社会主義への道」は、歴史的文書としてお蔵入りとなり、社会党は西欧型社会民主主義的路線に転換した。また、同時に、長年にわたった党内の路線論争もこれによって一応の終止符がうたれる形になったが、「決議」第三項は「新宣言」の見直しにも道を開いており、論争の火種が完全に消滅したわけではない。

 社会党の「新宣言」採択について、八六年一月二三日、自民党全国幹事長会議であいさつにたった中曽根首相(総裁)は、「国家の安定、合意形成について好ましいものであり、歓迎する」と、これを評価した。他方、一月二五日、共産党全国都道府県委員長・書記長会議であいさつした宮本議長は、「社会党は決定的な民社党化への道を歩み始めた」と強く批判した。

【新宣言に関する決議(全文)】

 一、日本社会党は、その貴重な歴史と伝統をふまえて未来を先取し広範な勤労者・国民大衆の熱望にこたえ、平和と民主主義、社会主義の発展と新たな時代の創造にむかって決起する。

 二、われわれのめざす政権は、自民党にとってかわる社会党の政権であるが、同時にわれわれは、わが党を中心とする連合政権の樹立に全力をつくす。したがって、安易な保革連合はとらない。

 三、今後、内外情勢の変動やわが党をめぐる主体的・客観的情勢の変化が予想されるので、時代に的確に対応しうるように党各機関で調査、研究、検討し、その成果を今後新宣言に反映させていく。

 四、社会主義は、理念、運動、政策を含むものであるが、ことに運動を重視することは当然である。

 五、新宣言の決定にいたる過程では、さまざまな論議がかわされた。これらはいずれも強い愛党の精神に立脚し、党の限りない飛躍と発展をこい願い、日本の未来を憂うる熱情からでたものである。

 新宣言の決定を契機に、全党員は、決意を新たに一丸となって団結し、強く大きく結集して前進するものである。
 右決議する。
 一九八六年一月二二日

 日本社会党第五〇回定期全国大会

役員

 続開大会での役員改選も、本会議を休憩して調整した結果、全ポストが無競争となり、一括して承認されたことで二期目の石橋執行部が発足した。社会党第五〇回続開大会で選出された役員はつぎのとおりである。主要ポストは留任が目立ち、大きな変化はない。派閥関係では、ポスト獲得に積極的に動いた政構研の進出の反面、勝間田派は半減した。

▽委員長・石橋正嗣(勝間田派)=留任、▽副委員長・山本政弘(協会)、

 土井たか子(無派閥)=以上留任、武藤山治(政構研)、小野明(無派閥)=以上新、▽書記長・田辺誠(政構研)=留任、▽副書記長・曽我祐次(社研)、高沢寅男(協会)=以上留任、▽総務局長・村山喜一(勝間田派)、▽組織局長・笠原昭男(社研)=以上留任、▽労働局長・大木正吾(政構研)=新、▽農漁民局長・山口太郎(社研)=留任、▽中小企業局長・上坂昇(新生研)=新、▽自治体局長・佐藤敬治(新生研)=留任、▽青少年局長・渋沢利久(政構研)=新、▽婦人局長・山下正子(無派閥)=留任、▽国民運動局長・深田肇(社研)、▽広報局長・岩垂寿喜男(無派閥)、▽教育文化局長・粕谷照美(政構研)、▽国際局長・館林千里(勝間田派)=以上新、▽機関紙局長・大塚俊雄(協会)=留任、▽国民生活局長・小川国彦(政構研)=新、▽企画調査局長・森永栄悦(政構研)=留任、▽政策審議会長・嶋崎譲(新生研)、▽政策担当中執・船橋成幸(政構研)=以上留任、五十嵐広三(無派閥)、日野市朗(政構研)、福間知之(政構研)=以上新、▽財務委員長・藤田高敏(社研)=留任、▽選挙対策委員長・大森 昭(政構研)=新、▽国会対策委員長・山口鶴男(政構研)=留任。

日本労働年鑑 第57集 1987年版
発行 1987年6月25日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年8月1日公開開始


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