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日本労働年鑑 第57集 1987年版
The Labour Year Book of Japan 1987

第四部 労働組合と政治・社会運動

II 社会運動の動向


1 平和・社会運動

7 その他の社会運動
靖国神社公式参拝反対運動と平和遺族会の結成
中曽根首相は八五年八月一五日、戦後首相として初めて靖国神社への公式参拝に踏み切り、内外に多大な反響をまきおこした。

 八月一四日、樋口陽一東大教授ら三六人の憲法学者が「公式参拝は違憲」とする見解を発表したのをはじめ、日本キリスト教協議会、日本カトリック正義と平和協議会など宗教界からの声明や要請が相次いだ。九月一〇日には、総評、護憲連合などが「公式参拝に反対し信教の自由を守る会」を開催したが、社共両党や労組の代表のほかに、従来自民党や民社党の支持基盤とされてきた新日本宗教団体連合会の有志も含めて広く宗教界からも参加を得て、四五〇〇人の大規模なものとなった。一〇月一七日には、政教分離の侵害を監視する全国会議などの主催する「公式参拝に反対する市民集会」も開催された。

 こうしたなかで、靖国神社の公式参拝をめざす日本遺族会のあり方を批判する動きが、戦没者遺族のなかで広がりをみせ、新しい遺族会の結成に発展した。靖国神社法案が初めて国会に提出された一九六九年六月、キリスト教徒の遺族たちが「キリスト者遺族の会」を結成した。八二年七月には北海道旭川市でキリスト教徒や仏教徒ら約七〇人が日本遺族会系の組織から脱会し、「旭川平和遺族会」を設立、これにつづいて近くの滝川市に支部が設立されたのをはじめ、八六年には神奈川県、岩手県、東京都で同様の組織の結成をみた。

 一方、浄土真宗本願寺派(西本願寺派)の若手僧侶たちは八四年七月に「反靖国連帯会議」を組織し、公式参拝や靖国〃国営化〃に反対する活動をつづけていたが、前記平和遺族会グループと交流を深めるなかで、八六年一月二二日、京都市で全国集会を開催して「真宗遺族会」を発足させ、「真宗門徒として政治に利用されずに平和を願う真宗遺族会の結成を進める」と真宗一〇派に向けたアピールを決議した。

 これらの諸団体が中心となって、八五年九月一七日には結成準備委員会が設立され、八六年七月七日、宗派や思想のちがいを問わず「反靖国」で一致する人々の結集をめざし「平和遺族会全国連絡会」が発足した。

天皇在位六〇年記念キャンペーンにたいして

政府・自民党や右翼勢力の天皇在位六〇年記念キャンペーンにたいして、総評、部落解放同盟、キリスト教関係団体などが共同で、八六年四月二九日、「天皇在位六〇年記念式典反対・民主主義と天皇を考える中央集会」を開催し、約一〇〇〇人が参加した。

 また、中央実行委など六団体は、四・二八統一行動の一環として「安保廃棄、安保会議設置・天皇キャンペーン反対四・二八全国統一行動―四・二五中央集会」を開催、二五〇〇人が参加した。

 このほか、科学者会議、宗平協、文団連共催でシンポジウム「いま『天皇制』を問う」(四月五日)、治維法同盟、憲法会議など一八団体で組織された「天皇在位六〇年」祝賀行事反対中央実行委員会の主催するシンポジウム(四月一二日)、中央・東京青学連主催シンポジウム「天皇在位六〇年祝賀行事に反対する青年シンポジウム」(四月二八日)、歴研、歴科協など歴史六団体主催「天皇制を考える歴史家の集い」(四月二九日)などがおこなわれた。

指紋押捺制度廃止・外国人登録法改正をめざす運動

八五年七月の外国人登録の大量切り替え期(約三七万人が対象)を迎えて、政府は五年ごとの登録更新のつど押捺を求めている現制度を廃止し、新規登録の際の一回限りとするという骨子での制度改革方針を固め、八七年春にも法改正案が国会に提出される見通しとなった。

 これにたいし、指紋押捺拒否者連絡会は九月二四日、遠藤法相に公開質問状を送り、在日朝鮮人総連合会が抗議談話をただちに発表したのをはじめ、在日韓国居留民団の内部からも在日本大韓民国婦人会と同青年会が一〇月五日、「内外の世論をごまかす欺瞞的改正案だ」と非難する声明を発表した。一〇月一八日には反外登法運動連絡協議会準備会が、政府案は改悪として市民集会を開催した。

 一方、当局による行政制裁等にたいし、八六年三月二六日梶村秀樹神奈川大教授ら市民運動の代表は、制裁中止を求めて国会議員一五一人と井上ひさしら文化人一九人の署名を添えて法相に申し入れをおこなった。法務省は九月二五日付で外国人登録の窓口である市町村にたいし、押捺拒否者にかんする警察の捜査に協力するように通達したが、これにたいし拒否者や支援グループが一一月一七日、法務省に抗議行動をおこなった。押捺拒否者は八七年一月で九九二人となっている(『朝日新聞』八七年一月二一日付)。

藤尾文相発言、中曽根発言への抗議運動

「日韓併合は韓国側にも責任がある」という趣旨の藤尾文相(当時)の文春誌上での発言は大きな反響をよび、日韓外交問題にまで発展したが、九月八日には歴史学研究会、日本史研究会などの歴史学者・教育者ら五三名が連名で抗議声明を発表、一九日には日本カトリック正義と平和協議会などの代表が首相官邸を訪ね首相訪韓中止を申し入れた。また、一〇月二三日、「藤尾発言問題を考える市民集会」が東京でもたれた。

 また、中曽根首相の自民党全国研修会での人種差別発言にたいして、北海道ウタリ協会の代表らが一一月一九日、関係省庁と衆参両院議長、各政党に要請と抗議行動をおこなったのをはじめ、一一月三〇日には東京で「アイヌ民族が存在することを、アイヌ自らがアピールする東京集会」、札幌で「アイヌ民族の新法制定を考える夕べ」が開催され、「旧土人保護法」の即時廃止などをアピールした。

 一方、「女性はネクタイの色は見ているが、話の内容は覚えていない」という趣旨の婦人べっ視発言にたいしても、九月二九日、国際婦人年日本大会の決議を実現するための連絡会(加盟五一団体)の代表が、総理府を訪ね抗議したのをはじめ、婦人団体からの批判が相次いだ。

 一二月八日には、部落解放同盟や民族差別と闘う連絡協議会らで組織する実行委員会の主催で「世界人権宣言三八周年記念東京集会」が開かれ、中曽根首相の「日本=単一民族国家」発言を批判、部落解放基本法とアイヌ新法の制定、指紋押捺制度の完全撤廃などを求める東京宣言を発表した。

税制改革をめぐる運動

自民党税制調査会は八六年一二月五日、シャウプ勧告以来の大幅な改革を盛り込んだ税制改革案を三役裁定で決定し、二三日には総会で正式決定がなされた。改正大綱には売上げ税の導入やマル優の廃止などが含まれており、山中税調会長自身も「中曽根首相の公約違反であることを認めざるを得ない」と発言、野党・労働界はもとより自民党や財界の一部にもこれに反対する声があがっている。

 すでに三月二六日、全日本小売商団体連盟、日本専門店会連盟、日本商店連盟など八六団体は、「大型間接税反対中小企業連絡会」(加入事業所・商店は一二〇万店)を発足させ、従来の枠を超えて労働団体や消費者団体とも連携して運動を発展させることを確認、五島日商会頭も売上げ税導入に消極的にならざるを得ないほど、流通業界や中小企業での反対運動は〃業界ぐるみ闘争〃ともいえる広がりを示している。

 総評、日本生活協同組合連合、全商連など一七一団体は、九月三〇日、「大型間接税反対運動推進行動委員会」を結成、一二月四日には六〇〇〇人の参加者を得て、税調答申粉砕国民大集会を開催した。

 地方議会での反対議決も急速に拡大しており、全商連の調査によると、八六年一一月二五日現在、八五年一月以来の反対議決は七〇五議会にのぼっている(『赤旗』八六年一一月二八日付)。自民党地方議員の〃造反〃から、今後とも反対議決は増加の傾向にある。

 社会、公明、民社、社民連の四党は、八七年一月二〇日、国会内共闘組織「売上税等粉砕闘争協議会」を発足させており、売上税問題は八七年の最大の政治課題となろうとしている。

北方領土返還要求運動

同盟は八五年一月五日、北海道根室市で「’85同盟北方領土返還要求シンポジウム」を、また六日には「第一五回全国納沙布集会」を開催した。八六年には一〇月四〜五日に、根室市で「シンポジウム」と「納沙布集会」がおこなわれた。「北方領土の日」の八六年二月七日、東京・日本青年館で同盟が加盟する北連協、総務庁、全国知事会など地方六団体で構成する実行委員会主催で「北方領土返還要求全国大会」が開催された。

日本労働年鑑 第57集 1987年版
発行 1987年6月25日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年8月1日公開開始


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