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日本労働年鑑 第57集 1987年版
The Labour Year Book of Japan 1987

特集 国鉄分割・民営化問題

III 分割・民営化と国鉄労働組合運動


3 分割・民営化路線の浸透とダイヤ改正交渉

 国鉄の分割・民営化路線が浸透するなかで、国鉄当局は、五七・一一、五九・二、六〇・三、六一・一一の各ダイヤ改正を実施してきたが、そこでは非効率部門からの業務の撤退・縮小、人員削減が徹底的に追求された。

三五万人体制をめざした五七・一一ダイヤ改正

 五七・一一ダイヤ改正は、三五万人体制をめざす「経営改善計画」にもとづく初めてのダイヤ改正であった。八一年一〇月二七日に発表された五七・一一ダイヤ改正の概要によると、つぎのような内容であった。(1)東北・上越新幹線と並行する在来線の大幅削減、(2)全国的な列車運行削減、(3)貨物輸送関係では、輸送力と輸送量の大幅な乖離を解消するため地域間直行輸送体制をめざし、貨物取扱駅二二一駅の削減、ヤード四一の削減、貨車一万三〇〇〇両削減などを実施し、列車設定キロは旅客約二万五〇〇〇キロ、貨物は四万キロを減らす。

 国労は、このダイヤ改正にたいするたたかいの位置づけを「国民の国鉄づくりをめざすとりくみと、国鉄労働者の労働条件を改悪する攻撃を阻止し、労働条件を維持・改善するとりくみを結合」するものとし、課題として旅客輸送については、増発・接続・停車時分などのダイヤ改善、地方線のダイヤ削減中止など、貨物については、国鉄貨物輸送の将来展望の明確化、総合交通体系の確立などをかかげた。

 ダイヤ改正交渉は八二年から本格化するが、おりからの国鉄攻撃キャンペーンと重なり、国鉄の労使関係の変更を求める圧力に応えたかたちの国鉄当局の交渉の形骸化にたいし、実質的交渉拒否という批判が国労から出された。交渉は鉄労、動労、全施労が先行して妥結したが、これは国鉄内労働組合の分断、とりわけ最大労組の国労孤立化による合理化強行をねらうものと、国労は批判した。だが、この方式は、以後の交渉において常態化したのである。

貨物合理化をめざした五九・二ダイヤ改正

 五九・二ダイヤ改正は、先述したように国鉄自前の経営改善計画を否定し、分割・民営化の方向を具体的に実践するものとして実施された。そこでは、とくに貨物輸送からの大規模な撤退とそれにともなう大量の余剰人員の創出に特徴がみられた。ダイヤ改正の概要については、八三年三月二四日に提案をうけ、事前協議や各地での駅廃止反対運動によって四線五駅の廃止撤回がなされていたが、一〇月六日に五九・二ダイヤ改正の労働条件の提案がなされた。提案では、貨物運転本数現行三二〇四本が一五三八本に半減、旅客は六〇本以上の削減となり、貨物・荷物・旅客の全体で八万二二〇〇キロの列車キロが削減される。この結果、二万四〇〇〇人の要員が削減されることになる。

 貨物合理化を柱にした五九・二ダイヤ改正にたいし、国労・全交運の地域での宣伝とオルグの強化によって、荷主、関係団体、自治体などとともに各管理局や本社、運輸省交渉などが取り組まれた。全国の自治体での貨物廃止反対決議、意見書、沿線住民の総決起集会、荷主・通運業者の局陳情、対策会議の設置、経済団体の意見書提出など広範囲の運動が展開されていった。国鉄内のダイヤ改正交渉などを通じて八線区一二駅の廃止を中止させる成果を得、八四年一月二三日の動労・全施労の妥結を皮切りに、二四日は鉄労、二七日に国労、全動労が妥結した。だが、この結果、八四年度首に二万四五〇〇人の余剰人員が創り出されたことは先にも述べた。そして、新ダイヤによって国鉄貨物輸送の全方位体制が崩壊した。

分割・民営化の指針としての六〇・三ダイヤ改正

 八四年一一月一五日、国鉄当局は六〇・三ダイヤ改正の内容を発表した。要点は、旅客部門については東北・上越新幹線上野開業にともなう北日本を重点とするダイヤ改正であり、新幹線の約二万キロ増発、在来線は現状維持とする。荷物関係部門は五〇〇〇キロ、貨物部門は二七万キロの列車設定キロの削減をおこない、このダイヤ改正で八四年度の要員削減目標(約二万五〇〇〇人)の六割に当たる約一万五〇〇〇人の削減を見込んでいた。

 六〇・三ダイヤ改正は、分割・民営化の動きが強まるなかで、国鉄自身がその輸送特性を発揮して、将来の展望を具体的に示す必要に迫られているなかで、そうした要求にたいする国鉄の最終案的な意味合いが強く、その結果は分割・民営化の重要な指針とみられていた。

 八四年五月二三日に六〇・三ダイヤ改正の概要が提案されて以降、ダイヤ改正施策の事前協議が労働組合との間で重ねられてきたが、一一月一五日に打ち切られ、労働条件の提案となった。八五年一月以降労働条件の交渉に移ったが、国労は三月五日からの中央委で六〇・三ダイヤ改正について、施策の基本についてはあくまでも認めない立場で最終的には合意せず、労働条件については一定の時期に妥結する方針で対処する、という方向で交渉にのぞむ方針を決め、三月八日に妥結した。

八万二〇〇〇人の余剰人員を生んだ六一・一一ダイヤ改正

 国鉄は六一・一一ダイヤ改正の全容を八六年七月三一日に発表した。改正されたダイヤは分割・民営後も混乱をさけるために当面の間つづけるものとされている。旅客は東海道・山陽新幹線、在来線特急を中心に増発し、列車キロを一一万キロ増加するが、貨物は集配列車を全廃し、列車本数を五二〇本減少させ、コンテナ直行輸送を促進する施策を進めるという内容である。

 このダイヤ改正で要員二万五〇〇〇人を削減するが、このほかに八六年度の近代化、合理化計画による要員見直しで一万九〇〇〇人を削減し、一一月時点で四万四〇〇〇人の余剰人員を生み出す計画となつている。この時点の余剰人員が三万八〇〇〇人おり、全部で八万二〇〇〇人の余剰人員となるわけである。

 六一・一一ダイヤ改正交渉は、一〇月二三日に国労との間で協定が結ばれたが、基本施策、労働条件、過員問題などの対立点をのこしたままであった。

 以上見たように五年間で四回のダイヤ改正が実施されたが、徹底した人べらしが追求され、国鉄の余剰人員問題は世間の注目を集め、国鉄労使関係の帰趨を左右する大問題となった。

日本労働年鑑 第57集 1987年版
発行 1987年6月25日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年8月1日公開開始


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