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日本労働年鑑 第57集 1987年版
The Labour Year Book of Japan 1987

特集 国鉄分割・民営化問題

II 分割・民営化路線と国鉄当局の対応


6 国鉄当局の独自再建案と国鉄総裁の交替

批判にさらされた国鉄当局の独自再建案

 再建監理委員会は、前にも述べたように八四年八月一〇日に第二次提言をおこなったが、そこでは国鉄の経営形態を分割・民営化する方向を明確にし、以後具体案の作成にとりかかった。監理委員会とは別個に国鉄は、独自の再建案を作成することが必要だとして作業を進めてきたが、八五年一月一〇日に「経営改革のための基本方策」を監理委員会に提出した。この改革案は、一、基本認識、二、現行経営改善計画と残された課題、三、新計画に取り組む基本姿勢、四、新計画、五、構造的な問題についての取組み、六、新しい経営形態、七、国への要望、八、経営改善にともなう収支の見通し、九、経営形態の見直し、〈部門別計画〉、という構成であった。この案では国鉄の経営形態は、八七年四月一日から民営化し、全国一社制は当面維持するとし、ここでの民営は国の全額出資による特殊会社とされている。

 この民営化では、徹底した分権化を導入して経営責任を明確化し、事業運営の効率化をはかる。事業はもっぱら幹線系を経営し、地方交通線については全額出資の株式会社とする。「北海道及び四国については、輸送や運営面の独立性が比較的強いという事情もあるが、将来の見通しからみて民営による安定的運営は至難である。しかし国の政策判断により特別に運営基盤が確立されるならば別経営とすることも考えられる」。なお、労働基本権については現行どおりとする。国への要望として、長期債務の棚上げや年金負担への助成、子会社化した地方交通線への助成、余剰人員対策などの救済を求めた。

 以上のような国鉄独自案にたいし、再建監理委員会は、(1)助成金を前提にした「民営化」は民営化といえない、(2)分権化の内容が不鮮明で、賃金など地域に応じたコストの設定ができない、(3)スト権が現行通りという以上、仲裁裁定制度は変わらず、公営企業のままということではないか、(4)赤字地方交通線の一律切り捨ては知恵がない、という批判を加えた(『朝日新聞』一月一一日)。この独自案は、政府だけでなく、マスコミ、各政党などから徹底的に批判された。

 監理委員会がすでに国鉄分割・民営化の具体案づくりを本格的に進めている時期に、国鉄当局がこれに反対する独自案を出した理由は、つぎのように考えられる。

 一つは、監理委員会が答申作成にあたって国鉄をほとんど無視して進めてきたことにたいする国鉄の側からの、とくに分割反対派から国鉄の意思をアピールしておくべきだと考えたこと、それにいたる判断は、国鉄民営化は八七年四月一日に可能だが、分割は無理と見なしたことがあった。国鉄内では、この案にもとづいて「分割抜きの民営化」に向けて具体的な体制づくりをはじめ、二月初めには総裁直属の「経営改革推進チーム」が非公式に発足し、全国一社制について、各方面に国鉄の考え方を広げるキャンペーンをはじめ、また、国鉄内の分割・民営化容認の改革派にたいする締めつけをきびしくしていった。

仁杉国鉄総裁の更迭と首脳陣の大幅入れ替え

 分割・民営化を推進するために国鉄に送り込まれた仁杉総裁は、三月初めに自分の家族の経営する会社「イワオ工業」が国鉄の下請会社として受注していた事実が暴露され、総裁としての指導力を減じてしまった。総裁としての機能低下は、四月一五日の亀井正夫再建監理委員長による国鉄総裁更迭発言へとつながっていくことになった。そして、監理委員会の最終答申の約一ヵ月前の八五年六月二一日、仁杉総裁が中曽根首相に辞意を表明した。首相はこれを受理し、後任総裁に杉浦喬也前運輸省事務次官の登用を決めた。さらに、縄田国鉄副総裁をはじめ分割に反対する役員六人の更迭も指示した。六月二五日には、総裁、副総裁、技師長のほか四人の常務理事計七人が退任するという国鉄史上最大規模の首脳陣入れ替え人事が実行された。

 こうして国鉄内の分割・民営化反対派は一掃され、政府・監理委員会の方針がストレートにとおる体制が確立した。国鉄当局は新体制のもとで七月四日に「再建推進本部」を設置し、分割・民営化へ向けて準備を進めていったのである。

日本労働年鑑 第57集 1987年版
発行 1987年6月25日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年8月1日公開開始


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