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日本労働年鑑 第56集 1986年版
The Labour Year Book of Japan 1986

第二部 労働運動

XI 労働組合と平和・社会運動


2 原水爆禁止運動

原水爆禁止一九八四年世界大会

八四年の原水爆禁止世界大会は、(1)国際会議(八月一〜三日・東京)、(2)世界大会・広島(五〜六日)、(3)「原水爆禁止一九八四年長崎のひろば」(九日)の日程で開催された。

〔世界大会・国際会議〕

 八月一日から三日まで、東京・上野池之端文化センターで開かれた国際会議には、昨年を上回る三六ヵ国・地域と一一国際組織からの海外代表一二八人と、約四〇〇人の日本代表が参加した。

 一日の開会総会に先だっておこなわれた運営委員会では、原水協役員を解任された草野信男、吉田嘉清両氏の出席を認めるかどうか、また開会あいさつを担当する原水協の人選をめぐって紛糾、このため開会が一時間遅れるという波乱ぶくみの幕開けとなった。

 同日午後開会した総会では、大友よふ地婦連会長が主催者を代表してあいさつ、小野寺喜一郎日青協会長が準備会報告をおこなった。

 報告はまず、トマホーク配備が「国是である非核三原則への公然たる挑戦だ」として、日本政府の態度をきびしく批判。核攻撃指令をだす米軍の通信基地などを国内に抱えていることとあわせ、「軍事的衝突によって、トマホークが使われる事態が起これば、SS20などによるソ連の報復攻撃が日本の軍事基地に加えられる恐れがある」と、日本が核戦争に巻きこまれる危険性を強調した。こうした核戦争の危機を打開するために、「真の平和は〃核抑止論〃や〃核均衡論〃に基づくまやかしの安全保障によってではなく、核兵器を完全になくし、東西軍事ブロックを解消することによって得られる」として、「諸国民の草の根の運動の力こそが、核戦争の脅威を完全に取り除き、核兵器の全面禁止を実現する原動力」であると訴えた。

 その後、宇都宮徳馬軍縮議連顧問、スウェーデン軍縮大使マイ・フリット・デオリーン夫人、ハリフトン大ロンドン市議会議長、ブロックウェー英上院議員が来賓あいさつをおこない、被団協全国理事の小学校教師田川時彦氏や被爆米兵アンソニー・ガリスコ氏らの二八人が討論に立った。

 二日は、(1)核戦争の危機と核兵器廃絶実現のために反核・軍縮・平和運動の当面する課題について(二会場)、(2)核戦争による広島・長崎の被害とビキニをはじめとする核実験の惨禍をふまえ、核戦争の危機とヒバクの実相を明らかにし、ヒバクシャを援護し、連帯して核被害を防止するために、(3)原子力開発と核拡散の諸問題について、の各分科会が開かれた。

 第一分科会では、日本平和委員会の代表などが核兵器完全禁止を緊急課題とすることを強調。これにたいして、セーシェルやオーストラリアの代表は核凍結などをふくめた現実的な行動の必要性を主張した。第三分科会では、原子力開発をめぐって賛否両論が戦わされた。

 三日は、午後一時から閉会総会が開かれ、各分科会のまとめ報告、内外代表の連帯スピーチのあと、核兵器完全禁止の速やかな実現、日米軍事同盟の危険性を強く警告した「東京宣言」を採択して、国際会議全体は幕を閉じた。

 国際会議閉会後の三日夜、東京・日比谷野外音楽堂で、東京集会(東京ラリー)が開かれ、二〇〇〇人が参加した。集会ではイギリス代表のジョアン・ラドック核軍縮運動(CND)議長があいさつ、被爆者の黒川万千代さんが決意を述べたあと、アメリカ代表の歌手シャーリ・ゲッディスさんらが歌で反核を訴えた。

【東京宣言(部分)】

 核戦争阻止と核兵器全面禁止は、いまや、全人類の死活にかかわる最も重要かつ緊急の課題となっている。われわれは、いまこそ、世界の世論を圧倒的に高揚させ、核兵器をもちつづける者たちを包囲し孤立させるために立ち上がらなければならない。

 海外代表一二八人を含む約五〇〇人の参加を得て開かれた原水爆禁止一九八四年世界大会・東京国際会議は、以下の諸点を共同の意志としてここに表明する。

 一、われわれは、「恐怖の均衡」による核戦争の抑止という考えを絶対に容認しない。核戦争の危険を払拭する最も確実な道は、核兵器完全禁止を速やかに実現することであり、核兵器の実験・研究・開発・生産・配備・貯蔵・拡散・使用の一切を禁止する拘束力のある措置を実現するために、われわれは全エネルギーを傾注する。われわれは「核兵器」とは単に核弾頭を意味するものでは全くなく、核戦争遂行に必要とされるすべての施設・設備を含むものと認識し、それらの撤去を要求する。

 二、われわれは、核戦争に通じる道を阻むために全力をあげて抵抗する。

 三、核兵器の使用禁止、地下核実験をふくむ核実験の全面的禁止、世界各地への非核地帯の設置・拡大・結合、宇宙空間および海洋の軍事使用の禁止を実現する運動をも追求する。各国政府にたいして、核兵器積載の疑いのある艦船や航空機の受け入れを一切拒否するよう迫るたたかいを展開する。

 四、われわれは、日米軍事同盟の危険性を深く憂慮する。われわれは、すべての軍事同盟とそのブロックの解消を要求する。

 五、人類を核戦争の脅威から救い、核兵器のない世界をつくりだすためには、諸国民の反核・平和の運動を圧倒的に強めるとともに、国際連帯を発展させ、思想・信条・社会体制の違いをこえて団結した運動の力を飛躍的に高めることが決定的に重要である。

 われわれの要求する平和とは、単に戦争のない状態を意味するものではない。われわれは、あらゆる形態の暴力と抑圧を克服するための活動をさらに強化する。

 六、われわれは、日本における「被爆者援護法」やアメリカにおける「放射線被害者権利法」制定を求めるヒバクシャたちの運動に連帯し、二度とふたたびヒバクシャをつくってはならないという彼らの強い願いを実現するためにともに奮闘する。(以下略)

〔世界大会・広島〕
 世界大会・広島は、三一カ国・地域、九国際組織の代表一〇六人をふくむ約二万人が参加し、五日から二日間の日程で開かれた。

 第一日目の五日は、「被爆の実相を語る会」が午後一時から三時まで開かれた後、午後六時から広島市中央公園で、全体集会がおこなわれた。原爆犠牲者への黙とうの後、中林貞男生協連会長が主催者を代表してあいさつ。荒木武広島市長の来賓あいさつ、国際会議の報告がなされ、河島英伍さんらの歌につづき、被爆者を代表して池田精子さんが「被爆者に国家補償を」と訴えたあと、「被爆者援護法の即時制定を要求する決議」が採択された(全文は『平和新聞』八四年八月二五日付)。参加者全員の「ダイ・イン」をはさんで、「ヒロシマ・アピール」を採択、また、この日午後、アメリカの核巡航ミサイル・トマホーク用原潜ドラムが横須賀に入港したことにたいし、レーガン米大統領と中曽根首相に抗議と退去を求める電報を打つことを決めた。

 第二日目の六日は、午前一〇時から午後三時まで、広島市内二二会場で分科会と各種関連行事がおこなわれた。本世界大会実現をめぐる紛糾(これについては、本年鑑一九八五年版三七五〜三七九ページ参照)の影響で、「若者の広場」は事前に中止が決定され、「反核・反戦・平和の広場」は混乱のため流会となった。第一一回全国高校生平和集会には約六〇〇人が参加した。

 世界大会準備委員会を構成する原水協、原水禁、市民団体の各グループは、この両日にわたってそれぞれ独自の集会を開いた。日本生協連は「’84ヒロシマ虹のひろば」(四五〇〇人)、地婦連は「全地婦連平和問題懇談会」(一〇〇人)、日青協は「青年団ピース・キャンプ」(広島県廿日市町、三〇〇人)がそれである。地婦連と日青協の独自集会は初めてのものである。

【ヒロシマ・アピール(部分)】
 ここ広島のこの世界大会に結集したわたしたちは、本大会国際会議・東京宣言を支持し、以下の諸課題にともに取り組むよう、日本および世界のみなさんに呼びかけます。
 一、「恐怖の均衡」による核戦争の抑止という考え方を拒否し、核兵器の完全禁止をすみやかに実現するために行動を一層強めましょう。
 二、核戦争の阻止はもちろん、核戦争に通じる道を阻むため、全力をあげて抵抗しましょう。

 三、核兵器廃絶と核戦争阻止の運動と結合して、核兵器の使用禁止、核兵器の全面禁止、非核地帯の世界各地への設置・拡大・結合、宇宙空間や海洋の軍事利用の禁止を実現する運動をも追求しましょう。また、トマホークなどの核兵器積載の疑いがある艦船や航空機の受入れを、各国政府が拒否するよう働きかけましょう。

 四、わたしたちは日米軍事同盟の危険性を深く憂慮します。力を合わせてすべての軍事同盟を解消させましょう。

 五、日本および海外のヒバクシャに対して、関係当事国政府に適切な援護措置をすみやかに講じさせましょう。とりわけ、来年、被爆四〇年をむかえる日本においては、国家補償の精神にもとづく被爆者援護法を必ずや制定させるために、国民的運動を起こしましょう。

 六、核燃料サイクルと核拡散の相互関連を認め、核エネルギーの軍事利用に反対しましょう。(以下略)(全文は「平和新聞」八四年八月二五日付)

〔世界大会・長崎のひろば〕

 世界大会「長崎のひろば」は、八月九日午後一時から、長崎市民会館体育館において、実行委員会主催、世界大会準備委員会協賛で開かれ、二四ヵ国・地域、二国際組織、七五人の海外代表をふくむ四万五〇〇〇人が参加した。

 「ひろば」は、アメリカの歌手、シャリー・ゲッディスさんの歌で始まり、世界大会準備委員会を代表して中林貞男生協連会長があいさつした後、安斎育郎世界大会起草委員長が「東京宣言」がまとまるまでの経過とその成果について報告。グアム先住民の権利を守る会のマリア・ティーハンさん、ジョアン・ラドック英CND議長が連帯のあいさつをおこない、大会参加の一一ヵ国代表が「外国の平和運動代表として中曽根首相の長崎訪問に抗議します」と題した公開書簡を首相あてに出したことを明らかにした。ひきつづいて、長崎原爆青年乙女の会の谷口稜曄(すみてる)会長の訴えをうけ、「長崎アピール」を採択した。最後に、「長崎のひろば」代表委員山口仙二氏の閉会あいさつがおこなわれ、原水爆禁止一九八四年世界大会はその日程をすべて終了した。

日本労働年鑑 第56集 1986年版
発行 1985年12月5日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年8月15日公開開始


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